弐章 謀反

 護間藩城下にある武家屋敷。一人の青年が荒れていた。
「父上は何故、兄上に家督を譲ったのだ!?」
「落ち着きなされませ」
「これが落ち着いていれるか!?。兄上は藩主で俺はただの留守居役だぞ!」
政兼の次子である政泰は家臣に怒鳴る。
「留守居役も立派なお役目でございまする」
政種が家督を継いだ時、政兼の命により留守居役として政種の補佐を命じられたのだ。
「煩い!、戦がなければただのお飾りではないか!」
障子を勢いよく開く。夜半の静けさにバンっと音が響き、家人が何事かと驚く。
「俺のほうが兄上より優れているはすだ!。そうであろう?」
じっと見据える男に問いただす。
「ならば、兄上に力を見せ付けては如何か?」
「そうだ!、兄上に俺のほうが上だということも教えてやるわ!。すぐに兵を集めろ」
「何をなされますか?」
冷静に返す。
「兄上を攻める」
「城は守りが堅く、少数で攻めるのであれば…」
耳打ちする。
「お前も悪どい男だな。いいぞ、いいぞぉぉぉ――――――!!!」
叫んだ後に真顔になる。
「お前に任せる」
「ははっ」
一人叫ぶ政泰を見つめながら不気味に笑う河津高明の姿があった…。

 夜半、どっぷりと日が暮れた冬の季節。ガシャガシャと音を鳴らしながらある屋敷を囲む。ずっしりと構える門の前には鎧に身を包み、槍を手にしている。
「かかれ!」

ワアアアアアァァァァァ――――――!!!!!

怒声と共に屋敷の表と裏から一斉に兵が門を壊しにかかる。内側から閂をしているとはいえすぐに突破される。
「お殿様!」
紅い鎧に身を包んだお里が政兼に駆け寄る。
「旗印は?」
「闇で見えませぬ」
「わかった。お前に背中を預けるぞ」
「はい!」
政兼を見つけた兵が槍を突き出してくるが素早く内側に潜り込んで兵を脳天から斬り倒す。直後にその兵の真後ろにいた兵の鎧を掴んで投げ飛ばし、関節を外す。そしてまた元の位置に戻り、苦戦しているお里の加勢に入ったり、向かってくる兵を斬ったりと一定の間合いから先には入れさせない。
「何を愚図愚図しているか!?」
その声に聞き覚えがあった政兼が視線を向ける。そこにあったのは我が子である政泰であった。
「この戯けが!、己が何をしているかわかっているのか!?」
「黙れ!、色呆けした爺に言われる筋合いはないわ!」
「この餓鬼が…」
政兼は一瞬の隙を突いて正面にいた兵に向かって無数の斬撃を走らせる。流牙散布八連という技で目に映らぬ速さで八人を一度に倒す幾天神段流の技に兵たちの一瞬の動きが止まる。しかし、政兼の動きは常に動いており、剣圧を地面に叩き込むことで地割れを起こしながら走る激震斬や小競り合いになった時に鞘を用いて戦う幾天双刃、刀の急所を狙って相手の刀を砕く砕撃など、幾天神段流の技を余すことなく使う政兼に多勢の政泰は恐怖を感じる。勝てないと思ったのだ。政兼の鬼神ぶりに恐れをなした兵たちが逃げ出す始末に政泰も馬を翻し逃げようとした時、政兼が持っていた槍を政泰が乗っていた馬に投げつける。馬は前脚を上げて飛び上がり、最後は政泰を振り下ろして一人逃げ去る。
「く、来るな!」
震えながら刀を持つ政泰に政兼は刀を納めた。戦意を喪失した者に刀を向けては武士の恥。我が子ながら、情けないという表情を見せる。そこに騒ぎを聞きつけた政種や大河内政房らが駆けつける。
「父上、大事はないですか?」
心配そうに見る政種だったが返り血を浴びているだけの父の姿を見て戦国武将の強さを改めて認識した。
「政泰、己のしでかした罪を償うがいい」
政種は主君として慈悲なしと判断。ここで政泰を斬らねば藩士たちの面目に関わると思ったのだ。
「言い残すことはあるか?」
「じ、地獄に落ちろ!」
血が混じった唾を飛ばす。政種の返答は斬首であった。
「うむ…、見事」
政兼は政種を労う。
「政種」
「はっ」
「政泰は確かに度量が小さいが情がある奴だった。こいつがここまでするには誰かが後ろで糸を操っていなければ出来ないこと。それを手繰り寄せれば自ずとして下手人が見えてくるだろう」
「承知致しました。戻るぞ」
政種は政泰の遺体を引き取ると早々に引き上げてしまった。
「お里、大丈夫か?」
「はい」
「あれだけの兵を相手にしたのは初めてだろう」
「いえ、初陣はもっと多くございました」
お里の初陣は政兼との戦いになる。それを思えばたいしたことではないらしい。
「ははは、そうであったな」
この政泰の謀反はこの後に急展開する。政種の命を受けた国家老大河内政房は四方八方に戦国時代から飼っている忍びを使って謀反に関する情報を集めたのだ。その結果が政種にもたらされる。
「政房、これは事実か!?」
「はっ…、間違いありませぬ」
「左様か…」
政種は頭痛を感じる。最悪の結果がもたらされたことに天を仰いだ。そして、意を決め、立ち上がる。
「父上に使いを出した上で、母上を捕らえよ」
「はっ」
政房は町奉行の猪刈土佐守に命じて河津家の別邸に住むお喜久の方の捕縛を命じる一方で政兼の屋敷に向かった。
「左様か、やはりな」
「感づいておられましたか」
「ああ、政泰を溺愛しておったからな」
「如何なさいますか?」
「それは藩主である政種が決めることであろう」
「御意」
平伏する政房に、
「政種には苦労をかけることになるが、しっかり支えてやってくれ」
「ははっ」
気遣いを忘れない政兼の後ろに控えていたお里は涙ぐんだ。

 猪刈の捕縛隊は河津の別邸に到着したが筆頭家老河津高明の下屋敷ということもあり、中に入るのを憚る。その隙を突いてお喜久はわずかな供を連れて別邸から脱出したとの報せを受けて政種は激昂し、猪刈を蟄居にする処分を下した。町奉行職はしばらくの間、執政である館山勝政が勤めることになったが、当のお喜久は藩の中心部から河津家の知行地がある芦原村という田園に囲まれた集落まで落ち延びるため、日夜を問わず、逃れようとしていた。そして、もう少しというところで追いつかれた。
「どこに行くつもりだ?」
その声に供の武士に緊張が走る。全員が刀に手をかける。
「わしを誰と心得ておる?」
政兼は刀を抜いた。
「わしの強さは知っていよう。無駄に命は捨てるな」
「くっ…」
供の一人である立川弥十郎は刀を置く。
「これ、弥十郎!、主を守らぬか!?」
「申し訳ございませぬ…。我が主は護間政兼様でございまする」
「な、何じゃと!?」
お喜久は叫ぶ。他の供も弥十郎に倣って刀を置く。
「弥十郎、すまぬな」
「いえ」
弥十郎はかつて政兼の小姓であった。それがお喜久付きとなって河津家の家臣になった経緯があった。
「お喜久、諦めよ」
「だ、黙れ!」
「我が子を殺してもどうも思わぬとは情けない奴め」
「政泰を殺したのはわらわではないわ!」
「そう、現に殺したのは俺であり、政種だ。しかし、謀反をするよう仕向けたのはお前だろう。もう、調べはついている。諦めよ」
「お、おのれぇぇぇぇぇ――――――!!!」
短刀を抜いて構える。
「一昔前であればそれも必要だっただろうが…」
政兼は刀を納める。
「今の世となっては必要のないことだ」
鳩尾に当て身を入れて気絶させる。
「死するまで後悔するがいい」
お喜久は眠っている間に捕縛され、気づいた時には城の牢に幽閉されていた。お喜久の兄である河津高明は謀反に関わっていないとして罪に問われなかったが後に減封にされている。こうして政泰の謀反から端を発した一連の事件は幕を閉じた。
「これで少しは良くなれば…な…」
政兼は中庭が見える廊下に座って酒を口にした…。


続きを読む


.