第五章 暗闇

三、もう1つの山荘の存在

 幸恵、智子、津希実の三姉妹は1階の部屋を1つずつ調べていくが、かび臭い匂いに囲まれた山荘は空気が濁っていた。護の言いつけ通りに決して1人なることはなかった。常に3人で行動し、物置などの狭い部屋では1人が中を調べて残りの2人が入り口で見張りをしていた。
「何もないわねぇ…」
幸恵が呟いた。
「やっぱり、上だったんじゃない?」
智子が言う。
「でも、全部調べてしまってからたでもいいじゃない。あとは食堂ぐらいかな?。目立った部屋は…」
幸恵は周りを見渡しながら言った。
「お姉ちゃん、まだあるよ」
津希実が指さしたところには中庭があった。山荘の中に広い空間が突然現れ、吹き抜けとなった天井からは太陽の光が差し込んでいた。誰もいなくなった山荘で草木たちだけが誰にも邪魔されずにゆっくりと育ち続けていた。もともとドアか何か仕切りみたいなものがあった場所には何も置かれてなく、誰でも自由に出入りできるようだった。
「ここって…、けっこう広いんじゃない?」
智子が言う。
「そうみたい…」
幸恵がゆっくりと頷いた。
「でも、1人なると危険よ。犯人がいるかもしれないのだから…」
そのとき、遠くのほうでカタンッという音が聞こえた。
「きゃあっ!」
智子と津希実は咄嗟に幸恵に抱きついた。
「な、なに?」
幸恵は音がしたほうに視線を向けた。しかし、誰もいない。まったくの静寂だった。
「行ってみる?」
そう言うと津希実が半泣きになりながら首を横に振った。
「智子、津希実を見ていて」
「えっ?、ちょ、ちょっとお姉ちゃん」
智子が止める間もなく幸恵は音がしたほうへ行ってしまったのである。

 護は部屋を一通り見たが何もなかった。何もなかったというより犯人と健治の姿がどこにもなかったのである。ほとんどの部屋には鍵がかけられていた。そのため、中に入れたのは娯楽室みたいな部屋と浴場、トイレなど大勢の人たちが集まれる部屋ばかりで個人の部屋には入れなかった。護は犯人に気づかれると思い、強硬にドアを開かなかった。万が一、ドアを壊した音で犯人に気づかれると何をやりに来たのか分からなくなってしまう。それどころか、護だけでなく他の人々にも危害を加えてしまう可能性もあったからである。
「ここで最後だな…」
護は2階の一番奥にある部屋の前についた。一度、後ろを確認した。後ろから襲われる可能性だってあるからである。後ろには赤い絨毯が敷かれた廊下がずっと続いていた。護はふとおかしなことに気づいた。後ろを振り返ったときに気づいたのである。左側には部屋が並んでいる。右側は太陽の光をもろに受けている窓がある。正面には部屋が続いていた。
 しかし、今から行く部屋は右側にあるのである。つまり、窓があってもいいはずの場所にである。護は咄嗟に何かあると感じ取った。
「ここだけ…、こちら側なのか?」
偶然、ここに部屋を造っただけかもしれない。けれども、護には何か引っかかるものがあった。ゆっくりとノブを掴んだ。
「開いてる…」
護は静かにドアを開いた。そこには今まで人が住んでいたと思われる空間があった。右側には白いシーツが敷かれたベッドがあり、あとの三方は本箱で埋め尽くされていた。左側の壁の柱には時計が置かれており、秒針がしっかりと動いていたのである。
「これは…」
壁は白かったのだろうがすでに灰色に変色していた。護はこの部屋に似合わないものを視線の中に入れていた。それは上につながる階段であった…。

 幸恵は2人と別れた後、中庭を抜けて食堂のほうへ行った。食堂は中庭が望めるところにあった。厨房があったと思われる部屋には割れた皿とかスプーンとかがわずかに残っているだけだった。食堂のほうには木製の机が残されていた。テーブルの上には椅子が乗せられていたのである。
「何も…なさそうねぇ…」
幸恵は入り口から覗いた限りでは何もないように見えた。幸恵は中に足を踏み入れた。
「使われないようになってからかなり経っているようね」
幸恵はテーブルや椅子にかぶった埃(ほこり)でそう見て取った。
出入り口脇にドアがあるのに気づいた。幸恵はそちらに歩いていく。ノブを掴むとゆっくりと回した。鍵は閉まっていなかった。ちらっと後ろを振り返って何もないことを確認すると、ゆっくりと中に入った。
 部屋は物置のようだった。広い部屋ではない。1畳程度の広さぐらいしかなかった。
「何もなさそうねぇ…」
そして、無意識に電気のスイッチを押した。廃屋なのにつくはずのないのに灯りがついたのである。
「えっ?、どういうことなの?」
幸恵は食堂のほうに戻ると電気のスイッチを押した。すると、灯りがついたのである。
「これって…、人が住んでいるってこと?」
そう心に決めると急いで2人のところに戻った。
「お姉ちゃん」
2人の表情が明るくなった。
「すぐに比良さんに伝えないといけないことができたの」
「えっ?」
幸恵の強い意志に動かされるようにして2人も腰をあげた。しかし、智子が肝心なことに気づいた。
「ところで、さっきの物音は何だったの?」
「えっ?」
幸恵はすっかり忘れていた。肝心の物音の原因を調べること。
「あは」
「もう、今度は一緒に行くのよ。そう比良さんに言われたじゃない」
智子にそう言われた幸恵は苦笑していた。
「で、比良さんに伝えたいことがあるってどういうことなの?」
津希実が幸恵に向かって言ったのである。
「ああ、それそれ、実はね、ここの山荘…、電気がつくのよ」
「ええええええええ!!!???」
2人は驚きの声をあげた。幸恵は咄嗟に2人の口をふさぐ。
「しーしー」
口に指を押さえて静かにするように指示した。
「周りに犯人がいるかもしれないのに大声をあげてどうするのよ!」
思いっきり声を低くして言った。
「ごめんごめん…」
智子と津希実が謝った。
「でも、物音を調べないとダメだね」
智子が言うと幸恵と津希実が頷いた。3人はさっき幸恵がいた食堂に向かった。
 食堂はあいかわらずカビ臭い匂いが漂っていた。
「お姉ちゃん、ここなの?」
津希実が言う。
「うん、だってここが一番奥だもん」
「ここのドアは?」
「ただの物置よ、そういえば玄関ってどこなの?」
「玄関なら中庭のところにあったよ。でも開かなかったけどね」
「そう」
人が住んでいるのなら玄関が開くと思ったがそれも無理だと判断した。
(逃げ道がないっ!)
幸恵の頭の中に咄嗟にその言葉が浮かんだ。なぜなら、あの通路の入り口は犯人によって閉じられてしまったからである。でも、すぐにそれをうち消した。
(犯人を捕まえれば出られる)
と判断した。智子が物置のドアを開いた。
「あら?、電気がついてる…」
「それはさっき私がつけたのよ」
「ふうん…」
智子は中に入ってぐるっと顔を巡らした。べつに何もなさそうだった。しかし、ロッカーの存在が目に入った。
「この中は調べたの?」
「ううん、調べてないよ。そんなロッカーの中に犯人なんて隠れられないでしょ」
「ま、念のためよ」
智子もそういう考えがあったのか、何も考えずにドアを開いた瞬間、大きく目を見開いた。
「きゃああああああああああああああ!!!」
そこにあったのは包帯に全身を巻かれた咲子の死体だったのである…。


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