犯人はどこだ!?
とある街の一角にある何の変哲もない6階建てのマンション、近くには商店街もあり、県道も走っている。学校もあれば工場もある。どこにでもある街に悲劇が起きた。
この日、藤山英樹と大森千太郎は共通の友人である巻野隆司の家を訪れた。英樹は店を経営しているらしいがほとんど部下に任せっきりでいつも比良護の漫画喫茶に居候していた。千之助は比良のもう一つの顔・旅人の仲間でたまたま旅行に来ていたときに知り合い、たまたま横浜へ遊びに行ったときに英樹に出会ったのだ。
巻野の家に訪れる前日のこと、千太郎は英樹から電話をもらった。
「もしもし」
『よう』
「誰?」
『誰ってことはないだろう』
「だから、誰なんだって」
『俺だよ、俺』
「じゃあ、俺さん。何か用なのかな?」
『お前…、殴るぞ。藤山だぁ!』
「なんだ…、英さんか…。何か用?」
『何だ、その残念そうな声は…』
「いや、何でもないよ」
『そうか?、それならいいんだが…』
「で、今日はどうしたの?」
『ああ、お前、巻野隆司ってやつを知っているだろ?』
「うん、知ってるよ。中学の連れだったから」
『明日、巻野の家に行くんだが一緒に行くかい?』
「えっ?、巻野の家に行くの?」
『ああ、横領した金を取り返しに』
「えっ?、横領?、なにそれ?」
『彼奴は1週間前までうちの会社で働いていたんだ。んで、突然電話で辞めるとか言ってそれっきりなんだよ。それでおかしいなぁって思って経理の監査をしたら200万持って行かれた』
「いいじゃない、儲かっているんでしょ?」
『よくないわい!、この不景気でどれだけ仕事が減ったことか…』
「でも、いつもさぼっているじゃない?」
『あれはさぼっているんじゃないの。副業をしているんだよ』
「副業?、漫画を読んでいることが?」
『ちがーーーーう!!!。俺は比良の店の警備担当なんだよ』
「ふ〜〜ん」
『ということで明日朝10時に新横浜駅に来い』
「ええええええええええっっっっ!!!???、せ、せめて東京駅にしてくれない?」
『だ〜〜〜め。そういうことなのでよろしくぅ〜♪』
電話は切れた。千太郎は英樹の怖ろしさ(?)を知っているからすぐに旅行の準備をした。
翌朝、千太郎は新横浜駅にいた。待ち合わせ時間に来たにも関わらず英樹はなかなか来なかった。しかも、居場所の確認をしようとしても電源を切っているようでなかなか出ない。そこで千太郎は比良の家にかけた。
『はい、漫画喫茶 vilargo でございます』
女の人の声が千太郎の耳に響いた。比良の店には女性の店員さんがいる。
「あの…、大森と申しますが比良さんはいますでしょうか?」
『少々、お待ちください』
クラシックのような音楽が響いた後、比良の声がした。
『はい、比良です』
「あ、比良さん?、藤山さんの友達の大森です」
『ああ、千ちゃんか。どうしたの?』
「ええ、実は藤山さんと待ち合わせしているんだけど来なくて…」
『英さんならここにいるよ』
「えええええええええええええええっっっっっっっ!!!」
千太郎は驚きを隠せなかった。
『かわろうか?』
「お願いします」
そう言うと受話器の向こうで英樹の声がした。何か会話をしている。しかし、出てきたのは英樹ではなく比良だった。
『英さんがここに来て欲しいって…』
この言葉にさすがの千太郎も切れた。
「何言ってるんですか!、英さんが来いと言ったから来たのに来ないのならもういいです!。帰ります!」
また受話器の向こうで会話している。
『来れないなら先に行ってって…』
「そうさせてもらいますっ!、で、住所は?」
比良を通じて住所を聞いた千太郎は唖然とした。場所は遥か西の地にある都市だった。けれども、旅人である千太郎は足早に英樹を横浜にほったらかしにして友人である巻野の家に向かった。
巻野の家は関西にあった。県庁所在地があるとはいえ小さな都市である。けれども、そこに住む人々は地元を愛し、過疎化など何も考えずにほのぼのと暮らしていた。JR線の駅で降りるとそのまま真っ直ぐ巻野が住むと思われるマンションに向かった。千太郎が巻野と会うのは約10年ぶりである。
巻野は中学卒業と同時に引っ越しをしてしまったのだ。親友の千太郎にも何も語らずに無言のまま、去って行った。そのときのことが心残りになっていたため、今回の同行することにしたのだ。しかし、英樹が言ったように巻野が横領なんてすることは信じられなかった。英樹の狂言じゃないのか?さえ考えたからだ。それも巻野に会えばわかることだろうと思い、足を進めていた。巻野のマンションはすぐに見つかった。どーんとそびえ立つお城の近くにあった。
「ここか…」
千太郎はマンションを見上げた。6階建てのようだ。白い壁のマンションで各部屋にはベランダがあった。
「さて、行こうかな」
足を入り口に向けた途端、見知っている顔が現れた。
「よう、遅かったな」
比良の店でくつろいでいた英樹が目の前に現れたからだ。
「ひ、英さん、いつ来たの?、どうやって?」
「ふふふ、内緒」
英樹は薄気味悪い笑みをこぼした。しかし、千太郎はわかっていた。英樹がどうやってここに来たかということを…。
「英さん」
「何だい?」
「飛行機使って来たでしょ?」
「ん?、そんなことないよ」
「じゃあ、ポケットから出ているこの往復券は何?」
千太郎は英樹のポケットから覗かせていたチケットを取りだした。
「い、いやぁ…、これはだなぁ…」
「隠さなくてもいいですよ、そんなことだろうと思いましたから」
そう言って千太郎はマンションの中へ入って行った。負けず嫌いの英樹ならやりそうなことだと思ったのである。電車より速いと言えば飛行機ぐらいなものである。
巻野の部屋は1階にあった。英樹が鳴り鈴を押す。ピンポォーーーンという音が響かない。何度押しても同じだった。
「壊れているのか?」
「そうみたい」
「仕方ないなぁ」
英樹はドアのノブを回した。すると、カチャという音と共にドアがゆっくりと外側に開く。
「なんだ、開いているじゃないか」
英樹はズカズカと中に入って行った。
「お、おい、英さん、勝手に…」
「構わんさ、彼奴は犯罪者なんだから」
「まったく…」
千太郎は英樹を追って中に入った。英樹はリビングであるものを見つけた。
「英さん、何か見つけたのか?」
「ああ…」
千太郎はそれを見て驚いた。驚いたというより腰を抜かした。そこにあったのは2人の共通の友人である友人の死体が転がっていたのである。
「千ちゃん」
「………」
「おいっ!、しっかりしろっ!」
腰を抜かしている千太郎を一喝した。千太郎はゆっくりと我に返った。
「あ、ああ…」
「犯人を捜すぞ」
この言葉に千太郎は驚いた。
「えっ?、警察には?」
「警察?、そんなもんは後だ」
「おいおい…、ほんとかよ」
「当たり前だ、無駄無駄と俺の前で殺されたんだ。捜して金を取り返す」
「前じゃないだろ?」
「一緒じゃないか、せっかく取り返せると思ったのにこのざまだ。手かがりを探せ」
「し、死体があるのにか?」
千太郎は英樹の行動がわからなかった。
「ないと思え」
「無理だよぉ、そんなの…」
英樹はもう行動していた。机の引き出しや本棚をあさっていた。千太郎も渋々手かがりを探す。
「あったか?」
「ないよ…」
「あるはずだ」
英樹には何かが見えているようだった。しかし、千太郎にはわからない。
「なぜ、わかるの?」
「俺にはわかる」
英樹は自信ありげに言った。そして、英樹は本と本の間から大きな封筒(大判のような)を見つけた。中身は紙の束だった。
「これだっ!」
「あったのか?」
「ああ、ここにな。行くぞ」
「えっ?、行くってどこに?」
「ホテルにだよ、今日泊まる…」
千太郎にはますます英樹がわからなくなっていた。
「し、死体はどうするの?」
「知らん」
「知らんって…」
「そのうち誰かが見つけてくれるんじゃないかな。誰かに見られないうちに行くぞ」
「ひ、英さん、待ってくれよ」
2人は誰に見られることなく巻野の家を後にした。2人が去ってからすぐに宅配便のお兄ちゃんが巻野の死体を発見して警察に通報したのである。捜査本部はすぐさま設置されたものの、近所付き合いはほとんどなく無職だったため、犯人につながる有力な情報はなかった。このまま迷宮入りになるかと思われた…。
英樹と千太郎は巻野の家から持ってきた封筒から紙の束を出した。枚数は全部で9束あった。
「すごい量だなぁ」
英樹はベッドに座りながら言った。ベッドの前にあるTVでは事件のことが伝えられていた。しかし、2人の耳にはTVのことなど入っていなかった。目の前にある大量の束だけに神経を集中させていたからだ。
「犯人が送ってきたんだろうね」
千太郎が言うと英樹が頷いた。
「ああ、おそらくな。千太郎」
「何?」
「読め」
「えっ?、全部?」
「そうだよ」
「ったく…」
千太郎はすねながら1枚ずつ読み出した…。
久しぶりに海に行った。何を思ったのかは自分でもわからなかったが無性に海に行きたくなった。冬だから誰もいなかった。寒いなぁって思っていたら岬のところになぜか尼さんがお経を唱えているところに出くわした。尼さんは寒い中、必死に般若心経を海に向かって唱えていた。無宗教の俺にとってはお経は何て興味がわかなかったが尼さんが少しかわいそうに思えたので俺は4歩だけ前に出て一緒に唱えてやった。
日本で初めてお金を造ったという工場に行って来た。海に囲まれているのにどうやって造ったのだろうと思っていたがどうやらここは佐渡みたいなところと同じで金山だったらしい。中は外と違ってかなり寒かった。
行きつけの喫茶店で福島に新しい遊園地ができたと聞いた。この不景気に大丈夫なんかいと思いながら目の前にあった新聞を手にした。地方紙だったが事件もなく平和な記事が載っていた。
織田信長が上洛のとき、川渡しに難儀したそうだ。歴史博物館に行ってみたらそのときの苦労話が載っていた。信長は人夫(にんふ)を使って大きくて広い橋を造り上げたと記されていた。俺はついつい感心してしまった。
あまりにも人口が多すぎてしまったため、知事がまた海を埋め立てるのだそうだ。そして、それを引き受けたのがうちの会社らしい。これ以上、人工島を造っていいのか悪いのか、そんな気持ちに駆られた。でも、生活のためにはやむ得ないか…。ただ、気持ち悪くなるのは勘弁して欲しいものだな。
九州にある漁場ではかなりの海老が捕れるらしい。漁獲量は日本一だと港にいた人に聞いた。でもまだ凄いのは川でも海老が捕れるらしい。海から流れ込んできた海老がそのまま川でも繁殖した。そのため、漁師さんたちは喜びに満ちているとのことだ。俺は今度来たら釣りでもしてようと思った
500年前、北海道で火山の噴火があったことがTVのニュースでやっていた。ヘリコプターからの撮影で火口には湖ができているらしい。その湖の真ん中に島ができていて、今度、人が移り住むらしい。何とも物好きな人だなぁって思った。でも、都会に住むのが嫌になったら不便な場所でも心が一新されるのだろうと思った。
最近、話題になっている陰陽師を見ていて高校のときにやった歴史をふと思い出した。平安時代に菅原道真が藤原氏にはめられて本願寺に追放されてしまったというお話だ。その道真が死んだときに、天変地異が起こったのだそうだ。これを鎮めたのもやはり陰陽師なのだろうと俺は思った。
太閤様が家来にある謎々を言ったらしい。それがどんな謎々かはしらないがこれに答えられた者が1人だけいた。それが石田三成というのだ。そのおかげで三成は太閤様の側近になって城の北の詰め所近くに家を与えられたらしい。俺はどんな謎々だったか調べてみたが結局わからなかった。
「ふうん」
英樹は千太郎が読み終えると感心なさそうに漏らした。
「で、何かわかったの?」
「いくつかはな」
「僕もわかったよ」
「じゃあ、照らし合わせてみるかな」
「でも、英さん」
「何だ?」
「これで本当に犯人がわかるの?」
「わかる」
英樹はまた断言した。千太郎は英樹を信用してみることにした。
「まず、お前の気づいたことを言ってみろ」
「OK!、まず道真が追放されたってあったでしょ?、あれは九州の太宰府じゃないの?、本願寺っていったら京都だよ」
「ああ、しかし、京都の前はどこだと思う?」
「えっ?、前って…、本願寺の?」
「そうだ」
「うーーーん…」
「もうちっと勉強しろ、大阪だ」
「大阪?」
「もとは大阪城のところにあったんだよ」
「へええ」
千太郎は妙に感心してしまった。
「もう1つ、太宰府と言えば何だと思う?」
「天満宮」
「その通り」
「だから何なの?」
「まあ、それはそれでおいておこう。次だ」
「もう…。次は福島に遊園地なんかできたかなぁ?」
「ないだろうな」
「じゃあ、どうして…」
「千太郎、これはそのまま考えたらダメなんだよ。もっと機転を生かしてだな…」
「つまり、これは暗号ってこと?」
「そうそう」
「そうなるとこれは…、新しくできた遊園地…、遊園地…、いや違うな…。じゃあ、福島なら…、ええいわからないよ!」
「そうむきになるな。こう考えればいい。遊園地はできてないのだからこれは外す。地方紙というのも気になるが犯人が殺人を犯している以上、平和などという言葉はあり得ない。そうなると福島という場所を強調しているのだから…」
「新しい福島…、新福島!」
「そうそう」
「でも、福島にそんな場所はないよ」
「まあ、それはこっちにおいておこう。どちらにしろ、ヒントが1つできたことになる」
「じゃあ、次は…、川で海老が捕れるところに行こう。ザリガニならわかるけど本当に捕れるかというと…」
「怪しいもんだな。捕れたら市場は海老であふれかえっているさ」
「そうだよね、そんな市場は聞いたことがないよ」
「だったら話は早い。まず、この文章の主役は海老だ。海で捕れる海老じゃなく川で捕れる海老のことを書いている。つまり、海老川、もしくはそれに相応する名前ということになる」
「そうだね、川のもう1つの呼び方は『江』だよ」
「ああ、揚子江なんかもそうだからな」
「海老と江?、何て読むんだ?」
「さあ?、まあ、それもおいておこう。次はこれにしよう。尼さんの話だ。尼さんがお経をあげるのはわかる。だがなぜ寺ではなく岬という場所なんだ?」
「つまり…」
「そう、この文章の中では岬でないといけないんだよ。尼さんと岬…、あまみさき?」
「違う、あまみさきじゃない。これに似合う呼び方があるじゃないっ!」
英樹と千太郎は頷きながら顔を見合わせた。
「これで突破口はできた。ついでに全部解いてしまおう」
「うん」
2人は次なる問題へと足を踏み入れたのである…。
多くの人がにぎわう1つの屋根の下に6編成の電車が滑り込んでいく。レールの上を走るたびに火花が散っていた。しかし、交通機関としてはなくてはならないものに違いなかった。欲望に満ちあふれた人間たちが足を止めることなく突き進んで行った。
「ふぅ…」
ホームの隅にある喫煙コーナーでタバコを吹かしている男がいた。男は時計をちらっと見た。
「そろそろ時間だな」
男はタバコの吸い殻を捨てホームを歩き出そうとした。しかし…、
「お待たせしました」
「ん?、誰や?」
男は周りをキョロキョロするが姿は見えなかった。
「まだ時間はたっぷりありますよ」
「誰や?、姿を見せやんか!」
すると、2人の男が柱の影から姿を現した。
「どうも」
「誰や?、あんた?」
「巻野の連れの藤山といいます。こっちは大森君」
「巻野やと…?」
「知っていますよね?」
「ああ、知っとる。それがどないしたんや?」
「巻野を殺しましたね?」
「なっ!?、何を言うとるねん!?」
「もう知っているんですよ。あなたが巻野を殺した犯人だということをね」
「なにわけのわからんことゆうとんねん。殺したと思うんやったら証拠見せんかい!」
「いいですよ、これですよ」
英樹は例の束を示した。男はピクッと反応する。
「これがなければあなたが犯人だとわかりませんでした」
「そ、それが何やっちゅうねん!」
「まあ、そんなに怒らずに」
英樹は冷静だった。千太郎は英樹と男を交互に見ている。
「これは巻野の部屋の本棚に隠されるようにして置いてありました。もちろん御存知ですよね?」
「知るかい!、そんなもん」
「いいや、知っているはずだ。あなたは見つけて欲しかったんでしょ?、自分が巻野を殺した犯人だということを」
「そんなアホどこにおんねん!」
「いるじゃないですか、石田さん、あなたがそうですよ」
「な、なぜ名前を知ってる?」
「知っていて当たり前ですよ。あなたはこの謎かけ、つまり巻野に挑戦状を送った。これを解けるか?という意味を含めたこの8つの束を」
「………」
石田は沈黙した。
「まず、なぜあなたが石田さんであるか知っていたかと言うとあなた自分を石田三成にたとえましたね?。それと同時にある言葉も隠した。太閤様の城と言えば大阪城、そしてこの文面に書かれている三成の自宅は北の詰め所近く、つまり北詰ということになる。大阪城北詰だ」
千太郎が言葉を引き継ぐ。
「それにここだってすぐにわかったよ。人工島を造るということに関しても新しい島を造る、言い換えればその都市に島を加えるとも取れる。つまり、ここの名前の通り加島となる。そして、もう1つ、加島には多くの製薬会社が点在している。その中にありましたよ。あなたが勤めている太閤製薬の名前と石田という研究主任の名前の2つが。気持ち悪いと記されたのは薬品のせいでしょう」
「………」
「まだ黙っていますか?、まあ、それでもいいでしょう。次は金山の工場という文章です。まずは海に囲まれているという点から島だと推測できる。それに佐渡みたいと言っていますしね。お金という部分を読み替えて貨幣と考えました。これは謎解きなんですからそのまま読むことはありえない。しかし、ここの部分はなかなか苦労しましたよ。最後までわからなかった。今はわかっていますがね。この答えは御弊島(みてじま)のことでしょう」
英樹はその後、海老江(えびえ)、新福島、大阪天満宮の答えを導いた。
「そして、尼さんに岬とはなかなかいい謎でしたがそのまま読めばあまみさきということになる。しかし、これだと読みにくい。あまみさきのみをがにかえればどうなります?。尼崎になるでしょう」
「それになぜ4歩なのかということを考えました。そこであの束から4こ使われている文字を探し出してピックアップしてみました。そうすると『が』が浮き上がってきたんですよ。それで答えがわかった」
「そのとおり、そして、織田信長のたとえもなかなかおもしろかったですがあれは少し無理があったでしょう。上洛と言えば自然と京都ということになる。それにあの文面のメインは橋だ。そうなると自然と京都の橋ということになる。普通に考えれば京都の橋のいずれかに考えが向いてしまうだろうがこの文面が暗号だと考えれば京都の橋という考えはなくなる。そうなると答えは1つ。京橋ということになる」
「もうここまで語ればあとは1つです。それは北新地。『都会に住むのが嫌になったら不便な場所でも心が一新される』という文面はあなたの今の心境じゃないんですか?。それに北海道は北、北にある新しい土地で心を一新する…」
「もういい、そのとおりだ」
石田は千太郎の言う言葉を遮って言った。
「負けたよ、巻野を殺したのはたしかにこの俺や」
「認めるんだな?」
英樹が問う。
「ああ」
石田はわずかに頷いた。
「なぜ、巻野を殺した?」
「別に殺すつもりはなかったんや。ただ、彼奴とゲームをしただけやったんや」
「ゲーム?」
「そうや、俺は彼奴がこの謎が解けるかって言うたときに彼奴が何か賭けるか?と言ってきた。俺は何をくれるんやって言ったら彼奴は…」
石田と巻野が向かい合っていた。
「そうやなぁ…、わいの命をやるわ」
「はぁ?」
「そうしたら、お前の妹も助かるやんけ」
「なにアホ言うとんねん」
「まあ、ええやん。そしたら10日後な」
………
10日後、石田は巻野に会った。巻野の家である。
「あかんわ、やっぱり解けへんわ」
「そうやろ、俺も考えに考え抜いたしな」
「さすがやなぁ、作家になったらどうや?」
「あっはははは、無理や無理。俺にそんな能力ないって」
「答えは何やったんや?」
「JR東西線や。東西線の駅名」
「やっぱ、お前には勝てへんわぁ」
「そんなことないって」
「そんな謙遜せんでもええやん。ま、約束は約束やからな」
「えっ?」
巻野は突然包丁を取りだした。
「お、おい」
巻野は無言で自分の胸に包丁を刺した。石田は一瞬、何が起きたかわからなかった。
「ま、巻野、しっかりしろっ!、おいっ!」
「なに泣いとんねん、約束やろが」
「あ、アホっ!、マジでやる奴がいるかっ!」
「これでええんや、俺はこのまま生きててもしゃあなかったしな」
「な、何やと?」
「と、東京で……お、おう…りょ……う…しち……まっ…た…か……らなぁ……」
「横領やと!?、死ぬことのことか!?」
「………」
「おい、巻野、おいっ!」
石田が次に呼びかけたときには巻野の息は途絶えていた。そこに足音が聞こえたのである。
………
「それで逃げたわけか?」
英樹はタバコに火をつけた。
「そうや、自殺したとわかっていても周りのもんには殺人と目が映る。だから逃げたんや」
「なるほどねぇ…。お前の妹はどうなったんだ?」
「ああ、今も臓器提供者を待ち続けている」
「だったら急げよ」
「なんでや?」
「巻野の死を無駄にする気か?」
「えっ?」
「部屋から遺書が見つかったんだ。だが巻野は死んでしまった。そんなときに巻野の死でお前の妹の存在を知ったある家族から申し出があったんだ。提供しても構わないというな」
「本当か?、それは」
「ああ、だから早く行ってやれ」
「わ、わかった」
「警察に事情を話すのはそれからでも遅くはない」
英樹は笑いながら言った。
翌朝、石田政一は自殺幇助と死体遺棄の容疑で逮捕されたが不起訴処分となった。石田の妹は臓器提供を受けて手術は成功したという。巻野が英樹から横領した金は一切使われておらず、そのまま英樹に返還されたのである。
「良かったな」
「ええ、でも、英さん、遺書なんてありましたっけ?」
「そんなもん、でっちあげに決まってるでしょうに」
「へ?」
「ちょうど順番だったのさ。あの子が次に臓器提供を受けることになっていたんだよ。これは予定されていたことなんだ」
「はぁ…、それで…」
千太郎は少し冷や汗を掻いていた。
「まあ、かたいことは気にするな。がっははははは」
英樹はホームで高笑いして周囲の注目を受けていたのは言うまでもない…。
続きを読む(続編)
戻る
.