犯人はどこだ!? 〜迷い込んできた紙飛行機〜

 外は大雪が降っていた。やむこともなく、ビュービュー風音を立てながら走り抜けて行った。風は谷間を抜けて氷の道を造り、全てのものを真っ白にしていく。空はどよ〜んとした雨雲に染まり、天の使者が下界へと舞い降りた。
「なんでこんなに寒いんだぁ!」
薄暗い外を窓から眺めていた藤山英樹が叫んだ。
「英さん、仕方ないよ。冬なんだから」
ソファに座りながらこたつの中でぬくもっていた。
 2人は大森千太郎の別荘にいた。別荘と言っても周りは雪山に囲まれていた。雪山と言っても樹木が生い茂っており、樹木が邪魔でスキーなんかできる状況ではなかった。2階建てのペンションだが今いる居間以外の部屋は使われていない。居間にはキッチンがあった。床には絨毯が敷かれて温暖さが保たれていたが暖房器具はこたつだけしかなかった。
「ちっ」
英樹もこたつの中に入る。
「お前がいいとこだって言うから来たのに…。雪だけしかないじゃねえかよっ!」
「いいとこじゃない?、スキーだってできるしさ」
「スキーができるだぁ!?、こ〜んなに寒いのにする気にならんわいっ!」
「電話したときに寒い場所だよって言ったじゃない」
「い、いやぁ…」
「どうせ、色気だけを求めて来たんじゃないの?」
「………」
図星だった。
「そんなことだろうと思ったよ」
「うるさいっ!、それより何かおもしろいことないのか?」
「雪がやめば何とかなるんじゃない?」
「……随分、あっさりと言うな」
「仕方ないでしょうに」
千太郎は苦笑した。
「あ〜あ、こんなことなら比良の奴と一緒に行くんだったなぁ…」
「えっ?、どこかに行く予定だったの?」
「ああ、あいつ九州に遊びに行ったんだよ」
「1人で?」
「いや、比良んちの従業員と一緒に」
「ってことは…」
「そう、お忍びの旅行ってやつね」
「じゃあ、邪魔したらかわいそうじゃない」
「邪魔?、邪魔なんてしないさ。お裾分けをもらおうかと…」
「ふっははははははははははは…、英さんらしい」
千太郎は爆笑した。
「うるさいっ!」
千太郎はポカンと一発頭を殴られた。
「いってぇ〜」
「お前が笑うからだ」
英樹はすねながら言った。
「でも、今日はもう1人来るよ」
「ん?、女か?」
「違うよ、残念ながら男です」
「ちっ、野郎か…」
「でも、英さんの知り合いだよ」
「俺の?、誰だ?」
「まあ、それは来てからのお楽しみってことで」
「ふん、男を待ってて楽しみもくそもあるかっ!」
「まあまあ」
千太郎が英樹をなだめたとき突然風が部屋の中に舞い込んできた。
「うん?」
「おい、窓が開いてるぞ。風で開いたんじゃないのか?」
「風で開くほどやわな窓じゃないよ」
千太郎は苦笑した。
「ん?」
英樹がまた何かを見つけた。
「何か飛んでくるぞ」
「へ?」
千太郎が窓のほうを見るとユラユラと風に流されて何が中に入ってきたのだ。英樹が近寄るとそれは紙飛行機だった。千太郎が窓を閉めた。
「何でこんなものが…」
英樹は紙飛行機をばらして中を見た。中には文章が書かれていた。

宇佐美定満は最高の軍師だった。上杉家中では右に出る者はいなかったのではないか。しかし、誰も寿命というものには勝てないらしい。若くして早世してしまったとのことだ。もし、定満が生きていれば暑い夏も険しい山も通り越せただろう。

「宇佐美定満?」
「ああ、上杉謙信の家来だよ」
「ふ〜〜ん、それが何だって言うんだぁ?」
「さあ?」
「ってか…寒いぞ!。窓ちゃんと閉めたのか?」
「閉めたよ。でも、寒いね。ちょっと見てくる」
千太郎は2階へ走って行った。
「ったく…」
英樹は紙飛行機のメッセージを見ながらこたつの中に入った。しばらくして千太郎が帰ってきた。
「おう、しっかり閉めたか?」
「ああ、全部で5つ」
「はぁ?、こんな日に窓なんか開けておくなよなぁ」
「違うって、誰かが外から開けたみたいなんだよ」
「窓割られていたのか?」
「ううん、何もなかった」
「じゃあ、お前が忘れたんだろう?」
「そんなはずはないよ。こんな天気なんだし…」
「ん…、じゃあ針金でも使われたんじゃないのか?」
針金の先に輪を作ってそれを窓と窓の間に差し込んで鍵を開けることを言っているのだ。
「英さんが前にやったみたいに?」
「こらっ、人聞きの悪いことを言うな」
「だってやったじゃない。比良さんの店で」
英樹は以前、千太郎を連れて比良の店に侵入したことがあった。別に何を盗るということもなく、ただくつろいだだけだった。
「あれは忘れ物をしたから取りに行っただけだ」
「そんなものあったっけ?」
「あったんだよ」
「はいはい」
千太郎は聞き流した。
「で、それ以外に何かあったか?」
「うん、これが落ちてあったよ」
千太郎はある物を示した。
「また紙飛行機か…」
「全部、窓の下に落ちていたよ」
「どれ、全部見てみるか…」
千太郎もこたつの中に入った。順番に紙飛行機を開いていった。

 今日、私は和歌山に出かけた。和歌山といっても端の端、一番東側になる場所だった。都市というよりは街、いや、街というよりは村と言ったほうがいいかもしれない。大きな川が村の中心を流れていた。釣り客が大勢集まって何かの大会をしていたが私は興味がなかったのでそのまま宿に戻った。

 絵本を読んでいた子供が言った。「お母さん、これなあに?」と言った。お母さんは子供が示したものを見て首を傾げた。「なにこれ…」と呟いた。絵本についていた付録は小さな車を組み立てるものだった。子供は付録を目当てにお母さんに買って欲しいとねだったのだ。「これってのりしろのことだと思うよ」とお母さんは子供に言った。「じゃあ、間違えたんだね」と子供はうんうんと頷きながら言った。「これじゃあ、金網だね」と子供は言った。「金網?、ああ、そうね」お母さんは子供の言いたいことを理解したという。

 あるパンフレットを見つけた。そこに出ていた観光課長って人が「うちの自慢は大豆が多く取れることです」と述べていた。その中でも多賀という場所にはかなりの量の豆が産出されるという。小豆が嫌いな私にとっては豆という言葉に興味が浮かばなかったが豆の名前が「伊之助」と言うらしい。なんかおかしかった。

 ニュースを見たら大阪で宵えびすのために多くの人が集まっていた。これだけ御宮参りをするんだから神社のほうはかなりの儲けだろうと思った。でも、今年は一万円札は一枚も入っていないとのことだ。これじゃあ、損なのか得なのかわからなかったが行こうとは思わなかった。来てくれるなら歓迎するんだけどな。

 今から旅行に行くことになった。場所はスキー場のある海ヶ原高原だ。冬に行くならまだしも真夏の熱い日に行くなんて嫌な気持ちだ。しかも、男ばっかりの場所になんて…。ますます蒸し熱くなりそうだ。

「ふうん、なるほどねぇ…」
「英さん、何かわかったの?」
「ああ、お前はどうなんだ?」
英樹はたばこをくわえた。
「んーとねぇ…、夏にスキー場っておかしいと思わない?」
「そうか?、涼みに行く人もいるだろう。謎かけなんだから素直に答えたらダメだ。お前、海ヶ原高原って知っているか?」
「ううん、知らない。聞いたこともない」
「じゃあ、この答えは簡単だ。あるはずのない高原にスキー場があるわけがない。これはまず消える。それに冬よりも夏を強調している。それに蒸し暑いと書くのにわざわざ熱いと言っている。それとこの高原なんだがどうして存在しない名前をわざわざ使ったのかということを考えると…」
「熱い海ヶ原…、熱い海…、あっ!、熱海だっ!」
「そういうことになるな」
英樹は顎の無精髭を触った。
「これでまず1つの謎が解消された。それじゃ次だ」
「じゃあ、子供の絵本にしよう。これは付録を強調しているね」
「そうだ、どんな業者でものりしろの記載を間違えるなんてことはある。ただ、あったとしても子供が金網と間違えることはない。おそらく、のりしろのところを金網に似たような言葉が書かれていたんだろう。そうなると…」
「かなあみ…、かなあみ…、かねしろ…、ううん、違うなぁ…。だったら、あみしろってのは…、あっ!、網代だっ!」
「そうそう、熱海の近くにあるんだろ?」
「うん、あるよ。前に熱海に行ったときに寄ったことがあるんだ」
「なるほどね」
「今度は熱海が関わっているのか」
「そうみたいだね」
「まあ、全部解読してみようか。和歌山の東端の村という文面があるだろう。これは一番簡単な謎解きじゃないんかな?。和歌山といえば昔の読み方では紀伊という。そうすると紀伊の東ということにになる。そうなると…」
「熱海に関わる場所で紀伊の東というんだから…、いとう…、伊東だっ!」
「そうそう、千ちゃんも謎解きが得意になってきたようだね」
「英さんほどじゃないよ」
「さて次は豆にしようかな」
「伊之助?、なにこれ?」
「さあな、随分無理をしている謎だがこうするよりなかったんじゃないかな?。まず、伊之助という豆で何がわかる?」
「伊之助に豆で…、伊豆かっ!?」
「そうそう、伊豆だ。じゃあ、伊豆に多賀という場所はあるかい?」
「んーと…、あるっ!。伊豆多賀という駅がある」
「さすが旅人を名のることだけのことはある」
英樹は妙に感心していた。
「これで4つ解明されたな。あと2つか…。じゃあ、御宮参りに行くか、これも簡単な部類かな。御宮参りって書いているのにわざわざ神社と書いているところを見るとこれはどうも怪しい。まあ、御宮と神社は同じ意味だがえびすというのはカモフラージュと思う」
「どうして?」
「よく見てみろ、宵えびすと書いてあるだろう。えびすには宵えびす、本えびす、残りえびすがある。本来、わかるようにして書くなら十日の本えびすが一番いい。それなのにわざわざ宵えびすと記してある。これは日にちを表しているんじゃないかなっと思う」
「日にち?、何の?」
「さあな、まあ、これはこれで置いておこう。それに気になったのは行くのではなく来るのが歓迎というところだ」
「というと?」
「つまりこれを送った人物がここに来て欲しいということじゃないのかな」
「来て欲しい…ねぇ…」
千太郎が呟くように言った。
「損得なんてものは誰が決めることじゃないし、今の世の中は損のほうが大きいんじゃないかい」
「まあねぇ、不景気だもんねぇ」
「ま、仕方ないかな。さて、ここからが旅人であるお前の仕事だ」
「へ?」
「御宮もしくは神社で来て欲しくなる熱海に近い場所はどこだ?」
「うーーーんとねぇ…、御宮に来る…、来る…、来る…っと…、きのみやだ!」
「きのみや?」
「そうそう、来るに宮と書いて来宮(きのみや)と読む」
「となると…、場所は…」
「まあ待て、せっかく謎を作って来たんだ。今頃、のんきに答えを待っているんだろうから全部解いてやらないと失礼じゃないか」
「失礼?、相手もわからないのに?」
「なんだ、まだ気づいていないのか?」
英樹は落胆したように言った。
「えっ?」
千太郎はまだわかっていなかった。
「まあいいかぁ…。じゃあ、最後は宇佐美定満だ。お前が言うようにこの人物は越後の上杉謙信の家臣だよな?」
「そうだよ、ちょうど謙信が家督を継いだときに軍師になった人物だよ」
「越後といえば新潟だがここまで熱海に関わる答えが出ている以上、新潟のはずがない。もし、最初にこの謎かけに挑んでいたら迷路に迷い込んでいたかもしれないな。あの紙飛行機みたいに」
「迷い込んできた紙飛行機?」
「そうそう、つまり…」
「宇佐美という駅だっ!」
「そのとおり、そうなると一連の紙飛行機が示している場所は?」
「んーーーと…」
千太郎は答えを導き出したのである。

 駅前広場にその男はいた。
「遅いなぁ、遅くても今日ぐらいには来るはずなんだけど」
男は煙草に火をつけた。
「難しかったのかな?、そんなことはないはずだけど…」
「難しかった?、そんなことはない」
男の後ろから声が響いた。男は振り返るとにっこりと笑った。
「やあ、待ってたよ。来ないかと思ったんやけどな」
「ったく…、妙な謎かけをしやがって…」
英樹はすねながら言った。
「いやぁ、商店街の熱海ツアーに当たったんや。だがらお裾分けってやつね」
「まったく、殺人犯がこんなところにいてていいのかよ?」
「おいおい、俺はもう殺人犯とちゃうって!」
「そうだよ、英さん。政さんに悪いじゃない」
千太郎が謎の男こと石田政一を弁護した。
「政さんだぁ!?、お前らいつの間に…」
「今回のツアーのことだって政さんがこの前の事件のことでお詫びしたいって言ったんだけどタダで行くのは悪いから例の謎かけを作ってって言ったんだよ」
「お前、答えを知っていたのか?」
「ううん、知らなかったよ。知ってたらおもしろくないじゃない」
千太郎は笑いながら言った。そして、石田のほうを向いて、
「でも、あのときあそこにいたんでしょ?」
「ああ、山の反対側から滑って来たんや。寒かったで。窓を開けるのは簡単やったけどな」
石田も笑っていた。
「で、遠い雪山から熱海まで呼んだんだ。おいしいご馳走にありつけるんだろうな?」
「それはもう」
「で、お前さん、今、何をしているんだい?」
「ん?、仕事?」
「そうそう」
「ふふふ…、何だと思います?」
「ん…、旅行会社に行ってるだろ?」
「残念っ!、実はね、作家なんですわ」
「はぁ?、あの簡単な謎解きで作家になったのか?」
「そうですわ」
「お前を作家にした人たちはよっぽど見る目がないんだな」
しかし、英樹の言葉は千太郎と石田の耳には届いていなかった。3人はゆっくりとした足取りで駅前に止まっていたタクシーに乗り込んだ。JR伊東線来宮駅前の駅舎にはゆっくりと夕焼けがその姿を映しだしていたのである…。

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