2.出会い
物語は熊本城決戦の2ヶ月前にまで遡る。自衛軍でも精鋭揃いが集まる特殊工作部隊は内密に九州に潜入し、ある作戦を行っていた。その作戦とは幻獣共生派を掃討するというものだった。幻獣共生派とは幻獣と共に生き、共に暮らすことを目標とする一派だが政府からは非国民として弾圧を受け、多くの者が闇に葬られた。しかし、生き残りは地下に潜り、活動を続けていた。そんな中、自衛軍上層部が得た情報があった。九州に多くの共生派が集まっているとのことだった。劣勢を有利に進めるには共生派を掃討することが第一と考え、殲滅を任務とする特殊工作部隊に命令が下された。指揮するのは自衛軍司令部から配属となった倉田菜穂千翼長だ。この頃の自衛軍の階級は少し違い、下から十翼長、百翼長、千翼長(中尉に相当)、万翼長、上級万翼長、準竜師(少佐に相当)といった順番になっている。なぜ、こうなったかは定かではないが学兵徴収が理由になっていると思われた。
特殊工作部隊は秘匿任務を主とするため、主に戦略に長けた男の隊長が務めるのだが今回はなぜか倉田隊長が配属されてきた。隊員の面々は困惑するといった感じはなかったが士気の低下は否めない。しかも、聞いた話しでは元は事務官だという。これには皆が呆れかえった。
「事務ばっかりやっていた人間に隊長なんて務まるのかねぇ?」
隊員の滝川祐介が言う。弟がいるらしいが幼少の頃に別れて以来、会ったこともないらしい。
「さあな、書類上のミスだろうが配属されてしまった以上は変更はできないだろうな」
そう答えたのは部隊で幻獣撃破数120の数字を誇る伊井村紀棟だった。2人は幼少の頃からの仲で共に戦い抜いてきた間柄だった。
「まったく、人手不足はわかるがここまで酷いとはな」
「仕方ないさ、これで乗りきることができれば誰も文句は言わないさ」
「そうなってくれるといいんだが…」
「最初から期待しても仕方ない。が、新隊長には少しだけ同情するよ」
「まあな、任務の内容を知ったら、倒れかねないしな」
「後は慣れて行ってくれればそれでいい」
伊井村はそう言うと作戦室がある部隊の指揮車に向かった。中には困惑した顔の新隊長がいた。思わず苦笑してしまう。
「副官の伊井村です。入ってもよろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
「失礼します」
敬礼しながら中に入ると通信兵と衛生兵がいる。共に立ち上がって敬礼した。
「部隊長、任務の引継ぎは終わられましたか?」
「あ、はい、一応は…」
「では、この部隊の任務内容に納得されたとみて良いわけですね?」
「ええ、予め司令部からも伝達がありましたので」
「了解しました」
「では、早速ですが前隊長から引き継いだ任務の実行、進めてもよろしいですね」
「ええ、構いません。そのために来たのですから」
伊井村は笑いながら、隊長と向かい合わせに座った。間には地図が置かれ、いくつも赤丸で印をされている。任務の話しを始めると菜穂は苦言を呈するばかりで話しは進まなかった。大体の予測はしていたものの、任務に支障がきたしかねないと判断した伊井村は独断で動くことを伝えて早々に指揮車を後にした。外に出ると木々に覆われた陣地が目に入る。秘匿行動はしているが万が一、幻獣に襲われないとも限らない。そのため、常に警戒レベルは高く設定されている。その間を縫うようにして実行部隊のところへ戻った。皆が緊張感を保っている。すぐにでも戦闘できる状態だった。
「どうだった?」
「ダメだな、あれは…」
滝川の言葉に首を横に振る。
「隊長に任せておけないと?」
「まぁ、そんなところかな。話しがちっとも進まない」
「で、どうするんだ?。上から命じられた期限は迫っているんだぞ」
「わかっている。今回は独断で動こうと思うが異存はないか?」
「それがお前の判断なら、俺たちは何も言うことはない」
「わかった。よし、すぐに行動にかかる」
伊井村の言葉に全員が頷き、各々、行動を起こした。
特殊工作部隊にはすでに人型戦車・士魂号が2体配備されていた。士魂号とは全身を人工筋肉で覆い、たんぱく燃料で起動する人型兵器であり、芝村財閥が密かに開発していたものを実戦配備したのだ。腕や脚といった人間と同じ運動機能があり、コックピットは胸部にある。すでに九州に配備されている士魂号と違う点が特殊工作部隊の士魂号にはあった。それは空を飛ぶ機能がついていることだ。背中に装備したジェット燃料と両翼によって空からの攻撃も可能にしたのだ。本来なら前線で稼動しなければならない両翼飛翔型士魂号はなぜか秘匿任務を主とするこの部隊に回ってきたのだ。搭乗するのは伊井村と滝川であった。2人を先頭に機動歩兵が続くという形は士魂号が配備されてからずっと行われてきたものだった。部隊は共生派の拠点を前後で挟む陣形を取って、夜を待った。夜になれば行動力は抑えられ、敵に油断が生じるからだ。伊井村が暗視レーダーで周辺を警戒していると不意に滝川から通信が入った。
「どうした?」
「ふと耳にしたことがあってな」
「今は任務に集中しろ。敵は目前にいるんだぞ」
「大丈夫だって。警戒は怠ってはいない。それよりも御前川(おまがわ)さんが復帰したらしいぞ」
「御前川さんが?、もう高齢で引退されたはずじゃ…」
御前川というのは2人の軍事訓練施設の教官で、この部隊の初代隊長を務めた人だった。もう70を越え、第一線から退いたと聞いていたのだが。
「そうなんだが、何でも四国総軍の司令に就いたそうだ」
「へぇ、あの人が戻ってきたのか。なら、俺たちも負けていられないな」
「………」
「ん?、どうした?」
いきなり滝川が沈黙したのを不審に感じる。
「あ、いや、そろそろ動こうか」
「ああ、敵の殲滅を最優先とする。行動開始!」
日が暮れたと同時に部隊は動いた。北に陣取った滝川隊が攻撃を仕掛ける。ジャイアントバズーカの火が吹き、近くの家が吹き飛ぶ。これを機に共生派のほうも反撃に転じるが士魂号の厚い装甲の前では敵ではない。圧倒的な攻防で村を制圧し、退却を始める共生派を追撃するのが機動歩兵の役目で次々に倒していく。無念の死を遂げていく連中に伊井村は何の同情すら見せなかった。任務を確実にこなすことこそが第一と考えていたからだ。南に陣取る伊井村隊は敵が退却してくるのを確認するとこれの捕縛・殲滅に動く。退路を失った敵はがむしゃらに攻撃してくるが的確な攻撃を加える部隊の敵ではない。日が昇る頃には共生派は殲滅され、村は跡形もなくその姿を消していた。そして、悠々と陣地に引き揚げた2人は各々、指定の場所で士魂号を置くとコックピットから下りた。指揮車から菜穂もやって来る。険しい表情をしていた。
「伊井村副官、軍規違反によりあなたを拘束します」
左右に従った隊員が拳銃をこちらに向ける。
「拘束ですか」
両手を挙げて無抵抗の姿勢を取る。それを見た滝川は止めに入るのかと思いきや、意外な行動を取った。腰に帯びた拳銃を抜いてこちらに向けたのだ。これに同調するように先程まで行動を共にしていた者たちまで…。無数の銃口に伊井村は溜め息を吐いた。
「これがお前のやり方か?、滝川」
「許せ、これも隊のため」
「隊のためか…。俺も散々、人を殺してきたからな。その報いを受けよう」
そう言って腰から拳銃を抜いて自分の頭に向けた。
「お前らの手は借りんさ。隊を失うときは自分を失うときだ」
「くっ…」
滝川はその言葉が嫌いだった。軍事訓練時代、御前川から散々言われつづけてきた言葉だったからだ。滝川は御前川のことが憎くて仕方なかった。伊井村と常に比べられ、差を比べられた。階級も伊井村のほうが上で隊でも伊井村が指揮を取ることが多かった。虐げられてきた自分ができること、それは伊井村を罠に嵌めるしかないと思い、今回の独断行動を軍規違反だと菜穂に密告したのだ。潔い覚悟を決めた伊井村に菜穂が止める。
「死ぬことは許しません。あなたは軍法会議を受けるべきです」
「受けたところで結果は同じであろう?。それはここにいる面々が知っていることだ」
「だからと言って、自らの士魂号を血を汚すつもりですか?」
真後ろには士魂号があった。静かに沈黙している。
「あなたは最も士魂号を愛していたと聞いています。その士魂号を血で汚すことはできるのですか?」
「………」
「自害などいつでもできることでしょう?。天より与えられた命を大切にするべきです」
忘れていた言葉だ。昔、同じ言葉を言われたことがある。心にグサッと突き刺さる。痛みを感じた。
「…やれやれ…」
伊井村は諦めたように菜穂に拳銃を渡すと身柄を拘束され、24時間の監視のもとで宿舎に幽閉された。小さな窓だけがある何もない部屋だった。倉庫として使っていたのを営倉代わりにしたのだ。
「さて、この先、どうなるかな…」
そう呟くとゆっくりと眠りについた。
「奴は殺すべきです」
指揮車で滝川が菜穂を相手に声を荒げていた。
「そこまでする必要はないでしょう?」
「奴は軍事機密の塊のような男です。今、殺しておかないとみすみす逃がす隙を与えてしまうことになる」
「今は上層部に判断を仰いでいる最中です。指示が下るまで伊井村副官は拘束状態にします」
隊長の言葉は絶対だった。滝川は説得を諦めて指揮車から出たが伊井村の報復も恐れていた。もし、今の状態が脱することがあれば必ず自分のところに来ると思っていたのだ。そこで滝川は腹心の者に伊井村を殺すよう命じた。
その日の夜、伊井村は物音に起こされた。足音がする。それも普通の歩き方ではない。忍び足でもしているかのような動きだ。目を瞑り、気配を感じる。
「2人か…。殺気も発しているか…」
おおよその展開は読めた。
「罠に嵌めた人間が俺を恐れたか…」
研ぎ澄まされた感覚が最高潮に達する。ガチャッと解錠の音がする。伊井村は寝てるフリをした。扉が半開きとなり、2人の男が入って来た。手には拳銃が握られている。
「俺を殺しに来たか」
この言葉にビクッと動きを止める。その隙を逃さず、素早く起きあがって1人の肩の関節を外した。
「く、くそっ!」
ドオオオオォォォォォォォ――――――ン…っと銃声が響いた。
「何事ですか?」
銃声を聞いて菜穂が指揮車から飛び出した。隊員たちも同様に動き出している。
「わかりませんが宿舎のほうからです」
1人の隊員が言う。
「まさか!?」
咄嗟に行こうとしたところで止められる。
「あなたは隊長なのです。何かあっては部隊全体に響きます。ここは滝川副官に一任してください」
「しかし!?、あ…」
菜穂は一瞬で意識が飛んだ。当て身を受けて倒れたのだ。
「あんたには邪魔されたくないんでね」
滝川は不気味に笑いながら隊員たちに指示をした。
宿舎では頬から血を流す伊井村がいた。出血と同時にもう1人の首を折っていた。穏便に済ませる程、器用ではなかった。視界には半開きとなった扉が見えたが無数の気配も感じていた。このまま、外に出れば蜂の巣にされることを悟り、倒れている連中が身につけているものを剥いだ。拳銃と手榴弾である。
「こいつは使えるな」
そう呟くと手榴弾のピンを抜いて扉から外へ投げた。カラン、カラン…っと廊下に響いたと思いきや、爆発音と悲鳴が聞こえる。その隙に廊下に飛び出し、拳銃から何発か威嚇のために発射し、狭い宿舎を出ると素早く草むらに隠れた。目を光らせながら、隊員たちの動向を探る。隊員たちに指示を促している滝川の姿もある。真っ青な顔をしていた。
「奴が首謀者か?」
だとすれば理由は…、まさか、自分を恨んでいるとは露とも思わない伊井村は指揮車へと身を滑らせた。状況がまったく掴めていない状態ではどうすることもできない。そのために取った行動だった。中は真っ暗だったが夜目が利くため、何の問題もなかった。3人倒れているのがわかる。1人に近づくと血を流していた。背後から撃たれたらしい。もう1人は当て身を受けていたので覚醒させる。通信兵のようだ。意識を戻すまでの間に倉田の意識も起こす。意識を先に取り戻した通信兵に語りかける。
「無事か?」
「一体何が…」
「それはこちらが聞きたい。何があった?」
「いきなり滝川副官が入ってこられて…、あ!」
思い出したようだ。咄嗟に口を抑える。通信兵によれば滝川はいきなり拳銃を取り出して発砲したという。衛生兵が撃たれたと同時に意識を失ったとの事だった。殺されなかっただけでも奇跡に等しい。
「う、ううん…」
「起きたか?」
菜穂が頭を抑えながら、起きあがった。
「一体何が…」
「滝川がクーデターを起こしたらしい」
「えっ!?」
「今は逃げることだけを頭に入れよう」
「そ、そんな…、一体どうして!?」
「それはここから逃げてから考えよう」
菜穂はふらふらと立ち上がって外に行こうとする。混乱しているようだ。伊井村はすぐに捕まえて怒鳴る。
「菜穂!、しっかりしろ!!」
名前で呼ばれた菜穂の両眼からは涙が溢れた。そして、急に大人しくなった。
「塚口、運転は?」
「大丈夫です」
「俺が士魂号を奪ったら、お前たちは一目散に逃げろ。ここより南1キロ下ったところに県道がある。そこまで突っ切れ」
「りょ、了解です」
塚口は敬礼しながら運転席に潜り込んだ。
「それまでこいつを頼むぞ」
「はいっ!」
伊井村は周りを警戒しながら隊員たちの動きを見つめる。大半が宿舎とその周りに集まっているのを確認したら、威嚇のために手榴弾をもう1つ塹壕のほうへ投げる。爆発音と共に悲鳴があがる。滝川が宿舎から塹壕に走っていくのが見えた。その隙に指揮車の正面にある整備テントに忍び込み、補給済みの士魂号に乗り込んだ。そして、指揮車に通信を入れる。
「塚口、行くぞ」
「了解!」
指揮車のエンジンがかかった。咄嗟に隊員たちが指揮車に向かってアサルトライフルを発射する。車の装甲に当たるがびくともしない。それを見て士魂号が起動した。ジャイアントアサルトを片手に整備テントを潰しながら、外に出た。バズーカーで応戦しようとするところへ射撃を加えると爆発音がした。拡声器をONにして叫ぶ。
「滝川、お前の考えはよくわかった。俺は俺の行動をする。お前はお前で勝手にしろ」
そう吐き捨てると一目散に指揮車の後を追った。
阿蘇山麓の洞窟に身を隠した3人はそこで衛生兵を弔った後、今後のことを考えた。すでに通信で滝川造反の報せをしていたが九州総軍では判断しかねないと思ったのか、ある人物が返信してきた。
「まさか、お前の部隊でこんなことが起こるとな」
「面目ない」
「滝川の動きは今のところ掴めていないが上層部の判断を聞きたいか?」
「ああ、できれば」
「滝川を抹殺せよ、とのお言葉だ」
「無理だな」
「無理でもやってもらうしかない。奴が造反したとあれば共生派が近づく恐れがある」
「たしかにな、奴が乗る士魂号は脅威でしかない」
「それをさせないためにお前を置いたのだがな」
「1つ提案があるのだがいいか?」
「何だ?」
「滝川と共生派とを繋がらせたい」
「は?」
「その状態にすれば名目が立つ」
「名目なら、造反した時点で決まりだ」
「そうしたいのはやまやまだが滝川に従っている隊員の半数はまだ状況を掴めていない。今、俺が滝川を殺せば連中までが敵に回ることになる」
「それがどうした?」
「わからないのか?、連中は特殊工作を専門にしているのだぞ。一歩間違えれば共生派よりも怖い存在になる」
「では、今は放っておけというのか?」
「まぁ、そんなところだ」
「お前がそこまで言うなら、仕方ないがこれからどうする?。滝川を始末しない限り、九州から出ることはできないぞ」
「なら、また前線に赴くまで」
「その2人を連れてか?」
「九州に来た時点で覚悟はできていよう。それにこの2人を九州から逃したとしてもそのままにする気はあるまい?」
「当たり前だ」
「なら、俺が面倒を見たほうがいい」
「食えない男だな」
「お互いにな」
「ふん、わかった。今、菊陽・阿蘇戦区では幻獣との戦いが続いている。そこに飛び込む覚悟があるなら、生き残りを集めて小隊を形成して戦いに望んでもらうことになるがいいか?」
「ああ、構わない。伊達に幻獣撃破数120は誇っていないぞ。ああ、そうだ、士魂号を整備できる者を1人欲しい」
「そこにいる奴でダメなのか?」
「1人で動かせる代物か?」
「ま、たしかにな。それはこちらで手配しよう」
「恩に着る」
「ふん、お前に恩をもらったところで仇に返って来るのは目に見えている。それと、今回の一件、形だけでも責任を決めておかないとな。倉田千翼長」
「は、はい」
伊井村から菜穂に通信が引き継がられる。
「此度の一件は誠に重い結果となったことは否めない。隊長として責任を取ってもらうことになる」
「承知しております!!」
「よろしい、では、倉田千翼長を百翼長に降格とし、両翼飛翔型士魂号の整備兵への転属を命じる」
「了解しました!」
必死に敬礼しているところが魅力だった。実は菜穂は事務官として起用されたのだが本来は芝村で士魂号開発に携わった1人だった。しかし、2人が実際に出会ったのは軍事訓練施設にいた頃の話しだ。
「では、追って命令があるまで現地で待機。いいな」
それだけ言うと相手は通信を切った。黙っていた塚口がようやく口を開いた。
「今のは誰です?、伊井村さんと普通に話しをしていましたが」
「芝村準竜師だよ」
「えっ!?、あの芝村財閥の!?」
「そうだ、俺とは犬猿の仲ってやつかな」
「伊井村さんって一体何者なんでかねぇ…」
「それはおいおいとわかるよ。さて…」
洞窟の外に出ると雨が降っていた。遠くのほうでは砲声が響いている。どこかで幻獣と戦っているのだろう。
「私たち、生き残れるかなぁ?」
菜穂が寂しい声で言う。
「安心しろ、俺がついている」
そう伊井村が言うとわずかに頷いたようだった。
菊陽戦区。最も幻獣との戦いが激しい場所でもある。この地で2万もの学兵がその命を散らした。わずか半年の間にだ。その間、自衛軍は無傷で過ごした。単なる足止めと時間稼ぎが狙いなのだが最前線では一進一退が続いていた。それも、士魂号3機を有する5121駆逐戦車小隊が遊撃として各地で転戦し、幻獣を一掃してきたため、有利な戦略を進めることができた。しかし、そんな状況にあっても全滅する部隊も数多くあった。
「みんな、死んじゃったのね…」
百翼長の階級章が無情にも少女を悲しくさせる。昨日の戦いで所属していた小隊は壊滅し、自分を除く全員が殺されてしまった。1人残された少女に九州総軍から容赦ない辞令が下る。
「千田夏希百翼長、本日付けをもって阿蘇戦区で展開する第82独立歩兵小隊への転属を命じる」
命令は絶対である。辞令を言い渡された夏希は敬礼して頷くとすぐに隊に合流するため、阿蘇に向かわなくてはならなかった。重い足取りである。このまま、脱走も考えたが命を賭して戦った仲間に申し訳が立たない。その一途な気持ちだけが夏希を動かした。阿蘇戦区も前線には違いなかったが山麓のほうはまだ脅威ではなかった。82小隊の陣地はその山麓に近い県道に設けられていた。指揮車と大きなテントがあるだけで人気はない。
「ここで…いいのかしら…」
自分が来る前に全滅していたとなればこれ程後味の悪いものはない。おそるおそる指揮車の扉を開けるといい匂いがしてきた。空腹には辛い匂いだ。カレーが3つ作戦地図の上に乗っていた。
「ん?、誰だい?」
伊井村がカレーを口に入れようとして扉のほうを向いた。
「あ、あの…」
思わずきょとんとしている夏希の空腹の虫が鳴いた。
「わはははは…、そんなところにいないで入ってきたらどうだ?。腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」
「あ、はい」
遠慮なく頂く夏希に皆が苦笑した。カレーを噛むというよりは流し込んでいる。よっぽど腹が減っていたのだろうか。ほどなくして完食とした全員が満腹の息を吐いた。
「さて、飯を食べたところで自己紹介してくれ」
伊井村が夏希に話しを振る。夏希ははっとなって立ちあがり、敬礼しながら言う。
「本日付けで第82独立歩兵小隊に配属になりました千田夏希です!。よろしくお願いします!」
「ああ、君が夏希ちゃんね」
いきなり”ちゃん”づけで呼ばれて顔を赤らめる。
「ははは、そんなに恥ずかしがらなくてもいい。申し遅れた、第82独立歩兵小隊の伊井村準竜師だ。よろしく」
伊井村の横でにこやかに笑っていた女性も続けて言う。
「同じく整備兵の倉田百翼長です。向こうで足の爪を切っているのは通信兵の塚口十翼長てす。堅くならなくてもいいですよ、隊長はああいう方ですから」
その声に応じるかのように塚口も言う。相変わらず、足の爪を切っている。
「そうですよ、この小隊ができてまだ10日も経ってないのに隊長の性格がコロっと変わったのには驚きましたけどね。気楽にやってください」
「は、はぁ…」
あまりのことにぽかんとしている。当たり前だ。こんな小隊は他ではあまり見ることはない。
「うちでは軍規は二の次だ。と言っても、本当にできて間も無いから君には砲手を頼みたい」
「砲手?」
指揮車上部にあるハッチを開くと120ミリ機関銃があった。
「主に後方支援となるが撃てる人間がいなくてな。任せていいか?」
「は、はい!。喜んで」
敬礼しようとするのを制して、伊井村がやんわりと言う。
「敬礼はなし。ここではする必要はない。階級なんてものもあってないようなものだ」
そう言うと見せたいものがあると言って指揮車から出た。さわやかな風が夏希の髪を揺らす。2人は隣にある整備テントに向かった。テントと言ってもただの雨避けに過ぎない。
「これは…」
中にあるものを見て驚く。
「これは士魂号ですか?」
「そう、パイロットはこの俺だ。戦いになれば俺が前線で全ての敵を引きつける。その間に倒しそこねた幻獣を掃除してくれればいい」
「えっ?、それだけですか?」
少し拍子抜けした感じの夏希に伊井村が言う。
「今はな。だが、これから先、どうなるかはわからない。人数が増えてきたら前線で戦ってもらう可能性だってある。それまでは気持ちを落ちつかせてこの隊に慣れてくれればいい」
「あの…、聞いていいですか?」
「ん?」
「3人で今まで頑張ってたんですか?」
「ああ、君が来るまでね。2度出撃して生き残った」
「凄い…」
「凄いことはない。もっと凄い人間はゴロゴロいる」
「でも、私が出会った人の中では一番凄いです。もっと早く会えていれば…」
咄嗟に顔を覆った。前の隊のことを思い出しているのだろうか。
「俺はな、ここに来る連中を快く迎えたいと思っている。性格が曲がっていようが暗かろうがそんなことは関係ない。俺の下に来た以上は必ず守る。それが俺の信念だ。死して何も感じないのは上層部だけで下々の者はそうはいかない。共に戦い、共に暮らしているのだから夏希ちゃんも俺を信じて欲しい」
「………」
「殺された者は返ってこないがその魂は霊となって生き続けている。盆になったら墓参りに行ってやれ。皆、喜ぶはずだ。俺には仲間と呼べる人間はいなかった。10日程前までな」
「え?」
夏希はふと顔をあげた。両眼からは涙が流れている。
「初めてできた俺の小隊だ。最後まで生き残ると決めた以上は上も下もない。皆、仲間として付き合って欲しい」
そう言うと伊井村は指揮車へ戻って行った。残された夏希はぼぉーっと後ろ姿を見るだけだった。
翌日、3人の隊員が入って来た。それぞれ所属していた隊が全滅したために回されてきたのだが皆の表情は明るかった。4人を前にして敬礼する。夏希は苦笑したくなった。伊井村も形だけの敬礼をする。しかし、表情は渋い。その理由は1つしかない。
「本日付けで第82独立歩兵小隊に配属になりました磐田千恵十翼長です!」
「同じく配属になりました森倉大輔百翼長です。戦略を得意とします」
「お、同じく大島法子十翼長です。よろしくお願いします」
各々が自己紹介を済ませるとようやく伊井村が口を開いた。
「第82独立歩兵小隊の伊井村準竜師です。よく来たと言いたいところだが2時間の遅刻の理由は聞かせてもらえるかな?」
実は約束の時間より2時間も遅れていたのだ。この言葉に千恵が言い訳する。
「申し訳ありません。道に迷った挙句、交通誘導小隊に捕まってしまいまして」
「道に迷った?、地図を渡していなかったか?」
「は、はい、この辺りは来たことがなかったので…」
「それはおかしい。君は阿蘇戦区で戦っていたのだろ?。道には詳しいはずではないのか?」
「そ、それは…」
窮地に立たされて口をごもごもする千恵に伊井村は睨みをきかせる。すると、ますます小さくなった。伊井村はおかしくてたまらないが顔には出さない。
「寝坊か?」
この指摘に3人の顔に緊張が走った。
「当たりだな」
そう言うとようやく口許を緩めた。
「変な言い訳をするから追い込まれるんだよ。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけ。この辺りに交通誘導小隊はいないし、地図も宿舎に忘れてきたんだろ?」
そう言われてしまっては反論の余地はない。
「いいか?、うちは軍規などを気にしなくていいが時間は守れ。敵が来たときに遅れてすみませんじゃ話にならないからな。あと、他の隊に迷惑はかけるな。これだけを守れたら何も言うつもりはない」
「了解しました!!。以後、気をつけます!!」
3人がそろって同じ言葉を口にした。書類に目を向けると千恵と法子は整備兵、大輔は戦略オペレーターという。士魂号専門の整備兵を頼んだつもりが一般の整備兵が転属されてきたらしい。伊井村は苦笑せざる得なかったが菜穂も苦笑している。
「菜穂、この2人はお前に任せる。士魂号のことを叩き込んでやれ」
「わかりました。彼は隊長に任せますね」
「ああ、指揮車での任務になるからな」
菜穂が2人を連れて整備テントに消えると大輔はほっとした表情になった。
「何だ?、あの2人が苦手なのか?」
「ええまぁ…、ここに来るまでに色々とありましたから」
「ははは…、女の尻に叩かれるだけの男にはなるなよ」
「当たり前です」
口調が滑らかになる。緊張感が解けたのだろう。夏希と塚口が立っている。
「紹介しておこう。副隊長の千田夏希百翼長と通信兵の塚口実十翼長だ。共に指揮車での行動となる」
「了解です。森倉大輔です。よろしくお願いします」
2人は笑いながら快く迎えた。夏希を副隊長にすることは昨晩決めたことだ。夏希も元々隊長をしていたこともあってすんなりと受け入れた。強い意思を持っていると伊井村が感じたからだ。大輔は指揮車に入ると手慣れた手つきで操作を始める。オペレーターとしての本領を発揮させたというところか。塚口は手の指の爪を切りながら大輔と話をしていた。
「これなら大丈夫だな」
夏希に言うと笑いながら「そうですね」と返してきた。なじむのが早いのが救いだった。伊井村は皆の様子を確認して指揮車のハッチを開けて外に出た。さわやかな風が伊井村の前後を流れていく。
「戦いはこれからだ。滝川よ、お前と次に会う時は敵同士だ」
そう言うとポケットから煙草を出して火をつけた。紫煙が漂っていく。
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