平成16年 税協 巻頭言

日本国憲法と主権と世界政府と対米追従
                   久留米大学教授 図子 善信



 税協の巻頭言としては、突飛なテーマを掲げたが、最近これに関してなるほどと納得したことがあるので、それについて述べてみたい。先ず、税からこのテーマに至る論理の順序を述べて、それからこのテーマの内容を説明したい。
 平成8年に大学で税法を講義することとなって以来、租税法律関係とは何かということをずっと考えてきた。つまり、納税者は納税義務を負うが、国はこれに対して税の納付を求める権利を有している。納税者は租税債務者であり、国は、これに対する租税債権者である。債権という権利の主体であるので、国は権利主体であり法律上の人格を有する。すなわち国は会社などと同じ法人である。なぜ一法人である国が、他の自然人や法人に一方的に税金を課して債権者となることができるのか。それを法的説明すると、国に課税権という権利があるからだと考えられる。そして、この課税権は国の統治権の一態様であると考えられる。しかし、国に課税権があるとの考え方に対して、国民主権を基本原理とする日本国憲法の下で、国に当然に課税権があると考えるのは疑問であるとの見解がある。そこで日本国憲法の国民主権とは何かが問題となる。
 以上が、税から日本国憲法に至る論理の過程である。無理やりに憲法に持ってきたようで恐縮である。恐縮だけれどもさらに、主権について述べてみたい。

 主権の意味には、一般に三つあると考えられている。
 一つは国家の統治権である。「国会は国権の最高機関であって」と定める(憲法41条)ときの国権がこれに当たる。課税権もこの統治権の一態様である。次の一つは、国家の最高意思決定権であり、「ここに主権が国民に存することを宣言し」(憲法前文)とあり、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」と定める(憲法1条)ときの主権である。ちなみに、これが国民主権の意味だから、これと国に課税権があるという理解は矛盾しない。最後の一つは、国家の対外的独立性(対外主権)であり、憲法前文に「自国の主権を維持し」とある主権である。
 世界政府と関係があるのは、最後の対外的主権である。近代に限らず国家の特徴は対外的独立性にあるといえる。対外的独立性とは、自国の独立性を侵された場合には自力で回復する、または侵されそうな場合はそれを武力によってでも阻止するということであろう。つまり対外的独立性は、国家の交戦権を前提としている。しかし、日本国憲法は「国の交戦権は、これを認めない。」(憲法9条)と交戦権を否定している。憲法前文にも「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しょうと決意した。」とあるとおりである。国に交戦権が無いので、自衛隊は多分刑法の正当防衛の論理によって、法的には個人的に戦闘するのであろう。

 すなわち日本国憲法は、国際的な秩序と安定の存在を前提とした憲法である。あえて言えば、世界政府を前提とした憲法であると考えれば大変理解しやすいのである。その意味で、日本国憲法は超現代的な超先進的憲法であり、世界に誇れる憲法であるといえよう。しかし、皮肉にも現在のところ世界政府は存在しない。そうであると、世界政府に近いものを世界政府と想定してわが国を運営する必要がある。ソ連および共産圏が健在であったときは、アメリカを世界政府と想定するかソ連を世界政府と想定するかが、わが国の政治の主な争いであった。しかし、今では世界政府をアメリカと想定する以外の選択肢は無くなった。小泉首相が完全に対米追従であるのは、わが国の憲法の導くところである。イラクの戦争が正当であるか否かは、わが国のイラク派兵の正当性とは無関係である。世界政府の方針に従うのが、世界政府の統治下の連邦としての正当性である。

 聖徳太子以来、宗主国を求めず独立を誇ってきたわが国において、対米追従を余儀なくさせる日本国憲法は、歓迎されないかもしれない。覇気と責任感の乏しい現代日本の風潮も、国家の理念たる憲法の依存精神が影響しているのではないかと思われ、私は不満足である。しかし、EUでは、各国の主権を制限し連邦国家への道を歩んでいるように見える。意外にも日本国憲法は、そのような動きを先取りした、皮肉でない超先進的憲法であるのかもしれない。

 課税権の追求から国家について考える過程で、以上のことに気がついた。安保闘争はなやかな学生時代から、政府を支持しつつも、なぜ対米追従なのか疑問をもってきたが、それがわが国の憲法に原因があることを発見し、嬉しかったのでご紹介したしだいである。はなはだ勝手な論理にお時間を取らせたことをお詫びする。
 なお、租税法律関係の本論は、8月に「租税法律関係論」(成文堂)として出版する予定であるので、興味のある方は是非ご一読を。
                         平成16年7月9日


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