二、予告状

 東京・田園調布にある豪邸、藤堂邸。三姉妹が比良に会う3日前にある予告状が藤堂誠之介のもとに届けられていた。受け取ったのは藤堂邸の全てを取り仕切っていた執事の宮部慶一だった。宮部は差出人がないことに不審を抱き、それをそのまま主人である誠之介のところまで持っていった。誠之介の執務室は2階の階段の目の前にあった。来客が来てもすぐに会えるようにと誠之介が設計士に命じて造らせたのだった。宮部がドアをノックする。
「入れ」
中から声が聞こえた。
「失礼します」
宮部はゆっくりと中に入った。
「どうした?」
正面にある仕事机に腰を下ろして仕事をしていた誠之介がいた。誠之介は白髪で顔には皺を寄せていた。眼鏡をかけて万年筆を手元で動かしていた。もう70を越えているらしいがまだまだ息子たちには跡を譲る気はなかった。
「はい、お手紙が来ております」
「ほう、誰からだ?」
「それが…、名前がありません」
「ん?、名前がない?」
「ええ」
「中は見たのか?」
「いいえ、まずは旦那様にと思いまして…」
宮部は誠之介に手紙を渡した。手紙は白い封筒に入っていたが何も書かれていなかった。誠之介は封を開いた。中には一枚の用紙が入っていた。便箋のようである。3つに折り畳んでいた。封筒の中を一度、ふうーっと吹いてから便箋を取りだした。
「………」
誠之介は無言のまま、便箋を読んでいた。そして、しばらくしてから溜め息を吐きながら、
「これはいつ来た?」
「少し前です」
「そうか…」
「如何なされたのですか?」
「こいつを見てみろ」
誠之介は宮部に便箋を渡した。書かれていた文章を読んだ宮部は驚きの表情を示した。
「こ、これは…」
「わしにこんなものを送るとはなかなかいい度胸をしている」
誠之介は苦笑しながら言った。その便箋にはこう書かれていた。

『 拝啓 藤堂誠之介様

  展示パーティーが開かれる午後7時に
  七つの願いが叶えられるという指輪を頂戴致します

                      怪盗 ペティット・モンタージ』

「予告状じゃないですか!!??」
「そのようだな」
「すぐに警察に電話したほうがいいのでは?」
「いや、いたずらかもしれん。もうしばらく待て」
「しかし…」
「くどいぞ」
「すみません…」
宮部は頭を下げた。
「しかし、何者でしょうか?」
「さあな、わしにもわからん。宮部」
「はい」
「あれはあのままだな?」
「ええ、そうです」
「一応、確認だけしておけ」
「わかりました」
宮部はもう一度、頭を下げて執務室から外に出たのである…。

 一方、警視庁捜査一課、手腕の刑事たちがほぼ毎日起きる数ある事件の捜査をしている。この強者たちを率いているのが課長の三島義基警視である。愛知県警より転属してきたばかりだった。
「ふぅ…、事件が休まる日はないな…」
溜め息をつくとそれを耳にした刑事の北浦陽子巡査部長が言う。
「事件の休まる日が続いたら私たちは失業ですよ」
「まったくだ」
三島が苦笑しながら座り直した。机には事件の書類が山積みされていた。
「とにかく、これを何とかしないといけないな」
「本当ですよ」
そのとき、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
陽子が言う。
「失礼します、郵便です」
「ああ、すみません」
総務課の婦警が郵便の束を持ってきた。陽子がそれを受け取った。
「うん?」
その中の一枚に不審な封筒があるのに気づいた。
「課長」
「何だ?」
「これを見て下さい」
郵便の中から1枚の封筒を三島のところに持ってきた。三島が確認するとそれは黒い封筒に白い文字で「警視庁捜査一課 三島義基警視殿」と書かれていた。差出人の名前はない。
「何だ、これは…」
ゆっくりと封筒を開いた。中には一枚の便箋が入っていた。そこで懐から白い手袋を取りだした。
「どれどれ…」
三島はゆっくりと中身を読み始めた。そこに書かれていたのは、

『 拝啓 三島義基殿

  3日後に行われる藤堂誠之介が所蔵する
  7つの願いが叶えられる指輪を頂戴致します

               怪盗 ペティット・モンタージ』

「予告状ですか?」
陽子がおそるおそる言う。三島は頷きながら、
「そのようだな。藤堂誠之介といえば山津参議院議員の汚職事件の中心人物でありながら立件できなかった奴だな」
真顔になって言う。
「ええ、そのとおりです」
三島はゆっくりと目の前にある受話器を取り上げると内線をつないだ。
「どうも、三島です。予告状が届きました。ええ、はい、はい、そうです。わかりました」
三島は受話器を切ると、
「すぐに内密に会議を開く。捜査に出ている者たち以外を全て集めるんだ」
「わかりました」
陽子が出ていくと三島はゆっくり立ち上がって窓際に行った。
「ペティット・モンタージか…。何者だろうか…」
そう呟いたのである…。

 そして、この2つの予告状が送られていた頃、喫茶『vilargo』にも不審な封筒が来ていた。受け取ったのはなぜか藤山だった。
「おーーーい、郵便だぞぉーーー!」
藤山が店の中から叫んだ。奥に引っ込んでいた比良が出てくる。
「聞こえてるよ」
苦笑しながら言った。
「そんな大きな声を出さなくても」
ゆっくりと比良が姿を現した。藤山が示す通り、郵便が入っていた。郵便を見ながら比良が言う。
「今日は日曜だぞ。なんでいるの?」
「日曜だろうが月曜だろうがここは開いているでしょうが」
「そりゃあ、そうだけど…。退屈じゃないの?」
「退屈?、そんなことはないぞ。ここにはマンガがある。わっはははは」
「はぁ…」
比良は溜め息をついた。そして、おもむろに何かを見つけた。
「何だ、これは…」
それは赤い封筒だった。差出人はない。
「コレか?」
藤山が小指を立てながら言った。
「まさか…、そんなのいないよ」
苦笑しながら封筒を開いた。中には便箋が2枚入っていた。
「手紙かぁ?」
藤山が興味津々な表情をする。しかし、次の瞬間、一変した。比良が便箋を取りだして開いてみた。
「こ、これは…」
その便箋に書かれていたものは…。

『 拝啓 比良護殿

   久しぶりだな。俺を覚えているか?
   お前にあの事件を解明されてしまって以来、
   俺は憂鬱な日々を送っていたよ
   お前、警視総監賞を断ったらしいな
   自分の推理能力を侮っていないか?
   3日後、藤堂邸で起きる殺人事件に招待してやるよ
   招待状は同封している
   ああ、藤山英樹は元気にしてるか?
   奴も連れて来い 血の雨を見せてやる

                       殺人鬼より』

「あの野郎…」
藤山は便箋を握りしめた。
「今度は逃がさねぇ…。もちろん、行くんだろ?」
「当然だ。もう殺人は犯させない」
比良はゆっくりと招待状を手にしたのである…。

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