第三章 氷雪荘

三、包帯男

「お姉ちゃん、いる?」
「な〜にぃ?」
201号室のドアの向こうから幸恵の声が聞こえてくる。
「どうしたの?」
幸恵がドアを開いてみると智子と津希実がいた。
「まだごはんまで時間があるみたいだから、トランプでもやらないかなぁって思って」
「いいよぉ」
智子と津希実を中に入れた。
「ふうん、みんな同じ部屋なんだね」
「そうなの?」
「うん」
智子が頷く。
「そういえば露天風呂があるらしいよ」
「へええ、でも外は吹雪だから寒いんじゃない?。比良さんがオーナーに話していた会話を聞いていたら、今日は吹雪になるって言ってたよ」
「お姉ちゃん、比良っていうひとはどうだった?」
智子が言う。
「おもしろいひと」
「それだけ?」
「あとは直に会ったときに話してみたら?」
「それもそうだね」
風雪が窓に当たり、ガタガタと窓を揺らす。
「すごい雪になってきたよ」
津希実が驚きながら言った。幸恵が頷きながら、
「ほんとすごい吹雪になってきたよ。窓は割れないのかしら」
「うん…」
闇に吹き荒れる風雪は孤立した御島山荘を包みこもうとしていた。

 6時、3人は一緒に食堂に向かった。幸恵が205号室の前で止まり、
「せっかくだから誘っちゃおう。比良さん、います?」
ノックをするが返事がない。
「もう行ってるんじゃないの?」
「そうらしい」
幸恵は苦笑しながら食堂のほうに歩いていった。階段の踊り場に来たとき、フロントの前に裕哉がいた。どうやら、オーナーと話をしているらしい。
「…そうなんですか。あれ以来、出てこないんですか…」
「うん。あいつもショックが大きくってねぇ…。今じゃ部屋に閉じこもったままだ」
裕哉が3人のほうに気づいて一礼した。わずかだけしか聞いていなかったが幸恵は裕哉に聞く。
「何かあったんですか?」
「ううん、何もないよ。ちょっと友達のことで相談に乗ってもらっていただけだから。あっ、僕、前田裕哉といいます。よろしくお願いします」
「私は朝日幸恵です。こっちは智子と津希実」
「姉妹なんですか?」
「ええ、そうよ」
「うわぁ、いいなぁ。僕なんか一人っ子だから寂しくて」
フロントから鏡原の声が聞こえる。
「では、そろそろ夕食にしましょうか」
 食堂には10人の人々が続々と集まってきた。4つのテーブルは全部埋め尽くした。護と藤山、幸恵と智子と津希実、小山と裕哉、そしてオーナーと咲子が座った。4人テーブルといっても何も全員が座ることはないからだ。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました。オーナーの鏡原です。初めての方もそうでない方もごゆるりとお過ごしください。ええと、露天風呂は24時間開放していますのでいつでも入ってくださってもかまいません」
鏡原の挨拶も終わり、食堂に集まったツアー客はゆっくりと食事を始めた。
「しかし、比良さんとここで会えるとは思ってもみなかったなぁ」
「ははは…。俺も思いませんでしたよ」
護は苦笑した。
「そういえばそろそろ入荷の時期なんじゃないの?」
「マンガかい?」
「そうそう」
護は「なぜ知っている。入荷の日を…」と思いながら頷いた。
「今度は何のマンガが入ってくるんだい?」
入荷するマンガのタイトル言うと、
「だめだめ、あれはおもしろくないから。べつの本にしてよ」
「それはできないよ。お客さんは藤山さんだけじゃないんだから」
藤山は自分の家と間違っているのではないかと護は心の片隅で思っていた。話を変えてみる。
「藤山さんは初めてなんですか?。ここに来るの」
「いや、前にも何回か来たよ。ここは夏場はけっこういいんだ。沢にそって歩いていくのもね」
「意外ですね。藤山さんはマンガだけしか興味がないと思ったのに」
「おいおい、俺だって旅行ぐらいには行くさ」
藤山は笑いながら話した。しかし、またマンガの話しに逆戻りとなったのは言うまでもない…。
「あのシリーズものがあっただろ。あれはけっこうおもしろかったよ。今度入荷しておいてくれよ」
「あれか…。高いんだよなぁ」
「いいじゃねぇかぁ。それだけ儲かっているんだから」
護は心の中で苦笑し続けていた…。

 食事も終わり、それぞれ部屋に戻る者、娯楽室に行く者、露天風呂に行く者などみんな好きなようにしていた。護は食堂を出たときにふっと右側を向いた。人の気配がしたからである。それは娯楽室ではなかった。娯楽室の向こうだった。全身包帯で巻かれた男が部屋の中に入っていくところだったのである。男は護が見ているのも気づかずにゆっくりと中に入っていった。護はしばらくの間、そこから動けなかったのである…。


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