闘神烈伝(後)



「なんてこった、なんてこった!魔女のバァサンの呪いか!!」

 基地施設と言わず宿舎と言わず、真夜中に鳴り響いた警報に飛び起きた俺は、リオを迎えに行くのは、明日にしておいてよかった。などと頭の隅で考えつつも、身支度を整えてメックハンガーに走る。

 こいつは冗談抜きでまずいことになった、マスターのトラップで、全員吹っ飛ばしたと思っていたエレメンタルだったが、その中の生き残りが、夜の闇に紛れて基地の中に忍び込みんで、カミカゼ・アタックよろしく暴れてるって話だ。

「クルツ、乗れ!」

 ハンガーへ走る俺の横を、いつの間に追いついてきたのか、MTBを駆るアストラが併走しながら呼びかけてきた。俺は、その後ろに跳び乗ると、MTBは、俺の重さを問題にしないスピードで、再び走り出した。

「クルツ、姉さんを見なかったか」

「いや、まだ、見ていない。たぶん、ハンガーかもしれない」

「・・・・・・そうか」

「とにかく、ハンガーに急ごう。単独なのか、それとも陽動なのかはっきりしないが、対バトルアーマーの装備換装を考えたい」

「わかった」

 時折、遠雷のような爆音が、夜の空気を震わせる。方角からすると、俺らボンズマンの寝泊りする宿舎と、目と鼻の先にある予備ハンガーのある辺りだ。敵はまだ、あのあたりで食い止められているようだ。

 しかし、やはりとでも言うのか、重要度が低いとされているエリアだけに、警備が一番手薄な場所でもある。どうやら、そこから侵入されたようだ。あの区域は、確か、ジャックの班がいたはずだ。どうにかして食い止めてくれているようだが、いくら対装甲装備とは言え、いつまでも持ち堪えられはしないだろう。

 それに、さっきから、小虫がまとわり付いてくるような胸騒ぎがやまない。とにかく、ハンガーに急がないと・・・・・・!

「班長!無事だったんですか!?」

「当たり前だ!それより、やられた奴は!?」

「それは大丈夫です!」

「そうか、よし!ローク隊のメック、火は入ってるか!?」

 俺達がハンガーに飛び込むなり、シゲ達が駆け寄ってきた。他のテック達も次々とハンガーに駆け込むなり、受け持ちの作業に取りかかり始めている。

「はい、今すぐにでも出撃できますが、装備が対メックのままです。このまま出撃したら、基地にも被害が出ます!」

「だろうな、だが、単独なのか陽動なのか、まだわかってない。UT−AC2を、それぞれ一門ずつ換装したほうが無難だろう」

「いや、クルツ。確か、LB10−Xがストックにあっただろう。それを、俺のルドルフに搭載してくれ。あと、念のためミディアムレーザーを」

「わかった、今すぐ取り替える!」

「頼む、俺も手伝おう」

 こうしている間にも、バイナリーのメック戦士達が、続々とハンガーに駆け込んできた。アラート要員を含め、メック隊の出撃許可はまだ出ていないが、そんなのは時間の問題だ。とにかく、換装が済んだ機体から、いつでも出られるようにするしかない。

「武器庫から、LB10−Xとミディアムレーザーのストックをありったけ出せ!緊急だ、許可は後でいい!」

 ここからは、時間との勝負だ。とにかく、急がないと・・・・・・!




「総員後退!ここはもうもたねーでよ!!」

 現場指揮のジャックの怒声が、燃え盛る炎の中でもはっきりと響き渡る。そのジャックも重傷を負い、どうにか動く左手で、自衛用のハンドガンを握るのが精一杯だった。

「・・・・・・クソたーけが、やってくれたでよ」

 動ける仲間は、全員逃がした。こんな短時間で、ここまでされることは。だが、別に不思議ではない。バトルアーマーを相手にすれば、歩兵装備の人間などこの程度だ。

 バトルアーマーもあることはあるが、本来メック部隊であるクラスターでは、あくまでも予備戦力程度だ。正規に訓練されたバトルアーマー戦力を期待するとしたら、結局、他所からの応援を待つことになる。

 そうなれば、後はメック隊に全てを任せるしかない。しかし、そうなれば、敵も全力で抵抗し、さらに損害は拡大するのは間違いない。どの道、この基地は無事では済まないだろう。

 敵への怒りと憎しみに駆られ、たったひとりで、無謀な殴り込みをかけてきたわけではない。自分の命と引き換えに、この基地に対し、確実な打撃を与えようとしているノームに、ジャックは、怒りと苦笑がない交ぜになった表情を浮かべた。

「・・・・・・完全に、してやられたでよ」

 こちらを振り向いたノームに、ジャックは心底愉快そうな笑顔を浮かべる。そして、手にしていたハンドガンを、真っ直ぐノームに向けて、引き金を引いた。

 銃声と同時に、小さな火花が装甲の上を滑る。そして、当然のように、ノームは微動だにすることなく、ヘヴィーマシンガンの銃口を向けた。

「俺じゃー、相方としちゃー不足だろーけどもが・・・・・・ま、勘弁してくれみゃあ」

 ディオーネは、よく戦ってくれた。彼女のおかげで、警備班の全滅は回避できたようなものだ。ボカチンスキー准尉は、今頃メック隊に状況を報告してくれているだろう。自分はもうお終いだろうが、この敵の命運も、それほど長くはないはずだ。

 ジャックは、もう一度、まだ燃え続けている炎を見やると、ほろ苦い笑顔を浮かべる。そして、再び目の前の敵に向き直ると、最後の銃弾を撃ち放った。そして、相手の50口径機銃弾が、自分の体を粉々にする瞬間を待つ。

 その時、ノームが、あらぬ方向を見ていることに気付いた。その様子に、ジャックは、物凄く不愉快になった。

「へっ、虫けら一匹、どーってこたぁねーって・・・か・・・・・・・・・」

 ジャックも、『それ』に気付いた。こちらに向かって、ゆっくりと歩み進んでくるエレメンタル・バトルアーマー。そして、その肩に、自分の身長ほどもある、冗談のように巨大なサムライ・ソードを、担ぐようにその手にしていることも。

「あ・・・ありゃー・・・・・・まさか・・・・・・・・・」

 燃え盛る炎に照らされ、赤々と光るバトルアーマーは、自身の静かな怒りを噴き上げるかのように、一歩一歩、踏みしめるように歩みを刻む。

 そして、ノームと、ジャックの間に立ち塞がるように足を止めたバトルアーマーは、炎を反射し、激しく光り輝く刀身を捧げ持ち、ノームに対し、戦士の礼を向けた。

 初めて着装する氏族製のバトルアーマーだったが、ハナヱ自身、ゲンヨーシャにおいて、ライデン隊の分隊長として突入要員を率いた矜持がある。それに、ディオーネが、自分の危険も顧みず、フルチャージのバトルアーマーを回してくれた。ここで泣き言を言っていては、彼女に対して、どの面下げることができるだろうか。

『さすが・・・なんて重さ・・・・・・!』

 バトルアーマーのパワーサポートでも、柄を握る左腕のみならず、全身の骨と筋肉を軋ませる重量を伝わらせる巨人剣に、ハナヱの表情が一瞬歪む。しかし、ここで臆しているわけには行かない。ここで、敵の動きを食い止められるのは、今は自分しかいない。

『元々、剣は左で振るうもの。何も問題など・・・・・・!』

 一切の迷いを断ち切り、斬馬刀『砕錮巌陀』を構えたバトルアーマーは、ノームに向かって猛然と駆け出した。ノームもまた、この、巨大な剣を振りかざして突進してくる敵を前に、臨戦態勢の構えを取ると同時に、両肩に背負ったランチャーがSRMを撃ち出す。

『このっっ!』

 ジャンプジェットを噴射させたバトルアーマーは、ミサイル達の頭上を飛び越えるように跳躍する。そして、振りかぶった砕錮巌陀を、ノームの頭上めがけて振り下ろした。

『はあぁああっっ・・・てぇりゃああああああっっ!!』

 頭上からの斬撃に、ノームは、その巨体にはおよそ似つかわしい、細やかなバックステップで回避する。そして、唸りを上げながらその足元に炸裂した一撃に、バトルテックの走行にも耐えるフェロクリートで固められたエプロンが、轟音と共に石膏のように粉砕され、散弾のような破片が互いの装甲を激しく打ち付ける。

『こいつ!』

 フェロクリートをえぐるように破片を撒き散らしながら、刃を引き抜きつつ横様に振り抜いた斬撃がノームを捉え、鉄の扉をハンマーで打ち据えるような轟音とともに、真紅の火花が辺り一面に飛び散った。

『まだまだぁ!!』

 強固な装甲に弾き返された大剣の重量と反動に、半ば振り回されながらも、その反動を全身で受け流し、巧みに重心を移動させつつ剣を引き戻し、再び、頭上高く振り上げる。

 そして、弧を描くような一連の動作と共に振り下ろした刃が、金属の塊のようなショルダーアーマーに直撃し、火花と共に装甲の破片が飛散するほどの激烈な衝撃で、ノームの巨体がたたらを踏む。

「くあああっっ!!」

 細胞を分解しそうな振動に、全身の筋肉が悲鳴を上げながらも、ハナヱは、ノームに立て直しの暇を与えず、渾身の力で振り上げた大重量の刀身を力任せに叩きつける。その凄まじい重量と衝撃の連続で、ノームは膝を折るように姿勢を崩した。

 巨大な剣を振るい、敵を容赦なく打ちのめすバトルアーマーの姿に、固唾をのんで見守っていたノヴァキャットの戦士達から、思わず歓声が上がる。しかし、沸き立つ戦士達とは裏腹に、ハナヱは、振るうたびに、力と気力を削られていく巨人剣に、針の先程のような曇りが、否応なしに大きくなっていくのを感じる。

 しかし、迷いを振り払うように振り抜いた刃を、薙ぎ払うようにノームに叩きつけると、飛び散る火花と共に食い込んだ刃は、耳障りな軋みをあげて、装甲の破片を飛散させた。

『浅い?でも!』

 致命傷とはなりえなかった打ち込みに、ハナヱは剣を引き戻し、再度斬撃を浴びせようとする。だが、その度に、関節をすり潰すような重量に振り回された。

『うあっ!?』

 その巨大さからくる大質量と反動に、剣に全身ごと持っていかれそうになる。その度に、全身の筋肉を総動員させて踏みこらえ、間合いから離れようとするノームを追う。

『ええい!このぉ!!』

 レーザーの掃射を受けながらも、ハナヱは振りかぶった剣を、その大重量ごとノームに振り下ろす。しかし、それは技も何も無い、ただ力と剣の自重だけに頼った、原始的な太刀筋になる。

 ハンマーで鉄の扉を叩くような轟音が響き、ノームのヘッドアーマーに直撃した刃は、その装甲に亀裂を入れる。しかし、斬馬刀の刃を持ってしても、敵の装甲を打ち砕くことが出来ず、逆に、自分の体力が、確実に消耗していくことに、ハナヱの中に、じわじわと焦りが広がっていく。

 すでに、ものの数分振るっただけで、左腕だけでなく、全身にまで痙攣のような痺れが走り、バトルアーマーのパワーアシストに頼りながら、剣を支えるのが精一杯になっていた。

『このままでは・・・このままでは・・・・・・!』

 滝のように流れ落ちる汗と、獣のように荒れ狂う呼吸の中、ハナヱは、ほとんど感覚の失われた手で、巨人剣を握り締めた。

『え・・・・・・?』

 ノームから放たれた二発のSRMが、白煙を噴きながら自分に向かって突進してくる。反射的に振りぬいた剣は、SRMのひとつをかすめ、爆散した衝撃波と破片が暴風のように叩き付けられ、刃にかけ損なったもうひとつが直撃した。

『うああっっ!?』

 疲労で綿のようになった体に、その衝撃を踏みこたえる余力もなく、ハナヱは、バトルアーマーもろとも転倒する。そして、無様な姿を晒した敵に、ノームは今までの返礼とばかりに、レーザーの弾幕を浴びせかけた。

『ああああっっっ!!』

 金属が蒸発する振動と、凄まじい過熱を始めたバトルアーマーの中で、ハナヱは本能的に立ち上がろうともがく所へ、その動きを押さえ込むようなSRMが、周囲で次々と炸裂し、衝撃波と破片が容赦なく叩きつけられる。

 その時、一発のSRMが直撃した瞬間、鈍い衝撃と共に、自分の膝がバトルアーマーの足ごと、あり得ない方向に曲がる。その、痛覚を通り越した有機的な感覚が、脊髄を駆け上がり、全身から冷たい汗が噴き出した。

 しかし、ミサイルとレーザーの嵐はやむことなく、轟音と衝撃、そして、焼け付くような高温が、バトルアーマーの内部を荒れ狂った。

『私は・・・私は・・・・・・っっ!!』

 完全に言うことを聞かなくなった体、しかし、剣だけは握り続ける。自分はここで死ぬだろう。しかし、剣を手放して死ぬと言うことは、自分の魂まで死なせると言うこと。たとえここで敗れようとも、魂まで屈するわけには行かない。

『私は、ハナヱ・ボカチンスキーです!!』

 最後に残った力を振り絞り、軋みをあげるバトルアーマーを引き起こす。そして、手にした砕錮巌陀をしっかと握り締める。そして、これが最後になるであろう、己が名乗りを高々と叫んだ。

 右足の感覚はすでになく、破片を受けたのか、額から止め処もなく流れる血が、やもすれば視界を赤く染める。だが、絶対に、前のめりに死ぬつもりはない。ドラコの軍人として、そして戦士として、力及ばなかった目の前の敵に対して、決して、背中を見せて倒れることはしない。

 だが、その時何を思ったか、ノームは攻撃の手を止めた。そして、防弾バイザーに突き刺さり、突然その視界を遮った何かを、僅かな動揺を見せながら引き抜いている。

「見ていられまへんなぁ、ホンマに」

 不意に、頭上から降ってきた、これ以上ないくらい聞き覚えのある声に、ハナヱは、取り落としそうになる刀を寸前で握り直す。間違ってでも、その目の前で砕錮巌陀を地に転がそうものなら、次は冗談抜きで、自分の首が地に転がりかねない。

「たまに様子を見にきたら、まるっきし、だらしのあらへんことどすなぁ」

『お・・・お母様・・・・・・!』

「まったく・・・・・・こんな調子では、剣が泣きますえ」

 何の前触れもなく現れた母、アヤメ。しかし、その姿は、現実のものとして、ハンガーの屋根の上から、自分を見下ろしている。

夜空に溶け込むような漆黒の地に、鮮血のように紅い菖蒲の花が鮮やかに乱れ咲く着物をまとう姿は、まるで、魔界から訪れた羅刹のように、燃え盛る炎に照らし上げられている。

 そして、彼女は、袂で口元を隠しながらも、その鋭い目元に、酷薄ですらある笑みを浮かべながら、満身創痍の娘に、容赦のない言葉を浴びせる。

「ほんまに、出来の悪い娘どすなぁ。剣だけが、あんはんの取り柄だとゆぅのに。それすら満足にでけへんようなら、さっさと嫁にいって、孫でも産んどきなはれ」

『そ・・・そんな・・・・・・』

 全身を凍結させるような言魂に、ハナヱは蒼白になりながらも、必死に母の目を仰ぎ見る。その時、完全に蚊帳の外に置かれる形になったノームが、苛立つような動作でハンガーの上に立つアヤメを見上げた瞬間、彼女に向けてSRMを撃ち放った。

『お母様!!』

「まったく、人が話している時に、ほんま無粋なお人どすなぁ」

 心底つまらなそうな表情を浮かべながら、アヤメがその白い手を一振りすると、袂から滑り出た苦無手裏剣が、弾丸のように撃ち放たれる。それらは、一直線に狙い違わずミサイルを撃ち抜き、空中で爆散させた。

 そして、何事もなかったかのように、彼女は、再び視線を戻した。

「ま、一度しくじったくらいで、剣を捨てろとはいいまへん。お手本を見せてあげますぇ、次はしっかりおやんなはれ」

『は・・・はい!』

「ホンマにもう・・・この子は、いくつになっても、世話が焼けること、この上なしどすわ」

 そうつぶやいた瞬間、アヤメの体は、自ら重力を切り離したかのように跳躍し、漆黒の夜空を背に、炎の茜に照らされながら中を舞う。そして、その軽やかさから一変、着物の袂が激しい風の唸りを上げて翻り、大気を叩く轟音と共に疾風怒濤と身を変える。

 そして、砲弾の着弾さながらの勢いで着地したと同時に、極限まで引き絞られた強弓から放たれた矢のように疾走し、瞬時にノームの懐深く迫撃した。

 生身で格闘戦を仕掛けてきた、愚かな人っ腹生まれの女。ノームは、それを侮辱と受け取り、渾身の力を込めたパンチを振り下ろした。

「相変わらず、大味でわかり易い動きどすなぁ」

 アヤメの口元に、剃刀のような笑みが浮かび、ハンマーのように振り下ろされた腕を、すり抜けるように受け流し、伸びきったノームの腕に、添えるように手を置くと同時に、そのしなやかな肢体が舞踊のように翻る。その瞬間、ノームの巨体が、張りぼての人形のように宙を回転し、凄まじい轟音と共にコンクリートの地面に叩きつけられた。

「人間様と、まるっきし同じ動きが出来る言うんは、どうにも不便なことどすなぁ」

 アヤメは、袂で口元を隠しながら、その目元にあからさまな挑発の笑みを浮かべる。

「関節の動きまで人間様と同じ、ホンマ、合気のとり易いこと、この上なしどすわ」

 その挑発的な仕草と、無様に地に転がされたことに、今度こそ完全に怒り狂ったノームは、起き上がると同時に、手負いの大熊のようにアヤメに襲いかかる。

「ほらほら、鬼さんコチラ」

 唸りを上げて振り下ろされるパンチや、薙ぎ払うように繰り出されるキックを、流れるようなすり足でかわしながら、アヤメは懐から取り出した絹張りの扇子をひらつかせ、ことさらノームの怒りを誘うように、その身を舞い躍らせる。

「あんはんも、ちびっと稽古をつけてあげたほうがええようどすなぁ」

 アヤメの目から笑みが消えた瞬間、彼女の体は、地面に叩きつけたスプリングのように跳ね上がる。そして、流れるような後方転から大きく跳躍すると、一瞬でハナヱのバトルアーマーの傍へと着地した。

「ハナヱ、砕錮巌陀を貸しなはれ」

『は・・・はい!』

 自分に向かって手を差し出すアヤメに、ハナヱは、一瞬戸惑いと驚きがない交ぜになりつつも、母の言葉に従い、手にしていた巨人剣を差し出した。

「ほんにまぁ、この子は・・・・・・。こない雑な扱い方をして・・・ああ、ああ、拵えも傷んどるやおまへんか」

『も、申し訳ございません!お母様!!』

「そのお話は、あとでゆっくりするとして。・・・・・・ええどすか、ハナヱ。砕錮巌陀は、そないなオモチャを着て扱うものやおまへんのやで」

『え・・・・・・・・・!?』

「今回だけ、特別や。よぅ見とくんどすぇ」

『は・・・はい!』

 受け取った砕錮巌陀を、こともなげに手にしたアヤメは、自分の背丈の、優に二倍強もある巨人剣を当然のように構えるや否や、足元をふらつかせることも無く、肩慣らしをするかのように軽々と振り回し始めた。

「ふむ・・・これを使うんは、10年振りやけど、ホンマ、いつ見てもええ剣や」

満足げな表情を浮かべる母、その、信じられない光景に、ハナヱは我が目を疑うように見開いていた。

『そ・・・そんな・・・・・・、いったいどうして・・・・・・』

 乾ききった口から、搾り出されるような声に、アヤメは、羅刹女の笑みで振り返る。

「砕錮巌陀は全身全霊をもって、使い手の魂魄をつなぎ合わせて振るうもの。力に任せて振り回しても、それは己が身を削るだけの大刀でしかおまへん。・・・・・・見ときやす、ハナヱ。砕錮巌陀の、真の力」

 そう伝えると同時に、アヤメは巨大な刀を掲げ持ち、獲物に襲いかかる黒豹のように疾走する。戦士としておよそ相応しくない、華美極まる衣装でありながら、先ほどのバトルアーマーでさえ、満足に取り回せなかった巨人剣を事も無げに構え、生身の人間のものとは思えない脚力で迫ってくる女に、本能的に危険なものを嗅ぎ取ったノームは、残っているだけのSRMを撃ち放った。

「まったく、芸のないんは、うちの娘以下どすなぁ」

 飛来するミサイルを避けようともせず、さらに加速したアヤメは、掲げもった巨人剣を竹竿のように軽々と一閃させる。

 拍子木を打ち鳴らすような音と同時に、信管とシーカーを内蔵した先端部を、精密機械並の精度で切り落とされたSRMは、目標を見失ったように不安定な機動を始め、やがてロケットモーターの制御を失って落下すると、甲高い音を響かせてエプロンの上を蛇行しながら、闇の中に消え去っていった。

 現実離れした技を目の当たりにしたノームは、漆黒の疾風が人の姿を成したような女が、先ほどのバトルアーマー達とは、次元の違う敵であることを確信する。同時に、突然アヤメが急制動をかけて停止しつつ、砕錮巌陀を盾のように掲げ持った瞬間、ノームの放ったレーザーの閃光を、刀身の側面で受け止め、鏡に反射する光のように弾き返した。

「遅い遅い、攻めの出足が丸見えどすぇ」

 失笑と共に呟いた言葉が終わらないうちに、アヤメは砕錮巌陀の間合いに滑り込むや、白銀の旋風をノームに浴びせかける。そして、薄い鉄板同士を擦り合わせたような音と同時に、ノームの正面装甲を、熱したナイフで触れたバターの塊のように切り裂いた。

 続いて、水平に構えた刀身が、今度はパイルバンカーの一撃のような衝撃と、大重量を込めた打突を胸板に炸裂させた瞬間、落雷にも似た轟音と共に、衝撃波の伝播する光の輪が浮き上がる。

 爆風並みの衝撃がノームの表面を走り、大気を振動させる破砕音と共に、激しい火花の尾を撒き散らしながら、フェロクリートの地面を、まるで、車にはね飛ばされた子供のように吹っ飛んでいく。

 斬撃と打撃を、同じ刃で使い分ける技巧を見せたアヤメは、一時的にノームを沈黙させる。そして、うずくまるバトルアーマーを振り返ると、掲げ持つ砕錮巌陀の切っ先で軽くなぎ払い、そのヘッドアーマーを切り飛ばした。

「いつまで休んどるつもりどす、ハナヱ。あんはん自身で落とし前をつけんで、どうするつもりどすか」

「お・・・お母様・・・・・・」

 氷の玉をはめ込んだかのような、凍てついた視線を向けるアヤメに、ハナヱは激痛に歪む顔に、大粒の汗をにじませながら動揺の色を浮かべる。

「まさか、足が折れたから、それでおしまい。なんて言うつもりやおへんやろなぁ」

「そ・・・それは・・・・・・」

「甘えたこと抜かしとるんやおまへんえ!足が折れれば、腕で体を支えなはれ!腕も折れれば、歯で剣を支えなはれ!!」

 アヤメは、その腕を伸ばし、ハナヱの首根っこを引っつかむと、まるで、炬燵に潜り込んだ子猫を引っ張り出すかのように、軽々と彼女を引きずり出した。

「うぁっ・・・・・・痛ぅ・・・・・・・・・」

 強制的に表へ引きずり出されたハナヱは、右足の激痛に表情をしかめる。しかし、思わず涙を滲ませたその顔に、容赦ない平手打ちが飛んだ。

「この莫迦娘!だからあんはんは阿呆なんどす!!あんはんは、スモークジャガーの戦士はんから、いったい何を教わったんどすか!こない根性無しに負けたと知ったら、どないに悔しがるか、わかったもんやあらしまへんわ!!」

「お・・・お母様・・・・・・!」

 純粋な憤怒の表情と共に、厳しい言葉を叩きつけるアヤメに、ハナヱは、幼な子のような目で母を見上げる。

「動くんやおまへんで、ちぃとでも手元が狂ったら、お終いどす」

 アヤメは、ハナヱの折れた足を掴むと、外れた関節を強制的に接続し、袂から抜き出した、10センチほどの針を逆手に握り、突き立てるように彼女の太股に突き刺した。

「うぁっ・・・・・・・!」

「情けない声だすんやおまへん、これで、動き回る分には問題あらへんはずや。・・・・・・それにしてもまぁ、えらいはしたない格好どすなぁ。・・・・・・まったく、体ばかり大人で、中身は子供のまんま。ホンマ、世話の焼けることこの上なしや」

 アヤメは、心底あきれ果てた表情を浮かべながらも、目元に微かな苦笑を滲ませる。

「ハナヱ、剣は心の鏡。心が曇れば、剣も曇る。あんはんが、巫王村雨を使いこなして見せたように、今度は、砕錮巌陀を使いこなして見せなはれ。・・・・・・あんはんには、そのために必要なことは、みんな教えたつもりどす」

「は・・・はい!」

 母の言葉に、ハナヱはもう一度、母の差し出した砕錮巌陀を見る。その巨大な刀身は、その武骨な造りの中に、清冽に輝く光をたたえて、再び自分に力を与える主を待ち続けるように、静かにその身を横たえている。

 そして、ハナヱは、もう一度立ち上がり、そして、アヤメの手から、再び砕錮巌陀を受け取り、その刃に映る自分と相対する。

「さあ、もう一度、問いかけてみなはれ。あんはんが心から望めば、剣もそれに応えるもの。何を迷う必要がありますえ?」

 斬馬刀『砕錮巌陀』

 遥か古の時代、それは、騎馬を駆る武将を、諸共粉砕するため鍛え上げられた巨人刀。そして、それは代々の使い手によって、その前に立ち塞がるものを打ち破ってきた。

 騎馬が戦車に変わり、そして、幾星霜もの時を越えて、それは、バトルアーマーとなり、バトルメックとなった。

 しかし、砕錮巌陀にとって、それは、自分の存在を否定するものにはなりえない。自分の前に相対する、ありとあらゆるものを斬り裂き、全てを打ち破ってきた。それが、自分の存在意義。

 そして、今ここに、自分の存在意義を再び引き出そうとする、新たな依り代がいる。さあ、我を振るえ。そして、その力を顕し、世に示すがいい。

「砕錮巌陀・・・・・・もう一度、私に力を貸してください。そして、共に!」

 全ての迷いを断ち切り、全ての感情を鎮める。そして、厳冬の湖のように深く、鎮める心は、磨き上げられた鏡の如く澄み渡る。その心に成した鏡に映るのは、歪みひとつ無い自分と、そして、再び立ち上がった敵の姿。

「心は剣の鏡・・・・・・私の魂、貴方に預けます」

 再び、ハナヱの手に握られ、振りかざされる剣。しかし、それは、羽根のように軽く、そして、雷光の如き輝きを放つ。

 ハナヱが地を蹴ると同時に、その体は神楽舞のように翻り、それに呼応する砕錮巌陀は、その巨大さを微塵も感じさせない太刀筋で虚空を舞う。そして、それを迎え撃つように、ヘビーマシンガンが弾幕を展開する。

 その瞬間、振り抜いた砕錮巌陀の重量から生まれた遠心力に曳航されるように、低く地を這うようにしなやかに肢体を反り返らせ、滑るように銃弾の真下をすり抜ける。

 そして、弧を描くように走らせた刀身を翻らせ、その切っ先は、右腕のヘビーマシンガンを粉砕した。しかし、大気を攪拌し、唸りを上げて疾走する巨刃の勢いは少しも衰えず、一刀一殺の間合いに達したハナヱは、手の内を返すと同時に、薙ぎ払うような一撃を振り抜いた。

「天を駆け、地を縮める。我が刃の、届かぬもの無し!」

 銀色の疾風がノームを捉え、ノームを駆るエレメンタルは、自分の眼前に迫る閃光に、反射的に首をすくませた瞬間、頭上を衝撃波が掠め、斬撃を浴びたSRMポッドが斬り飛ばされると同時に、音叉を弾く音にも似た清音が鳴り響き、ヘッドアーマーが宙を舞った。

 もう、先程までの、無様に剣に振り回されていた人間ではない。文字通り、裸同然の姿で、自分の身の丈の倍以上もある巨人剣を振るう。そして、その刃は、紫電の如き磁光を放ち、触れる大気をも切り裂き、真空を造り出すかのような剣気を揺らぎ昇らせる。

 その、死と敗北の香りを、確実に突きつけつつある女に、ゴーストベアーのエレメンタルは、その理解不可能な現象に唖然となる。

「そなたに恨みは持ち合わせぬ、ただ、全身全霊でそなたを討つのみ!」

 呪われている、自分は呪われているに違いない。

 ゴーストベアーのエレメンタルは、そうとしか思えない事態に、生まれて初めて、戦いの中で恐怖を感じる。

 今、目の前にいる、自らの生命魂魄を刃にしたかのような、巨大な剣を振りかざす女。それは、突然その力を炸裂させ、バトルアーマーの力を持ってしてですら振り回されていた剣を、生身の細腕で自在に操り始めた。

 自分の知識と常識では、到底理解できない。あの、憎むべき造叛者、ノヴァキャットの神秘主義など、今目の前に起こっていることに比べれば、実に取るに足らないものだ。

 わからない、わからない。中心領域の、卑俗極まる人っ腹生まれの分際で、なぜにこうも、自分の及びもつかない力を持ち得るのか。

 その時、脳裏にある記憶が閃くように蘇る。

 ドラコには、かつて、『サムライ』と呼ばれた戦士の末裔が存在すると。その手に振るう剣は、岩をも砕き、鋼すらをも切り裂く。

 鋼鉄の掟と、血盟の戒律の元に鍛え抜いた肉体と精神は、自らの死をも厭わず、己を滅ぼす覚悟で敵を滅ぼすと。

 間違いない、この女は、『サムライ』の末裔に他ならない。狂戦士の力と技を持ち、求道者の孤高なる魂を持ちし超越者達。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?』

 ゴーストベアーのエレメンタルは、今目の前で起こっている光景に、思わず息を呑む。巨人剣を構えた女剣士が、バトルアーマーの装甲さえも、バターのように切り裂いて見せた刃を、素手で握り締めている。

 しかも、全身の筋肉が脈動を打つように隆起し、柄を握る左手、刃を握る右手、それら両の手、そして腕は、その刃に渾身の力を注ぎ込んでいる。しかし、刃を握り締めた手指からは、一滴の血さえも流れてはいない。

 大理石のように滑らかな肌に、鍛え抜かれた筋肉が、全身に鎧の如く浮き上がり、陽炎のような闘氣が全身から立ち上る。それは、さながら闘神降臨の如き姿となる。

「さあ、いざ死合わん。互いの最後の一撃をもって」

 目の前の戦士の言霊が、電撃のように全身を打つ。そして、ゴーストベアーの戦士も、全ての迷いを振り捨て、右腕のレーザーポッドを構える。そして、周囲を焼く炎の熱気が、一際大きく彼らに吹き付けた瞬間、全ての力を注ぎ込まれた刃と、心の臓に狙いをつけた光の矢が同時に放たれた。

 神速を持って振りぬかれた巨刃は、放たれたレーザーを打ち払い、閃光の乱舞が周囲を照らし上げた。そして、その勢いと鋭さを僅かさえも損なうことなく、ノームの正面装甲を横一閃に斬り払い、返す刀を、袈裟懸けに振り下ろした。

 中枢まで届く斬撃に、その機能を破壊されたノームは、自らの巨体を支える力を失い、崩れ落ちるように、その身を轟音と共に地に伏せた。

「・・・・・・初めてにしては、まあまあ。と、言ったところどすな」

 全てを見届けたようにうなずきながらも、アヤメは口元に苦笑を浮かべる。

「この期に及んで、命だけは斬らへん。まったく、相変わらず、甘いことどすなぁ」

 大破したノームに、砕錮巌陀の切っ先を突きつけ、降伏を迫るハナヱに、アヤメは、小さな溜息と共に、袂の僅かな乱れを整える。

「けど、詰めの甘さも相変わらずどすな。せやから、万年下士官なんどすわ」

 アヤメの嘆息と同時に、ほとんどの機能を奪われたはずのノームが、突然その全身を痙攣させるように振動させた瞬間、そのジャンプジェットが、狂ったように炎を噴出する。

「なっっ!?」

 予想外の事態に、思わず狼狽するハナヱを爆風で吹き飛ばしながら、ノームの巨体は、空気漏れを起こした風船のように、空中をでたらめに踊り狂いながら跳び上がっていく。

 度重なるダメージの蓄積が制御系を暴走させ、プロペラントの暴発を起こしたノームは、限界まで上昇しきると、爆ぜるように火を噴いた後、炎の尾を引きながら落下していった。




「ぅおわっっ!?」

 換装作業中のハンガーで、明り採りの天窓が、いきなりとんでもない音を上げて砕けた時には、流れ弾が飛んできたかと思った。しかし、雨のように降り落ちるガラスの破片と共に、物凄い音を立てて転がり落ちてきたそれは、流れ弾なんかより、百万倍も危険な代物だった。

 しかも、こともあろうに、俺のすぐ目の前に落っこちてきたもの。そいつは、ボロボロに破壊された、ノーム・バトルアーマーだった。そして、レーザートーチで滅多斬りにされたような、その胸板の装甲にかろうじて残っている、ゴーストベアーの紋章。

 それは、こんなザマであったとしても、どう転んでも、こいつが俺達を軽く10回は殺せる敵だということを証明していた。そして、俺の予想通り、破壊されたヘッドユニットから、激しい憎悪と憤怒に歪ませたエレメンタルが、その血塗れになった形相も手伝って、相当ヤバい気配を振りまきながら、ギラギラと底光りする、野獣のような目を向けてきた。

・・・・・・ヤベぇ、目が合っちまった。

 全身の装甲をズタズタに切り裂かれ、おまけに、煙やら火花やらを盛大に撒き散らし、もはや、完全に役立たずとなったバトルアーマーを脱ぎ捨て、中から、文字通り雲をつくような巨人が、ゆっくりと這い出してきた。

「ぬふぅ〜〜・・・・・・」

 そして、満身創痍ながらも岩のような肉体に、爆発せんばかりの憤怒をみなぎらせたエレメンタルは、猛獣の咆哮のような怒声を上げると、まさに、怒り狂った手負いの大熊のように俺に掴みかかってきた。

「この・・・・・・この、裏切り者共がああぁぁぁっっ!!」

「うわっ!?」

「クルツ!!」

「班長ぉぉっ!!」

 冗談だろ!何で俺!?

 なんというか、今までの人生が、プロモーション・ビデオのように再生される。そして、反射的に、俺の体が動いた。

「ァガアッッ!?」

 とっさに、というか、苦し紛れと言うか、俺は、手近にあったサンダーのディスクブレードを投げつけていた。そして、それは、奴の顔面に真っ直ぐ飛んでいき、目潰し状態でスマッシュヒットした。

 俺も驚いたが、あちらさんも相当驚いたらしく、顔を押えて動きを止めた。向こうはかなりの重傷を負っているようだが、戦意と敵意はまったく衰えていない。それどころか、これ以上無いくらい逆上している。

 とにかく、何が何でも、黙らせるしか他に選択肢は無い。俺は、ワーキングベルトに吊り下げていた、メックの特大ボルトを締め上げるための大型スパナ二本を引き抜き、バトルメイスのようなそいつらを両手に構え、腹の底から気合を入れた。

「トォウリャッッ!!」

 そして、まだ目を押さえてうめき声を上げている、奴の足元に狙いを定め、その向こう脛を、骨まで砕けよとばかりに思いっきりブン殴った。

 例の、あのハードゲイみたいなナリのエレメンタルは、むき出しの向こう脛に炸裂した鈍器の一撃に、思わず身を屈めた所へ、その延髄めがけて、もう一発お見舞いした。

「グアッッ!?」

 自分でもえげつないほどに、急所に対する鈍器の連撃で、さしものエレメンタルも、床に頭から突っ込むように転倒しなすった。

 しかし、ここで安心するわけにも、仏心を出すわけにも行かない。こんな所で乱闘再開された日には、この場に居合わせた人間全員、明日の朝飯を食える保障はどこにもない。 俺は、奴の背中に飛び掛るように馬乗りになると、二本の特大スパナを、迷うことなく奴の脳天に振り下ろした。

「ウリャ!テヤ!ハアッ!トアッ!!」

 とにかく、奴に回復の隙を与えないよう、渾身の力を込めてヤツの後頭部を乱打する。・・・・・・なに?いくらなんでも、それはどうかって?馬鹿言え、エレメンタルがこの程度でくたばるもんか!

 とにかく、無我夢中で叩く叩く。まるで、ベトンの塊を殴りつけているような感覚だ。さすがに、ハンパじゃない石頭だが、有無を言わさぬ後頭部への鈍器の連打は、確実にダメージを与える手ごたえ十分だ。そして、奴が限界に達した気配を嗅ぎ取り、俺は、両手のスパナを、ドラコ兵が良くやるような、『バンザイ』のように振り上げた。

「ハアァァァッ・・・・・・タァッッ!!」

 止めの一撃を、二本同時に思いっきり振り下ろした瞬間、俺の腕にも、半端じゃない衝撃が伝わってくる。そして、奴の全身から一気に力が抜け、そのまま、完全に沈黙した。




「DCMSから、復旧支援の要請・・・・・・ですか?」

「ええ、先日、DCMSから、そう申し出がありました。こちらとしても、それを断る理由も余裕もありませんから、有り難く承諾させていただくことにしましたけどね」

 イオ司令は、微妙な笑顔を浮かべつつ、豊かな香りを浮かべるコーヒーを満たす、上品なカップを口元に運ぶ。

「どうぞ、クルツ君も。中心領域製のコーヒーです、冷めないうちにどうぞ」

「はい、では、頂きます」

 ちょっとばっかし抵抗があるが、司令直々に淹れて下さったものだ。意を決して、芳醇な香りの液体を口に含んだ瞬間、超低周波で脳味噌を振動させるような衝撃が走る。ありていに言って、コーヒー色をしたガムシロップだ。そうさな、彼女は、このクラスター、いや、恐らく、ノヴァキャット随一の甘党なんだよ・・・・・・。

「それでですね、今回、クルツ君に来ていただいたのは、その復旧支援物資の中に、中心領域製バトルアーマーが、一個ポイントスター分が含まれていました。これらは、現在搭乗機を持たないメック戦士達から、適任者を選考して割り当てることにしました。

 彼らの扱いは、今回の一件を踏まえて、基地警備隊として編成することになりますが、有事の際には、もちろん、メック隊の直援任務も行ってもらおうと計画しています。クルツ君には、当面の間、バトルアーマーの整備指導に参加して欲しいのですよ」

「了解しました」

 ・・・・・・ドラコが、損害を受けた他所の基地の復旧支援だけじゃなくて、一個ポイントスター分のバトルアーマーを、ポンと寄付・・・・・・?なんだ?いったい、どう言う風の吹き回しで・・・・・・。

「私も、その点については疑問がありましてね。担当官に何度も確認したのですが、『同盟国に対する、極当たり前の道義』と、この一点張りでしてね」

 口元は笑っているが、その目は少しも笑っていない。確かに、ドラコにしても、アルシャインの一件で、そんな余裕があるとは思えない。司令の疑問も、至極もっともなものだとは思う。

「ですが、頂けるものは、病気以外有り難く頂戴する。そういうことで、今回の件は、それで了解することにしました。それにしても・・・・・・・・・」

 常人なら、口に含むことすら躊躇するような、極甘コーヒーを優雅に含みながら、司令は、ようやくその目に、柔らかい笑みを浮かべている。

「条件として、今回の事件における捕虜の引渡しと、襲撃は私達の力だけで鎮圧したと記録すること。と、提示されましたが、なるほど、そう考えると、疑問を持つこと自体、馬鹿げているようですね」

「は・・・はあ・・・・・・」

 疑問を持つこと自体、馬鹿げている・・・・・・か。

「まあ、なんにせよ、復旧も進み、戦力の補充もあったのです。ここは素直に喜んでおくとして・・・・・・クルツ君」

「はい?」

「いくらエレメンタルが相手とは言え、素手の相手に凶器を用いるのは、どうかと思うのですよ。突然のことでやむを得なかったとは言え、今回限りにしておかないと、デズグラの不名誉を被ることになりますよ。以後、十分注意するように」

「りょ・・・了解しました」

 やはり、アレは氏族的にはマズかったらしい。しかし、それでも生きていた辺りは、流石エレメンタルだ。とは、思ったが。

「さて、連絡事項は通達しましたが、何か質問は?」

「いえ、問題ありません」

「よろしい、それでは、さっそくですが、任務を下命します」

「了解しました」

「トマスン・クルツは、至急軍病院に出頭し、DCMS所属、ハナヱ・ボカチンスキー准尉の傷病見舞いと護衛に向かうこと、いいですね」

「はい、了解しました」

「よろしくお願いしますね、なにしろ、彼女は今回、最大の被害者であり、功労者でもあるんですから」

「・・・・・・え?」

「質問は受け付けませんよ、早く行きなさい」

「了解しました・・・では、失礼します」

 とにかく、今は病院へ行くとしよう。




「お願いです!もう帰って下さい!!」

「ウッシャッシャッッ!遠慮すんじゃねーだぎゃ、ほれほれ、せっかく剥いてやったんだぎゃ、よーけ食って、早ぅ良くなるだぎゃ〜〜〜」

「むっ!むがっ!?むごごっっ!!」

 身動きが取れない病人の口に、むりやり果物をねじ込むとは・・・・・・。なるほど、確かにこれは護衛が必要かもしれない。ハナヱさんが入院している病室を訪ねるなり、さっそくのように展開されている狂態に、イオ司令の言葉にしみじみとなる。

「ゲホゲホッッ!・・・・・・だっ!だいたいですね!どうして私が全治3ヶ月の重傷で、貴女は軽い火傷で済んでるんですかっっ!?」

「な〜にを言うかと思えば、ったりめーだぎゃ、鍛え方が違うでよ」

「鍛えてどうにかなる話ですか!?」

「おみゃー達の地元でも言ぅとるだぎゃ?『心頭滅却すれば、火もまた涼し』ってみゃあ」

「だからって!!」

「単に、おみゃーの修行不足だぎゃ〜〜。んふふ〜〜〜〜♪」

「うっ・・・うきぃいいいいいいいっっ!!」

 これはこれは、ふたりとも元気そうでなによりだ。

「こんにちは、クルツです。入っていいですか?」

「おー、クルツー。なんか、みょーにやっとかめって感じだみゃあ」

「精密検査では、どこも異常なかったそうで、本当になによりです」

「ニヘヘ、まーなー」

「ハナヱさんも、具合の方は大丈夫ですか?」

「ありがとうございます、クルツさん」

 激烈な筋肉痛を抑えるためと言う湿布薬の匂いを、全身から漂わせたハナヱさんは、少し顔色が良くなかったが、それでも、その青い瞳に笑みを浮かべている。右足はギブスで固められ、首にはコルセットを巻いている。それと、額に巻かれた包帯と、おまけのような絆創膏がいくつか。

 もともと真っ白だったはずのギブスは、『コンボイ☆ハナヱ』だの『人斬り包丁人』だの『ヤンマーニ』だの、意味があるのか無いのか、今イチ良くわからない落書きで埋め尽くされている。まあ、どうせディオーネが、ハナヱさんが抵抗できないのをいいことに、思いつくままに、ずらずら書き殴ったりしたんだろう。

 しかし、今回、両者とも被害甚大であったことに違いはないのだが、大破炎上した方の中の人はほとんど無傷で、中破した方の中の人は、手ひどい重傷を負うと言うのは、どうにもわからない世界だ。

 それと、ハナヱさんの話だと、ディオーネは、エネルギーがロクすっぽ充填されていない機体で、ノームの迎撃に出たんだが、案の定、エネルギー切れを起こして立ち往生したそうだ。しかし、それでもしばらくの間、力で勝るノームに対して一歩も退かず、ド突き合いを続けていたと言うから驚きだ。

 やっぱり、バトルアーマーの場合、最後にモノを言う動力は

『筋力』

 と、言うことなんだろうか。ともあれ、ディオーネの怪力は、知る人ぞ知る人外指定だ。まあ、それはそれでアリなんだろう。しかし・・・・・・

「あの・・・・・・どうかなさったんですか、クルツさん?」

「なーに人のこと、じろじろ見とるだぎゃ、おみゃーは」

 無意識に、彼女達に視線を張り付かせちまった俺は、当然、ふたりの怪訝そうな声を頂戴してしまった。

「このムッツリスケベ、そんなにうちが魅力的かみゃあ?」

「すみません、そんなつもりじゃなかったんですが・・・・・・」

 いや、まあ、彼女達の不審ももっともだが、それにしても、よくもまあ、こんな細い体で、あんな重量物を扱えたものだ。

 もちろん、ふたりとも、戦士として鍛えているから、細いと言ったって、それは、女性らしい体型をしていると言うだけの話で、やはり、普通の女性に比べれば、まあ、逞しいとは言えるかもしれない。

 だが、あの時、一部始終を見ていたジャックから聞いた話だと、このハナヱさん、とんでもない技を披露してくれたそうだ。なんでも、突然現れたアヤメさんも交えて、母子そろって、完全武装のエレメンタルを向こうに回して大立ち回りを演じただけでなく、差し渡し3メートルはありそうな大剣を、それこそ自由自在に振るって、エレメンタルを撃退したそうだ。

 その話を聞いて、あの時、ノーム・バトルアーマーが、やたらズタズタに装甲を切り裂かれていた訳を理解した。俺も、ハンガーに回収され、厳重に保管されている件の現物を見せてもらった訳なんだが、あれは、どう見たって生身の人間が振り回せるような代物じゃない。今まで見せてもらった、ハナヱさんの所持品の中で、サイズもインパクトも、それこそ最大級。と、言ったところだ。

 ・・・・・・しかし、最近、俺の周りの人間が、どんどん人間離れして行っているような気がするよ。

「けど、ふたりとも無事で本当によかった。俺達が、メックの装備換装に手間取ったせいで、本当に申し訳ありませんでした」

「なーにたーけたこと抜かしとるだぎゃ、おみゃーは。いくらオムニメックでも、オモチャみてーに、ホイホイとっかえひっかえ出来るわけねーだで。おみゃーが詫びる必要なんて、どこにもねーだぎゃ」

「ディオーネさんの言うとおりですよ、それに、ひとつ残念だとすれば、敵を討ち損ねたことぐらいです。それに、剣を使っているつもりでも、使われていたのが他ならぬ私。今度のことで、まだまだ未熟だと思い知らされました」

「ま、そーいうことだぎゃ。心置きなく、存分にうちらをねぎらうだぎゃ〜」

「そうですね、わかりました」

 どこまでも強く、そして暖かい心。そして、強い絆で結び付けられたふたり。ほんの少し前まで、不倶戴天の敵同士であったことなど微塵も感じさせない、その純粋な笑顔の前に、俺は、あのエレメンタルのことを思い出していた。

 思いは同じだったはず、けれども、ほんの少し、歩むべき道を違えただけで、骨の髄まで憎みあうことになった、二つの氏族達。

 信念は人を強くする、しかし、限定された世界の中でのみ高められた思いは、時として、可能性を縛り、視野を凝り固まらせる。しかし、そんな中にあって、それらをよしとせず、二歩も三歩も先を見通し、遥か先の可能性を見てしまったこと。

 そして、何の釈明も、ましてや準備も無く、やはり、思いと信念に従うまま、突然に同胞達と袂を分かち、自分の道を歩き出してしまったこと。

 結局、人とはそう言うものなのかもしれない。完全でないが故に、完全に近づくため、信じた道を、ただひたすらに歩き続ける。それは、氏族、中心領域を問わない、古から続いた、人の業なのだろう。

こんな時代に、話し合いで解決できるなんてことは、それこそ、たかが知れているかもしれない。だからこそ、戦士と呼ばれる人間が、居場所の別無く、こうも幅を利かせる世界になってしまったんだろう。

 けれども、彼女達の、理念と信義の元に振るわれる力。それによってもたらされる破壊は、必ず再生を生み出すものだと思いたい。俺の思い込みかもしれない、しかし、ふたりの姿は、可能性の象徴のようにも見えて、仕方なかった。

 いつかは、いつかはきっと、同じ道を行くことは叶わなくとも、その道を交差させることくらいは出来ると思いたい。今、俺の目の前で言葉を交し合っている、ドラコの剣士とノヴァキャットの戦士のように。




闘神烈伝(後)



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