一、いきなり殺人

 横浜にある漫画喫茶『vilargo』。店主の比良護は最近、ネットにこり始めて時間があればパソコンをいじっている。去年の冬に起きた御島山荘で起きた殺人事件では見事解決の立て役者になったものの、表彰などされることはなかった。本人が拒否したからである。それにはある理由があった。容疑者として逮捕されていた小山通が脱獄をしたという。それを聞いた比良は逃走している小山を刺激させまいとしてあえて拒否したのである。小山が逃走してから3ヶ月ほど経っているがまだ見つかっていなかった。
 各新聞でも情報を呼びかけているが依然として何も分からなかった。小山が逃走して一番、憤っていたのが比良の店に居候している藤山英樹だった。
「あの野郎、絶対逃がさねぇ」
そう言って新聞をぶるぶる震わせていたわりには、
「このコーヒー、甘過ぎじゃないか?」
と、文句ばっかり言ってるのである。
「そう?、どれ」
比良が苦笑しながら一口飲むと、
「うわっ、あっまぁ…」
すぐに吐き出してしまったが飲む方も飲む方である。
「だろ?」
「何か入れたんじゃないの?」
「おいおい、俺が飲んでいるのにそんなことしないよ」
「じゃあ、マンガの下に隠しているのは何だい?」
「ん…、これは…塩だよ」
「塩?、なんで塩がそこにあるんだい?」
「さあ」
と言いながら比良を遊んでいた。
「ほんとにもう…」
比良も子供のように顔をぷくーと膨らませて怒っていた。喫茶店で働いている従業員の井原陽子が笑いながら2人を見ていた。
 そこに3人連れの女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
定番の声が店内に響き渡る。比良はゆっくりと客のほうを向くと、
「おおおおお!!??」
驚きの声をあげた。
「ひさしぶりです」
3人組の1人、朝日幸恵が口を開いた。
「藤山さん、相変わらず居候してるの?」
「おう、気楽でいいぞ。ここは」
笑いながら言った。
「そんなこと言っちゃって…、ほら、比良さんが困ってるじゃない?」
「困ってる?、誰が?」
「比良さんが」
「困ってなんかないよな?」
比良のほうを向きながら言う。
「い、いやぁ…」
「比良さん、正直に言ったほうがいいですよ」
智子が言う。
「い、いえ、あんまり気にしてないですから」
比良は苦笑しながら言った。
「ほら見ろ」
藤山が開き直りながら言った。
「そんなことばっかり言ってるから女の人も近寄って来ないんですよ」
幸恵が言う。
「ふん、ほっとけ。それよりも何か用か?」
「別に藤山さんに用があって来たわけじゃありません。私たちは比良さんの店に用事があったんです」
「用事?」
比良は幸恵のほうに向いた。
「用事って言っても大層なことじゃないですけどちょうど友達の家がこの近くだから寄ってみたんです。漫画喫茶をやってるって聞いていたから」
「ははは、そんな大層な店でもないですよ」
そのとき、津希実の携帯が鳴った。
「あ、電話だ」
漫画の本棚を見ていた津希実は鞄から携帯を取り出し、耳元に寄せた。
「もしもし」
『どこまで遊びに行ってるんじゃぁぁぁぁぁ!!!!!』
津希実は咄嗟に耳元から携帯を遠ざけた。声は少し離れていた比良たちのところまで聞こえた。
「どうしたの?」
幸恵が言う。
「お、お父さん」
「へ?」
『聞いておるのかぁ!!??、まったく、お前らときたらさっさと戻って来い!!!』
「それがね…、ちょっと無理なのよ」
『無理?、無理だろうと何だろうと帰って来い!!!。先程まで柳園寺とか名のる小汚い男が待っていたんだぞ』
「あっ!?、忘れてた…。でも、小汚いは失礼でしょ!」
男を呼んだのは津希実だった。父こと朝日祐太朗が電話の向こうで叫び続ける。
「うるさいっ!!!、小汚いで十分だ!!!。それよりも幸恵と智子もそこにいるな!!??」
津希実は幸恵のほうを見た。両手で×の表示をしている。
「ここにはいないよ。私だけ」
『本当か!?』
「う、うん」
『ったく…、2人とも電話を切ってるのかわざと出ないのかはしらんが連絡が取れん!。2人に会ったら伝えておけ!』
「な、なんて?」
『わしはこれからグアムにある菱川海運会社の社長と会わなくてはならん。そこでだ、わしの代理としてお前たち3人に藤堂さんのパーティーに出てもらうことにした』
「ええええええええ!!!???、ど、どうしてそうなるのよ?」
『わかったな、もう向こうには知らせてあるからな。絶対に行くんだぞ、失礼のないようにな』
そう言うと一方的に携帯を切ってしまった。
「どうしたの?」
「お父さん、ものすごく怒ってたよ。2人の電話につながらないって」
「へ?」
幸恵と智子がほぼ同時に携帯を見た。すると圏外になっていた。
「うそぉ、圏外になってる」
「ほんとだぁ」
驚きの声をあげる。比良が説明する。
「ああ、それはね、この店の中はPHSだけしか電波が入らないんだよ」
「ええええええ!!??、そ、そうなの?」
「うん」
比良が頷いた。
「で、津希実、他に何か言ってた?」
「言ってたよ。今からグアムに行くから代理として藤堂さんちのパーティーに出ろって」
「ええええええ!!??」
また大声をあげる。
「嫌だなぁ、あそこの人たちは女好きだしぃ」
智子が言う。幸恵と津希実も頷いた。そこへ藤山が口を挟む。
「藤堂って誰だい?」
「藤堂誠之介って知ってる?」
「ああ、衰退した瓜生グループに代わって日本最大の企業の会長だろ?」
「そうそう、そこで今度、美術展覧会が開かれるのよ」
「ほう、絵画とか?」
「ううん、そうじゃなくて日本刀とか掛け軸とか壺とか…」
興味なしの反応が幸恵の顔から出た。そのとき、目を輝かせて話を聞いていた人物がいた。
「うわぁ、行きたいなぁ」
陽子である。
「来たな、歴史オタク」
藤山が呟いた。
「オタクは失礼です!。今度から藤山さんのコーヒーに砂糖をたんまりと入れておきますから」
「おいおい、それは勘弁してくれ」
藤山が苦笑していた。幸恵が笑いながら話を続ける。
「ああ、おかしぃ。それでね、その中でも名刀をあの会長が手に入れたって聞いたことがあったわ」
「ほう、名刀ねぇ」
「名前はたしか…」
「名前なんていいよ。別に興味ないし」
「そうよね、藤山さんが興味あるのは女だけだしね」
「そうそうって、おいっ!!!」
「きゃはははははは」
全員が一斉に大声で笑った。
「やっぱり行かないとダメかなぁ」
智子が口を開いた。
「うーーーん…、あのお父さんだからねぇ…。行かないとうるさいしぃ…」
幸恵が頷きながら言った。
「行ってこい行ってこい。んで、旦那を見つけてくりゃいいじゃねえか」
藤山が言う。
「そんなに簡単ならとっくに手に入れてるよーだ」
「何だ?、無理なのか?」
「とくにあそこはね、無理なんです」
「ほう、なんで?」
「大の女好きで、しかも、みんな酒癖が悪いんです」
「それでか…」
「私たちは普通の人がいいんです」
「普通?、たとえば俺みたいなやつとか?」
「なんで藤山さんが出てくるのよ」
「ちっ」
藤山は舌打ちした。
「まあ、何はともあれ何か飲むかい?」
「そうね、じゃあ私はコーヒー、2人ともコーヒーでいい?」
「うん、いいよ」
智子が言う。津希実も頷いた。ゆっくりとテーブルに腰を下ろした。
「んじゃ、俺はおかわり」
「ふん、自分で入れて下さい」
陽子はオタク呼ばわりされたのが気にさわったらしい。
「おいおい、客に対して何て態度だよ」
「はははは…」
比良は苦笑するしかなかった。

「う…、さむぅ…」
早朝とは言え、まだ真っ暗である。ライトを持って男性が荒川の河川敷で犬の散歩をしていた。
「まったく…、こいつは早起きで困るよなぁ…」
そんなこと犬に言っても仕方がない。静かに男性の横を歩いていた犬が突然、ほえだした。
「ワンワンワンッ!!!」
「こらっ、どうしたんだ?」
「ワンワンワンッ!!!」
飼い主の命令も聞かずに土手のほうに下りて行こうとする。それを必死に引っ張っていたがとうとう縄が男性の手から離れた。犬は土手を駆け下りて草むらのほうへ走っていく。
「まったく…」
男性は呟いて土手のほうへ下りた。周りはまだ真っ暗である。
「ハッハッハッ…」
「どこにいるんだ?」
「ワンワンワンッ!!!」
男性は犬の声がするほうに歩いて行った。すると犬が何かをくわえていた。
「ん?、何をくわえているんだ?」
男性はライトの光を犬がくわえているものに当てた。するとそれは人間の腕だった。
「うわ、うわぁぁぁぁぁ!!!」
男性はその場で腰を抜かしてしまったのである…。

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