三、失踪
朝刊の新聞の一面にある記事が載った。それは藤堂誠之介の孫にあたる葉月が失踪したのだ。前夜、父親である哲弥(誠之介の長男)とささいなことから大ゲンカをして家から出て行ってしまったのである。翌朝になっても音沙汰がないことから四方八方くまなく探させたが見つかることはなかった。葉月を溺愛していた哲弥の妻・昌代はすぐに警察に連絡してしまったのである。
警察嫌いの誠之介は怒濤の如く怒った。
「このたわけがっ!、勝手に余計なことをしおって!」
遺産目当てで哲弥と結婚した昌代にとって誠之介の怒りは予定外のことだった。誠之介を尊敬している哲弥も今回の妻の行動を強く批判した。
「なんということをしてくれたんだ。お前のおかげで藤堂が崩壊するかもしれんのだぞ。金輪際、私の前には現れるな」
そう言い捨てるとその日のうちに離婚が成立してしまったのである。つまり、昌代は遺産を掴むことができなくなってしまった。今までの苦労が水の泡になった。それでも、これ以後、昌代は裁判で財産を取ろうと企むが一方的に負けている。これも誠之介の強い影響力があったものとされた。
さて、昌代が屋敷を去った翌日、早速、大義名分を得た警察がやってきた。指揮を執るのは警視庁の三島警視である。三島は届けがあった時点で歓喜に満ちたという。悉く、警察の邪魔ばかりしていた誠之介のほうから警察に連絡があったのである。この上、誠之介の隠れた犯罪を見抜くことができれば政府に関わる贈収賄事件の解明にもつながるのだ。三島は誠之介と対面した。
「どうも、警視庁捜査一課の三島です」
喜びの想いとは裏腹に表情は真剣である。今は贈収賄事件の捜査で来ているわけではない、未成年者略取(誘拐)事件の捜査で来ているのだ。
「ふむ、無事孫を取り戻して欲しい」
警察を敷地内に入れたことに悔しさを微塵も見せない表情で言った。
「わかっております」
「ただ…」
「何ですか?」
「もう1つやってもらいたいことがある」
「もう1つ?」
「うむ、これだ」
誠之介はペティオット・モーガンと名のる怪盗の挑戦状を見せた。それを見た三島は眉をひそめた。
「挑戦状ですね?」
「うむ」
誠之介は頷いた。三島は警視庁にもこれと同じものが届けられたことを伝えた。
「ほう」
と一言呟いただけだった。三島が口を開く。
「やってもらいたいことと言うのはここに書かれている指輪の警備のことですか?」
「そうだ」
「しかし、我々は誘拐事件のために来ているのです。指輪の警備までできません」
「ならば、被害届けを取り下げる」
そう言ったのである。ここで取り下げられてはせっかくのチャンスを失いかねないと判断した三島は警備を承諾した。
「では、その指輪を見せてもらえますか?」
「うむ、そこにある」
誠之介が示したところに指輪が無造作に置かれていた。銀色の指輪だったのである。
「これが…ですか?」
「そうだ」
「どこにでもあるような指輪に見えますが…」
「そうだろうな、だが、表面だけ見ても何もならん。中身を見ないとな」
誠之介は三島の心を見透かすように言った。誠之介はすでに三島の企みに気づいていたのである。だからこそ後ろを見せないため、あえて孫の誘拐事件と指輪の警護を一緒に捜査する条件を出したのである。
「本当にこれなのですか?」
「本当だとも、なぜならこの指輪は7つの願いをかなえてくれるのだから」
「ほう、では今回の孫娘のことも祈られたのですか?」
「ああ、直に見つかるだろう」
と言った。誠之介にとって警察威信はどこ吹く風であった。
その言葉通り、孫娘の葉月はすぐに見つかった。屋敷内の古井戸に落ちているところを偶然にも警戒中の警察官が発見したのだ。
「おじいちゃあ〜〜ん」
葉月は誠之介を見ると胸に飛び込むようにして抱きついた。
「おお、葉月や、失敗していたのだよ」
誠之介は孫を見ると優しさが出るのかもしれない。誠之介は三島を見て、
「どうじゃ、この指輪は凄いじゃろ」
「そのようですね」
三島の顔がひきつっているように見えた。
「ところで願いはいくつまでされたのですか?」
7つ叶えれば指輪の価値はなくなるからである。
「うむ、4つじゃ」
「4つ…」
言い換えれば前の3つは今の誠之介を生み出した可能性があった。
「それでは頼むぞ。ああ、それとな」
「何です?」
「この挑戦状に書いている通り、6日後、政界や財界からの客を招いてパーティーを開く。失礼のないようにな」
「なっ!?」
三島は誠之介が何を考えているかわからなかった。
「こんなときに人を呼ぶのですか?」
「無論じゃ、この指輪を皆に見てもらおうと思う」
「それはなりません」
「なぜじゃ?」
「犯人がどんな怪盗かもわからないのに…」
「わからないからこそ君らに頼んでいるんじゃないか。ま、よろしく頼むぞ」
「警備の方法は?」
「それは任せる」
誠之介はそう言うと執務室から出て行った。三島は警視庁に増援の要請をしたのである。
横浜から自宅に戻った三姉妹は父・祐太朗がグアムに出かけるところに出くわした。三姉妹はその顔を見た瞬間、ほぼ同時に同じ言葉を投げた。
「何考えているの!!!!!」
耳元で言われた祐太朗は、
「耳元で言うな、うるさくてかなわん」
「うるさいのは私の性分よ」
幸恵が祐太朗に言った。
「ったく、帰って来ていきなり騒ぐな。わしはこれから出かける。6日後に藤堂より迎えが来るからな、まあ、向こうもそれどころじゃないらしいがな」
そう言って祐太朗は悠々と玄関のほうに向かった。
「まったく何を考えているのよ」
幸恵が言うと智子が頷く。
「本当よ、あの藤堂がどんな連中か知っているのかしら」
「たぶん、知らないんじゃないの」
津希実が言う。そのとき、祐太朗の動きが止まりこちらを振り向いた。
「そんなことはないぞ。あの男とは20年も付き合いがある。お前たちよりもよ〜く知っているしな」
「それは父親のほうでしょ!?、私たちが言っているのは息子のほう」
「はっはっはっはっ、気があるのか?」
祐太朗が笑いながら言った。その言葉に三姉妹は同時に、
「そんなわけないでしょっ!!!!!」
と叫んだのは言うまでもない。結局、祐太朗に押し切られた幸恵、智子、津希実の三姉妹は藤堂邸へ行く羽目になった。
朝日邸も藤堂に負けないぐらい広い。玄関を開くと広いホールが広がる。正面には階段があり、その踊り場には大きな絵がどおーんと飾られていた。そして、そこから左右に廊下が分かれる。1階はホールから左右にわかれて左は客間、応接間、食堂、厨房などがあり、右は祐太朗の執務室、寝室、大浴場などがあった。2階は多くの部屋などが三姉妹や使用人の部屋に使われている。2階にもホールがあった。ここはパーティなどを開いたときに使われるが何もないときはただの展望室になっていた。そこに2人の姿があった。幸恵と智子だ。
「でもさあ、気になることがあるのよね」
智子が言う。
「何が?」
幸恵がきょとんとして聞く。
「お父さんが言ってたじゃない、藤堂は今、それどころじゃないって」
「ああ、言ってたねぇ」
「どういうことかなぁって思って」
「さあ、あんまり気にしなくてもいいんじゃないの?」
この2人、新聞はあまり見ないらしい。そこに津希実がやってきた。新聞を持っている。
「お姉ちゃん、これ見てよ」
「どれ?」
「ここよ、ここ」
「へ?」
新聞の記事を見た。記事を見た智子が読み上げる。
「昨日、藤堂財閥の藤堂誠之介氏の孫娘で葉月ちゃんが失踪した模様。関係者によると葉月ちゃんは失踪直前、母親の昌代さんと一緒にいたがしばらくして様子が見えなくなったという。警察では誘拐事件の可能性も視野に入れて葉月ちゃんと犯人の行方を追っている」
「でも、これって昨日の新聞じゃないの?」
「そうみたいだね」
「解決したのかしら…」
藤堂なんてものはどうでもよかったのだが事件そのものに興味を示していた。それに三姉妹と葉月は面識があった。ただ面識がある…だけではないように思えた。かなり心配していたからである。
「パーティーの日まで待っていられないわ。今すぐ行くべきよ」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、行っても追い返されるだけだよ」
「そうねぇ、警察がいるんだったわねぇ」
幸恵はこの前に関わっていた事件で警察不信がさらに増したようである。犯人を脱走させてしまうという失態を犯してしまったからだ。そのため、顔を知っている三姉妹や比良たちが狙われる危険性もあった。もっとも小山が狙っているのは比良だけのようだが…。
「6日待てば堂々と入れるのだから」
「じゃあ、それまで準備しないとね」
幸恵が津希実の言葉に頷く。
(何の準備をするのかしら…)
と1人、智子は心の中で思っていたのである…。
6日後、藤堂邸では予定通り、指輪の展示パーティーが開かれた。集まった面々はそれぞれバラバラだったが政界や財界、資産家などが集まる中に三姉妹や比良、藤山たちの姿がそこにあったのである。
これから起きる悲劇を知らずに…。
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