第一章 招待

二、合流

 護は関越自動車道から長野に入り、小諸I.Cで下りた。そこから御島山のほうへ向かうのである。御島山は県下最大の登山の難所と知られる山である。けれども、冬場は登山客も少ないためひっそりとしていた。御島山に近づくにつれて雪がちらほら降ってきた。
「ふぅ〜、降ってきたな…」
寒がりの護は暖房を強にした。車の中はもわぁっとした空気になっていた。護は事前にスノータイヤに交換していたため、雪の中でも普通に走っていた。しばらく走っていると、交通案内の掲示板が見えた。
「御島山まで…、あと2キロか…。もうすぐだな」
腹ごしらえをしようと思ったが2キロならもうすぐだろうと思い、このまま走り続けることにした。

 御島山は標高1800mぐらいの山らしいがスキー場はないという。その御島山を真ん中からまっぷたつに割れるように深い谷川が走っているためでもあった。小さな吊り橋があるだけという恐怖体験するにはもってこいの場所でもある。車では麓まで走ることができた。
「ん?、ここからどうやって行くんだ?」
雪のおかげで山道が封鎖されていたのである。封鎖ゲートのところで3人の女性が県の職員相手にもめていた。
「通してって言ってるでしょ?」
背が高くて腰まで髪がある女性が雪の中で懸命に説得(?)していた。
「だめだめ、本当に御島山荘に行くっていう証拠がないと」
「だ〜から、忘れてきたのよ!。問い合わせて聞いてみてってさっきから言ってるじゃないっ!」
「できないんだよ。あそこは電話が通じていないんだから」
「携帯ぐらい持っているでしょ?」
小柄で髪の毛が短めの女性が聞く。
「知らないよ。そんなことまで」
「まったく頼りにならない人ね!。こうなったら強硬に突破するしか方法はないようね」
「お、おいっ!!!。そんなことしたって車が大破するだけだからやめなさいっ!」
封鎖ゲートは鉄でできている頑丈なもののようだ。護はケンカは嫌いだが世話焼きでもあった。車から下りるとおおもめしていた4人のところに歩いていった。
「あの…」
「はい?」
さっきまで職員相手に怒鳴っていた女性が振り返った。他の2人も同様だった。
「何かあったんですか?」
「あなたもこの男の仲間?」
「いえいえ、違いますよ。俺も御島山荘に行くんです」
3人とも化粧気がまったくない。どうやらすっぴんに近い顔のようだ。護は小屋の中にちょこんといる職員に話しかけた。
「実はこの3人は俺の同僚なんですよ。ちょっと遅れてしまったからこんなもめ事になって申し訳ございません」
「な、なんだ…、あんたのお連れさんだったのか…」
「ちょ、ちょっと何を……えっ?」
もう一人、髪を後ろで束ねている女性が止めた。ささやく声で、
「お姉ちゃん、少し見ていて」
「う、うん…」
さきほどまでの凄みはどこにいったのか、護の乱入で静かになってしまった。
「実はね、4人で御島山荘へ行くことになったんですよ。そうしたらこの有様だったっていうわけです」
「そうか…。ただこの3人とも招待状を忘れたって言ったんでね。本当かどうか分からなかったんですよ」
「申し訳ありません。4人で1枚の招待状だったんで…。俺がもう少し早く来ていればよかったですね」
「いやいや、こちらも大人げなかった。とりあえず確認だけさせてもらえるかい?」
護は招待状を職員に見せた。
「うん、たしかに繰島さんのサイン入りだ。いいよ、通ってくれても」
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
護は3人を促した。3人とも茫然としているかと思いきや、余裕の顔をしていた。
「あっ、そうそう」
職員が護に言う。
「なんでしょう?」
「今日これから吹雪になるらしい。もしかするとしばらく道路封鎖されるかもしれんがあんたらは何日、山荘にいるんだい?」
「一週間です」
「そうか、一週間経って道が通れないようだったら本部からの緊急無線で知らせると繰島さんに伝えておいてくれるかな」
「ええ、いいですよ」
護は承諾した。職員は機械を動かした。すると、ゲートは左に動いていく。
「気をつけてな。山荘に行く道と登山道に行く道を間違えないように」
「分かりました」
護が車に戻ろうとしたときには3人の車はすでに山道に入っていた。
「あんたも大変だな」
「ははは…」
さすがの護も苦笑するほかなかった。

 御島山荘は山道から横道にそれる。車いっぱいいっぱいの道幅だけしかなかった。
「あの3人は無事行けただろうか…」
護も慎重に車は操作している。舗装はしていないようだが積もった雪のおかげもあり凸凹した感じは分からなかった。しばらくすると突然、道が大きく開けた。着いたようである。
「やっと着いたか…」
しかし、駐車場から山荘まではまだ歩かなければならないようだった。
「歩くの…、苦手なんだよなぁ。まあ、仕方ないか…」
護は車を先程の女性たちの横に止めた。横をちらっと見ると誰もいなかった。どうやら無事に着いたようである。
 雪はじょじょに激しさを増しているように思えた。家の近所の商店街で100円均一に買ったナイロン傘を手に取ると、ゆっくりと車の外に出た。
「こりゃぁ…、まだまだ積もるなぁ…。うん?」
山荘に続く道のほうに赤い傘を差した女性が1人立っていた。それは先程、職員相手に大もめをしていた女性であった。
「あっ、どもども」
護は女性に近づき、頭を下げた。
「さっきはどうもすみませんでした。さっさと先に行ってしまってごめんね」
女性も頭を下げた。
「いえいえ、あれ以上外にいると風邪ひきますよ」
「私、朝日幸恵といいます。朝日祐太朗って知ってます?」
「ん?、朝日祐太朗?。あの有名な資産家の?」
「ええ、その娘なんです」
2人は並んで歩いていく。
「ほうほう」
「あまり驚かないのね」
「驚いたところで仕方ないでしょう」
護は苦笑した。
「あっ、俺は比良護といいます」
「沖縄の方ですか?」
「いいえ、実家は岩手のほうです」
「岩手のほうで比良という姓は珍しいんですよ」
「そうらしいですね」
しばらく2人は雑談をしながら御島山荘に歩いて行った。
「あっ、見えてきたようですね」
護は声をあげた。ひっそりとした山奥に御島山荘はちょこんと建っていた。しかし、山荘というよりは洋館と言ったほうがいいかもしれない。
「何かが出てきそうですね」
「本当に…」
2人はゆっくりと御島山荘に近づいていった…。


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