第六章 謎解き

三、解明

 護が小山を捕まえたとき、遠くのほうからパトカーのサイレンが響いてきた。誰かが通報したらしい。
パトカー3台が御島山荘の玄関前に止まった。何人かの警察官が山荘内に入ってきたのである。
 そして、犯人である小山を見つけるとその場で現行犯逮捕して連行していった。その後、護たちの事情聴取だと思いきや、そのようなものはなく、簡単な取り調べだけで済んだ。どうやら、幸恵たち三姉妹の父でもある朝日祐太朗が後ろで手を回したことが事件後分かった。

 事件が終わった翌日、護と三姉妹は御島山荘の食堂にいた。生き残った鏡原父子と共に刑事から事件の背景について語られるためである。
「どうも、県警の菊池です。今回は警察官が犯罪者となる重大事件になってしまったことに申し訳なく思います。今から話すことはそちらにおられる比良さんと容疑者の供述によるものです。では始めます」
菊池がゆっくりと語りだした。
「この事件の始まりは去年までさかのぼります。もう皆さんは御存知かと思いますがこの御島山荘で起きた火災事件…、いや、殺人事件が今回の事件に結びついているのです。去年の2月3日、鏡原さん主催によるパーティーがここで1週間の予定で行われていた。それに参加したのは鏡原夫婦と息子の健治君、殺された大鳥咲子さん、前田裕哉さん、襲われた藤山英樹さんと犯人の小山通、それに自宅で殺された松原和雄さんの8人が集まっていた。
 このパーティーは鏡原さんがプライベートで行うと決めていたが松原さんの勧めで急遽、『御島山荘の旅』というツアー企画として取り上げた。松原さんは大いに喜んだ一方で咲子さんは反対だった。仕事と関係なく楽しむことができると思っていたときに上司であった松原さんの横やりで結局、仕事をするはめになったからだ。事件の前兆があったのはその日の夜、仕事のストレスがたまっていたせいか咲子さんは小山が警察官だということを知ると以前起きた窃盗事件のときに犯人扱いにされたことを根に持ち、いろいろと文句をつけてきた。
 けれども、小山のほうにしてみれば預かり知らぬことだし、彼は警察事務、つまり、捜査権をまったく持たない警察官と言えばいいのかな?。警察にはいろんな部署がある。殺人や強盗を扱う捜査課、交通一般を扱う交通課、少年犯罪を扱う少年課、その他にも警護課や公安部など様々な部署がありますがこれらの部署の大半は危険と隣り合わせです。逆に経理課や総務課などは警察署の中で書類の整理や事務業務など普通の一般企業と何ら変わりのない部署です。小山はその総務課にいました。
 何も知らないと言い張る小山に咲子さんは業を煮やして、彼が風呂に行っている隙を狙って部屋に忍び込み、彼が妻の形見として大切にしていた指輪を窓の外から放り投げた。そして、そのまま素知らぬ顔で廊下に出ようとしたとき、ある人物と会ってしまった。それが鏡原さんの妻であった有里さんだった。
 有里さんは咲子さんを見て咎めることはなかったが耳元で何かを囁いて咲子さんが青白い顔になったことは小山自身が自供した部分です。その後、2人は別れて有里さんは小山さんのほうへ歩いてきた。何の話をしていたのか問おうとしたが有里さんはこれを無視して去ったらしい。そのため、小山は咲子さんにも何があったのか聞くこともできなかった。先程のことがあったからです」
菊池の言葉に全員は黙って聞いている。菊池はさらに続ける。
「小山は愛妻家だったらしく、1日に1回は必ず指輪を眺めて亡くなった妻の顔を思い出していたそうです。この時も部屋に戻った後、指輪を見ようとしたが見あたらなかった。焦った小山はすぐに自分の荷物や部屋を探したが見つからなかった。そのときに有里さんと咲子さんが廊下で何か話していたのを気づきましたがちらっと窓のほうに視線を持っていったときに鍵が開いていることに気づいた。誰かが外から入ったのか?と思い窓を開いた。すると、そこに小山が大切にしていた指輪が無造作にも捨てられていたというわけです。小山は犯人は有里さんか咲子さんだと思ったがすぐには問いつめなかった。それはなぜか?」
また言葉を止める。かわって比良が口を開いた。
「それは小山さんは有里さんの愛人だったからです」
「えっ!?」
鏡原が驚きの声をあげた。
「そのことは健治君が教えてくれました。健治君は小山さんと有里さんが何度か会っているところを見たそうです。小山さんにしてみれば最初に思ったのが咲子さんではなく、有里さんだと思ったという。嫉妬のためにそんなことをしたと思ったらしい。鏡原さん、あなたがよく御存知のはずです」
「それは何です?」
鏡原が聞く。
「驚かないで下さいよ。有里さんにはね、二つの人格があったらしいんですよ」
「二つの人格?」
「鏡原さんが知っている人格は神秘的ないつまでも輝いている人格だったはずです。しかし、、もう一つの人格は闇に包まれた暴力的で欲の強い人格だったのです」
「………」
鏡原は沈黙している。
「小山さんはこの事実を鏡原さん、あなたに言ったのではありませんか?」
「………」
「まあ、よろしいでしょう。小山さんはつき合ってからまもなくこの人格を知るようになった。小山さんも神秘的な人格を愛していたからこそ、暴力的な人格には恐怖さえ覚えていた。そんなときに指輪の事件が起きた。愛人関係だったとは言え、それは崇拝的な気持ちが大きく勝っていた。いや、愛人だとも言えないかもしれませんが彼が唯一、心底愛していたのは有里さんではなく亡くなった奥さんのほうだった。彼は嫉妬とは言え、こんなことをするなんて許せないと思ったらしい。そうですね?、菊池さん」
「ええ、そのとおりです」
菊池が頷く。比良の言葉を受け継ぐ。
「小山には憎悪と殺意が芽生えた。しかし、有里さんの周りには小山と同じように崇拝していた鏡原さんや松原さんたちが集まっていた。そこで小山はあることを考えた。それは自分が犯行を行うわけではなく、誰かに殺させるように仕向ける罠を張ることにした。その標的となったのは松原さんだったのです。小山は松原さんが有里さんに対してストーカー行為をやっていることを知っていたわけです」
また比良が口を挟む。
「最初、有里さんには二つの人格なんてものはなかった。しかし、松原さんのストーカー行為が有里さんの心に強い恐怖心を生み出すことになった。そのことに小山さんはおろか松原さんも気づいてはいなかった」
聞き手になっていた幸恵が口を開く。
「じゃあ、有里さんは二重人格だったって言うの?」
「いえ、違います。この二つの人格は誰にでもあるもので、つまり、人間の心です」
「心?」
「そうです、人間の心の表と裏を指しています。例えば、親友に対して笑いや楽しみがあるのに対して裏では何かいたずらをしてやろうという気持ちみたいなものです。それが有里さんの場合は極端に表情や態度に現してしまうようなことがあったそうです」
全員が頷いている。また、菊池が言葉を引き継ぐ。
「殺意が芽生えた小山は松原さんに近づいて有里さんに近づける方法を教えると持ちかけたそうです。松原さんとしては願ってもないことでした。そして、小山は有里さんにも連絡を取り付けました。有里さんにしてみれば小山に誘われることは当たり前になっていたようです。日時を伝えて部屋で待っていると伝えたそうです。小山はそのことをそのまま松原さんに伝え、自分は何も知らぬ存ぜぬで貫いたというわけです。そして、小山の復讐劇が始まった」
菊池の言葉を聞くうちに比良は小山の復讐劇を脳裏に浮かばせていた。

 時は2月10日、小山は夜になるのを待っていた。復讐劇を考えたときにもう1人引き込んでいた。今、小山はその人物と一緒にいた。
「小山さん、本当にやるの?」
「ああ、もう決めたんだ」
「でも、やったとして奥さんは喜ばないんじゃないかな?」
「たとえ、喜ばなかったとしても俺の気持ちは分かってくれるだろう」
「ま、まさか…、死ぬ気じゃ…!?」
「死ぬ?、誰が?。俺は死ぬつもりはない、だが妻のためなら…」
「ダメだよ!!!」
「裕哉君…」
「小山さんが死んだら元も子もないじゃない!?。奥さんのためにも生きようよ」
罪は償えという裕哉の小山に対する言葉だった。
「ああ、そうだな。本当に付き合ってくれるのか?」
「僕も決めたもん」
「いいんだな?」
「おもしろそうだし」
「よし、行こうか」
ささいな出来事が殺意に変わってそれが周りの人間を巻き込む惨事となることは小山にすら分からなかった。
 松原は喜びいさんの様子で有里の部屋を訪ねた。
 コンコン…、
「開いてますよ」
有里の声が中から響いた。有里の透き通るような声の響きに松原は感動に震えた。松原の手には麓で購入した白ユリの花束が抱かれていた。ゆっくりとドアが開かれると鏡に向かって髪をといていた有里の姿があった。ベッドには健治がいた。健治は松原の姿を見て蒼白になった。
「誰?」
健治は恐怖でも覚えるように布団の中に入り込んだ。それに気づいた有里は後ろを振り返った。
「あ、あなたは…」
有里は絶句した。さらに松原が持っていた花束を見て、
「その花はどうしたのですか?」
「ああ、これはあなたのために買ったものです」
「小山に言われたの?」
「ええ、有里さんに似合う花は?って聞いたらユリが好きだって言ったので…」
「そう…」
有里は死を覚悟した。それが小山からの別れだと察した。それに気づかない松原は花を手渡そうとしたその瞬間、下のほうから爆発音が響いた。
「な、何だ!?」
「かわいそうな人」
「えっ?」
「逃げなさい、あなた殺されるわよ。あの人に」
「えっ?」
何がなんだかわからない松原は有里を見つめた。
「早く行けって言ってんだろ!」
突然、有里の口調がかわった。あまりの豹変さに腰を抜かした。
「情けない人ね…」
有里は松原を蹴り飛ばした。
「死にたいのならここにいなさい、健治、行くわよ」
布団にくるまっていた健治は有里と一緒に出て行こうとした。しかし、ドアが開かなかった。べつに鍵がかかっていたわけじゃなかったのだが廊下のほうから細工がされていたようだった。
「ちっ」
有里は舌打ちして裏庭のほうの窓を開いた。下から炎が見え隠れしていた。
「健治」
「なあに?」
「お別れよ、あなただけ生きなさい」
「えっ?、どうして?」
「いいから」
有里は健治を担いだ。すごい力である。下に雪がふっくらと積もっているのを確認すると健治を放り投げた。
「うわああああああぁぁぁぁぁ…」
下のほうでドスッという音が響いた。炎の勢いが早いようだ。ドアの隙間から煙りが入ってきていた。有里は机の引き出しからナイフを取りだした。
「あなたも死にたいの?、さっさと健治と一緒に逃げなさい」
「ゆ、有里さんはどうするんだ?」
「私?、ふふふ…」
有里はナイフを舐めながら微笑した。松原は恐怖を覚えた。
「情けない男ね」
松原のズボンのベルトを持ち上げると窓まで引きずって行った。
「さあ、どっちを選ぶ?」
有里はナイフを松原の首に突きつけた。恐怖に満ちた松原は雪のほうを選んだ。そして、飛び降りたのである…。

「本当に良かったの?」
「ああ、これで良かった」
炎に包まれる山荘を見ながら2人は言った。
「でも、あの人、生きてるよ」
「いいさ、また後で始末する」
「その前に警察にチクられるよ」
「構わない、連中は沈黙するしか方法ないからな」
「えっ?」
「そのうち分かる」
この言葉は正しかった。警察は松原の証言を黙殺してしまった。証拠不十分としたのである。なぜ、証拠不十分にしたかわからなかった。小山は無罪となってしまったのである。
「この事実には我々もわからないんだ」
菊池は苛立ちを隠せずにいられなかった。そこに比良が口を挟む。
「それはそのうちわかるでしょう。それで小山と裕哉君はどうなったんです?」
「普通の暮らしをしていたさ、事件の前と変わることなく」
「それが今回の事件にまで尾を引いたんでしょうな」
菊池が頷き、他の人たちも頷く。
「で、この事件の事実は公表されなかった。小山は松原の動向を見張っていたらしい。先月までずーっとな」
「ずーっとですって?」
幸恵が驚きの声をあげた。
「そうだ、松原に対して恐怖を与えるためにだ」
「恐怖?」
「ああ、見張ることで俺はいつでもお前の行動を見ているぞっていうふうにな」
「こわ〜い…」
智子と津希実がほぼ一緒に声をそろえた。
「そして、精神を錯乱してしまった松原は小山に自殺に追い込まれた」
菊池の声が低くなった。低くなったというよりも小さくなった。
「自殺?」
幸恵が不審に思う。殺されたと聞いていたからだ。
「そう、錯乱した松原は隠し持っていた拳銃でこめかみを撃った。これは御島での事件直後に判明しました。それを見ていた小山は拳銃についていた指紋を消したのです」
「指紋を消した?」
お茶を口にした鏡原が言った。
「そう、事件の裏には自分がいるぞっと警察に思わせるためにね。前の事件で自分を有罪にさせなかったのは失態だと示すためにね」
「まるで遊んでいるみたい」
智子が呟いた。菊池は咳払いをする。
「そう、彼は遊んでいたのですよ」
みんなの顔が比良のほうを向く。
「そして、今回の事件も。彼は自分が作った舞台の上で警察という対抗勢力と戦いながら演じていただけなんです」
菊池はムッとした表情になったがすぐに元の表情に戻った。
「では、今回の事件に移ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
比良が言うとみんなも頷く。
「今回の事件の背景は今、伝えた通りですがまずは第一の殺人から始めましょう。小山の自供によると事件が起きる前の日の夜、小山は前田裕哉を殺すことを決意した。それは前回の事件での共犯というよりも殺害を目的としていたからだ」
「口封じね」
幸恵が言う。
「そう、小山にしてみればいつ誰かに暴露されるか内心穏やかではなかったようです。しかし、そこは小山の舞台上です。殺人現場を作ることにした。小山は殺されるとは思っていなかった裕哉に部屋で待つよう伝えた。裕哉は部屋の鍵を開けてベッドに横になっていた。そこに小山が入って行った。小山を見た裕哉はベッドから体を起こそうとしたが小山がそれをさせなかった。その上で凶器を咲子さんのベッドの下に紛れ込ませた」
「気づく前に殺されたのね」
幸恵が呟く。
「でも、それで幸せだったかもしれないね」
智子が呟いた。津希実も頷く。
「だって、苦しむことがなかったんですもの」
そう静かに言った。しばらくしーんとした空間が食堂を敷き詰めた。それを断ち切るようにして比良が口を開いた。
「それで彼は部屋の中に誰も入れなかったのですね?」
「え、ええ、その通りです。自分は警察官をしているという信頼を逆手に取ったんだと思います」
「なるほど…」
「しかし、藤山さんは別だった。彼だけは小山を疑っていた。最後の最後まで。そこで小山は藤山さんを殺すことにしたのです」
「たしか…、あのとき藤山さんは光を見たと言って外に出て行った…」
「その通りです、比良さんの言う通り、藤山さんは滝に続く沢の道に光を見てしまった。その光りに照らされていたのが小山だった。それで急ぎ足で外に向かった」
比良はあのとき小山の犯行だと否定したことを思い出していた。菊池は続ける。
「小山の自供では藤山さんが外に出る前にあるものを準備した。それは小山本人とまったく同じ姿をした蝋人形を滝の上の木から吊した。そこへ藤山さんが現れた。それを見た藤山さんは絶句したに違いありません。自分が犯人だと思っていた男が目の前で死んでいたんですからね、そう思っても仕方ありません。そんな状態のときに後ろから近くにあった石で殴りつけた。その場で崩れたときに比良さんたちが駆けつけたのです。この場で殺そうと企んでいた小山にとっては意外な行動だったそうです。そのおかげで藤山さんは助かった訳です」
「今、藤山さんの容態は?」
「命には別状ないとのことです」
「そうですか、助かって本当に良かった」
比良はほっとした顔をした。菊池の話は続く。
「犯行を失敗した小山は先に次なる相手を選んだ。もうこの時点で無差別殺人になっているかのようですが前の事件に関わった者だけを選んだのですから。鏡原さん、あなたも小山の犯行リストには入っていたそうです」
「………」
鏡原は黙っている。
「そんなときに小山さんたちが例の地下通路を発見した。あの通路は昔ここにあった遺跡の一部だということはすでにわかっています」
「遺跡?、あれが遺跡だったって言うの?」
津希実が言った。菊池は頷きながら、
「そうです、作られてから軽く1500年は経っているとのことです」
「重文並ね」
智子が言う。
「小山は前の犯行の後、ここを訪れています。そのときに遺跡を見つけたのでしょう。それと同じくして健治君も見つけたのです。その通路を。その通路は山の下を貫通するように造られていた。それを知った小山は鏡原さんに勧めたんじゃありませんか?」
菊池は鏡原に言う。
「…その通りです、小山さんが薦めるがまま山荘をこちらに移したのです」
「そして、山荘はこちらに移り、前の山荘はそのまま残されることになった」
「それでか、健治が時折いなくなると思ったら、前の山荘に行っていたのですね」
鏡原は納得した。健治もわずかに頷く。菊池にかわって比良が口を開いた。
「俺たちが通路を見つけた後、小山は俺たちを分けるために咲子さんを眠らせ、あの山荘に導いた。錯乱していた咲子さんを見つけた後、鏡原さんと咲子さん、そして幸恵さんたち三姉妹、そして俺に別れた。小山が創り出した台本通りにね。小山はそこで咲子さんと鏡原さんを殺すことにしたが2人が相手だと分が悪い。そこでまず鏡原さんを背後から襲った。気絶させられた鏡原さんは別の場所に運ばれ、咲子さんは健治君の犯行に見せかけるため、用意していた包帯をぐるぐる巻きにして殺されたのです。すでに裕哉君の事件で精神がやられていた咲子さんを殺すことは動作もないことでした。そして、最後は鏡原さんということになったのですが鏡原さんは小山の予想外の行動に出たのです。意識が早く取り戻してしまった。そうなると次の手を打たなくてはなりません。小山は俺たちをこの山荘に閉じこめることにしたのです。その隙に部屋で眠っていた藤山さんを殺すために。しかし、それもできなかった。俺たちは健治君の手によって救われたのですから。紙一重の差で藤山さんは鏡原さんが部屋から連れ出しました。鏡原さんは襲われる前に小山の顔を見ていた。そして、次に狙われるのが自分か藤山さんだと判断し、藤山さんのところに向かったのです。それと同時に俺たちもその場に駆けつけ、小山を取り押さえたということです」
「そんなことがあったのね…」
幸恵が呟くと、智子も頷きながら、
「執念深いって怖いですねぇ…」
そう言うと津希実も頷いた。
「でも、そうなってくるとますますわからなくなりますよねぇ…」
津希実が言うと、
「何が?」
幸恵が津希実を見ながら言った。
「小山さんの正体」
「そうよね、一体、何者なのかしら」
「それはおいおいわかることですよ。奴はもう我々の手の内にあるのですから」
菊池は自信ありげに言った。しかし、それは叶わないことだったのである…。

 翌日、比良と三姉妹は山荘を辞した。鏡原親子の心の傷は今回の事件によりさらに深くなった。それだけにそうっとしておいてやりたいというのが比良たちの本音だった。
「短い間でしたけれどありがとうございました」
幸恵が比良に言った。比良は照れながら、
「俺は何もしていませんよ」
「そんなことはないですよ。何度、命を救われたことか…」
「次は殺人事件のような場所では会いたくないですね」
「本当ですね、藤山さんはどうなったんでしょう?」
「彼なら大丈夫ですよ、あれぐらいでくたばるような男じゃないことは俺が一番よく知っています」
「あっははははは、マンガ喫茶をしていらっしゃるんでしたっけ?」
「ええ、そうです」
比良は名刺を取りだした。幸恵はそれを見ながら、
「へええ、きっちりしているんですねぇ」
「そうでなきゃ、店なんてできませんから」
「比良さんって…」
「えっ?」
「本当におもしろい方ですね」
幸恵はクスクス笑いながら言った。言われた比良はきょとんとしていた。
「それじゃ、また機会があったら会いましょう」
幸恵は2人が待つ車へと走って行った。車の運転席には津希実がいて、助手席には智子がいた。幸恵は後部座席に乗り込む。
「さてと、俺も行くか…。藤山さんの見舞いもしなくちゃいけないし」
そう言って比良もまた自分の車に乗り込んだ。
 御島山荘の2階からは包帯に巻かれた健治が立っていた。そして、その隣には鏡原がいた。
「父さん」
「ん?」
「母さんのこと、好きだよね?」
「ああ、もちろんさ」
そう言いながら鏡原は我が子を抱きしめた。
「また…、来てくれるかな?」
「ああ、きっと来てくれるさ」
その再会の火種はまた事件が起こるときだということも示唆していたのである…。


続きを読む(エピローグ)

戻る


.