5.内通

 宮崎県は県境を除いて、すでに幻獣によって制圧されていた。その制圧された場所を1人の男が走っていた。その動きは素早く、韋駄天と呼んでもよかった。幻獣がちらほらとその姿を認めるが視認できないようでまったく動かなかった。しばらく行くと放棄された漁港が目に入る。それを横目に県道を南下し、山間部に差しかかったところで村があった。この村には人がいる。アサルトライフルを片手に要所を警備している。
「おう、お前か?」
「村長は?」
「中にいる」
「わかった」
男は村人の前を通ると一目散に村へ入った。村には老若男女が揃っていた。山麓にある少し大きめの家に入る。中に入ると若い男が座っていた。
「何かあったのか?」
「1週間後、82小隊が秘匿行動に入ります」
「つまり、陣地を引き払うと?」
「ええ、決戦に乗り込むようです」
「なるほど…、それが本当ならこちらは手薄になるということだな」
「その通りです」
「そうなれば一気に北側を抑えることも可能だな。お前は引き続き、連中の監視を頼む」
「了解しました」
男は敬礼をすると村長は苦笑した。
「ふん、変わらないな。ここでは敬礼はするな、塚口」
塚口はニヤッと笑った。
「皆、憎んでますからねぇ」
「当たり前だ、自衛軍は我々にとっては最大の宿敵、その1番手を担っていた男が目の前にいるのなら尚更のことだ。全力で奴を殺す」
そう言い残すと村長は家から外に出た。そして、塚口も一瞬のうちに姿を消した。

 伊井村は恵を密かに呼んだ。
「彼を追尾?」
「そうだ、近頃、隊を離れることが多くなった。どこで何をしているのか、その目で確認して欲しい」
「万が一の場合は?」
「大丈夫だ、発信機を持っていけ。大輔が衛星を使って追尾する。この辺り一帯の警備は我らに一任されている。県境に士魂号Lを配備し、それでも苦戦するときは俺が出る」
「了解」
「嫌な予感がするんだ。奴が何を企んでいるか、確かめねばなるまい」
そう言われた恵はすぐにウォードレスに着替えて武器を確認する。アサルトライフルを手にする。
「損な役回りよね」
ここに来たのが運の尽きというものかなと恵は思うしかなかった。準備が整うと大輔の誘導を受けながら塚口の後を追った。陣地から出た奴の動きは速かった。恵はすぐに只者ではないことを悟った。大輔と連絡を取りながら、県境を突破し、幻獣に見つからないよう森林に身を隠しながら、真っ直ぐ塚口が通ったと思われる道を走りつづけた。わずかに足跡が残っているからだ。しばらく行くと村が見えてきた。あるはずのない村である。本来なら、廃墟になっていなければならないのだが人が何人もいる。小型無線を使って連絡する。
「人がいる」
「今、レーザーで確認している。数は?」
「わからないがかなりの数だ。どうする?」
「そのまま待機しろ。共生派の村の可能性がある」
「共生派…」
そう呟くと無線を切って森林から村を見つめた。

 伊井村は夏希と菜穂を呼んだ。3人ともすでにウォードレスに着替えている。
「えっ!?、そんな無茶な…」
菜穂は伊井村の言葉を聞いて絶句する。そして、すぐに反論した。
「あれには隊長のデータを組みこんでいるのよ。他の人には乗れないわ」
「データ上では無理だな。だが、過去に1度、それに成功した例がある」
今では熊本戦線において無くてはならない第5121駆逐戦車小隊の新入隊員が無断で士魂号に搭乗し、見事、幻獣を撃破したと自衛軍の機密書類に記されていたのを覚えている。
「しかし…」
「菜穂、今は時間が欲しい。責任は俺が取る、やってくれ」
「…夏希ちゃん、あなたはどうする?」
夏希は真剣な眼差しで2人の様子を見ていた。
「やります!!」
「後戻りはできないわよ」
「構いません」
夏希の決断に菜穂は溜め息をつくしかなかった。そして、伊井村に言う。
「あなたは悪い人ね」
「やってみなきゃわからん」
「失敗したら、夏希ちゃんはどうなるか…」
「そのときは俺が助ける」
「助けるって…」
その言葉に菜穂ははっとした。伊井村が何者であるかということを。
「そういうことだ、俺は先に行くが夏希を頼むぞ」
「わかったわ。貴方も死なないで」
「ああ」
伊井村は頷くと指揮車から出る。そして、人工筋肉で得た能力と生体実験で得た能力を許に凄まじい速さをもって陣地を飛び出したのである。

「ぐわっ!」
村の西端を警備していた兵が喉を一閃されて息絶えた。ドサッと落ちた死体の首からは大量の血が流れる。鉄よりも固い硬度を持つカトラスを手にした恵は憎しみだけをもって村の中心部へと近づいて行った。気配を殺し、獲物を探る姿はかつての死神を彷彿させた。
(殺してやる…、殺して…)
その事だけしか脳になかった。腰にある拳銃に手をかける。その時だった。拳銃がないことに気づいた。
「えっ?」
「こいつをお探しかな?」
後ろから拳銃を突きつけられる。いつの間にか、塚口が背後にいた。
「ここまで入ってくるとはさすがだな。死神の異名は伊達じゃない」
異変に気づいてか、村人が続々と集まってくる。
「お前がここにいるということは伊井村が俺の存在に気づいたってことだよな」
「………」
「ふん、利口過ぎるのも難点だな」
「死ね」
「へらず口を叩くな!」
裏拳で恵の顔面を殴った。勢いで家の壁に叩きつけられる。
「ぐぅ…」
「おい、こいつを納屋に放り込んでいけ」
近くにいた村人に命じると塚口は来た道を戻った。恵はウォードレスを脱がされて引きずられるようにして納屋に放り込まれた。両手は後ろ手に縛られている。
「く、くそっ…」
「お―――い…、生きてるかぁ?」
小型無線を通じて大輔の声が響く。口の中が切れて血の味がする。
「聞こえているなら…」
「おう、生きていたか。もう少し待ってろよ」
そう言うと無線が切れた。
「こっちの気も知らないで…」
恵は積まれた藁の中に顔を埋めようとした。しかし、声に起こされる。今度は無線ではなかった。
「生きてるようだな」
縛られた縄を切られる。顔を上げると伊井村が笑っていた。
「どうやって…」
「正面からな」
気づけば爆発音が次々に聞こえてきた。地響きもする。伊井村に抱えられて外に出ると山麓から装輪式戦車から砲弾から放たれ、村の入り口には飛翔両翼型士魂号がジャイアントアサルトを撃っていた。
「どういうこと?」
「夏希が乗っているんだよ」
「えっ?」
恵は驚いた。
「初めてにしては上出来だ。まさか、連中も俺がここにいたとは思うまい」
「悪い人ね、隊長も」
「菜穂にも同じことを言われたよ。これを使え」
拳銃を手渡す。
「お前の過去に何があったかは聞くまい。だが、暴走は仲間の命をも脅かすものだと思え。さあ、行くぞ」
恵を先に行かせると的確な射撃で援護する。その間にも爆発は各所で起きる。
「恵は救出した。撤退する」
無線で指示する伊井村に各々から「了解」との返事が返ってきた。攻撃を加えながら後退を行っていく。全てを確認してから、村の状態を把握する。建物は全て破壊されて、夥しい死体が点在していた。
「あとは…」
伊井村は単身で破壊されて火の手を上げている村長の家に向かった。

「くそっ!、奴の動きがこんなに手早かったとは!?」
塚口は舌打ちした。村長の家の地下に掘られた地下道を走っている。後ろには村人がついていたが塚口の足に追いついていなかった。出口は熊本市内へと伸びていた。もうすでに戦場を脱している。塚口は速度を緩めて一息ついた。前後は暗い。しかし、カビ臭い匂いが洞窟内を充満していた。
「本当にこの先に熊本があるのか?」
「まだ死にたくない」
「奴は追って来ないか?」
「奴の首は俺が…」
次々に疑問が現れては消えていく。さらに、憎悪、恐怖、不安などが繰り返し脳裏に浮かび上がったときだった。人間のものとは思えない怒声が正面の暗闇から聞こえてきた。かすかに物音がする。塚口にはそれが何であるかすぐにわかった。幾度となく戦い続けてきた天敵の声と同じだったからだ。すぐに拳銃を構える。しかし、その行為自体がすでに無駄なことで拳銃の弾丸如きではこれを討ち破ることは不可能だった。塚口は韋駄天の能力で来た道を戻る。出口はすぐに見つかった。声が聞こえたからだ。急いで階段を上って扉を開いた瞬間、塚口は目を見張った。そして、悲鳴に近い声をあげる。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
目の前にいたのは小型幻獣の群れだった。村の結界が破られたことでわんさかと押し寄せてきたのだ。すぐに扉を閉めるが後ろからも幻獣が血なまぐさい匂いを放ちながら、暗い通路を進んできていた。前も後ろもない、塚口には絶望だけ広がった。そして…。

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

地面を揺るがす叫びが地上にこだました…。

 時が少し遡り、伊井村は村から南西に行った山の中で村長と向き合っていた。
「久しぶりだな」
「ああ、お前がこんなところにいたとはな」
「お前のおかげで俺は自衛軍を追われたよ」
「俺のせい?、お前の腐った根性のためじゃないのか?」
「ふん、口の減らない男だな」
「お前もな」
2人は殺気に包まれている。拳銃を突きつけ合いながらも微動だにしない。
「後悔はしないのか?」
「後悔?、俺がか?、する必要はない。なぜなら、俺は神の手を手に入れた」
「神の手?」
「そうだ、お前の能力を凌駕する神の力をな」
「ふん、そんなことでしか強くなれないお前に同情するよ、滝川」
滝川の表情は変わらない。隊を別れて以来の再会だが感動すらない。
「で、見せてくれるのか?、お前のはったりを」
「まだそんなことを言うのか?。だが、挑発には乗らないさ」
「おや?、逃げるのか?」
「今はな、まだ未完成な部分もある。完全になったとき、お前の命をもらい受ける」
そう言うと光に包まれる。そして、一瞬にしてその姿を消え去った。
「瞬間移動だと…、彼奴…、いつの間に…」
これが滝川の言う能力の一端であるなら、それは幻獣よりも脅威となるだろう。伊井村は自分が持つ能力に後悔しながらも、共に戦う者たちのためにこの能力を使うだろうと心に決めるのであった。

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