平成23年度研修会
(11月5日古河福祉の森会館)
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市民フォーラム 「胃瘻について考える」
T 基調講演 「胃瘻・経管栄養とは」
友愛記念病院外科部長 加藤修志先生
栄養を摂らなければ生きられない人間、現在胃瘻で延命できている人は国内で40万人。
栄養療法の大原則は「腸が動いているなら腸を使う」。したがって、まず経腸栄養をめざす。経腸栄養法の利点は、腸管の粘膜を維持、免疫能の維持(正常腸内細菌叢の維持)、代謝反応亢進の抑制、胆汁うっ滞の回避、消化管機能の維持、長期管理が容易、廉価などがある。そして、静脈栄養に比べて、感染症発生頻度が減少する。この経腸栄養に経管栄養と胃瘻・腸瘻がある。
胃瘻は、現在、主に胃内視鏡を使って作られるので、PEG(Percutaneus Endoscopic Gastrotomyペグ)と称される。ペグの適応は、予後が1か月以上、全身状態がペグ造設に耐えられる、経口摂取はできないが正常な消化機能を有する、4週間以上経腸栄養を行う、ペグが最も適した胃瘻の方法である、のすべてを満たした場合とされる(PEGドクターネットワーク)。また、患者本人がペグを望むのが最良だが、患者の意思が確認できない場合は、家族に代理を求めることになるが、この場合でも事前の本人の意思表示が確認できることが望ましい。したがって、だれもが、事前に家族や主治医、あるいは日本尊厳死協会などに、その意思を表明ないし登録をしておくことが望ましい。
ペグは、内視鏡を用いて胃をふくらまし、体表から腹部を圧迫して適当な場所を確認して、そこに穴をあけて作成する。その穴に通される管は、胃の内部に収められるストッパーの形状によって大きくバンパー型とバルーン型に分けられる。バンパー型は固いストッパーで、バルーン型は風船状で軟らかい。造設時には、バンパー型を使い、胃瘻が固定した時にバルーン型に変更するのがいい。また、管の長さによって、ボタン型とチューブ型に分けられる。ボタン型は、体表までの長さの管で、短い。そこに別の管(カテーテル)を接続して、栄養剤を注入する。チューブ型は、胃内から長いチューブが体外につながり、そこから直接栄養剤を入れる。
大事なのは、その交換時期。バンパー型では、長期に留置することが多く、少なくとも4カ月間、多くは6カ月間留置。これは、その間に胃壁と体壁が癒着して胃瘻の穴がしっかりするため。これで胃瘻がしっかりすれば、あとはバルーン型に変更する。これならば、胃瘻の交換は楽になる。こちらは1か月から数カ月毎に交換されることが多い。
胃瘻の管理では、外部ストッパーがきつくないかおよびよく回転するかを日頃観察する必要がある。また、カテーテルが傾いていないかどうかの確認も必要である。そして、胃瘻周囲のスキンケアが重要である。入浴は、胃瘻造設2週後から可能なので、入浴と清拭あるいは洗浄によって清潔を保つことが必要。消毒は不要である。
U パネルディスカッション 「胃瘻の功罪」
(1)胃瘻をつけた親の介護の経験から
・古河市三杉町 長濱弘道氏
現在93歳になる母。10年前から認知症。5年前脳梗塞で入院後、食事が摂れなくなる。2カ月間、鼻から経管栄養を受けたが、主治医から胃瘻を勧められ、造設。7か月後、植物状態のまま在宅へ。その6か月後、かすかに反応が出るようになる。現在、体は動かせないが、首を動かして家族を追い、問いかけにうなづく。
在宅を選んだのは、紹介された転院先が遠かったこと、および入院では個室対応が必要となったときに医療費が高くなりすぎること、のため。
胃瘻にしてよかったのは、食事の世話が楽になったこと、胃瘻栄養によって栄養状態がよく、床ずれができないこと。
胃瘻で困ったのは、交換後に1か月くらいで接続部から漏れ出したことがあったこと。これは、輪ゴムを使って接続部を密着させ解決。また、栄養剤を注入する時に、速度調節を間違えることあり。
現在、自分は、胃瘻にしてよかったと思う。ただし、息子の世話にだけはなりたくないと言っていた母親は本当に今の状態に満足しているかどうかは分からない。ただ、人の命を残される家族が決めるわけにはいかないと思う。
・古河市中田 和田澄夫氏
現在88歳の母。11年前、心筋梗塞で入院。その後、認知症が進み、四肢が不自由になるとともに誤嚥を起こすようになる。その状態で退院し、自宅で家族が食事の補助をして食べさせていたが、脱水症を起こし再入院。そこで、胃瘻の話を聞く。通常の食事摂取が可能と知り、胃瘻造設。
環境の変化に合わせた栄養剤の量と水分量の加減を行ない、また栄養剤の逆流によるむせに注意している。従来の食事介助とは異なる注意が必要だ。
胃瘻チューブ(カテーテル)の違いによって、交換時の痛みが違う。現在は、バルーン式の器具を使っているので、交換時も痛みを感じない。また、初めの頃は、接合部のはずれたことに気づかず、パジャマと寝具を汚してしまったことがあったが、現在はない。
現在、寝たきりの母が、テレビ画面に見入っているようすや、穏やかな寝顔、声をかけた時に目を合わせた時のまなざしを見ると、改めて胃瘻に感謝。
東日本大震災では、栄養剤の確保が困難になったというが、実際、母に栄養剤が届かなくなったら、薬がなくなること以上に、母にとってのダメージは大きいだろうと思うほどである。
(2)医療ソーシャルワーカーとしての経験から 総和中央病院医療福祉相談室 黒澤秀彰氏
病院で目にした光景。口から食べることができなくなった高齢者が、点滴や経管栄養につながれている光景。
当院では、食べられなくなった高齢者には、嚥下リハビリを専門スタッフが行っている。誤嚥防止の摂食介助から始まり、ステップアップしながら、リハビリを行う。誤嚥を防ぐ嚥下訓練のため、そして必要なカロリー摂取のため、病院では胃瘻を勧める。これは、患者に対して何らかの対策を取らなければならない病院による、むしろ患者管理のためと言える。
そこで、家族は迷う。少しでも長く生きて欲しいという思い、あるいは本人の負担を減らせるという思いから胃瘻をつけたほうがいいと思う反面、長生きされても困る、あるいは「胃に穴をあけるなんて!」という思い、あるいは、胃瘻をつけようという病院の言うことを聞かないと病院から見放されるのではという思いを抱く家族もある。これらの複雑な思いを抱く家族だが、最も大事なのは、患者本人がこれからどう生活していくのがいいかという視点だと思う。
実際にPEGをつけたケースを紹介する。48歳の脳出血の女性。経鼻チューブでの経管栄養を行っていたが、嚥下リハ中に誤嚥をくり返すため、PEG設置。経口は楽しみ程度で続けた。その後、施設入所から在宅へ。現在、誤嚥なく経口摂取が可能な状態になっているという。
一方で、90歳の女性。脱水で入院。点滴から、経鼻チューブによる経管栄養に変えたが、胃瘻はつくらず。しかし、その後、誤嚥による肺炎を起こして死亡。
胃瘻をつくることを勧められた家族は迷う。しかし、迷って悩みぬき、出した結論は間違いではないと思う。
(3)訪問看護の経験から 訪問看護ステーション「たんぽぽ」 坂本ゆかり氏
胃瘻は、もともと食べられなくなった小児のために開発されたもの。しかし現在では、広く高齢者に適応され、40万人にも及ぶ。胃瘻により、栄養状態が改善し、ADLが向上して経口摂取が可能になるケースがある。また、栄養状態の改善により、寝たきりのまま何年も生き続けるということになることもある。さらには、カロリーの取り過ぎにより、体重が増えすぎてしまうこともある。
10月の「たんぽぽ」の利用者268名の中で、胃瘻をつけている方は34名。脳血管疾患が10名、認知症が5名、神経難病が4名など。そのうち、脳内出血の70歳男性では、リハビリ中に管理を容易にするため経管栄養を胃瘻に変更。その後、嚥下リハにより経口が可能になった。一方、80歳のアルツハイマー認知症の女性では、逆流性食道炎があり、肺結核を併発。経口が進まないが、抗結核剤の摂取は絶対に必要。そのため、胃瘻設置。その結果、栄養状態が改善され、デイサービスの利用が増えたが、体重も増えたため、反対に介護量が増大してしまった。さらに脳梗塞と認知症の90歳女性では、水分摂取と経口摂取が少なかったため、点滴を継続。その後、胃瘻にするか皮下注射にするかの説明を受け、皮下注射を選択。それによって状態は改善した。
経口摂取との併用が可能なPEGは有用。しかし、その適応の決定には、患者・家族による意思決定が必要。そのためには、十分な情報提供を!それでも、実際には、家族は悩む。だから、常日頃から、食べられなくなった時のために、胃瘻をつけるのか、あるいはなにもしないのかなどの意思表示をしておくことが重要と思う。
食べることは楽しみのひとつ。多くの人は最後まで「口から食べる」ことを望む。味わう、噛むという行為が体にいい刺激を与える。これをどのように確保するか、PEGの利用で食べることの補助を考えればいいと思う。
(4)訪問入浴の経験から 訪問入浴介護サービス「わかたけ」 小村平安子氏
現在の利用者28名中7名が胃瘻造設。介護度は3〜5。
食の形態が低下していく理由は、竹内先生の特養での調査によれば、飲みこみが早くできないため時間がかかる、体調をくずし食欲低下食べ方も不良になっている、そして理由が分からないという三つに分けられるという。これらを見ると、すべて介護者の視点での判断ということが分かる。介護者のペースで食べさせるから、食べることがうまくできないのである。また、胃瘻に至る経過を見ると、疾病経過型というべきものがあるが、これは状態が改善すれば胃瘻の必要性はなくなるから、胃瘻を継続する必要はないもの。つぎに嚥下障害型。これは胃瘻が欠かせない。つぎが安全管理型。これは介助する側の理由であり、胃瘻の適応はまったくない。最後にターミナルケア型。これも本当に必要かどうかは難しい判断。
実例を示す。最初は、脳出血による右片マヒの90歳の女性。嚥下障害と言語障害がありPEG設置。胃瘻のまま経口摂取し、さまざまな介護サービスも受けている。つぎが、脳梗塞の86歳男性。この人はPEG設置後、経口摂取なし。どうしてなのかを聞くと、「PEGをつけたら経口摂取は禁止」と言われたので、そのままずっとそれを守り続けてきたとのこと。最後に93歳の女性。骨粗鬆症と出血性胃潰瘍だが、昼間は娘が通いで介護、夜は息子が介護に当たり、今のところなんとか経管栄養をせずに済んでいる。
食べることはじゅうよう。PEGをつけてもおやつ程度の経口摂取は必要だろう。PEGをつけたら終わりではない。そこからつぎが始まる。そして、うまく行けば、経口摂取が可能になることがある。
(5)討論
・会場からの質問「医師から胃瘻をつけるときの説明中、胃瘻をつけないと家族が言うのは患者を殺すことだと言われたと聞いたことがある。医師の説明はどうなっているのか?」
(加藤先生)
胃瘻によって栄養が補給されるのだから、それが必要なのにそれをつけさせないというのは殺すことにつながる。だから、その医師の言うことは間違いではない。ただし、やはり、十分な説明が必要だろう。さらに、本人の意思確認が重要だ。今、LMD(Let me decide「自分で決める自分の治療」)という方法がある。これを事前に決めておくということが必要と思う。
・パネリストの長濱氏からの質問「胃瘻は癒着させないといけないのか?」
(加藤先生))
胃壁と体壁はきちんと癒着することで胃瘻ができ上がる。癒着しないままだと、胃瘻カテーテルを抜いた途端に、穴のあいたままの胃が体壁から離れてしまい、大変なことになる。だから、胃瘻をつけた最初はとくに大事で、十分な時間が経ってから交換する必要がある。
・加藤先生から小村さんへの質問「講演中に、初めは自分も胃瘻は悪と思っていたと言ったが、どんなケースだったのか?」
(小村氏)
具体的に詳しくは覚えていないが、当時はヘルパーが栄養剤の交換などができていた時代で、ヘルパーに任せきりの家族を見て、情報も不十分だったが、こんな方法でいいのかとおもうことがあった。ただし、今では、胃瘻についての知識が増え、十分な判断ができるので、当時は胃瘻は悪いという思い込みがあったのかと振り返る。
(まとめ)
胃瘻は栄養状態を改善する有効な方法であることは疑いない。しかし、それが時に本人のためでではなく、介護する側の都合で決められることがある。これが問題だ。つまり、胃瘻をつくることだけが目的となっていることがあるというのが問題と言える。胃瘻をつくるのは、それで終わりではなく、そこから始まるというのが肝心なことだろう。管理の側の論理では、胃瘻で終わり。黒澤氏が言ったように本人のこれからの生活の視点から見れば、胃瘻をつけたところから正に始まる。また、事前に意思表示をすることは重要。これは坂本氏の話していたことであり、加藤先生も追加してくれた。
きょうお集まりの皆さんには、ここで身につけたことを踏まえて、胃瘻についてまだよく知らない人たちに情報発信してもらいたい。