第三章 遭遇

二、一の殺人

 昼どき、護は食堂に行った。咲子がすごい剣幕で幸恵と言い争いをしていた。
「あなたねぇ、もうちょっと自覚というものがないんですか?」
「いいじゃない。あなたには関係ないことでしょ。それにこのツアーはあなたが企画したものじゃないんですってね」
「なんですって!?」
「なによっ!。文句ある?」
そこに鏡原が割って入る。
「まあまあ、おやめなさい。他の人たちが見ていますよ」
「見られたっていいもん。このツアーはみんなのためにあるもんでしょ。あなた一人だけのものじゃないのよ!」
幸恵は鏡原の制止を無視して、咲子に言い放った。
「なんですって!?。選んだのはこちらですよ」
「だから、何だって言うんです?。選んだのは会社であって、咲子さんではないでしょ!?」
「だからって、そんなケガをされても困るっていうんです」
「あなたは単に自分に責任がくるのがこわいだけなんでしょ!?。これはこれで自分の責任でやっていきますよーだ!。ふんっ」
食堂にはケンカしている2人と鏡原、小山と護だけがいた。咲子は今にも飛びかからんとしていた。護が言う。
「2人ともおやめなさい。大人げないですよ。幸恵さん、ケガのほうは大丈夫ですか?」
「もう大丈夫ですよ。包帯でガチガチに巻かれているから指は動かないですけどね」
さっきまでケンカをしていたとは思えない笑顔で話した。
「止血のためですよ。血さえ止まればあとは消毒していれば大丈夫です」
護の助け船に鏡原はほっとした表情で言う。
「よかったぁ」
幸恵はほっとした表情になった。一方の咲子は邪魔をした鏡原と護を睨み付け、
「鏡原さん!」
「何でしょう?」
「昼は部屋で食べます。あとで持ってきてください」
そう言うとさっさと食堂から出て行ってしまった。
「大変ですね、鏡原さんも」
「ええ。みなさん、もうまもなくお昼にしましょう」
鏡原は厨房へと戻って行った。それから、まもなくして智子と津希実がやってきた。小山が護に話しかける。
「咲子さんはいつもそうなんですよ。前のときにツアー客のミスでボヤが起こったときに責任を押しつけられたみたいなんですよ。だから、いつもカリカリしているんでしょうね」
「前ということは小山さんも前に参加したのですか?」
「ええ、しましたよ。このツアーは常連様優遇なんですよ。けれども、夏場はけっこうお客さんが多いんで毎回、冬場にやっているんですよ」
「へええ、そうなんですか。もう一つ、お聞きしたんですが…。いいですか?」
そのとき、昼食が運ばれてきた。
「じゃあ、昼を済ませたあとゆっくりと話しでもしましょう」
小山は昨日と同じ席に座った。料理が順序よく並べられていく。三姉妹はいつも一緒のようだ。護は昨日と同じ席についた。
「では、いただきましょうか。あれ?」
鏡原は藤山と裕哉が来ていないことに気づいた。
「おふたがたはまだ来ていないようですね」
「あっ、呼んできますよ」
護が言った。ついで、
「じゃあ、私は裕哉君を呼んできましょう」
小山も立ち上がった。
「すみませんがお願いします」
鏡原が頭を下げた。護は藤山の部屋に、小山は裕哉の部屋に向かった。
 藤山の部屋は102号室である。護はノックした。かすかな声が中から聞こえてくる。
「は〜い…」
「比良です。入りますよ」
「どうぞ…」
護はゆっくりと中に入った。トイレに続くドアが開けぱっなしになっており、藤山はベッドで寝込んでいた。
「どうしたんですか?」
護は藤山に近づく。
「うん…、実はね…、昨日、なかなか寝付けなくて…持ってきていた睡眠薬を二錠飲んだんだよ…。そうしたら…、間違えて下剤を飲んだらしくって…。朝からトイレとベッドを行ったり来たり…」
「ははは…」
護は苦笑した。
「でね…。もう出すもんは出しきったはずなのに…。うっ」
ガバっと起きあがってトイレに駆け込んでしまった。護はポリポリと頬を掻きながら、ドアごしに、
「藤山さーん、お昼どうします?。軽いものでも頼んでおきましょうか?」
「そうしてくれぇぇぇ…」
「お大事に」
護は部屋から出て、食堂に戻った。
「あっ、藤山さんどうでした?」
「いやぁ…。実は…、睡眠薬と下剤を間違えて飲んだらしくって…」
護は苦笑した。
「ありゃぁ…」
「で、お昼は軽いものにしてくださいとのことです」
「分かりました。あとで何か持っていきましょう」
鏡原も苦笑しながら言った。
「小山さんと裕哉君はまだ来ていないみたいですね」
「ええ、そのようですね」
「ちょっと見て来ましょう」
護は再び、食堂を出て裕哉の部屋に向かった。裕哉の部屋は2階の208、一番端にあった。ドアは開いていた。中にいるんだろうと思って、中に入ると、小山がベッドの前で立ちつくしていた。
「どうしたのですか?、小山さん」
「あ、あ、ひ、比良、さん…」
「どうしたんです?」
護は真っ青になった小山の顔を見ながら中に入っていくと、ベッドに裕哉の姿があった。
 しかし、それは生きている裕哉の姿ではなかった。白いスーツに血まみれになって横たわっている裕哉の無惨な姿がそこにあったのである…。


続きを読む(第三話)

戻る


.