幕開け

 遠州金子城、今川家臣団に属する城である。位置的には掛川城の北西にあったが、その城は普請が完成していない城でもあった。駿河・遠江を治める今川義元はこんな城は破棄すれば良いと意気込んでいたが、側近・太原雪斎はその言葉に反し、ここの城主・金子照政を一目置く存在であった。そのため、遠江の有力国人・朝比奈氏とは対立関係にあったが、小領主と呼ばれる者たちは朝比奈よりも金子に忠誠を誓っていた。しかし、その金子照政も寿命には勝てず、終身の間際にいた。

「わしの命も、残り少ない…」
「何を言われますか!、まだまだ…」
家臣たちは主君を励まそうと懸命になっているが呼ばれた医師・榊原長安は脈を計りながら首を横に振った。
 もはや、城主金子照政の命の灯が消えようとしていた。照政は布団から少し体を起こし、
「よいか……、皆も…知っている通り……この国に…限らず…、各地で……戦いが…繰り広げられて…おる……。ここも例外ではない…。家を……領地を……守り通してくれ…。皆、頼むぞ…」
照政は途切れ途切れの言葉で言うと家臣一同は平伏した。側には妻らしき女性と如何にもぼっちゃま育ちとも思える童子がいた。
 そして、照政は周りを見回し、
「つ、露丸は…どうした……」
「城下の屋敷にいるものと思われまする」
「そうか……、まあ…よい…」
その言葉と裏腹の言葉が女性の口から飛ぶ。
「まあ、何ということでしょう。お父君が病にふせっているというときに駆けつけもせぬとは!」
すると、その言葉に反するように家臣の一人が、
「おそらく、殿の安泰を願っているのでございましょう」
「ふん!、どうだか」
女性は露丸なる者が嫌いなようであった。しかし、照政は気にしている様子もなく、何も言わず、終始無言であったが最後まで側にいる妻とは顔を合わさなかった。
 そして…、数日後、照政は没した。享年52歳。同時に波乱の幕開けでもあった…。


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