4.死神
九州総軍の反応は鈍かった。当たり前だ、こんな時期に訓練をしたいと言う者はいない。目の前にいる幻獣との戦いでスキルを上げて行けというのが普通だ。案の定、却下の指示が下った。しかも、別命を与えられてしまう始末だ。伊井村の過去を知っている人間であれば命じたくなる命令でもあった。
「却下は当然の結果ですね」
「予想はしていたがここまであっさりと言われるとはな」
伊井村は大輔と話しをしていた。指揮車上部のハッチを開いて2人して煙草を吸っていた。意外にも大輔は未成年ではなかった。すでに20歳を越えているらしい。
「これからどうします?」
「直接、どこかの小隊に申し入れをするしかないな」
「しかし、相手にされない可能性が高いですね」
「ふむ、お前ならどうする?」
「混成小隊あたりに範囲を絞って見るというのは?」
「なるほど…、どこかいい隊はあるか?」
「37小隊はどうでしょう?」
「37?、混成なのか?」
「ええ、うちよりも10日ばかり早くできた隊ですが20人の隊員は新人ばかりらしくて隊長も後方支援ばかりで実戦経験はほとんどないらしいですよ」
「ほう、そんな隊があるとはな。足止めに使われるのがオチだな」
「ええ、まったくです。今は同じ阿蘇戦区で配置についているそうです」
「しかし…」
「何です?」
「模擬訓練して、訓練になるのかが問題だな」
「そうですねぇ…。1人だけまともな人がいますよ」
「ほう」
「元は鹿大付属の戦車小隊に属していた川本百翼長です。転属は7回しているらしいですが一番の古株で常に先頭に立って戦うそうですよ」
「常に先頭に立つのか…、戦い方は俺と一緒だな」
「ええ、今は37小隊で燻っているらしいですけど」
「死ぬ気なのかな?」
「え?、どうしてですか?」
「先頭に立つということは孤立してもおかしくないということだ。それを切り開くのは困難を極める。士魂号やそれ相応の兵器が必要となってくる。そうなれば隊は分断し、壊滅する恐れもあるということだ」
「たしかに…。7度の転属は命令無視の繰り返しかな?」
「独断先攻の可能性もあるな」
「厳しいですね」
「37小隊、そこまで雲泥の差があるなら一度会ってみてもいいな」
「やってみますか?」
「いや、やるやらないは別にして少し気になることがある」
実は伊井村はその死神に興味が湧いたのだ。ある直感が働いたからだ。それに別命にも従わねばならなかったからだ。
その日の昼過ぎ、伊井村は第37独立混成小隊が展開している陣地を見に行った。県道を南にマウンテンバイクで滑走すると田んぼが広がる。すでに田植えがされなくなってまだ2年だが雑草が結構伸びていた。青々と茂る場所のその陣地があった。素人は拠点防御を中心に展開するのだが肝心の機関銃がない。迫撃砲でもあるのかと思いきや、そんなものもない。さすがの伊井村も唸った。
「どうやって戦うのか…」
白兵戦でいけばあっという間に全滅するのは目に見えている。和気藹々と話しをしている隊員が目につく。そこに近づこうとして背後で気配を感じた。咄嗟に頭を下げると視界に拳銃が目に入った。それを掴んで一本背負いの要領で投げつける。そして、腰に差してあった拳銃を相手に向けた。相手も起きあがってこちらに銃口を向けている。女のようだ。ウォードレスを着ているところを見ると学兵のように見える。
「気配を感じさせないとはやるな」
「それに気づくあなたもさすがね。何者?」
お互いに警戒は許していない。陣地の連中は雑草が邪魔して気づいていないようだった。
「第82独立歩兵小隊の伊井村だ。お前は?」
「伊井村…、あなたが先日の…」
「ん?、俺を知っているのか?」
「当たり前よ、目の前であんな戦いを見せられて発奮しない者はいないわ」
「ああ、あそこにいたのか」
先日の戦いのことを言っているのだ。あそこでは三個小隊が応戦していた記憶がある。
「私は第37混成小隊の川本恵よ。何か用なの?」
いきなり死神に出会えたことに少し驚くが顔には出さない。
「37小隊の隊長に話しがあって来た」
「隊長に?、あなたと彼じゃ、腕の差は歴然よ。この前の戦いにも顔を出さなかったし」
「敵前逃亡したのか?」
「いいえ、戦意喪失ってところかしら。仕方ないから私が指揮したけど」
「お前さん、古株らしいな」
「よく御存知ね。その通りよ」
「常に先頭に立って戦うそうじゃないか」
「昔はよくやったわ。士気が低いときにやると皆、奮起するのよ。人間って不思議なものね」
「今はやらないのか?」
「今はもうやらないわ。それに今の連中は幻獣と戦う前から逃げ腰だもの。後ろから声をかけないとすぐに逃げてしまう」
予測は外れたと確信した。彼女は共生派ではないと。拳銃を下ろすと相手も下ろした。敵意がないことを認めた感じだった。
「そんなに酷いのか、ここは」
「酷いというものではないわ。単独行動は不可能に近いでしょうね」
「陣地を見ればわかる、か」
「そうよ。で、隊長に会ってみる?」
「そうだな…。本来の目的とは別に言いたいことができた」
そう言って恵に案内してもらうと隊長は小屋の中で旅行のパンフレットを見ていた。近くにいる隊員が苦笑している。
「隊長、お客さんよ」
「ん?、客だって?」
「ええ、話しがあって来たそうよ」
そう言うと恵は小屋から出て行こうとする。
「何だ?、隊長が嫌いなのか?」
「そうよ、文句ある?」
「いえいえ」
伊井村は道を譲るとさっさと出て行った。
「客ってのはあんたか?」
「随分と態度の大きい隊長だな」
「ふん、文句あるのか?」
「文句がなかったら、こんなところには来ない」
「ちっ、で、何の用だ?」
「先日の戦いの折り、敵前逃亡をしたらしいな。訳を聞きたい」
「敵前逃亡?、おかしなことを言う。私は留守を守っていただけだ」
「こんな何の対抗手段も持たない陣地をか?」
「そうだ、対抗手段なんざいくらでもある」
「白兵戦でもやる気か?」
「ああ、人間やろうと思えば何でもできるさ」
「そう考えているのは幻獣と戦ったことのない人間が言う言葉だ」
「お前は俺に喧嘩を売りに来たのか?」
「喧嘩じゃない、お前を拘束しに来た」
「なっ!?、何の権限があって…」
その時になって隊長は初めて伊井村の階級章に目がいった。一瞬になって青ざめる。
「どうした?、さっきの威厳はどこに行った?。第82独立歩兵小隊の伊井村だ。九州総軍の命により、お前を敵前逃亡の罪により拘束する」
腰の拳銃を抜くと隊長に向けた。その直後にヘリのローター音が北から聞こえてきた。
「迎えが来たようだな、覚悟を決めろ」
「い、嫌だぁ!!。こんなところで死んでたまるか!!」
咄嗟に机にあったものを投げつけて逃げようとするが一瞬で取り押さえられた。プラスチック式の簡易手錠で拘束すると到着した戦闘機きたかぜの乗務員に身柄を渡す。
「さすがに出際がいいな」
ヘリ隊員の中に顔見知りが混ざっていた。
「あんたか?、まだ生きていたのか」
「当たり前だ、そう簡単に死んでたまるか。こいつがそうか?」
「ああ、後は頼むぞ」
「了解した」
そう言うとヘリはまた来た空路を飛んで行った。
「どういうこと?」
恵が後ろで言う。
「実はお前の隊長に敵前逃亡の容疑がかけられていたんでな」
「ふうん、私と話をして容疑が確実になったというわけね」
「そういうことだな」
「彼はどうなるの?」
「銃殺はなるだろうな」
「となると…、この小隊はどうなるの?」
「自動的に副隊長が昇格することになるだろう」
「そう…」
恵は急に寂しそうな表情をした。
「どうした?」
「まだ解散のほうが良かったわね」
「副隊長も似たようなものなのか?」
「いいえ、そんなものはいないわ。いたというべきかしら」
「うん?、死んだのか?」
「脱走したのよ」
「そうか…、なら、お前が面倒を見たらどうだ?」
「私はダメね。上にも下にも評判が悪いし。私の異名知ってる?」
「死神だろ?」
「そうよ、私がいるところには死体が集まるのよ。いつも一生懸命に戦っているのにどうしてなのかしら…」
恵は天を仰いだ。そういう者は必ずいる。忌み嫌われ、蔑まされて、面倒なことばかりを押しつけられる。
「君1人ではないと思うがな」
「勝手なことを言わないで!」
そんな人間はこの世の中にはいくらでもいることを恵は知らないのだ。彼女の後ろ姿を見守る伊井村はある事を思いついた。苦笑しながら、我ながら物好きだなとも思った。
敵前逃亡で隊長が捕まった第37混成小隊は4つに分散され、横滑りという形でそれぞれ別々の隊への転属を命じられた。隊長が捕まった隊をこのままにしておけば全軍の士気に関わると上層部が判断したためだ。隊長は即日銃殺に処せられている。そして、”死神”川本恵にも転属命令が下った。2人の素人さんのおまけ付きだが。
「恩は感じないから」
「こちらもそのつもりだ。戦いが厳しくなる以上、1人でも人手が欲しい。戦闘員はわずか2人の部隊にようこそ」
「2人?、7人いるって聞いたけど…」
「ああ、内訳はオペレーターが1人、整備兵が3人、運転手兼通信兵が1人ってところだ。ここにいる皆はほぼ全員が前にいた隊を全滅させている連中ばかりだ」
「私の他にもいたのね」
「だから言っただろ?、君1人じゃないってな」
伊井村はそう言うと大輔に視線を向ける。
「大輔、総軍から頼んでいたやつは来たか?」
「ええ、来ましたよ。いつの間に頼んでいたんです?」
「小隊ができた時にな」
指揮車の前には装輪式戦車(士魂号L)が置かれてあった。120ミリ砲を装備している。
「お前たち3人はこいつを頼みたい。いけるか?」
「誰に言ってるのよ、元は戦車兵なのよ、当たり前でしょ」
そう言うと恵は装輪式戦車のほうへ歩いて行った。そして、残り2人の新人を呼ぶ。
「改めて紹介しておこう。第82独立歩兵小隊の伊井村だ。よろしく」
「はい!!、松井直子十翼長です!。よろしくお願いします!!」
「同じく、鈴木守十翼長です。よろしく」
2人の口調は正反対のものであった。
「君ら、実戦の経験は?」
「ないですね、俺は元々整備兵だったし、松井はクラスごとの徴収で来たばかりだったし」
守が言う。
「整備は戦車担当か?」
「ええ、そうですよ」
「なら、戦車兵のいろはは川本に教えてもらえ。整備はお前に任せる」
「了解です。1つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「伊井村隊長は先日の戦いの時に敵中突破された方ですよね?」
「ははは…、その通りだ」
さすがに有名になってしまったと伊井村は苦笑せざる得なかった。3人の戦車兵を得て10人となった小隊は阿蘇山麓で敵を待ちながら、小隊としてようやく形になったことを確認した。
その初陣はすぐに訪れた。熊本戦線が厳しくなっている戦況だが、それに加えて幻獣の一部が九州東側の南豊地区に侵攻中との報せが入った。ここを抜かれれば一気に大分から北九州を奪われる事態に九州総軍から82小隊へ出撃命令が下る。
「現在、三個小隊が迎撃中。至急、応援に向かってください」
九州総軍情報センターのオペレーターが言う。
「了解した、直ちに出撃する」
伊井村が答えて全員に出動命令の指示を下した。ウォードレスに着替えた隊員の表情は緊張に包まれている。
「作戦は俺が前に出て戦う。戦車隊は指揮車と補給車の中間に展開、後方支援に回れ」
要は夏希が行っていたことを戦車隊が代わりにやるだけでほとんど戦法に変更はない。
「いいか、危なくなったら俺に構わず逃げろ。逃げても敵前逃亡とは思わない」
夏希、大輔らは苦笑しながら恵たち戦車隊の面々の顔を見ていた。普通、逃げろとは言わないからだ。固くなった表情は変わらない。
「そんなに緊張してどうする?。楽に行け、楽に」
そう言うとようやく守が態度を緩和した。
「そんなことを言っていたら、士気に影響しますよ」
「固くなって満足に戦えないよりはマシだろ?」
「ま、たしかにそうですけどね」
「それに退くことが悪いとは思わない。戦況によって退くのも大事な戦術とも言える。なに、前は心配するな。お前たちは俺が討ち漏らした幻獣を倒してくれればいい」
そう言うとそれぞれ搭乗する士魂号・車輌へと乗り込んだ。
南豊地区。大分県と宮崎県との県境に位置し、鹿児島戦線が機能している頃は補給路として使われた。しかし、熊本要塞の完成と同時に幻獣の動きは熊本へと集中したため、こちらの戦力はかなり落ち込んでいた。現在は学兵を中心とする三個小隊が県道沿いに展開する程度だ。そこを狙われたのだ。しかも、援軍に向かう部隊も少ない。82小隊を含めてわずか二個小隊しかいなかった。
前線で展開している白銀女子駆逐戦車小隊を率いる安藤翔子百翼長は迫る幻獣に対して陣地を捨てる作戦に出た。装輪式戦車の機動力を利用して砲火を浴びせつつ、県道を後方に走っていた。他の小隊は共同で戦線を張って拠点防御を展開しているとの情報があった。
「状況は?」
かなり緊迫した声だった。
「ミノタウロス 6、キメラ 3、後は小型幻獣が30です」
隊員の声が響く。射程内にミノタウロスが入った途端に砲火を浴びせる。生体ミサイルを放とうとしていた腹部に命中し、周りに小型幻獣を巻き込んで爆発する。
「よっしゃ!、次いくよ」
思わずガッツポーズをしてみせる。その時、突然、レーザーから味方を表示する青い△印が2つとも消えた。
「え?、どういうこと?」
突然のことに翔子は目を白黒させる。先程入ってきた無線では有利に進めていると報せがあったばかりだ。この陣地は白銀小隊が展開する県道の北東2キロ地点にあり、ここを抜かれれば側面を挟撃される事態に陥るのは間違いなかった。幻獣がそのまま北上してくれればそんな不安はないが孤立した小隊を放っておくほど馬鹿でもなかった。人間の匂いを嗅ぎつけたか、東側に無数の幻獣が姿を現した。望遠レンズで数を確認する隊員の表情が一瞬で青ざめる。吐き気を催したかのように口を抑えている。
「どうしたの?」
翔子の言葉に隊員はかぶり振るだけで何も答えない。不審に思いながら翔子がレンズを覗くとそこには先程まで会話を交わしていた学兵たちの首がゴブリンが持っていた太い樹木の枝1本1本に突き刺さるようにして晒されていたのだ。それはまるで人間の首が生えた木になっていた。無念の死を遂げた者に対するあまりない仕打ちに翔子は絶句した。
「そ、そんな…、そんなことって!!、ないわよ!!」
理性を失った翔子は隊員に砲火を命じる。3機の装輪式戦車から120ミリの砲弾が放たれる。2機はうまくミノタウロスに命中して爆発させたが翔子が乗る戦車は砲弾が外れてコブリンの塊に命中するに留まった。
「どうしたのよ、翔子」
別の戦車に搭乗する本田美樹十翼長が横槍を入れる。翔子と美樹は親友同士で中学からの友人だった。
「許さない…」
「え?、何て言ったの?」
「許さない!!、奴らを絶対に!!」
翔子は仲間の声も耳に届かない程、我を忘れた。突進を命じる翔子に同乗する隊員はこれを拒む。無謀だと判断したのだ。けれども、翔子は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「行きなさいよ!、奴らを殺せばいいのよ!!」
指揮系統が混乱した小隊は全滅する可能性が大いにあった。その可能性が翔子の目の前で現実になる。キメラが放った長距離レーザーが放った一閃が仲間の戦車1機を貫いたのだ。悲鳴を上げることも許されずに爆発した。その爆風により、翔子の戦車が横倒しになる。
「きゃあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
思わず漏れた悲鳴は隊員たちの心を砕くには十分過ぎた。戦意喪失である。そうなってしまうとあとは逃げることしか考えない。ワラワラと戦車から這い出てきた隊員たちは泣きながら取るものも取らずに美樹の戦車に逃げてくる。美樹はこの時、初めて翔子が混乱状態に陥っていることを知った。しかも、翔子は中から出てこなかった。さらに悪いことに定員オーバーにより、戦車の速度が一気に落ちたのだ。見捨てるわけにもいかない仲間に苦言を呈しながら美樹は単身、横倒しになった戦車に潜り込む。背中にアサルトライフルを背負っていた。
「翔子、無事!?」
「ううう…」
電源が落ちた真っ暗な戦車の中で嗚咽する声が聞こえる。
「翔子!、どこなの!」
持っていた小型のライトを点灯させる。一筋に伸びる光が戦車の隅でうずくまっている翔子を見つけた。
「翔子!、大丈夫!?」
「………」
「翔子!!」
美樹の問いかけに顔を上げた翔子は震えながら、目を真っ赤にさせて泣いていた。
「わ、私…、私…」
動揺している翔子を美樹は抱きとめる。心臓の鼓動が美樹にも伝わる。しばらくして、震えが治まり、静まり返った暗闇の中で2人は動かなかった。
「…ごめん」
「大丈夫だから」
「…私、怖くなって…」
「わかってる。だから、何も言わないで」
「…ありがと…」
ようやく心を落ちつかせた翔子にほっと息を吐いて覗き窓から外の様子を探る。小型幻獣がウヨウヨと湧いていた。挙句にさっきまで待機していたはずの装輪式戦車の姿がなかった。2人を置いて逃げたのだ。美樹は溜め息を吐いた。
「私たち…、もうダメかな…」
「諦めちゃダメ!。きっと助けが来る」
「で、でも…」
「仲間を信じよう。ね」
美樹は翔子を宥めると息を殺して助けを待つことにした。
先攻する伊井村の視界にゴブリンに囲まれた戦車の姿があった。もう周りは血の海になっており、隊員たちの生存は期待できなかった。士魂号でゴブリンを踏み潰しながら、県道を南下していく。途中、ミノタウロスを3体撃破し、戦車隊も後方からの砲撃で2体撃破していた。小型幻獣は別の小隊が機関銃で一斉弾幕を張り、十字砲火の罠を仕掛け、見事に幻獣を葬ることに成功したと報告が入る。
「隊長、まもなく本隊の到着です」
大輔が無線をいれてくる。
「数は?」
「ミノタウロス 3、キメラ 3、小型が20ってところでしょうか」
「増えてるか?」
「いや、こんなものでしょ。こちらに来る幻獣はいわば遊軍ですから」
「となると、熊本における決戦も近いかな」
「でしょうねぇ…。うちも参戦希望ですか?」
「当たり前だ、決戦に参加できなかったら、小隊を組んでいる意味がないな」
「隊長、先程の発言と随分と違いますよ」
「逃げ腰発言は生きるため、今の発言は戦いを求めるため、それをどう取るかは皆の考え方次第ってところかな」
こんな発言をしながらも、ジャイアントアサルトで小型幻獣を消し飛ばし、右腕に装填されているナパームを発射しては大規模な熱風で次々と幻獣を倒す姿はさすがと言えた。間もなく、伊井村の視界に1機の装輪式戦車が目に入った。ゴブリンがよってたかって転がしながら玩具にしていたのだ。しかし、直感した。中にいる隊員が生きていると。すぐに駆け寄るとジャンアントアサルトの銃口が牙を剥く。一瞬で消し飛ぶ幻獣を見向きもせず、遠くに視界に入ったキメラをジャイアントバズーカで仕留める。爆風が周辺に飛び散り、山の一部を禿げ山にしてしまった。そうこうしているうちに戦車隊が追いついてきた。恵が戦車から降りると伊井村が幻獣を引き寄せている。
「さすがね、ここは頼むわ」
「はいよ」
恵の言葉に守が手を挙げて頷く。恵は県道から土手下に落ちていた装輪式戦車に近づいた。あちこち破損させて自力での走行は難しくなっている。横倒しから元の状態に戻ってハッチは空に向けて輝きを失っていなかった。ハッチが開かれる。中には傷を負った翔子と美樹の姿があった。2人とも意識を失っているようだったが命に別状はないように思えた。
「隊長、中にいた2人の隊員は無事です」
「そうか、こちらもまもなく終わる」
恵の言葉に返事を返した伊井村の視界から最後のミノタウロスが爆発した。そして、最後にゴブリンの塊にナパーム弾を発射して熱風と共に消し飛ばした。
「殲滅を確認、お疲れさまでした」
夏希が言う。
「おう、全員無事か?」
「ええ、今、戦車隊と合流し、2人のケガ人を収容しました」
「よし、応急処置を施したら近くの病院に搬送してくれ」
「了解しました」
無線が切れると澄んだ空気が士魂号に触れる。直接当たるわけではないのでわからないがそんな気がしてならなかった。
「戻るか」
そう呟いたところに惨いものが目に入った。例の首の木である。
「ここまでする必要があるのか」
まるで子供だな、と思った。子供が興味津々と気にいったものをいじくる、そんな感じがあると思っていた。しばらくして死体回収班が大型トラックでやって来た。死体を集めて遺族に返すのだ。大人が生きるために死んでいく子供たちに何の恨みがあるのか、本来なら、立場は逆だなと思えた。東の地でのうのうと生きる連中にこの現状を見せてやりたいとも思った。作業員の1人がこちらに敬礼している。戦いを終えた者に対する畏敬の念であったがそれも形だけと思えて仕方なかった。伊井村は首の木を後にすると隊員たちと合流した。その後、近くの病院に救出した2人を搬送する。病院に着いたときには2人は意識を取り戻していたがショックは隠しきれないようだった。あんな無惨な戦いの後で平気な顔をしろと言っても無理な話だった。
「隊長、九州総軍から無線です」
「おう」
病院の駐車場に停めた指揮車の中で無線を手にする。
「第82独立歩兵小隊の伊井村です」
「今回の戦い、お疲れさまでした」
声の主は女性のようだった。
「あなたは?」
「申し遅れました。私は芝村準竜師の秘書官を務めていますウイチタ更紗と申します」
「秘書官が私に何の用ですか?」
「私の言葉は総軍の命令と思って頂ければ結構です」
「ふむ、で、その命令とは?」
「今回、手薄の南豊地区が攻撃されたことは周知の上だと思いますが、今の戦力ではそこに部隊を回せる余裕はありません。ですが、その地を突破されることは熊本要塞の孤立を意味します。そこで第82独立歩兵小隊は本日付けをもって南豊地区への転属を命じます」
「それは芝村準竜師は御存知のことで?」
「もちろんです。準竜師の命がなくば私は動きません」
「だが、そうなると熊本の前線は手薄にならないか?」
「その心配には及びません。すでに増強の手配は整っています」
「それでも自衛軍は動かないのだろ?」
「………」
「自衛軍が動かなければ熊本で決戦したとしても勝ち目はないぞ」
「そのようなこと、あなたが心配する必要はないと言ったはずです」
「ならば、真実を聞きたい」
「真実とは?」
「82小隊が辺境に送られる理由だ。この地は熊本要塞が落ちぬ限り、滅多に戦闘は行われないだろう。それを知る立場にありながら、この地に転属させる理由を問いたい」
「それは私ではわかりかねます」
「だろうな、誰も芝村の腹の中まで読めないからな」
自分の主を呼び捨てにされても反論できなかった。なぜなら、伊井村の階級は芝村と同等だったからだ。
「………」
「だんまりか。まあいい、今回は目を瞑るが2度はないぞ」
そう言うと伊井村は無線を切った。怒りに満ちていた。
「左遷ですか?」
「栄転と言ってくれ」
一瞬にして表情は元に戻る。
「栄転にはどう考えても思えませんがね。狙いは何でしょう?」
「さあな。あるとすれば士魂号の軍事機密を守るためというところかな」
「今更ですか?」
「そう、今更だからだ。ここにいる者の口から士魂号の情報が漏れることを恐れている」
「それだけ信用されていないと言うことですか」
「上層部から見ればそんなものさ。兵器が強くなる分、秘密も増える。ま、俺の小隊に来たのが運の尽きだと思ってくれ」
「ははは…。まぁ、知っていたとしてもここを拒む理由はありませんけどね」
大輔は舌を出して笑った。生きるためにここに来る。危険な橋だとわかっていても拒む理由はないと大輔はそう言っているのだ。
「さて、皆を呼ぶかな」
「納得しませんよ」
「頭の痛い話しだな」
「同情しますよ」
伊井村が指揮車の外に出ると包帯とガーゼで消毒を施した翔子と美樹の姿があった。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい。助けてくださったそうで有難うございます」
「無理はするな。軽いケガではないのだから」
「え?、傷自体は…」
「傷じゃない。どちらか、あれを見たか?」
首の木を言っているのだ。思い出したかのように翔子が青ざめる。
「やはり見たのか…。苦しいだろうが徐々に忘れていくことだ。さらし首を見たのは君だけじゃない」
「それはわかってます。で、でも…」
まだ混乱しているようだ。
「悔しいか?」
先を言わさずに伊井村が先に言う。
「………」
「そうだろうな。自分は何もできずに無謀な作戦で皆殺しにした罪は重い」
「くっ…」
「隊員たちにとっては上の者の言葉は絶対だ。それに逆らうことは軍規違反で射殺になる。となれば…」
「や、やめて!!」
翔子が耳を塞ぎながら叫ぶが伊井村は止めない。
「無謀とわかって飛び込むか、軍規違反とわかっていながら逃げるしかない。君の隊は両方の意見を取ったとそこにいる安藤十翼長から聞いた。そうだな、夏希」
「ええ」
美樹の隣にいる夏希に話しを向ける。
「途中から気が動転したのね。隊長はいつも冷静さがなくては戦争は勝てないわ」
「わかってる…、わかってるわよ!!、そんなこと!!」
「いいえ、あなたはわかってないわ。私も見たわ、あの首の木を」
実は夏希も見ていた。死体処理班の行方を見守っていたら首の木が視界に入ったのだ。その直後、胃のものが機関銃の上に飛び散った。
「たしかに仇を討ちたいと思うのはわかる。でも、隊員の命を預かっているのも事実、冷静さを失うなとは言わない。でも、わかって欲しいの、自分の命より大切なものは何だっていうのが」
「………」
夏希の説得に翔子はわずかに頷いた。うずくまって泣いているのがわかる。
「さて、君らはこれからどうする?」
「………」
戻る隊はすでにない。横滑りでどこかの隊に転属になるのが通例だ。
「うちに来るか?」
「え?」
「行くところないんだろ?。これも縁だ、上には俺から伝えておく」
「で、でも…」
2人はまだ伊井村の階級に気づいていない。夏希がわざと敬礼しながら言う。
「伊井村準竜師、これからのご指示をお願いします!」
そう言うと驚きの表情をする。大輔が後ろで笑っていた。恵と菜穂が並んで苦笑している。
「そんな大げさに言うな。驚いているだろうが」
「えへへ…、気づいていなかったようなので」
夏希は舌を出しながら笑った。翔子があわてて敬礼しようとするが伊井村が首を横に振る。
「うちに来るなら、敬礼は禁止だ。次やったら泣くだけじゃ済まないぞ」
「も、もしやったら、どうなるんです?」
「ん?、内緒♪」
意味深な発言を残して伊井村は皆に集まるよう伝えた。そして、転属の話しをすると大輔を除く全員が不満顔になった。活躍する場を失うからだ。恵が冷静な判断で言う。
「隊長って嫌われてます?」
「わかるか?」
「ええ」
「この命令には応じるつもりだ。ただし、いざとなったらいつでも動けるようにはしておけ」
伊井村の言葉に皆は一様に頷く。この先に待っているものが何か、すでにわかっているからだ。しかし、小隊の隊長をしていた翔子にとってはどうしても聞きたいことがあった。
「でも、それって軍規違反になるんじゃ…」
「他所はね、うちは大丈夫だから」
伊井村の余裕の顔に一抹の不安を覚えながらも、居場所を失った2人は82小隊戦車兵として転属命令が下った。
南豊地区は本当にすることがなかった。幻獣がほとんど現れないのだ。来たとしても偵察程度できたかぜゾンビが飛びまわっているぐらいだった。しかし、守備している部隊がいないので82小隊が駆り出される。装輪式戦車が陣地から離れるとすぐに爆発音が響いて帰ってくる。それだけだが攻撃されるとやっかいな相手でもあった。けれども、それ以外の隊員には何の仕事もなかった。整備と訓練ぐらいしか活動することがなく、後方支援で熊本戦線に出撃命令が出ることもない。
「また死亡者と脱走兵が増えたようですよ」
指揮車でラジオに耳を傾けながら大輔が言った。
「戦況は悪化しているか…」
「こんなところで暇を潰している場合じゃないですよ。例の熊本城決戦で負ければ九州は壊滅しますよ」
「そうだな…、自衛軍は動くと思うか?」
「微妙なところですね。勝ち目がないと思えば出てこないでしょ」
「もっと厳しい状況だったら?」
「厳しい状況というと?」
「熊本城決戦に勝てなければ九州は壊滅状態になる。九州が蹂躙される事態になった場合はどうする?」
「それは…」
大輔はすぐにピンと来た。しかし、答えられない。それを見越してか、伊井村が代わりに言う。
「学兵もろとも幻獣を滅ぼすということだ」
「皆殺しですか…」
「そうだな、お前ならどうする?」
「助けますね」
「当たり前だ。自衛軍にとっては学兵は盾に過ぎない」
「八代会戦の二の舞は踏みたくないという腹ですか」
「そういうことだな。だが…」
伊井村は立ちあがって上部のハッチを開ける。あくびをしそうな夏希があわてて口を閉ざす。
「暇か?」
「い、いいえいいえ」
あわてる夏希の姿に大輔が笑った。伊井村も笑っている。
「近いうちに決戦が起こるだろう。準備は怠らないよう、全員に通達しておいてくれ」
「決戦に参加するんですか?」
「無断でな」
「いいんですか?」
「いいんだよ、こんな辺境に送り込んだ連中の鼻を明かしてやる」
伊井村の言葉に夏希は苦笑しつつも、隊長命令を全員に通達するべく指揮車を出た。
「本当にいいんですか?」
「ああ、士気が高いことは今後の戦闘につながる。そういえば、最近、彼奴は?」
「塚口さんですか?」
「ああ、こっちに移ってから結構外出許可を求めている気がするが…」
「追跡調査させますか?」
「万が一のことを考えてな」
「では、誰にします?」
「そうだな…」
伊井村は1人の適任者を選んだ。
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