第五章 暗闇

二、暗闇の先にあるもの

 5つの人影、10もの足音が暗闇から抜け出した。護と鏡原、そして三姉妹が蝋燭の部屋から小さな階段をのぼってまた通路に出た。しかし、そこはただの通路ではなかった。光があるのだ。暗闇の中ではその存在すら忘れ去られようとしていた光があるのだ。
「やっと、戻ってきたのね」
幸恵が呟いた。地下の暗闇にいた時間は短いようでも長く感じた。人間の心理というものはどのようなものにも変身する。歓喜から絶望までありとあらゆるものに変化するのだ。そんな状況はもはや5人にはなかった。目指すものがあったからだ。それは犯人を捕まえることと健治を救い出すことだ。しかし…。

 通路には窓がある。鏡原が言うにはここは山荘ではないらしい。ではここはどこなのだ?、5人にはそのようなことは分からなかった。唯一、このあたりに詳しい鏡原でさえ分からないという。護は首を傾げた。5人は外にはいない。まだ中にいるのだ。名前すら知らない屋敷の中に。窓には×の形に板が打ち付けられている。しかし、光は板など何も感じずに通路に流れ込んでくる。ここも赤い絨毯によって敷き詰められていた。本当に山荘ではないのか?、そんなことを護は思い浮かべていた。通路にそって部屋のドアがいくつも並んでいる。けれども、鍵がかかっているのか一向に開く様子はなかった。5人は気を配りながら歩いていく。今度は鏡原が先頭、間に三姉妹を挟んで護が最後尾になった。通路は突き当たりで右に曲がっている。鏡原は確認をしながらみんなを促す。右に曲がると階段が左側に見えた。鏡原が振り返る。
「どうします?」
上と下の両方を探索しようと言うのだ。護が口を開いた。
「2つに別れて探しましょう。そのほうが効率がいい。俺と鏡原さんは上に向かいましょう」
「分かりました。3人にはこの階をお願いします」
鏡原は三姉妹に向かって言った。
「はい、わかりました」
護が補足する。
「もし、犯人と遭遇したら大声をあげて逃げてください。それから、なるべく1人にならないように。それこそ、犯人の思うつぼですから」
「分かりました。鏡原さんも比良さんも気を付けて」
幸恵が言った。
「では行きましょう」
鏡原と護は階段をのぼって2階へ、三姉妹は1階の探索に向かった。

 ギシギシギシ…、階段を一歩ずつ歩くたびに響くきしむ音。
「犯人の目的は一体なんでしょうねぇ…」
鏡原が前を見ながら言った。
「言うなれば復讐…かな?」
「復讐ですか…」
「ええ、はっきりしたことは分かりませんが犯人にとって何か恨むべきものがあったのでしょう」
「恨むべきもの…」
階段の頂上に足がついた。
「しかし、それは誰にもあることです。それがたとえ動物や植物であってもです」
「ほう」
「けれども…。しっ、誰か来ます」
護はヒタヒタと静かに聞こえてくる音を耳にした。鏡原も息をひそめる。
「…犯人でしょうか?」
「それも直に分かることです」
護は囁くように言った。足音は2人に徐々に近づいて来る。
「犯人であってもなくても、一気に飛び出しますよ」
護の言葉に鏡原が頷く。そして…、足音がすぐそこまで来たとき、
「今だ!」
2人は一斉に足音の主のところへ躍(おど)り出た。
「きゃっ!」
その主は驚いて赤い絨毯の上に倒れ込んだ。その主は咲子だったのである。
「咲子さん、なぜここに?」
「あなたたちこそ、どうしてこんなところにいるのです?」
咲子は不安そうな目つきで2人を見た。
「あ、あなたたちも犯人の仲間なのね!?」
「違いますよ。私たちは犯人を捕まえに来たのです」
「嘘よっ!。そんなことを言って私を油断させておいてから殺すつもりなのね」
咲子は少し錯乱しているようだ。
「きっとそうよ」
完全に決めつけている。咲子はナイフを取り出した。裕哉が殺されたときに使われたナイフである。
「やめなさいっ!、そんなことをしてもどうにもならない」
咲子の手は震えていた。
「咲子さん、本当に俺たちは犯人じゃない。そのナイフを下ろしてくれないか?」
「い、嫌よっ!」
咲子は震える両手でナイフを護と鏡原に向けていた。鏡原が一歩前に出ようとした。
「う、動かないでっ!」
「咲子さん!」
「殺してやる殺してやる…、殺してやるっ!」
咲子が大きく振りかぶった。ナイフが上から下に下ろされる。鏡原はその腕を掴んでナイフを振り落とした。そして、腕を掴んで取り押さえたのである。何とも手際のよい動きだった。そして、怒鳴った。
「咲子、いい加減にしないかっ!」
この言葉に咲子がはっと我に返った。
「あ、あ、あ…」
言葉にならないようだ。しかし、護は鏡原の言い放った口調に驚いていた。咲子さんを呼び捨てにしたのである。よっぽど親しい人でなかったら、こんな呼び方はしないはすだ。鏡原は無言で咲子を見ていた。
「鏡原さん」
「比良さん、もうお解りだと思いますが咲子と私は…」
男女の仲だといいたいのだろうが護が言うのを制した。
「咲子さんの無事が分かったのです。今は犯人が屋敷にいるかもわからない状態で、まだ安心はできません。お話ならすべてが終わってからにしましょう」
護は鏡原にそう言うと、転がっていたナイフを拾い上げた。ナイフは裕哉が殺されたときの状況とかわっていない。ナイフをハンカチに包むと、
「咲子さん、立てますか?」
「だ、ダメぇ…。腰が抜けてしまって…」
咲子は絨毯の上に座り込んでしまっていた。
「鏡原さん、咲子さんをお願いします」
「比良さん…」
鏡原は護の顔を見た。
「いいですよ。咲子さんを見ていてあげてください。そのほうが咲子さんにもいいと思いますから」
護は笑いながら言った。
「すみません…」
鏡原は護に頭を下げた。そして、護は真顔に戻り、咲子が歩いてきた方向に向かって歩き出したのである。護の姿を2人はじっと見つめていた…。


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