第二章 氷雪荘

四、蝋燭

 暗闇の通路…。前後左右何も見えない中をユラユラ揺れながら、一つの光が進んでいく。カツンカツン…、闇の者の足音だけが通路に響き渡っていく…。
「ここだ…」
男の目の前に小さな階段が見える。上の階に続く階段だ。
「さあ…、我が生け贄となるものはここにある…」
男の足がゆっくりと階段をのぼって行ったのである…。

 護は結局、露天風呂には行かなかった。吹雪の中に飛び込んでいく勇気がなかったのである。部屋に備え付けてあるバスでゆっくりと体を癒して、長旅の疲れから早々にベッドに横になったのである。しかし、寝ることができなかった。あの全身包帯男のことが気になって仕方なかったからだ。
「あの包帯は火傷のあとなのかなぁ…。それに大島さんが言っていたあの事件ってのも気になる…。以前、この山荘で何があったのだろうかぁ…。藤山さんが何か知っていそうだ。明日聞いてみよう」
護はそう決めて眠りこんだ。

 ガタガタガタ…。護は窓の音で起きた。吹雪が窓に当たっているのである。ゆっくりと顔を起こして時計を見ると3時半だった。
「ふぅ…、まだこんな時間か…。それにしてもこの吹雪、明日も続きそうだなぁ」
護は見えない外の闇を見つめながら呟いた。
 そのとき、どこかからかカツンカツンという音がかすかに聞こえてきたのである。
「ん?、なんだ?」
護は耳をすました。カツンカツンという音がじょじょに大きくなってくる。誰かが歩いているのだ。
「こんな夜更けに誰だろうかぁ…」
護はベッドから起きあがり机に置かれている灯りをつけた。護の周りだけがわずかに闇の中から浮かび上がった。足音はまだ聞こえている。廊下のほうからだ。護は気になってドアのほうに近づいた。
 カツンカツン…。足音はどんどん近づいてくる。
「階段のほうかな?、それとも…。えっ?、止まった?」
突然聞こえなくなった。そのかわり、ドアの隙間から灯りが覗いていた。
「ま、まさか…」
目の前にいる!?。護はちょっとドアから後ろにさがった。そして、ガチャガチャと部屋内に響き渡る。
「嘘だろ…」
誰かが護の部屋の鍵を開けているのだ。ガチャリという音と共にドアがゆっくりと開く…。目の前に包帯男が立っていたのだった…。片手にナイフを持って…。不気味に口を歪めながらナイフを振りかざした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「きゃあ!」
突如、女のひとの声が聞こえた。護は夢を見ていたのである。
「びっくりしたぁ…」
「はぁ、はぁ、はぁ…。あれ?」
「夢を見ていたのですか?」
「え、ええ。智子さんでしたっけ?」
「そうですよ」
髪を後ろで束ねた女性がベッド脇で心配そうに眺めていたのである。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。変な夢を見ていただけですから。智子さん、どうやって中に入ってきたんですか?」
「ドアからですよ」
「えっ?」
「開いてましたよ」
護は真っ青になった。奴は来たのだ、ここに…。夢ではなかった。でも、護は生きている。
「不用心ですよ。例え、山荘の中でも鍵ぐらい閉めておかないと」
「あ、ああ。すみません」
「今日はいい天気ですよ。昨日の吹雪が嘘のようです」
窓の外を見ると青空が目いっぱいに広がっていた。
「ところで智子さん」
「はい?」
「何か用があって来たのでは?」
「あっ!。忘れていました。てへへ…」
智子は照れたように頬を掻いた。
「今日は昼からいい天気になりそうだから4人で散策に行きませんかって」
「いいんですか?」
「ええ、いいですよ。だって山道で助けていただいたお礼もしたいし」
「喜んでいきますよ」
護はこころよく了承した。智子が出ていくと護はベッドに腰掛けた。
「それにしても…。奴はなぜ俺を殺さなかったんだ……?」
護は包帯男の姿を思い浮かべながらゆっくりと着替えを始めたのである…。


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