〜GIFT〜TOPへ
  噂(gossip)

三月中旬、
春近しといえ、空はあいにく厚い雲に覆われ白いものがチラチラと舞い落ちている
関東にしては遅い、季節はずれの雪だった
そういえば随分冷え込んでいる

部活の練習が終わり部室へ着替えに戻った二年生の一人が口火を切った

「それにしても、うちの顧問は諸藤に入れ込み過ぎだと思わないか」
「ああ、入学当初に顧問自らスカウトだぜ」
「知ってるか?諸藤って西蘭出身らしいぞ」
「あの超お坊ちゃん学校かよー」

ここでも尾ひれがついた噂がまたひとつ
たちが悪かったのは、その噂に嫉妬という感情が加わっていたこと
井戸端会議は女性だけのものではなかった
一人が興味深いお題目を上げれば二人、三人とそれに加担する

「なんで西蘭からわざわざこっちに来たんだ?あこそは中高セットだろうに」
「さぁな、なんか問題でも起こしたんじゃないのか」

好き勝手に噂し、クスクスとほくそえむ部員たち
日樹が入部するまでは自分らが一番と自負していた自信たっぷりの連中
それを新入生の日樹に記録と話題を根こそぎもっていかれ、内心面白くない者ばかりなのだ
実力ではかなわない半ば負け犬の遠吠えだった


「どうした、諸藤?入らないのか」
部室の入り口にたたずむ日樹の背後から声をかけたのは遅れてグランドから戻った部長の高原だった

ロッカーが目隠しになり入り口付近からは中の様子はまったく見えない
先ほどからその入り口で足をとめていた日樹がいたことを中に居る連中は気づきもしないどころか
噂はさらにエキサイトしていた

「教師とデキちゃったんじゃないの」
「そうか、それで退学かぁ」
「諸藤ってさぁ、なんかそっち系って感じ」
「あ、俺もそう思ってた」
「あそこ男子校だろ 益々怪しいよな」

好き勝手に盛り上がり過ぎた会話は止まることをしない

「何がそっち系なんだ?」
高原の声が部室に響く
いつの間にか日樹を追い越して部室の中央に立ちはだかっていた
日樹と同じく好タイム記録を持ち、三年生の引退後の部をまとめ上げている正義感の強い男
その声にウワサで持ちきりだった部室内が一瞬にして静まりかえる

「お、お先に・・・」
今まで日樹を中傷していた連中が気まずそうにそそくさと部室を出て行く
着替えなどとっくのとうに済んでいたのだ

この連中をピタっと黙らせる高原の威厳は相当なものだった

部室の片隅に噂話には参加しないものの半分耳を傾け聞いていた下級生がまだ数人残っている
毒にはならない、高原は判断した
こいつらはいいか・・・

「諸藤、入れよ」
高原はチラと見回し、日樹に声をかけた
時々こんな状況になっていることを高原は薄々気づいていた

根っから悪い連中じゃないとわかっている

完璧すぎるほど学力に長け、スポーツも万能でおまけに中性的な容姿は誰でもその目を魅かれる
そんな日樹には近寄りがたく、同じ部で一年間一緒に過ごしてきても、
お高くとまっているわけではないのに、とにかくマイペースで仲間に馴染まない日樹にちょっかいを出したくて
その方法が少しばかり幼稚でエスカレートしてしまったという顛末なのだ

興味の無い人間の話など口にする理由などないのだから、実のところどの連中も日樹に憧れているのだ
だから高原も連中に対し余計な制裁は加えない

心なしか少し顔色の悪い日樹とすれ違いに残りの部員が全員部室を出て行った

残った高原と日樹
「気にするな」
高原が日樹の肩に触れようとした時、無意識のうちに手を避けられてしまった
「・・・」

やり場のなくなった手を引っ込めたが沈黙の気まずい空気だけを残してしまう
高原と日樹は互いに無言のまま着替え始めた
シーンと静まり返った部室は益々息苦しく感じられ、再び声をかけようと振り返り、日樹の方に目を向けたとたん
驚く光景が目に飛び込み冷静な高原らしくなく慌てて向き直る

日樹はちょうどランニングを脱いで上半身の裸体を曝している最中だった

「・・あー、諸藤・・連中のことは気にするな・・・よ」

別に女の裸を見たわけじゃないのにゾクッとしてしまう
細身の体の日樹はユニフォームのランニングからいつも胸元が見え隠れし
いつぞやも、薄いピンク色の花弁のような乳首が露出していたりした
その度にいつもこちらが恥ずかしくなり目のやり場に困ってしまうのだ
それも本人の自覚などまったく無いのだから
いや、無くて当たり前だ
同じ男、同性なのだから・・・
無論、股間を視覚、触覚で確認したわけではないが
間違えなく男だろう・・・
同じものがあるはず
なのに

妙に色っぽいんだよ・・・
なにを考えているんだ俺は?
諸藤の実力を買って、それに惚れてるんじゃなかったのか・・・

ひとたび走しり出せば、その華奢な体から想像もつかない
優雅な姿でギャラリーを魅了させる

校内に高原へ喧嘩を吹っかけてくる奴は誰一人としていない
向うところ敵なしの体格風貌を持ち合わせている高原
だが、こと後輩の日樹のこととなるとどうもそうはいかないらしい

筋肉質の逞しい体の男がその姿に似合わず照れながら頭をかきむしり自問自答している
勇ましい男がすっかり台無しだ

「お疲れ様でした・・・」
着替え終わった日樹はその高原をまったく気に留めず部室を出て行く

「え?・・・あ、あぁ」

部室のドアの閉まる音とともに
一人だけ取り残された自分が少し滑稽に感じられた

諸藤には弱いんだよなぁ・・・
高原はククっと苦笑いしてみる





予感
事故