第四章 混乱

一、二の殺人

 夜、護は食堂に向かった。夕食を食べるためである。しかし、食堂にいたのは三姉妹だけであった。
「あれ?、みんなは?」
護の問いかけに幸恵が答える。
「みんな、食事は部屋でとるそうですよ」
「まあ、あんなことがあったんだ。仕方ないかなぁ…」
「ええ…」
いつもにぎやかな三姉妹もさすがに落ち込んでいる。
「でも…、誰が殺したのかなぁ…。それにいつなったら晴れるんだろう…」
智子の呟きが聞こえたのかは分からないが、山の天気はますます激しくなりつつあった。
「大丈夫だよ、ね、比良さん」
津希実が護に向かって言った。
「ああ、大丈夫ですよ。必ず、助けは来ます。それにこのまま犯人をほうっておくことはできません」
護がそう言い放った。
「比良さんって…、一体何者なんですか?」
幸恵が言った。護はニコリと笑って、
「ただのマンガ喫茶の店長ですよ」
そう言ったのである。
 厨房からはいい匂いが流れてきたのである。

 藤山の部屋、オーナーが持ってきてくれた食事をテーブルの上に置いたまま、ベッドに寝そべっていた。
「犯人はあいつに決まっている。あいつだけしかいないんだ…」
藤山は呟いた。その時、窓がバタバタと開いたり閉じたりしているのに気づいた。
「ん?、窓なんて開けたかな?」
藤山はベッドから起きあがり窓に手をかけた。雪が強い風に流されて中に入ってきた。
「やれやれ、この天気もいつまで続くのやら…」
しっかりと窓を閉じようとした時、外で小さな灯りが見えた。
「ん?、なんだ?」
じっくり見ようとするが暗闇で見えない。窓を開けたかったが吹雪なので開けることもままならなかった。
「沢のほうへ向かっているな」
暗闇の中に浮かぶ灯りは沢の歩道を進んでいた。その先にあるのは滝である。
 藤山は立ち上がり、部屋を出た。玄関のほうへ歩いて行くと護が食堂から出てきたところだった。
「おや?、藤山さん。どうしたのです?」
藤山を怒鳴った護のあの時の表情はもうそこにはなかった。しかし、藤山がそんなことを気にしないことは護が一番よく知っている。
「今、裏の沢に誰かがいたんだ?」
「えっ?、こんな吹雪の中を?」
「そうなんだ」
「まさか、今から行くつもりなんじゃ…」
「ああ、そのつもりだ」
「やめたほうがいい。夜だし、この吹雪だ。足場も悪いし、危険すぎる」
「いや、ここから滝までなら5分もかからない」
「藤山さん!」
行くと言い張り続ける藤山に対して護が一言だけ大きな声をあげた。けれども、すぐに低い声になって、
「何の恨みがあるのかは俺には分からない。けれども、あなたの脳裏には小山さんが犯人だと決めつけている節がある。俺の予想では小山さんは犯人じゃない」
「何だと!?、あいつじゃなかったら誰がいるっていうんだ!?」
藤山が護を睨み付けた。
「誰かは分からない。けれども、小山さんじゃないことは確かだ」
「言い切れる証拠はあるのか?」
「ない」
護は真顔になった。
「ないだと!?」
「そうだ。ないが俺には分かる。小山さんは犯人じゃないっ!」
「ふざけたこと言ってるんじゃねぇ!。こんなことしているうちにやつは逃げちまう」
藤山は護の制止をふりきって吹雪の中に飛び出したのである。
「藤山さん!」
タッタッタ…という音だけが聞こえていた。護はオーナーに知らせた後、藤山の後をすぐに追いかけたのである。
 沢の道は暗かった。何の灯りもない。藤山が懐中電灯も持たずに行ったことは知っていた。
「藤山さーーーん、どこにいるんですかぁーーーー!!!」
声は暗闇に反響して、自分に戻ってくるかのようだった。
「藤山さーーーん!!!」
何の返事も返ってこない。護は滝のほうに向かった。沢の道は滝まで一本道である。
 護は地面を照らした。わずかだが足跡が残っていた。
「藤山さーーーん!!!、どこですかぁ!!??」
しかし、何の返事もなかった。護の脳裏には嫌な予感が広がっていた。
 滝から流れる水の音は聞こえない。完全に凍り付いてしまっているのだ。冬場でも晴れた日には神秘な姿を輝かせてくれるのだが、今は全て暗闇に覆われ、その姿はとこにもなかった。
 護は周りに懐中電灯の光を照らした。
「くっ、どこだ…」
焦る護に吹雪はどんどん強くなっていく。
 その時、光があるものを捕らえた。藤山が滝壺の手前で倒れていたのだ。雪が藤山の体を覆っていた。
「藤山さん!」
護は藤山に近づいて抱え上げた。
「藤山さん、大丈夫ですか?」
「ううう…」
「よし、意識はある。大丈夫だ」
護は藤山を抱え上げたときに後ろから「おーーい」という声が聞こえてきた。鏡原が後から追いかけてきたのだ。
「こっちです!」
懐中電灯を頭上で円を描くようにぐるぐる回した。
「大丈夫か?」
「意識はあります」
「よしっ、連れて行こう」
護は念のために周りに光を照らした。その光の筋が滝の上のほうに伸びた。その瞬間、
「ひっ」
護は喉の奥から小さな悲鳴をあげた。それを聞いた鏡原は、
「どうしました?」
「あ、あ、あ、あれ…、あれを…」
鏡原は持っていた懐中電灯を護が照らしていた位置に近づけた。すると、そこに照らされたのは…。
「あれは!?」
そこに浮かんでいたのは紛れもなく、人間だった。そして、護が藤山に言った通り、小山が犯人じゃないことがこれで立証できたのである。
 なぜならば、そこにあった人間こそが滝の上にある木から吊された小山の無惨な姿がそこにあったのである…。


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