個人所得課税制度の課題とあり方 〜 そのあるべき姿を考える〜
現年課税と源泉徴収制度の問題点
久留米大学教授
図 子 善 信
はじめに
6月の政府税調「個人課税制度に関する論点整理」において、個人住民税の現年課税が提案されている。これは、個人住民税に年末調整を伴う源泉徴収制度を導入することに繋がると考えるので、それについての法的問題点を述べる。
1 現年課税の必要性
現在、個人住民税は、前年の所得に対して、普通徴収または特別徴収の方法により翌年度に課税され納付されている。いわゆる前年課税である。
国税である所得税が、前年課税から現年課税に移行したのは昭和22年度である。その理由は、当時の急激なインフレの下、前年課税では税収の確保が困難であったことによる(注1)。予定申告が必要であり、申告納税制度もこれと同時に導入された。
市長村民税については、昭和25年のシャウプ第二次税制報告(注2)において、現年課税が勧告されている。前年より自分の経済状況が悪化しているときには、税金の支払に不満を感ずるとの理由である。
当時と経済状況も税制も異なるが、住民税への税源移譲が進み、住民税の負担が格段に大きくなるとすれば、前年課税の難点も大きくなることが予想され、現年課税を検討することは必要であろう。
2 現年課税の意味
ところで、所得課税の現年課税とは、どのような意味を有するのであろうか。所得課税における所得とは、一定期間における経済的利得と考えられる。所得税法、地方税法の定める所得は、1暦年における経済的利得である。それは、暦年の終了によって測定可能となる。所得税は現年課税とされているが、所得の算定が可能となるのは、その年の終了の時であり、翌年3月15日までに行う確定申告により、前年の所得に基づき税額が確定する。税額確定の時を課税の時と考えれば、所得税も前年課税と言うべきである。しかし、これを現年課税とよぶ理由は、所得税については予定納税の制度と源泉徴収制度が設けられているからであろう。税調の報告は、これらの制度の導入を促すものと思われる。
予定納税の制度は、事業者等の前年分の所得税額に基づき、年内に予定納税を行うものである。これを個人住民税について導入することに、法的問題はないと思われる。
3 源泉徴収制度の問題点と特別徴収の優位点
源泉徴収制度は、給与を支給した支払者が、受給者の所得税額に相当する金額を源泉徴収し、これを国に納付する制度である。各人についての毎月の源泉徴収額と年間の所得に対する税額との差額は、支払者が行う年末調整により清算される。この源泉徴収に係る所得税は、源泉徴収義務者たる支払者に課された納税義務であり、給与の支払いの時に成立し同時に確定する(通則法15条3項2号)。この時、受給者に納税義務は成立しない(注3)。受けた給与所得については、暦年終了の時に納税義務が成立するが(通則法15条2項1号)、年末調整を受けた給与所得者は、原則として確定申告をする必要がない(所得税法121条)。そして、確定申告を行わない給与所得者は、自分の税額を確定することなく放置することになるので、所得税が課され、納付したとは言えない。すなわち、給与所得者は法的に納税の義務を履行したとは言えないのである。このような給与所得者の位置づけは、憲法30条(納税の義務)の趣旨に照らし問題があると考える。
一方、個人住民税における特別徴収は、給与所得者に対して特別徴収義務者を通じて住民税の税額を通知するものであり、この通知により税額が確定するものと解される(注4)。この確定行為により、法的に住民税が課されたといえ、この確定した税額を特別徴収されるのである。この場合、住民税が課され、納付したと言えるであろう。 この点で特別徴収は、住民を納税義務者すなわち法的な負担分任者と位置づけるものであり、憲法30条の趣旨、住民自治、負担分任の理念に沿うものと考える。
おわりに
年末調整を伴う源泉徴収制度も、課税されるべき税額と同額が源泉徴収されており、歳入上も、家計上も何ら問題は生じない。ただ、法的に税を納付したことになっていないという観念上の問題に過ぎない。しかし、地方分権で最も重要なのは、自治に対する住民の意識であり、税の面では負担分任の理念である。法理論的に負担分任の理念に沿わない現行源泉徴収制度への移行は、慎重であるべきと考える。
注1 平田敬一郎他編「昭和税制の回顧と展望上巻」 大蔵財務協会 266頁
注2 井上一郎編 「シャウプの第二次税制勧告」 霞出版社
注3 図子善信著「租税法律関係論 ―税法の構造―」成文堂227頁
注4 碓井光明著 「地方税の法理論と実際」 弘文堂 147頁
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