第三章 遭遇
一、散策
護は三姉妹の誘いに乗って山荘近くにある滝に行くことにした。幸恵は護の格好に吹き出しそうになった。あまりにもすごい防寒具を着ていたのである。
「あはははは…。なにそれぇ〜」
「えっ?、変かなぁ?」
「変ですよぉ。そこまで寒くありませんよ」
智子も頷きながら護に言う。護はセーターを2枚着込んで、マフラーと手袋、帽子にマスクまでしてる完全防寒の状態だった。その格好で金融会社に行ったら泥棒に間違えられてもおかしくなかった。
「ほらほら、脱いで脱いで。マスクなんていらないでしょ」
「でも、寒いよ」
「男でしょ」
「そうそう」
護はすっかり三姉妹のペースの中に飲み込まれてしまったのである。
4人は雪に覆われた小道をゆっくり歩きながら山荘の裏手にある小さな階段を下りて行った。チョロチョロというかすかな水の音が耳に聞こえる。しかし、沢はすっかり氷と化していた。沢と小道の間には一定間隔で杭が打ち付けられており、杭と杭はロープでつながれていたがロープも完全に凍った状態だった。
「ねぇ、津希実」
「な〜に?」
幸恵の声に振り返った津希実の顔に雪の塊が飛んできた。
「きゃ!、冷た〜い。やったなぁ」
今度は津希実が投げた雪の塊が幸恵の顔に命中する。そして、それは雪合戦の状態になった。2人の姿に呆れた智子は、
「先に行ってるよぉ。比良さん、この先が滝らしいですよ」
と、かすかに見える滝に続く立て看板を指さしながら言った。
「そうですね。でも、いいんですか?、ほうっておいて」
「いいですよぉ。いつものことだし」
智子は笑いながら言った。結局、智子は護と一緒に滝のほうへ行った。完全に雪化粧となってしまった滝の姿があった。
「わぁ、きれ〜い」
「本当ですねぇ…」
とか言いながら、護は寒さに震えていた。それを見た智子は笑いながら、
「あはははは…。寒いんですか?」
「い、いやぁ…」
護は苦笑していた。
「本当に寒がりなんですね」
「ええ、まあ」
「スキーとかできないでしょ?」
「いえ、しますよ」
「じゃあ、大変ですねぇ。体にカイロをいっぱい入れて、近くにストーブを置いておかないと」
爆笑しながら言った。護は苦笑するしかなかったのである。滝を眺めていた2人は、
「そろそろ戻りましょうか?。2人ともまだ雪合戦してるのかなぁ」
「おもしろい姉妹ですね」
「そうですか?」
「うちは男兄弟ですからね。女の子がいたらよかったなぁ」
「じゃあ、私が比良さんちにお邪魔しましょうか?」
「えっ?」
「な〜んて冗談ですよ。そんなことやったらお父さんに何を言われることか」
「はははは…。そういえばお父さんって朝日祐太朗なんですか?」
「ええ、そうですよ。お知り合いですか?」
「知り合いも何も…」
そう言いかけたとき、智子が素っ頓狂な声をあげた。
「あれ〜?。2人がいない」
雪についた足場は荒れていた。ここで雪合戦していたことには間違いなかった。
「もう戻っちゃったのかなぁ…」
「迷子になったってことはないですよね?」
「まさかぁ…。そんなことはないですよ」
護はふと小道の脇にある雑草を見た。赤い液体がついていたのである。
「これ…、血じゃないですか?」
「えっ?」
智子はそれを見た。わずかだが血だった。まだ流れて間もなかった。
「何かあったのかなぁ…」
「あのとき、何かあれば悲鳴とかあげているはずですよ」
「ちょっと心配になってきた…。山荘に戻りましょう」
「そうですね」
2人は山荘に急いで戻った。戻る途中、護は高くそびえ立つ木に比較的新しい傷を見つけた。しかし、それに気にすることなく通り過ぎた。
「もう心配したんだからね」
「ごめんごめん」
幸恵が津希実が投げた雪の塊をよけ損ねて指を切ってしまったのである。けっこう深くきれてしまっていたがオーナーの適切な治療によりもう血は止まりかけていた。
「本当に気を付けてくださいよ。雪の下には何があるか分からないんですから」
「どうも、すみませんでした」
幸恵は申し訳なさそうに頭を下げた。幸恵の指に白い包帯が巻かれているのが見えた。
「でも、大事がなくてよかったですね」
「本当よ。まったく…」
「てへへ…。ごめんごめん」
「しばらく外出禁止ね」
「ええーーー!!!」
「当然でしょ。またケガなんかされたらたまらないんだもん」
護は笑いながら3人を見守っていた。
「でも、本当に出ないほうがいいかもしれません」
鏡原が護に話しかけてきた。
「どうかなさったんですか?」
「ええ、また吹雪になりそうなんです。あっ、私、実は天気予報士の資格を持っているんです」
「へええ、それはすごいですね」
「ええ。今、空を眺めていたらまた西の方から雪雲の姿がちらほら見えていたんです。それに山の天候は変わりやすいですから、外に出るのは控えたほうがいいですね」
「分かりました」
「昼までゆっくりとなさってください」
「どうもすみません」
鏡原はフロントのほうに歩いて行った。護は窓からカラっと晴れていた空が徐々に曇ってくるのを見ていたのである。
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