6.異質

 自衛軍作戦本部は決戦があるとすればそれは熊本の地でと考えた。前衛において最も堅固とされる要所での撃破は全軍の士気につながると判断したためだ。そんな熊本中心部をはじめ、その周辺には夥しい陣地が設けられている。戦力の主力は学兵で能力の強弱に関わらず、意地でも熊本を死守しようとする自衛軍上層部の思惑もあるに違いなかった。そんな陣地を眺めながら、伊井村は夏希を連れて熊本に向かっていた。前から後ろに流れる風に当たりながら、夏希は物々しい様相の熊本をじっと眺めていた。
「気になるか?」
「戦争ですから仕方ないですね」
「だとしても、幻獣が来る前はいいところだったんだがな」
「でしょうねぇ。私の生まれた街も静かなところでしたから」
「出身は四国だったな?」
「ええ、南伊予市です」
「海を越えて向こう側か。帰りたいと思ったことはないのか?」
「帰っても居場所がないですから」
「居場所がない?」
「………」
答えたくないらしい。伊井村は笑いながら応じる。
「答えたくないものを無理に聞くつもりはないさ。過去は過去、俺にも深い過去がある。それを話したいとは思わないし、この先も語るかどうかわからない。お前も言う必要はないさ」
「すみません」
夏希は伊井村に謝ると近づく熊本要塞を見つめていた。

 尚敬女子高校。熊本にある高校の一つでここには第5121独立駆逐戦車小隊が校舎を間借りする形で駐留していた。伊井村は前日に善行の要請を受けてここに馳せ参じたのだ。用件は共同訓練をしたいというものだったが敵の戦力がわからずでは話にならないと伊井村が熊本まで出向いたのである。校門からは入らずに運動場に面した土手のほうに車を停めた。
「ここから入るんですか?」
夏希が車から下りると土手から運動場に続く階段を見る。
「ああ、こっちからのほうが近い」
そう言うと伊井村は階段を下りていく。運動場には人がおらず、生徒は校舎内で授業を受けているのだろうか、静かなものだった。伊井村たちは校舎には向かわず、右手にある体育館のほうへ向かう。そこで頭にバンダナを巻いた女子生徒を見つけた。顔や服に油がついている。どうやら、整備士のようだ。
「ああ、すみません」
伊井村から声をかけると女子生徒は振りかえる。まだ幼さが残る表情をしていた。
「司令室にはどう行けばいいかな?」
「司令室は校舎内の1階にあります。えーっと…」
「ああ、これは失礼。第82独立歩兵小隊の伊井村です。善行司令はどこにおられますか?」
滅多にしない敬礼をすると女子生徒もあわてて敬礼をする。
「し、失礼しました!。私服だったものでつい…」
2人は私服で来ていたのだ。TシャツとGパンという出で立ちはとても軍人とは思えなかった。
「いやいや、気にしなくていいさ。話しをするのに固っ苦しい格好は嫌いなものでね」
「は、はぁ…」
女子生徒が戸惑っていると体育館の裏から女子生徒を呼ぶ声が聞こえた。
「森さん!、どこに行ったの!!??」
かなりの大声だが響きは通っていた。
「あ、はいっ!!、ここにいます!!」
「何をやってるのよ、まだ整備は残っているでしょう?」
そう言いながら制服姿の女子生徒がやって来た。森と呼ばれた生徒は入れ替わりで体育館裏に戻って行った。
「まったく、あの娘ったら…、あら?」
「よう、久しぶりだな」
伊井村は笑いながら声をかける。
「変わってないわね」
「原さんは変わったかな?」
原と呼ばれた生徒は考えながら言う。
「そうねぇ…、ここに来なかったら変わってなかったかもね」
「ここに来なかったらか…。それは誰もが思っていることじゃないのか?」
「だと思うわ。あら?、可愛い子を連れているわね」
夏希を見て笑いながら言う。夏希は緊張しながら敬礼する。
「第82独立歩兵小隊の千田百翼長です!」
「う〜〜〜ん、元気があっていいわねぇ。うちの連中にも分けて欲しいところかしら」
「元気だけが取り柄ですから」
夏希は照れながら言うと思い出したかのように生徒は言う。
「そういえば、あなたがここに来るということは司令に用事かしら?」
「ああ、共同訓練の話しがあってね。司令室を探しているのだが…」
「それなら、この渡り廊下を通って左に行くと階段があるからそれを上って4階の端にある暗い一室にいるわ」
「ははは…、奴は地味で愛想がないからな」
「そうなのよねぇ。無愛想なところがまたいいんだけど」
「そ、そうなのか?、女の好みってのはわからないなぁ」
「別にいいじゃない。さ、私も仕事しよっ」
「あ、そうだ、さっきの生徒が司令は1階にいると言っていたぞ」
「あら?、そうなの?、面白くないわね」
そう言うとまた体育館の裏へ歩いて行った。伊井村が後ろ姿を見送っていると工場のような建物が目に入る。あそこに士魂号が納められているのだろうが最高機密を覗く趣味はないし、いずれ共に戦うことがあれば士魂号も見ることはできるからだ。
「今の人とお知り合いですか?」
「ああ、昔のな。彼女は原素子百翼長、士魂号の整備班長だ。いずれ共に戦うこともあるだろうから覚えておくといい。ただし、口は悪いがな」
「そのようですね」
夏希が苦笑する。
「じゃあ、行くか」
2人は校舎内にある司令室へと向かった。司令室には善行の他には見知った顔があった。何やら話し込んでいる様子で伊井村には気づいていない。耳をすまして聞いてみる。
「…そうですか、やはり上ではそう見ているわけですね」
「ええ、これで八代の借りを返せますよ」
「しかし、彼らはどうするんでしょうねぇ…」
「ああ、彼らですか…。それはおそらく…」
伊井村にはその内容が何であるかピンと来た。わざとらしくノックをする。
「どうぞ」
中から声が聞こえてきた。伊井村が扉を開くと善行の隣にいた男が「よう」と言って声をかけてきた。
「荒波か、まだ生きていたのか?」
荒波は八代会戦にも参戦した歴戦の士で士魂号開発に大きく関わっていたという。今は小隊司令として独自の小隊を築き、士魂号の訓練に明け暮れている。伊井村とは八代会戦で共に戦い、生き残った数少ない軍人の1人だ。
「久しぶりにあったというのに何だその言いぐさは…」
「いや、どうやら、うちはのけ者にされそうなんでな」
「今の話しは聞いていたのか?」
「最後だけな。荒波、うちは待機と見ていいのか?」
「………」
「そうなんだな?」
「ああ、そうだ。最高機密の両翼型士魂号の秘匿及び機体を確保しろ、というのが上層部の意見だ」
「そうか…。それが表沙汰になれば俺は恨まれるな」
「上が決めたことだ。気にするな」
「そう言われると余計気にするんだがな、なぁ、善行」
話しを善行に振る。2人のやりとりを聞いていた善行は冷静な顔をしている。
「伊井村君はどう判断するつもりですか?」
軍規に厳しい善行が真意を計って来た。
「秘匿任務ですよ」
「ああ、なるほど、そういうわけですか」
合点したらしい。上からの命令は機体の確保と秘匿任務であればそれに従うまで。ただし、違う形でということだ。荒波もまた伊井村の言葉を理解し、その話しはここで打ち切りとなった。
「ところで今日は?」
「ん、ああ、共同訓練のお願いに来たんだがこの分だと無理だな」
「ええ、これから忙しくなりますので」
「了解した。じゃ、熊本市内を見物して引き揚げるかな」
伊井村は堅苦しい姿勢をやめて司令室から廊下に出た。温かい日差しが窓から伸びていた。
「隊長」
「おう、待っていたのか?」
近づいてきた夏希に言う。
「早かったですね」
「ああ」
「で…」
「訓練はなしだ」
「断られたのですか?」
「ま、簡単に言えばそうだが…。あとは歩きながら話そう」
そう言うと2人は廊下を歩いて行った。残された2人は困惑気味に語る。
「まさか、ここに来るとは思いませんでしたね」
「そうですね。ですが彼に直接聞いてもらったほうが我々も動きやすい」
「たしかに。善行さん、これからどうします?」
「我々は与えられた任務をこなすだけです」
「そうですね、それが軍人としての役目ですから」
「荒波君」
「はい?」
「くれぐれも…」
「わかっていますよ、うちは本土防衛に移りますが善行さんも無茶はしないでください」
「ええ、死ぬつもりはありませんから」
「それは彼にも伝えたかったですね」
「いや、彼が一番よくわかっているでしょう。彼が過去に受けた傷は我々の予想を遥かに越えるものですから」
「私は八代以前の彼を知りません。ですが、八代会戦で彼が行った行動のおかげで助かった者たちは多くいます。次は負ける気はないですけどね」
「そうですね」
善行は窓から中庭を眺めた…。

 八代会戦、それは自衛軍が総力を結集して幻獣を討たんがために二十万の兵力を熊本県八代に集結した。それに対する幻獣は数千万とも言われ、九州上陸後は鹿児島・宮崎南部を蹂躙し、数万の住民を見殺しにした。その結果、政府は世界各国から対応が遅いと揶揄され、その名誉挽回のため、自衛軍に出撃を命じた。自衛軍を率いる司令官は海外で何度も幻獣と戦ってきた強者らしいが中尉として参戦した荒波にとって知る由もない。
「爽快だな、これだけの兵が集まるなんて」
荒波の感心に誰も答えない。緊張だけが走っている。
「何だよ…」
「気にするな、みんな初めて戦うんだ」
座って遠くを眺めていた若者が言う。
「あんたは?」
「第6機動師団の伊井村だ。そっちは?」
「荒波だ。お互いに死にたくないものだな」
「当たり前だ。だが、前途多難だがな」
「ああ、倒せると思うか?」
「無理だな」
伊井村は即答する。
「だが、死ぬつもりはない」
その言葉の裏には強い意思みたいなものを感じた荒波はわずかに頷いた。
 決戦当日、天気は快晴だった。本来なら気分は最高潮といきたいところだったが自衛軍の士気は大きく下がっていた。なぜなら、戦いは最初から決まっていた。序盤こそ有利に戦いを進めていたものの、圧倒的物量の前に前線部隊は壊滅。空気は怪しくなっていた頃、荒波たちにも出撃命令が出る。
「生きて戻ろう」
震える声で言う隊長に部隊の士気は上がらない。むしろ、逃げたいという気持ちのほうが大きい。荒波はこんな状態では戦えないと判断しながらもテントを出る。ひと山向こうから銃撃が響いている。
「生きて戻れるのだろうか」
これが本音だった。二十万も集めれば勝てると踏んだ政府の言葉とは裏腹に現実はそんな甘いものではなかった。幻獣に関わるものは全て阿鼻叫喚の世界に入る。
「来たぞ!!」
どこからか降ってきた言葉に振りかえると小型幻獣の姿が山肌に現れた。
「急げ!!、敵だぞ!!!」
荒波も自然と足が戦車に向かう。戦車のハッチを開く頃には前方で戦いが始まる。火器が命中すると幻獣は姿を消す。そう消えるように…。そしてまた現れる。長年これの繰り返しで人類は幻獣と戦ってきた。
「行くぞ!」
荒波はそう叫びたかったが士気低下の中ではどうしようもない。ただ、幻獣を倒すだけだ。
戦車から対地ミサイルが浴びせられる。小型幻獣であれば一瞬に消滅する。だが、その後ろに控えていた大物にはまったく効果はなかった。大型幻獣なら尚更だ。
「な、何で攻撃が効かないんだよっ!」
「ど、どうなってんだ!!??」
「に、逃げろ!。殺されるぞ!!」
次々にやられていく仲間を前に敵前逃亡する兵の姿も見られたが敵に背中を見せた直後に後ろから小型幻獣によって殺されていく。二十万なんて数は幻獣にとっては蟻の群れが抗っているに過ぎないのかもしれない。
「何してんだ!?、逃げるぞ」
同じ部隊にいた遠山という隊員が叫ぶ。
「馬鹿野郎、軍人が敵に背中を向ける気かよ!?」
と言って遠山を殴る。殴られた遠山は後ろに飛ばされる。口の中を切ったようで端から血が流れている。
「逃げたいならお前だけにしろ。俺は行くぞ」
戦車に乗り込んだ荒波はミサイルを装填しながら運転をするという器用さを見せた。前方にいる小型幻獣は戦車に潰されるか、ミサイルで攻撃されるかで消滅していく。しかし、物量ではるかに勝る幻獣は攻撃を仕掛けてくる戦車に向かって突進を繰り返し、その動きを止めてしまった。
「し、しまった!?」
コブリンたちが戦車に群がり、戦車を横倒しから仰向けにする。そして、底に乗りながらピョンピョン飛びまわっている。その振動が中にいる荒波にも伝わる。上下が逆さまになった時の衝撃で頭から血が流れていた。
「くそっ!」
ハッチは下にあるので底を破られるか、レーダーを打たれたらひとたまりもない。
「さて、どうするかな」
拳銃を片手に座り込んだ。戦車の多目的レーダーは生きている。周りで全て赤で味方を表示する青が1つもなかった。
「味方はなしか…。絶望的だな」
「そう悲観するな」
「え?」
荒波はきょとんとして周りを見るが散乱した機器が転がっている他何もない。
「悲観するなと言ったんだ」
聞こえてきたのは無線からだった。ONになったまま忘れていたようだ。
「伊井村か?」
「そうだ、お前の位置はこちらから確認している」
「だと言ってここには来れまい」
「そう思うか?」
「え?」
「今、近くにいる。レーダーでも見れるだろ」
荒波はもう1度レーダーを見ると1点だけ青の表示があった。
「こ、こいつは…」
「正面の敵を破れば何てことはない」
「理論的にはそうだが…」
無茶にも程がある。
「安心しろ、こいつはまだ試作機だが最新技術が施されている」
「お、おい、何の話しをしているんだ?」
「見ればわかるさ」
青の表示が近くに来れば来る程、爆音はますます大きくなっていく。
「戦車か?」
「戦車と人間を合体させたものかな、ひっくり返すぞ」
「え?、何だって?、うわっ!?、うわわわわわ…」
突然、持ちあがったと思ったらくるっとひっくり返された。また頭を打って痛みが走る。
「痛ぅ…、まったく何だってんだ!?」
「ハッチを開けたらそこから動くなよ。周囲の幻獣を潰す」
そう言って伊井村の青は荒波の青から離れて幻獣が集まる場所へと突っ込んでいく。
「一体何を…」
すると、突然、全ての赤が消滅したのだ。
「お、おい、これって…」
「何だ?、まだ出ていないのか?、そろそろ熊本か阿蘇まで退くぞ」
そう言われてハッチを開けると影に入った。光が何かで覆った。
「よう、生きてるか?」
「こ、こいつは…」
「喜べ、こいつが軍の機密兵器、飛翔両翼型士魂号だ」
「こ、これが…」
荒波は絶句している。2足歩行の戦車で見た目は人間だ。
「詳しいことは後だ。飛び乗れ」
「あ、ああ」
荒波は身軽に戦車から士魂号に飛び移って近くにあった装甲の取っ手を掴む。それを確認した伊井村は腕部に内臓されているナパーム弾を重装甲を持つミノタウロスの群れに向けて発射した。ミノタウロスも生体ミサイルで応戦するがナパーム弾は破裂した直後、四方に広がり、一気に幻獣を焼き尽くした。そして、その間に伊井村が乗る士魂号は背中に搭載した翼で敵の囲みを突破して何とか戦線を離脱したのだ。その後、熊本近郊に荒波を下ろすと何か言いたそうな荒波を横目に伊井村はすぐに飛び立ってしまい、結局、荒波は士魂号の詳細を聞くことはできなかったのだが八代会戦後に芝村財閥から緊急召集されて士魂号のパイロットとなった。そして、今は試作隊を率いて新人隊員の指導に当たっている。

「因果なものだな」
尚敬高等学校から出た荒波は呟いた。学校の周りにある商店街はすでに決戦を予期してか、閉められてひっそりとしている。その中を自衛軍の車輌が北から南に向けて走り、荒波を見つけては敬礼していく。八代での荒波の活躍は皆無に等しかったが生き残りは結構重宝されるもので恥よりも英雄視されたこともあった。そのことが一時荒波にとって重荷になったこともあったが幻獣と戦うことでその苦い思いを消し去ろうとしている。
「隊長、早かったですね」
迎えの女子隊員が荒波に駆け寄る。
「おう、待っていてくれたのか」
「いえいえ、暇ですから」
「ほぉ〜〜〜、暇ねぇ〜〜〜」
「え?、あ、いや…」
荒波の冗談まじりの問いかけに女子隊員は焦りの表情を見せる。そこに伊井村と夏希が通りかかる。
「あんまり苛めてやるなよ」
「おお!?、いつの間に!?」
大げさなそぶりを見せる。
「って…、気づいていたじゃねえか」
「そうだったか?」
「って…、俺に聞くなよ」
苦笑する伊井村に荒波は笑いながら、車輌に乗り込む。
「せっかく会ったのにもう行くのか?」
「お互い忙しい身だからな」
荒波は舌を出しながら続けて言う。
「次に会うまで死ぬなよ」
「ああ、お前もな」
そう言ってエンジンがかがると走り去って行った。伊井村は背伸びしながら言う。
「さあて、あんみつでも食べて帰るか?」
「え?、いいんですか?」
「ああ、お前の奢りでな」
「ええええええ!!!???、それはないですよぉ〜〜〜」
「わはははは、冗談だ、冗談。奢ってやるよ」
「わぁ〜〜〜い」
子供に返った夏希を連れて商店街へ歩いて行く2人の姿があった。その後ろ姿は一時の平穏がもたらした安らぎの時間かもしれない。

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