T 在宅ケア講演会

 昨年に引き続き、ケアタウン総合研究所長の高室成幸氏に在宅ケア講演会の講師をお願いしました。今年は「高齢者の『自立と自律』を支援するチームケア〜CADLから考える〜」という演題での講演でした。
 「自立」は自分でできること、「自律」は自分で決めることであり、それを支えるためには意欲や動機付けを意識したアセスメントが重要であることを具体的な事例を示しながら話していただきました。CADLは、高室氏が提唱するアセスメントための新しい概念であり、CはCultureの頭文字のCで、「文化」の意味。その人の習慣や振舞いの仕方をもとにアセスメントをすることというお話でした。この概念が、今後どれだけ広まるか期待しているとのことでした。

U 在宅ケアネットワーク古河定例会での検討ケース
                                    在宅ケアネットワーク古河 代表 赤荻栄一

 平成21年度も、引き続き持ち回りで定例会を開催しています。以下、その定例会での検討ケースの概要をお知らせします。

6月の定例会は、友愛記念病院で開催しました。

第一のケースは、「天寿を全うし在宅で看取られた89歳女性認知症の1ケース」として、私が報告しました。
 高血圧と高脂血症で外来治療を続けてきたケース。死亡の5年前から物忘れが目立つようになり、翌年さらに悪化したためアリセプトを開始。その後落ち着いていましたが、死亡の1年前頃から直前に摂った食事も忘れるようになっていました。死亡の1ヶ月前、食事を全く摂らなくなり、脱水のために意識障害を起こし入院。点滴で意識回復。その時点で譫妄状態となり、本人は退院を希望。それを見た家族も同意し、家で最期を迎えることにして退院。訪問時、意識は清明。ただし、言葉は意味不明。家族は、食べたいものを好きなだけたべさせていくとのこと。私も同意して、そのまま経過を見ることに。その4日後、昼食を摂った後しばらくして家族が様子を見に行き、呼吸が止まっているのを発見。訪問して死亡を確認しました。
 脱水症状が起こる可能性も含め、認知症の経過について、前もって詳しく家族に説明をしていれば入院は不要だったかもしれませんが、家族にとっては、入院したことでむしろ在宅で看取るふんぎりがついたとも思えます。このケースは最期まで家族に見守られ、周辺症状の発現もなく、自宅での大往生を遂げられた幸せなケースでした。

第二のケースは、「ターミナル期の在宅療養支援に関わって」との題で、古河赤十字病院看護師の猪瀬貴子さんから報告されました。
 
ケースは71歳の男性。肝転移のある胆管癌。本人には癌であることを話さないで欲しいと家族から申し入れあり。内視鏡で胆管狭窄部へのステント挿入を施行。その後しばらくは落ち着いていましたが、腹痛と嘔吐が出現。内視鏡検査で、癌の進行による十二指腸の狭窄と判明。また、肝転移もかなり増大していました。家族へは「余命12ヶ月であり、本人の希望通りにするのがいい」と主治医から話されました。本人が家に帰りたいと希望しましたので、退院の方針となりました。退院と聞いたときの本人の笑顔は忘れられないほど印象的だったといいます。病診連携室が間に入り、介護保険の申請を行い、訪問看護を依頼してスムーズに退院。退院3日後に自宅で死亡しましたが、家族も「眠るように静かな最期だった」と満足した様子。家族に喜んでもらえてよかったが、癌の末期の患者では、もう少し早くから在宅へ向かわせることを考えてよかったのではないかと反省させられたと話されました。それを実現するためには、@病棟看護師や医師が末期癌に対する在宅支援体制について理解するA受け持ち看護師が早期から本人・家族の意向を知り、ケースに合った在宅支援体制を整えるB病診連携室と早期に連携をとり、共同指導を実施して退院後の家族のストレス緩和を図る援助をすることが必要としめくくられました。

第三のケースは、友愛記念病院の三宅智先生から、「比較的長期間の在宅療養の後、病院で看取った肺癌脊椎転移症例」と題して報告されました。
 68歳の男性。検診で発見されたが、手術の適応なく抗がん剤による治療が行われたケース。1年後肋骨転移と脊椎転移、さらに肺転移が出現。下半身マヒと疼痛管理のため入院となりましたが、マヒは完成。疼痛はコントロールできたため、退院。その後5ヶ月間、訪問診療を受け在宅生活を続けましたが、喀痰増加し呼吸困難のため再入院。その8日後に死亡しました。このケースでは、本人のマヒの受け入れが困難でしたが、本人の希望で退院となりました。病院から在宅に移行するに当たっては、本人・家族、そして医療従事者それぞれがハードルとなり得る。また、在宅療養中には、各職種の連携、病院と訪問医との連携が重要であり、再入院のタイミング、あるいは在宅での看取りとするかの決定をどのようにするかが問題とまとめられました。

8月は、総和中央病院で開催しました。

最初のケースは、「在宅でネグレクトを受けていたケースが在宅に戻るための関わり」と題して、古河赤十字病院看護師の高橋泰子さんから報告されました。
 87歳の女性。子宮癌再発がある認知症のケース。三女との二人暮らしですが、費用がかさむからという理由で、それまで使っていた訪問介護と訪問看護をやめたといいます。そのため褥瘡が悪化。ケアマネージャーが発見し、入院することとなりました。入院後、褥瘡は軽快傾向となり、再度在宅への復帰を考えることになりましたが、家族は引取りを拒否。入院の継続を望みました。したがって、退院は困難と判断し、とりあえずショートステイ利用することとして、退院を考えることとしました。今後とも家族と話し合って調整する予定としめくくられました。

第二のケースは、私が「手術しないという治療方針の受け入れができていない在宅末期腎癌の1ケース」として報告。
 71歳男性。肩のしびれが初発症状。脳CTで腫瘍を発見され手術。切除標本から腎癌の脳転移と判明し、原発巣の左腎臓の摘出術も受けた。その経過観察中に副腎転移が発見され、その摘出を受けることになりましたが、多発肝転移が明らかとなったため中止。このころから、背部痛が出現。疼痛管理の緩和ケアを行うこととなりましたが、本人は副腎転移の切除にこだわっていました。その了解のないまま退院。訪問時に、本人は「なんとかここを切ってくれ」と腹部を指差して、私に懇願。痛みに対する麻薬の処方も、妻はできるだけ痛み止めは飲ませないほうがいいと思ったとして、指示通りの服用をさせていませんでした。痛みは、そのために増強。指示通りに服用させるように話して帰りましたが、夜間に譫妄状態となり、救急車で再入院となりました。
 このケースは、本人と家族のいずれもが説明を十分に受け入れていないまま在宅になったもので、そもそも在宅を続けるのは困難なケースでした。今後、納得の行く病状説明、クスリの服用法の十分な理解、そして最期をどうするかの確認をした上で、再度在宅が可能かどうかを判断し、方針を決めるべきと考えられました。

10月は、古河赤十字病院で開催しました。

 第一のケースは、「高齢者の意思決定を支える取り組み〜肺癌末期における在宅医療の可能性をめぐって〜」という題で、古河赤十字病院看護師の中山玲子さんから報告されました。
 ケースは、75歳の男性。脳卒中の既往があり左半身不全麻痺。食欲低下と咳のため受診。精査によってW期肺癌と診断。有効な治療法はない状態と考えられたケース。緩和ケアの対象と考えられ、本人も在宅療養を希望したが、家族との確執があり、誰もが関わりを拒否。兄が一人いるが、高齢のため、やはり関われないとのこと。呼吸困難が出現してきており、在宅酸素を使ったとしても独居では在宅は困難と考えられ、入院を継続することで本人も納得し、そのまま病院で死亡。
 その時点では入院を続けるとすることで仕方がないと考えられましたが、外泊などの一時的な在宅を試してみること、あるいは高齢者賃貸住宅等の自宅以外の在宅の可能性を考えてみることなど、いくつか試してみることが必要だったと考えられました。

 第二のケースは、「不安におののきながらも入院したくない一心で在宅を全うした呼吸不全ケース」として、私が報告しました。

 74歳の女性。肺非結核性抗酸菌症による慢性呼吸不全。以前、肺結核で入院治療を受けたことがあり、その時のトラウマで、絶対に余計な治療は受けない、特に入院治療は絶対に受けない、という気持ちが強くなっていたケース。最低限の外来治療を受けるため当院を受診し、それを続けていました。最後は在宅酸素を受け入れましたが、呼吸困難が強くなった当初の段階ではそれも拒否。夜、苦しくなり「病院に連れてって」とうわごとを言う状態になって、家族は不安を感じましたが、その時に受けた訪問看護の迅速な対応に安心するとともに、意識がはっきりすると「絶対に入院はしない」をくりかえす本人の姿を見て、家族は在宅を続けることを決意。訪問看護開始から2週間後に在宅で看取りました。在宅には24時間対応の訪問看護が重要であることを再確認させられたケースでした。

V 新型インフルエンザへの在宅での対応

 新型インフルエンザの感染が拡大しています。毒性は強くありませんが、80歳以上の人を除いて、ほとんどの人が免疫を持たないため、感染力は強いウイルスです。そのため、ワクチンの接種が最も効果的ですが、ワクチンは間に合わない状態です。
 今回の新型インフルエンザウイルスは、咳などによる飛沫感染と同時に、ウイルスのついた分泌物に触れた手で、目や鼻、口に触れることによって感染する接触感染も多いということが分かっています。つまり、感染防止には、マスクすると同時に、手洗いを励行することが重要です。とくに、多くの人が共有するものに触れた後の手洗いは、その都度行わなければならないと思います。また、手に触れるようなものは共有しないようにすることも必要です。そのようにして、在宅での療養者に、サービス提供者がウイルスを持ち込むことがないよう、万全の注意をすることが必要です。
 また、万一、感染が疑われるサービス利用者を発見した場合には、かかりつけ医に連絡し往診を受けて、早期の対応をとるべきと思います。ひとりひとりが注意して、手遅れにならないようにするべきと考えます。

在宅ケアネットワーク古河会報第7号(平成21年10月発行)

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