3.憎悪

 7人の小隊はすぐに意気投合した。元々、転戦しているだけあって菜穂以外の隊員は幻獣との戦い方など教えなくてもわかっていた。菜穂には時間が許す限り、戦略より整備をお願いしていた。小隊の生命線とも取れる士魂号を失うわけにはいかなかった。徹夜をしたという千穂と法子は朝になると石を枕に寝ていることが多い。菜穂が気を遣ってか、毛布を掛けてやるのが日課になった。一方の伊井村は指揮車で何度も戦略のシュミレーションをやって戦いの組立てを行っていた。どのような状況下に置かれても対処できるようにしておくのも軍隊としての心得でもあった。大輔は戦略に関してはこちらから何も言うことなく、逆にふとしたことを気づかせられることが多い。その横で夏希はじっと聞き耳を立てながら戦略の勉強をしている。塚口は運転手兼通信兵なので横から口を出す程度だが戦略に関して興味があるようで自分から発言することも多くなった。それぞれが自分の役割を果たすことで小隊の機能を十分に働かせるつもりだった。
「少し休憩するか」
伊井村の言葉に誰もが頷いた。夏希がハッチを開くと涼しい風と濁った空気が入れ替わろうとしている。上を見上げるといい青空が広がっていた。
「これだけ澄んでいると昼寝がしたくなる」
大輔が少し横になろうとしたところで司令部から命令が入る。
「緊急指令、緊急指令。阿蘇戦区に多数の幻獣が出現。直ちに出撃せよ。繰り返す…」
切羽詰った声をしているが発信は福岡にある九州総軍情報センターから行われているため、聞くほうはたまったものではない。
「さあて、敵さんのお出ましか」
「ようやく、隊長らしくなってきましたね」
「当たり前だ、人を殺すことしか能のない連中に勝手なことばかりさせてたまるか」
大輔の言葉に伊井村は笑いながら答えた。夏希はさっさと整備テントに向かっていた。その間にウォードレスに着替える。戦車兵用のもので女子は専用のウォードレス久遠を着用する。ウォードレスとは人工筋肉によって補強された防具で軽量だが通常の人間の何倍もの力を発揮する。着替え終わるのを見計らったかのように夏希たちが入ってきた。皆、さすがに緊張している。
「緊張するなというほうが無理があるかな。戦い方は至ってシンプル、敵は俺が引きつける。倒しそこねた敵を後方支援で倒す戦法だ。もし、危険だと判断したら後退しろ。俺が孤立しても助けようとは思うな。命は1つしかないのだから、危険だと思ったら早々に退け、いいな」
各々が曖昧に頷いているがはっきり答えられる者はいない。危険になっても思い留まって戦えという命令が当たり前なのだが伊井村の言葉はその逆をついた。
「まったく、まだまだ堅い連中だな」
「無理ないですよ、皆、戦うために戦場に行くのですから」
大輔が苦言を呈する。
「そう言うお前はどうなんだ?」
「俺も一緒ですかねぇ」
「はぁ…、わかったわかった。無理に退けとは言わないが無理はするな。攻撃を加えつつ後退でいいかな?」
「了解です!」
ここでようやく夏希が応じた。すると、自然に全員が敬礼した。
「身についたものはそう簡単には離れられんか。まぁ、いいや。菜穂、いけるな?」
「大丈夫です」
「よし、整備兵は陣地で待機。留守を頼む」
「補給はなくても大丈夫ですか?」
「ああ、俺の腕を信じろ」
「了解です、ご武運を」
ここに第82独立歩兵小隊は出撃となった。

 すでに先に到着していた戦車小隊が応戦していた。あちこちで砲声が響く。大輔が戦略レーザーで確認しながら戦況を伝える。
「現在、三個小隊が応戦中。ミノタウロス 5、ナーガ 3、キメラ 6、小型幻獣が120です。あと上空にもきたかぜゾンビが数体確認」
「結構な数だな、相当厳しくなるな。指揮車は左後方の山麓で待機。後方支援に専念しろ」
「了解」
この時点でまだ伊井村がどんな戦い方をするのか知らなかった。装備については菜穂をはじめ3人の整備兵しか知らない。伊井村は指示を下すと一気に差を詰めた。小型幻獣が地面を覆い尽くしていた。三個小隊は陣地を築いて応戦していた。ジャイアントアサルトが火を吹きながら拡声器で呼びかける。
「無事か?」
「あ、はい、大丈夫です。中型は引きつけるから残りを頼む」
「了解です」
女子の学兵が敬礼しながら士魂号に向かって返答した。
「さあて、行くか」
一気に差を詰める。長距離を得意とする中型幻獣にとっては接近戦は不得意となる。誰かが煙幕を張る。敵から排出されるレーザーが中和されて攻撃力を弱める。その隙に超硬度長刀カトラスで目の前にいたナーガを両断し、一気に空中に飛ぶ。何体もの幻獣が見えた。その中心部分に向かって一気にカトラスを突き刺すとそれを中心にして炎熱の円陣が四方に飛び散り、一気に爆発し、消滅したのだ。これはカトラスに内臓された燃料がジェット噴射の要領で一気に吹き出すというもので2キロ四方は灼熱の炎で消滅させることができる。伊井村は「烈火円陣」と呼んでいた。
「す、すげぇ…」
小隊の誰もが息を飲んだ。伊井村の周りには小型はおろか中型もその姿を消していた。残るのは溶けた地面と煙だけである。気づいたときには伊井村の姿は違うところにあった。そこでも2度目の烈火円陣を行って幻獣を消滅させる。
「あと1回だけだから気をつけて」
補給車から菜穂の言葉が飛ぶ。カトラスの耐熱が保たれるのは3度までだったからだ。
「了解した」
すぐにカトラスをしまうと次はジャイアントアサルトを片手に弾幕を張る。小型幻獣が次々に消滅していく。その上で右腕に内臓されたナパーム弾を発射する。爆発と同時に灼熱の炎で幻獣を溶かす。戦いは明らかに人間側が有利に進めることができ、残った幻獣は塹壕で応戦していた小隊が追撃を加えている。一方の後方支援を託された夏希はきたかぜゾンビを中心に攻撃を与えながら、小型幻獣も倒す功績を残した。
「凄い戦い方ですね」
大輔が感心しながら言う。
「だから言っただろ?、心配するなって」
「でも、こんな戦い方初めて見ましたよ」
「そりゃそうだ、俺が考えた戦い方だからな。これより、帰還する」
「了解です」
「そういえば弾幕を張ったのは誰かわからないか?」
「ああ、それなら、隊長の活躍にやるべき仕事を失った方々がいましてね。そこから発射されたものです」
「で、どこの小隊だ。礼を言いたい」
あの弾幕が無ければもろに攻撃を受けていた可能性があったからだ。
「今、通信を繋ぎます」
大輔の言葉に続いて聞き慣れた声が聞こえてきた。かつて、伊井村と共に人生を失った男の声だった。
「久しぶりですね、伊井村準竜師」
「その声は…、善行か?」
伊井村の過去をよく知る人物の1人だ。
「ええ、凄い戦いを見せてもらいましたよ。おかげでやることを失った」
「たまには楽な戦いもいいと思うが?」
「軍事機密のオンパレードですよ。少し控えめに動いたほうがよろしいかと」
「ふん、士魂号が戦場にいること自体、軍事機密漏洩ではないのか?」
「まぁ、それはたしかに」
「とりあえず、弾幕を張ってくれたらしいから礼は言っておく」
「いえいえ、それよりも驚きましたね」
「何が?」
「まさか、あなたが前線で戦っているとは思いませんでした」
「ま、色々あってな。そういうお前も似たようなものだろ?」
「まぁ、そうですね。ところでまだ私を恨んでますか?」
「どちらの答えを期待する?」
「過去のことを蒸し返すつもりはありませんよ。全ての責任は…」
全ての責任は自分にある、それが善行の口癖でもあった。それを制するかのように伊井村が遮る。
「お前には責任はないさ。お前は命じられるがままに実行したに過ぎない。殺したい程、恨みがあったとしても今は同じ敵を相手にしている。お前との決着をつけるのはこの戦いが終わってからだな」
「お互い死ねないということですね」
「そういうことだな。九州にいる限りはまた会うこともあるだろう。じゃあな」
そう言って通信を切った。
「昔、何かあったんですか?」
「ああ、奴は以前同じ部隊にいたときの上司に当たる。今、言えるのはそれだけだ。全隊員、これより陣地に帰還する。以上だ」
大輔にそう言うと溜め息を吐いた。士魂号頭部に搭載したカメラを5121小隊に向ける。士魂号3機の姿があった。じっとこちらを見つめているような気がしていたが気にすることなく、陣地へと引き揚げた。
 陣地に戻ると士魂号を整備テントに置く。すると菜穂たちが駆け寄る姿が目に入った。コックピットから降りる。
「お疲れ様でした」
「おう、心配かけたな」
「心配などしていませんよ。むしろ…」
「ん?、奴とやるとでも思ったのか?」
「………」
当たりらしい。伊井村は笑いながら言う。
「そんな顔をするな。幻獣との戦いが終わるまで何もする気はないさ」
「もし、終わったら?」
「そのときは…」
そう言いかけてやめた。自分が怖くなってしまいそうだったからだ。不審に見つめる菜穂に後を任せて指揮車に戻った。次は夏希たちが心配している。
「おいおい、ここでも心配事か」
「あんな通信を聞いたら、誰でも気にしますよ」
大輔が苦笑しながら言う。
「ははは…、気にするなと言ってもダメか?」
「無理ですね」
「殺されかけた」
「善行さんにですか?」
「ま、そうだな。昔、ある試作部隊があった。その部隊は自衛軍の中でも最高機密を誇るものでな。まだ鹿児島戦線で戦っていたときの話だ」
皆が聞き入っている。向こうでも聞いているのだろう。回線がONになっていた。
「士魂号の開発の他にもう1つの開発があった。それは生体実験により、ある能力を身につけた者たちが集まった部隊だ。1人は不思議な光を放って触るものを消し去り、1人は治癒能力があり、はたまた、違う者は全てを見通す千里眼の能力があったりと色んな人間が集まった部隊で、善行はそこで副司令を務めていた」
「ちょ、ちょっと待ってください。ということは隊長も何かあるんですか?」
大輔があわてて話しを止める。伊井村は思い立ったかのように夏希の体に巻かれた包帯を目にした。
「ん…、まあな。夏希、ちょっと来てみろ」
「え、あ、はい」
少し不安な面持ちで夏希が駆け寄る。包帯を取ると傷跡が残るようなケガをしていた。
「朝の戦いでやったのか?」
「は、はい」
「もっと早く言え。化膿したらどうする?」
「すみません」
夏希は悪気もなく謝る。
「見ていろ」
伊井村が目を瞑ると全身が輝き出した。手を傷に当てると一瞬にして消えてなくなったのである。光が消える頃には夏希の傷も癒えていた。
「す、凄い…」
夏希は呆然としていた。
「これが俺が持つ能力の一端だ。よく幻獣共生派が似た能力を秘めているがそれとはまた別物でな。向こうはもって生まれたもの、俺のは無理やり引き出された能力ってわけだ。で、先も言ったと思うが試作部隊として活動したわけだが、その中に飛びぬけて凄い奴がいた。科学者からはRと呼ばれた男で知識・体力・技術…、全てのものが誰よりも勝っていたのだがこいつがある時、監視していた警備兵を殺して姿を消してしまった。事態を重くみた政府は能力者を殺すことを提案し、試作部隊を抹殺を決めた。しかし、全てを見通せる者もいるため、簡単にはいかないと判断し、能力を最大限まで引き出す人型戦車・RVをもって殺すことに決めたのだ。能力者の周りには事実を知らない無関係の人間を配備し、抹殺計画を実行した。それが行われたのが八代会戦と呼ばれる幻獣と自衛軍との壮絶な戦いの場だった。試作部隊は前線で戦ったわけだが、ここから先は世間からは抹消された事実がある。RVを動かす原動力となったのは小型化した核だった。それを爆発させることで幻獣・自衛軍もろとも消し去ろうと考えた。当然、戦場だから何が起こってもおかしくない。何も知らない俺たちは前線に到着した途端、全ての機能が遮断された。何も抵抗できないまま、遠隔操作によって仲間たちは爆死していった。中にはまだ幼い子供さえいたほどだった」
「でも、隊長は生きているわけですよね?」
「ああ、見ての通りな。俺はたまたま別の任務で違うところにいた。そのおかげか、難を逃れたわけだが事実を知った俺は関係者を片っ端から殺した。そして、善行の喉元まで届こうとしたときに奴は芝村という一族に匿われて身を隠してしまった。探せど探せど奴の行方は知れなかった。その間に政府は俺に接触してきて幻獣共生派を掃討しろと言ってきた。虫が良すぎる提案に2人で反対したが全ての罪は問わないという条件で自衛軍に戻ることになった。しかし、その部隊も滝川という副官の造反で失うことになり、今は秘匿任務に関わった者を守るためにこの小隊を作った。ま、そういうわけだな」
「壮絶ですね」
大輔が苦悶の表情で言う。
「嫌いになったか?」
「いや、そうじゃなくて俺たちとは比べ物にならないぐらいの人生ですね。この話しを聞いていなかったら、ずっともやもやは残っていたと思いますよ」
「夏希は?」
ずっと黙っていた夏希に話しを振る。
「私もそう思います。これから先、どれだけ一緒にいられるかわかりませんが共に戦うのですから、辛いことはすっきりさせたほうがいいじゃないですか」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かる。1人はたぬき寝入りをしているが彼奴と菜穂は知ってるからな。だから、俺は仲間を守りたいと思っている。1人でも多くの者を救えるなら、俺はそれで本望だ」
伊井村の顔はさわやかに晴れていた。
「隊長の考えはわかりました。ですが、今のままでは隊長に与える負担は大きいはず。皆のレベルを上げないことにはどうしようもできませんね」
大輔の指摘は当たっていた。前線で戦うのが伊井村だけとなると後方の役割は重要になってくるからだ。
「模擬訓練でもする?」
「いいですね。同レベルの小隊が相手であれば退けは取りませんよ」
大輔の言葉に夏希も、いつの間にか起きていた塚口も応じる。そして、指揮車に入ってきた菜穂たち整備兵も今、何が大事か思い出したようだった。
「よし、上申して模擬訓練の実施を依頼してみよう」
そう言うと早速、九州総軍へ通信を入れた。

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