第三章 遭遇

三、あの事件…

 裕哉が死んでいることを聞かされた人々の表情はそれぞれであった。驚いて絶句する者、恐怖に満ちた表情で困惑する者、その場で動けずに混乱に陥っている者など目の前に起こった現実に信じられないという表情が集まっていた。
「な、なぜ…、裕哉君が…」
しばらくの沈黙の後、鏡原が声を出した。小山が冷静な声で言う。
「とりあえず、鏡原さん。緊急無線で警察に連絡してください」
「わ、分かりました」
仮にも小山は警察官なのである。こういうときにしっかりしていなければならない。
「部屋を保存します。みなさん、外に出てください」
小山はみんなを部屋の外に出そうとした。それに藤山が言う。
「まさか、あんたが殺したんじゃねえだろうな」
「な、何を言うんだね。私は警察官だぞ。そんな馬鹿な真似は決してしない」
「嘘をつけ!。警察官でも人間だろうが!。犯罪の一つや二つ犯しても不思議じゃないっ!」
そこに護が間に入る。
「藤山さん、おやめなさい。小山さんが殺したっていう証拠はどこにもない。それに…」
「あんたは黙ってろ!」
いつもの陽気な藤山ではない。小山に対しては何かしら、因縁めいたものがあるようだ。しかし、そう言われて黙っている護ではない。
「あんたこそ、静かにしたらどうなんだ!。目の前で人1人死んでるんだぞ!」
いつもの温厚な性格の護の姿はそこにはなかった。
「ちっ、小山、覚えとけよ!」
出入り口で固まっていた三姉妹を押しのけて行ってしまった。
「すみません、比良さん」
「いえいえ、あの藤山さんがここまで怒ることは滅多にないんですが何かあったんですか?」
「い、いえ…、別に…。さっ、とりあえず、ここを出ましょう」
ゆっくりと全員が外に出る。護は出る際に振り返って、ある物がないことに気づいた。旅行好きの裕哉にとってはあるはずのものが…。それは裕哉に限らず、誰もが必要するものである。
「ど、どうしました?」
小山が声をかけてくる。一つ聞いてみることにした。
「入り口は閉まっていました?」
「えっ?」
「このドアは閉まっていました?」
もう一度、繰り返して聞いた。
「いいえ、開いてましたよ。それが何か?」
「いえいえ、なんでもないんですよ」
護は何か引っかかるものを感じた。
 全員が外に出た時に鏡原がやって来た。護が声をかける。
「どうでした?」
「それが…」
鏡原は口ごもった。
「どうしたんですか?」
幸恵が聞いた。
「え、ええ。実はこの吹雪でヘリを飛ばせないらしいんです。吹雪が治まるまではどうしようもできないと」
「えええええええ!!!???」
「じゃ、じゃあ、私たち、ここに孤立したままなの?」
「ええ、そうらしいんです。下の道も封鎖解除の予定はないと…」
「そうなぁ…」
津希実が絶句した。小山が言う。
「オーナー、とりあえず、この部屋には誰も近づかないように鍵をかけてください」
「あっ、はいはい」
オーナーは持っていたマスターキーを取り出して、裕哉の部屋の鍵を閉めた。護が聞いた。
「オーナー、そのマスターキーはいつもオーナーが持っているんですか?」
「いえいえ、いつもはフロントに置いてありますよ」
「フロントに鍵は?」
「かかっていません。こういう別荘ですからね、その必要もないでしょう。私はみなさんを信頼しきってますから」
鏡原は笑いとも悲しみともとれない表情をした。
 しかし、このことで一つ分かったことがある。それは誰でも裕哉を殺せたということだ。マスターキーのある位置がどこかということを知っていれば誰でもどの部屋に出入りできるということになる。

 1人だけ部屋に閉じこもっていた咲子は発狂した。
「ま、また…、また私のときにこんなことが起きるなんて…。しかも、同じ場所で…」
絶句をした後、
「この別荘は呪われているんだわ。きっとそうよ!」
「お、大鳥さん…」
知らせに言った鏡原の前には冷静な咲子の姿はなかった。
「あなたも悪魔の1人なんだわ!。出て行って!、私に近づかないでよっ!。この悪魔!!!」
「ちょ、ちょっと、何を言っているんです?」
「いいから、出ていきなさいっ!」
咲子は旅行鞄からナイフを取り出した。それを見た2人は絶句した。
「そ、それは…」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
それは血で真っ赤に染まったナイフであった。
「な、なぜ、あなたがそんなものを…」
「わ、私じゃないっ!」
と、言ってナイフを鏡原めがけて投げたのである。
「うわっ」
間一髪のところで避けた拍子に足をひねった。ナイフは壁に突き刺さったのである。
「みんな、出て行ってぇぇぇぇ!!!」
鏡原は錯乱した咲子をなだめようとしたがどうすることもできずに部屋を出た。
 食堂で話を聞いた護と三姉妹は、
「やっぱり、あの人が殺したのかしら…」
「いや、違うでしょう。あの人はそんなことができる人じゃないことは私がよく知っていますから」
幸恵の言葉に鏡原が首を振った。そこに護が口を挟む。
「俺もそう思いますよ。見たところ、あの人は仕事に熱心だけど、プライベートな関係はなかったように思いますよ。あくまでも客と添乗員という関係を割り切っているように見えるんです」
「よく分からないけど、お客さんとはいい仲にはならなかったってことね」
鏡原の治療をしている智子が言った。護は軽く頷いた。
「それにしても、とんでもないことになってしまった」
鏡原は低い声で言った。
「一つ聞きたかったのですが、よろしいですか?」
「ん、なんでしょうか?」
「小山さんに聞こうと思ったんですけど聞きそびれたことなんですが、みなさんが口にしている『あの事件』とは一体どういうことなんですか?」
「ああ、そのことですか…」
鏡原は一瞬、躊躇した。しかし、ゆっくりと話し始めたのである…。
「あれは去年の今頃の話です。今回のようなツアーという形をとらずに招待客だけを集めたささやかなパーティを開こうと思ったのです。しかし、話をどこで聞いたのか分かりませんが咲子さんの上司である松原という人がこのパーティーをツアーとして募集してもいいかっと言ってきたんです。私としてはプライベートでやりたかったのですから、さすがに困惑しました。
 そのときに私の妻が『人が多い方が楽しいではありませんか』っていう言葉から急遽、プライベート客に招待客を入れた10人でやることになったのです。藤山さんと咲子さん、それに小山さんは私の知人です。予定通り、10人と松原さんを加えた11人で行うことになりました。裕哉君はツアー客でした。何事もなく、1週間が平凡に過ぎ去ろうとしていたときです。6日目の深夜、突然、厨房から火が噴きだしたのです」
「火が?、それは爆発したのですか?」
護が口を挟む。
「ええ、消防の調べた原因はそうらしいんです。ガスの匂いが充満していたということですから。ちょうど、その日は吹雪で外はものすごい強風でした。突然の爆発に私たちはなす術を失いました。あわてて、外に出たときはもう別荘の中は火の海でした。私はそのときに妻と息子がいないことに気づき、中に戻ろうとしましたが松原さんと小山さんに止められてしまったのです。しかし、息子は生きていました。裏の積もった雪の上に全身やけどの状態で見つかりました。半年間、意識不明の状態で全身100針を縫う重傷だったのです」
「そうてすか…。奥さんはそのときに?」
「ええ、妻と息子は2階にいたのです。煙にまかれて逃げ遅れたそうです。部屋で遺体となって見つかりました」
「それは…。嫌なことを思い出させまして申し訳ございません」
「いえいえ、いずれは話をしなければならないことですから」
鏡原はどこか遠くを見ていた。そして、ゆっくりと話を続けた。
「おそらく、逃げられないと思ったのでしょう。健治を窓から外に投げたようだと警察の人は言っていました。ただ…」
「ただ?」
「松原さんはこのことを口止めしようとしたのです」
「口止めを?、なぜ?」
「さあ、今となっては分かりません。自分の立場を失いたくなかったのか、それとも、あのとき、爆発することを知っていたのか…。いずれにせよ、その訳を聞くことはもうできませんから…」
「えっ?」
護は驚きの声をあげた。
「もうなくなっているんですよ。自宅で急死したと聞いてます」
「そうですか…」
護は松原が去年の事件の中心人物であるように見えて、実は真犯人に殺されたのではないかと思ったのである。
「で、今は健治君は?」
「健治は部屋に閉じこもりがちになりました。皮膚移植をすれば回復することも可能なのですが、本人がやりたくないと言い張りましてね。今も全身に包帯を巻いたままになっているのです」
護はその言葉に昨日の夜のことを思い出した。
 護の目の前でナイフを持っていた包帯男のことを…。
(あれは健治だったのか?。それとも…別人なのか…)
不安と疑問に陥りながらも、事件がまだまだ続くことを知る由もなかったのである。


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