第四章 混乱
二、疑心
翌朝、天気はまだ吹雪いている。白い雪が強風に流されて山荘にぶつかっていた。窓はバタバタという音を鳴らしながら雪の侵入を防いでいた。滝のところで襲われた藤山は部屋で眠っていた。昨晩、護と鏡原は藤山をかついで戻ってきた。その姿を見た幸恵が唖然としながら言った。
「ど、どうしたんですか?」
「滝つぼのところで倒れていたのを見つけたんだ」
護が言う。
「ま、まさか…、犯人に…」
「そうだと思う。たぶん、犯人は藤山さんも殺そうとしたんだと思う。そこへ、俺とオーナーが相次いでやってきたからあわてて逃げたんだと思うよ」
「藤山さんもって…」
「小山さんが首を吊って死んでいたんだ」
「えっ!?」
幸恵をはじめ三姉妹が絶句する。鏡原は呟くように言う。
「裕哉君に続いて小山さんまで…。やはり、去年のあの事件が…」
「鏡原さん」
「はい?」
「みんなを食堂に集めてもらえませんか?」
「えっ?、どうして?」
咄嗟に言われて何のことか分からなくなってしまった鏡原が聞き返してきた。津希実がすかさず言う。
「犯人はこの別荘の中にいるなら、みんなでいたほうが安全だからじゃないですか」
護は頷く。しかし、それは部外者に限っての案になるわけだがこの中に犯人がいたとすればお互いの監視の役目にもなる。
「しかし…」
鏡原は健治のことを脳裏に浮かべているようだ。幸恵が鏡原をせかす。
「人が2人も殺されているんですよ。しかしもかしこも無いでしょう!」
「う、うむ…。そうなんだが…」
幸恵の勢いに鏡原は押され気味だった。その2人の様子を眺めていた護は自分に向けられている視線に気づいた。智子が護をじっと見つめていたのである。
「どうしたの?、智子さん」
護は話しかけた。そのとき、
「わかった!、犯人が!」
と、声をあげて言った。その場にいた全員が智子のほうに向いた。
「えっ?、誰か分かったの?」
幸恵が言う。
「ええ、分かったわ。犯人は部外者じゃないっ!。ここに泊まっている人よ」
智子がそう断言した。
「で、誰なの?、犯人は」
「聞いて驚かないでね。犯人は比良さん!、あなたよ!」
護のほうに指を差して言い放ったのである。
「ええええええええ!!??、ど、どうして俺が!?」
言われた護は驚きを隠せないでいた。
「ちょ、ちょっと智子。なんで比良さんなのよ」
幸恵が言った。しかし、視線は護のほうにあった。
「今からその検証をしてあげるわ」
「聞きましょう」
護はなぜ、自分を疑うのか智子の推理を聞いてみることにした。
「まずは裕哉君の事件ね。私、昨日、裕哉君と話をしていたのよ。そうしたら、比良さんの話しになったのよ。比良さん、あなた、裕哉君と知り合いですってね?」
「えっ?、違いますよ。ここで会ったのが初めてですよ」
「そんなはずはないわ。知っているはずよ」
智子はそう決めつけていた。
「あなたは仙台を旅行したことは?」
「あるよ。松島のほうへ行ったことがあるからね」
「そのときに万引きを捕まえたところに遭遇したでしょ?」
「ああ、したよ。あのときは大変だったよ。万引き犯に間違えられたんだから」
護は松島での出来事を思い出していた。旅行で松島に行ったとき、ちょうどみやげもの屋で買い物をしようと商品を見ていたときに万引きをしようとした男が警備員に取り押さえられていて入り口のほうで大騒ぎをしていた。男は犯行を完全に拒否していたのだ。しかし、鞄の中からは物色したと思われる商品が数品出てきたのだ。しかし、男の様子を見ていた護は警備員にある提案をした。
「防犯ビデオでこの人が本当に盗んだのか確認したらどうです?」
警備員は最初こそ取り押さえられた男が万引き犯だと確信していたが、以前、万引き犯と間違えて逆に訴えられたことを思い出し、護の意見を聞き入れることにした。
「そんなことする必要ないよ。俺、見ていたもん」
まだ中学生と思える少年が護の提案を行う必要はないと断言した。しかし、護は反論した。
「いや、ここまでこの人が否定しているんだ。確認ぐらいしてもいいだろう?」
護は中学生に言ったつもりだったが警備員のほうが頷いて、防犯ビデオを確認することにした。そして…。
「そして、犯人はその男性ではなかった。犯人の顔は帽子を深々とかぶっていたので分からなかったが取り押さえられた男性の無罪が判明した。警備員が言うにはそのことを知らせてきたのは中学生ぐらいの少年だったということだった。俺は少し前に話しかけてきた少年のことを思いだして探し出したが結局見つからなかったというわけ」
護は松島の事件のことをみんなに話した。智子が言う。
「そう、その事件の中学生が裕哉君だったらどうする?」
「えっ?」
「裕哉君は無実になった男性を憎んでいたそうよ。なぜ、憎んでいたのは分からないけれどおそらく親同士で何かあったんだろうと思うわ。けれども、あなたに邪魔されてしまった。裕哉君としてはせっかく成功するかに思われた作戦があなたのせいで水の泡になったんですもの。裕哉君はあなたのことを憎んでいたわ」
「そうだったのか…」
護は少しだけだが話した中学生の顔と裕哉の顔を照らし合わせていた。
「裕哉君はあなたに会えたことを喜んでいたわ」
「喜んでいた?」
護が聞く。
「ええ、あなたに恨みを晴らすことができるってね。私はその話を聞いたときに逆恨みだと思った。比良さんを殺そうと考えていたみたいだから。で、私の推理なんだけどおとといの夜、裕哉君はあなたを部屋に呼び寄せた。一目につかないように来てくれって言うふうにね。あなたは話しでもするんだと思って部屋に行った。そして…」
「そして、裕哉君に襲われそうになり、逆にを殺したと?」
「そうよ」
智子はそう断言した。しかし、それには無理があった。
「だったら、滅多刺しにする必要なんてないんじゃないかな?」
「う゛っ、それは…。それはあなたの他にも犯人がいたからよ」
「それは誰です?」
「そ、それは…」
智子は言葉をつまらせた。護は智子の推理を聞きたいため全部聞いてみることにした。
「まあ、いいでしょう。次は?」
「つ、次は小山さんね。裕哉君と小山さんは以前から仲がよかったらしいですね。おそらく、あなたのことを聞いていたんじゃないかな?。それで裕哉君に協力することにした。けれども、部屋で死んでいた裕哉君が殺されてしまっていた。自分で見つけたんですものね。比良さんが殺したとすぐに思い浮かべた。そこへ比良さんがやって来た。自分の前には死体がある。まずは疑われるのは自分だと思いこんだ。それがあなたが作った罠だということ思って。小山さんは夜になってからあなたを呼んだ。裕哉君の仇を討つために」
「それも無理よ」
幸恵が言う。
「ずっと私たちと一緒にいたじゃない」
「だ、たから、その前に…」
自分の推理が全然違う方向に進んでいる事に焦りを覚えていた。
「その前はたしか…、寝てるところを起こしに来たんじゃなかったかい?」
護は朝起きると同時に智子の顔があったことを思い出した。
「つまり、彼は小山さんを殺すことは不可能に等しいというところですね。やはり、部外者説が一番有力なことだと思いますね」
鏡原がそう断言した。護は鏡原の顔を見た。たしかに朝から護は鏡原と一緒にいたのだ。
「まだ、あるわよ!」
負けん気が強い智子は引き下がらない。しかし、そこで幸恵が止めた。
「もう良いよ。智子、比良さんは犯人じゃないわ。あなたが裕哉君の友人だってことはよく知っているから」
「えっ?」
「以前、お父さんの知り合いの人から家庭教師を依頼されて、智子がそこの息子さんに勉強を教えていたじゃない。たしかその息子さんの名前が裕哉っていう名前だってことを思い出したわ。あなたも彼の殺した犯人を見つけだしたいと思ったでしょうけど、真実がどうであれ、無実の人を犯人扱いにしちゃあダメ!。ね」
「う、うん…。じゃ、じゃあ、藤山さんともめていたのは…」
智子が護のほうを向いて口を開いた。
「それは…、俺が小山が犯人だと言うことを真っ向から否定したからだ…」
意識を失っていた藤山がいつの間にか目覚めていた。
「俺はその前に沢の歩道を歩いていく人影を見つけていたんだ」
「それで追いかけて行ったんですねぇ…」
「そうだ、俺は犯人が小山だと思いこんでいた。けれども、実際にあそこに行ってみると犯人は違った。護の言うとおりにね。その直後に俺はあるものを見た」
「あるもの?」
全員が藤山の顔を見る。
「全身を包帯でぐるぐる巻きにしていたミイラの姿を…」
「えっ?」
鏡原は驚きの表情を見せた。
「やつだ…。やつが小山たちを殺したに違いな…い…」
藤山はまた眠るように意識を失ったのである。それと同時に鏡原は走り出していた。
「鏡原さん!、待って!、鏡原さん!!!」
護の声は鏡原の耳には届かなかった…。
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