第一章 招待

一、当選

 仮面の事件…、いくつもの事件が重なりあった複雑で難解、そして危険な事件に幕が下りた頃、もう一つの事件がある別荘で起きていた…。

 自称「旅人」の比良護は日本各地を巡りをするのが好きな男である。行く手段はありとあらゆる交通手段。車、バス、バイク、電車、飛行機、船などなど…、行けるところはどこでも行こうという心意気を持っている人物でもある。背は低いが足は速い。若い頃はサッカーで名を馳せ、ケガをしなければ今頃はプロ選手になっていたかもしれない。
 平和な日々を暮らすことに十分満足している男にある災いがふりかかったのである…。

 ある日のこと、家の居間でこたつに入ってボーッとテレビを眺めていた護は鳴り鈴の音を聞いた。
「ん?、なんだ?」
ゆっくりと立ち上がり、玄関のほうに行って見ると、郵便配達員がいた。
「はい?」
「書留です。印鑑、お願いします」
「ほーい」
護は居間に戻って印鑑をとってきた。渡された配達員は伝票に印鑑を押して、
「はい、ありがとうございます」
護が書留を受け取ると配達員は頭を下げて行ってしまった。
「なんだろ?」
居間に戻り、またこたつの中に入って元の状態に戻った。テレビのブラウン管は、
『警視庁の捜査では今回の事件は5つ以上の事件が重なり合っているもので、完全解決は困難を極めるということです。また、殺人容疑などで逮捕された主犯の山崎弥生容疑者は精神障害を起こす状態にあり、起訴も難しいそうです。』
現場リポーターの発言に民放のスタジオにいる出演者たちがいろいろな言葉をなげかける。しかし、それは良くも悪くもないという曖昧な内容でしかかえってこなかった。
「ふうん、こわいねぇ…。平和な世の中が一番いいのに…」
護はゆっくりと呟いた。そして、書留を手に取るとゆっくりとした動作で封をきった。中から出てきたのは…。
「おおおおおおおおおおお!!!」
思わず叫んでしまった。この叫びに驚いた兄・卓は2階から下りてきて、
「護、どうした!?、なんかあったのか?」
「あたったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「へ??、なにが??」
「あ、兄貴、当たったんだよ。これだよ、これ!」
長身の卓は弟の異常すぎる歓喜に呆れながら、中身のものを見た。するとそれは、ある会社が企画した7泊8日のツアーの招待券であった。
「ふん、くだらねぇ」
卓はあまり旅行というものには興味がなく、手に持っていた招待券を護に手渡すと、さっさと2階にある自分の部屋に引き上げてしまった。
「いいもんいいもん。兄貴には分からない感動だし」
護は日程に合わせて、自分の仕事を調整した。護の仕事は漫画喫茶の店長である。兄弟で小さな頃から地道にため始めた漫画の数は5000にも及び従業員は2人だけ雇っているものの、ほぼ自由にさせている。
 兄・卓はパチンコ屋店長兼漫画喫茶における犯人捕獲役。稼ぎは兄弟ほぼ同じで2人とも経営の手腕に関しては素晴らしい能力があると思うが、忙しさでは卓のほうが数倍上である。それでも嫌味なんてものは一度も言ったことはなかった。だからこそ、漫画持ち逃げ犯を捕まえる役を休みの日に買って出ているのだった。捕まえた数は数えきれないということだ。もちろん護はそれに対しての報償もしているのだ。
 この日はたまたま2人とも休みでほのぼのしていたときである。護は従業員2人に太っ腹とも言える1週間の休暇をあげた。売り上げには痛手かもしれないが働きづめの従業員に気を使っての臨時休暇である。まあ、護もおもいっきり羽をのばすのだが…。

 そして…、護は目的地である『御島山荘』に向かったのである。荷物は小さな鞄一つだけの身軽な格好でもあった。トレーナーにジーパン姿である。場所は長野である。


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