第四章 混乱

三、部屋にあるもの

 鏡原はある部屋の前にたどり着くとドアのノブを回したが鍵がかかっているらしく、一向に開く様子がなかった。そこで鏡原はドアに向かって体当たりを始めた。二、三度体当たりすると鍵が壊れたのか、ドアがきしんだのか、ドアごと向こうに倒れた。
 護や三姉妹も駆けつけ、倒れた鏡原を助け起こした。そして、中にあったものは…。
 それは真っ赤な壁に囲まれた部屋だった。壁一面に赤にかえられており、血なまぐさい匂いが広がっていた。
「うぷっ」
全員がほぼ同時に口や鼻を押さえた。すさまじい匂いだったのである。鏡原だけが部屋に出入りしているらしいが真っ赤な壁は初めて見たらしく、驚きを隠せない様子だった。
「こ、これは…」
「血のようですね」
護はゆっくりと中に入った。
 中にあったのは散乱した絵画や本の山である。机やソファの類はなく、左側の本棚には肝心の本が入っていなかった。全てが外に散乱しているのである。右側の柱の上に白くて丸い時計が引っかかっていたがすでに動いている様子もなかった。正面の壁には何もなかった。護は辺りを見回し、正面の壁に近づいた。匂いは凄まじいがすでに乾いているようだ。さわってみるとデコボコした手触りだった。
(ここに何かある…)
そう護の心の中は感じ取っていた。
「鏡原さん」
壁を見ながら口を開いた。
「何でしょう?」
「去年の事件が起きたのは何月何日でしょうか?」
「えっ?、日付ですか?。ええと…」
「2月の10日よ」
その声に全員が振り向いた。言葉を発したのは津希実である。
「つ、津希実、どうして知っているの?」
幸恵が問いかける。
「鏡原さんの奥さんは私の恩師だから…」
「えっ?」
幸恵が唖然としている。
「黙っているつもりはなかったんだけど高校のときにお世話になった先生なの」
護は津希実の顔を見て、鏡原の顔を見た。
「本当ですか?」
「え、ええ。たしかにそうです。5年前まで都内で高校の教師をやっておりました。結婚と同時に退職したのですが…」
「そうですか…。津希実さんもそこの高校に通っていたわけですね」
「津希実だけじゃない。私たち全員がそうよ」
幸恵が口を挟んだ。津希実が続ける。
「でも、先生は私が入っていた吹奏楽部の顧問だったの。ピアノの旋律はすばらしいものだったわ。でも、去年、その先生が亡くなったことを父から聞かされて…」
津希実の瞳から涙が流れた。隣にいた智子が寄り添う。
「そうだったんですか…」
鏡原が呟いた。護はその様子をうかがいながら壁を左右に流れるように触った。すると、掴めるところを見つけ、それを引っ張った。すると、血の塊にヒビが入り、0〜9まで並べられた数字の大きなサイコロの仕掛けらしいものがあった。壁に向かって押すようになっている。
「ふむ…。鏡原さん、この部屋にはある仕掛けがされています」
「えっ?、仕掛け?」
「そうです。壁の中に数字が書かれたものがあります。これを押すことによって仕掛けが作動するようです」
「それで事件の日付を…」
護は210と順番に押すと、中でカチッという音が聞こえた。しかし、何も起こらない。
「おそらく、何段階かに分かれているようです。心当たりの数値を入れてみることにしましょう」
「ええ、そうですね」
「俺が思うに健治君はこの仕掛けの向こうにいると思います」
「では…、これは健治が…」
「その可能性がありますね。しかし…」
「しかし?」
「いえ、なんでもありません。とりあえず、健治君と事件に関わる月日や時間なんかをここに入力してみましょう」
ここから護と三姉妹、鏡原の知恵絞りが始まったのである…。

 三姉妹と鏡原が真剣に知恵を絞っている頃、護は違うことを考えていた。
(このツアーには全ての参加者が面識、もしくは関係がある人物ばかりが集まっている気がする…。これは偶然なのか?。それとも、故意に誰かが仕組んだことなのか…。今、知っている分に関しては幸恵さん以外の全ての人物が関わっているようだ。じゃあ、幸恵さんも…)
護は幸恵の顔を見て、
「幸恵さん、松原という男を知っていますか?」
「えっ?」
幸恵はきょとんとしていた。
「咲子さんの上司であった松原…」
「松原紀夫(まつばら・のりお)です」
鏡原が口添えする。その名前を聞いた途端、幸恵の表情がかわった。
「知っているようですね?」
「えっ、ええ…」
幸恵は口ごもりながら言った。
「松原は父からお金をだまし取ったのよ。2億もの大金をね。彼は一流企業の社長を装い、父に近づいた。父だって馬鹿じゃない。彼のことをきちっと調べたわ。でも、怪しいところは見つからなかった。彼はたしかにその会社に存在していたし、会社自体も全然怪しいところはなかった。話は一緒に事業をしないかということだった。父は彼を信用し、1年に渡ってお金をその事業に注ぎ込んだ。けれども、事業は一向に進むことはなく、話も棚上げになってしまったの。そこで父は再度、その人物について調べたら、たしかにその人物はいたけれど中身はまったくの別人だったのよ!」
「へ?、中身は別人って?」
智子が言う。
「彼は変装していたのよ。完全にその人になりきってね。特殊メイクの腕は素晴らしいものだと聞いたのはすでに2億もの大金を失った後だった。その松原が死んだって聞いたのは去年のことだった…。父は失意のうちに自分の会社の社長を辞めて家にひきこもりがちになったのよ」
幸恵は泣きながら言ったのである。松原は詐欺師だったということになる。
「やはり…」
護の思っていたことは正解だったようだ。
「えっ?」
幸恵が護の顔を見た。
「やはり…というのはどういうことなんでしょうか?」
鏡原が言う。
「今回のツアーに参加した者の中で初めてだったのは幸恵さん、智子さん、津希実さんと俺だけです。あとのみなさんは去年起きた事件にも関わっており、顔見知りだった。鏡原さん、このツアー参加者を選んだのは誰ですか?。あなたなら知っているはずです」
護は真顔になって言った。
「そ、それは…」
「今は躊躇している場合ではありません。言ってください。健治君も殺されるかもしれないのですよ」
「ま、まさか…」
「そうです。健治君はただ利用されただけです。犯人に抱き込まれたのでしょう。鏡原さん、誰なんですか!?」
護は言葉強く言い放った。
「そ、それは…」
鏡原の口からその名前が告げられたのである…。

 5人はありとあらゆる知恵を絞って仕掛けにいろんな数値を入力した。何度か試した後、健治の部屋の正面の壁が下から上へ持ち上げられるように開いたのである…。
 そこには階段が見えていた。
「犯人と健治君はこの中にいます。行きましょう」
階段の向こうはまったくの暗闇である。鏡原はそのままだと危険だと言い、フロントに行くと懐中電灯を持ってきた。
「これを使いましょう」
「そうですね。では、俺が先頭に進みます」
護の一歩が階段へと差し掛かったのである…。


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