弐章 残党狩り
深夜、人気のない場所で1台のバイクが自動販売機の前で止まった。ライトを灯したまま、エンジンを切った。ポケットからわずかなお金を取り出して自動販売機のお金入れに放り込む。しばらくして値段の表示があり、商品のボタンに赤いランプが灯る。男がその中の1つを押すと煙草が落ちてきた。暗くて何の煙草かはわからない。封を開けると1本取り出して煙草に火をつけた。暗闇に小さな火が灯る。煙草をくわえて大きく息を吸い込むと同時に大きく吐いた。煙も一緒に吐き出された。
「ふぅ〜〜〜」
男はまたバイクに跨り、エンジンをかけようとしたところで遠くのほうから2、3台のバイクが火花を散らしながら向かってきた。火花は地面から放たれていた。かすかにガリガリ…という音が聞こえた。男はそれが何の音であるかすぐにわかった。跨ったバイクから下りると後ろを振り返った。男の両手は黒の皮手袋がはめられていた。ゆっくりと握り締める。
そうこうするうちにバイクは男の周りを取り囲むようにして止まった。正面に止まったバイクを運転していた男がフルフェイスのヘルメットの奥から声を発した。
「あんた、久米岡さんだろ?」
久米岡と呼ばれた男はゆっくりと顔をあげた。サングラスをしているため素顔は見えない。
「誰だ、てめえ」
返事かわりにパイプやバットが飛んできた。
「ちっ」
久米岡はそれを最小限の動きだけでかわしていく。そして、身を屈めながら後ろから襲ってきた男の腹を蹴り飛ばした。反動で止めていた自分のバイクに叩きつけられた。
「野郎!」
久米岡の頭を狙ってバットが飛ぶ。体を左に寄せて顔面に一撃を与えて金的に蹴りを食らわせた。
「どうした?、そんなもんか?」
久米岡は襲ってきた連中を威嚇しながら間合いを開けた。そこにまた1台バイクが走ってきた。そのバイクはスピードを緩めることなく久米岡に突っ込んできた。
「なっ!?」
久米岡は真横にいた男にタックルして一緒に転がった。そのおかげで突っ込んできたバイクからは逃れることができた。
「なめたことをやってくれるじゃねえか…」
「あんたが久米岡さんか、うちの連中が世話になったようで…」
「世話をした覚えはねえよ」
「あんたたちがいると邪魔なんだよ。消えてくれ」
「何を言ってやがる!?」
男はバイクから降りてナイフを手にした。
「そんなチンケなもんで俺がやれるかい!」
久米岡はナイフに警戒しながら男と対峙した。
「やれるさ、ここにいるのは俺1人じゃないからな」
そう、ここには4人の男たちがいるのだ。久米岡の劣勢はかわりはない。
「来いやっ!」
久米岡が先手を打った。パイプを持っていた男に突っ込んでいくと顔面に膝蹴りを食らわせ、その男の真後ろにいた男の獲物を持った手を蹴って鳩尾に一撃与えた。
「ぐえ…」
男はうめきながら倒れた。
「さすがは久米岡さんだ。でもなぁ…」
バチッ!と電気の走る音がして久米岡の全身に響いた。
「がは…」
久米岡は地面に叩きつけられた。意識が朦朧としてきている。
「所詮、あんたらは幽霊なんだよ。今頃、出てきてもらっても困るんだ。この街は俺たちが守る」
男のその言葉だけは久米岡の脳裏に刻まれた。その後は…。
久米岡が襲われた場所から遠く離れた高速道路のサービスエリアにあるファミリーレストラン。深夜とはいえ駐車としている車は多く、人々の熱気で満ちていた。高橋毅もまたその中で友人たちと一緒にいた。そこに爆音を立てながら1台の車がサービスエリアに入ってきた。そして、その車は誰かを探すかのようにゆっくりとした速度で高橋たちがいるところまでやってきた。
「何だぁ、あいつ」
友人の1人が車を見ながら言った。車の色も窓も黒で中はまったく見えない。
「放っておけ、どうせ、そのあたりにいるガキだろ」
高橋が言った。煙草に火をつけようとタイラーの火を灯したとき高橋の顔がうっすらと闇の中に浮き上がった。その瞬間、車の窓がゆっくりとすぅ―――っと下がった。下がって中が見えたが真っ暗だった。そこに真横を車が通過したときにライトの光で何かが反射するのがわかった。一瞬だったが鉄のようなものが輝きを見せていた。高橋たちは誰もその光に気づかず雑談していた。
「さあて、そろそろ行くか…」
友人の別の1人が言うと高橋たちも頷いた。
「そうだな…」
高橋はもたれていた車から体を起こして先ほどからずっといる車を見つめた。
「ん?、どうした?」
「あいついつまでいるんだ?」
「ああ、さっきからずっといるなぁ…。ちょっと言ってきてやろうか?」
「好きにしな」
友人の1人が車に近寄った瞬間、ドサッという音を立てながら友人が倒れた。
「おい、どうした?」
別の友人が近づくと腹に矢が刺さっていた。ボウガンの矢のようだ。放ったボウガンを探したところ車から飛び出ているのがわかった。
「てめえかっ!?」
車から引き出そうと窓から中へ乗り上げた。無防備にも腹部をがら空きにして…。
「ぐわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!!」
またしても腹を抑えながら地面に倒れた。倒れるところを見た高橋はもう1人に救急車を呼ぶように言ってすぐに駆けつけようとした。しかし、その直後、腹部に温かいものを感じた。ベトっとした感触した水のようなものが流れた。手で触ってみると血で刺さっていたのはボウガンの矢だった。
「ぐぅ…」
高橋は渾身の力を込めて矢を抜いた。カランという音が周りに響いた。
「ま、待てやぁ!!!???」
絶叫にも雄叫びにも近い声が高橋の喉から絞り出された。黒い車は走り去った後だったが高橋は近くにあったバイクに跨ると痛みなど吹き飛ばすかのように暗闇に溶け込む疾風となった。
ほぼ100キロ近い速度を出しながら車とバイクは一定の間隔で走り抜けていった。走っている車から見ればその2つの物体は疾風だった。見えぬ鎌イタチのように闇を切り裂いて行った。逃げるほうもかなりの腕をもっているかのように思えたが追うほうもすごかった。カーブに当たるたびにスピードが加速するのだ。まるでかつて走り屋として公道を独占していた己を見つめるかのように…。
「くそっ…」
高橋は呟いた。腹の傷が疼くのだ。
「逃がすか…」
痛みによって飛びそうになる意識をかわし続けながら黒い車を追った。しかし、それも街に近づくにつれて距離は開き始め、中心街へ至る頃には高橋の視界から消えうせていたのだ。
「くそおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
高橋は追うことを辞めて路肩に寄った瞬間、絶叫をあげた。そして、意識を失うと同時に地面に倒れたのである…。
久米岡や高橋らとはまた違う場所。岡野伸一郎は家のアパートで寝ていた。まだ独身であるものの定職について普通の暮らしをしていた。もう夜の世界とは無縁になっていた。それでも深夜に公道を走っているバイクの音に耳を傾けながらある噂を何度も頭の脳裏に浮かべていた。
『神野が帰ってきた』
それは伝説が復活することを意味していた。だが、今の岡野にも他の連中にもそれは伝説であって現実ではない。岡野がもう第一線を退いて3年になる。かつての栄光はどこにもない。望んでいたとはいえいざこっちの世界に身を投じた後悔は肌で感じていた。
「はぁ…、寝れん…」
岡野は身を起こした。岡野は掃除大好きな男で部屋の中はきちっと片付けられていた。側にあった机に手を伸ばすと煙草の箱を手にした。しかし、空だということに気づくと舌打ちして握り潰した。岡野は近くにあった携帯を手にした。そして、ある特定の番号に電話してみるが誰も出なかった。相手は高橋だった。
「出ないな…」
岡野は神野の噂を聞こうと思ったのだが高橋は出なかった。このとき高橋は壮絶なバトルを繰り広げているときだった。岡野にとってはそんなこと微塵も知る由がなかった。
「はぁ…」
岡野はまた溜め息をついた。そして、また何かを思い立ったかのように立ち上がった。部屋を出るとアパートの近くにある駐車場に向かうと車の鍵を解除した。そのとき、人の気配を周りで感じた。
(囲まれてるな…)
一瞬にして岡野はそう感じ取った。岡野は何も気づかないフリをして車に乗り込むとエンジンをかけた。ライトを照らさずに急発進した。速攻で駐車場の囲みを突破すると後ろからいくつものライトが点灯するのが確認できた。
「どこのどいつだ…、まったく…」
自分が狙われていることは一目瞭然だった。岡野は1人では不利だと感じ、ある場所を目指して湾岸線に乗った。120〜30キロの速さで車と車の間を縫うように駆け抜けて行った。表情は昔の岡野に戻っていた。追跡してくるバイクの数はざっと20台前後だった。このままやりあったとしても負けるのは必死と感じていた。まもなく料金所が見えた。混んではいなかった。岡野はそのまま料金所を突破するとバイク集団もこれを突破していった。闇を切り裂くかのように走り抜けていく。このまま走り抜ければ湾岸地区へと入る。岡野はさらに速度をあげた。メーターは180キロに到達しようとしていたときに目的の場所が見えた。車が1台停まっているだけだった。ハンドルを切りながらブレーキを踏んだ。車は派手に一回転して停まった。追跡してくるバイク集団はもうすぐそこまで来ていた。
「随分と派手な停め方をするじゃないか?」
橘雄二が出ていた。岡野が来たことを知っていたかのように。そして、近づいてくる爆音の方向を見つめた。
「結構な客を連れてきたようだな」
「ああ、アパートからここまで爆走してきましたよ」
雄二と岡野は1つ違いで雄二のほうが上だった。雄二は後ろを振り向いて、
「岡野が誰かに狙われているそうです」
その言葉に店内にいた男が表に出てきた。その男の姿を見て岡野は目を見開いた。
「よう、久しぶりだな」
「か、神野さん!、やっぱり帰ってきてたんですね」
「ああ、で、客かい?」
神野がそう言ったときバイク集団は店の前を取り囲んでいた。爆音が周辺の倉庫街を震わせた。
「お前ら、どこの連中だ?」
その言葉は爆音にかき消された。逆にバイク集団からは様々な言葉が飛び交っていた。
「神野だぜ」
「どうして奴がこの街にいるんだ!?」
「やっぱりあれは本当だったのか!?」
「どうする?」
しばらく話し合いをした後、バイク集団は岡野を追うことよりも神野を倒すことを選んだ。ざっと40人前後の人間が周りを取り囲んでいた。
「どうやらやる気らしいですね」
「そうらしいな」
神野は雄二の言葉に頷いた。
「行くぞ」
神野は腰から小さな筒のようなものを取り出した。そして、それは一瞬にして上と下の先が伸びた。鉄の棒である。
「まだそれを持っていたんで?」
「まあな」
「久しぶりに見ましたよ。俺に何かないですかね?」
「こいつを使いな」
雄二が岡野に木刀を渡した。雄二も木刀を手にしていた。
「さあ、暴れるぞ!」
3人はすばやい動きで敵と対峙したのである…。
「よう、元気か?」
久米岡が目を覚ますと見なれた顔が目の前にあった。
「神野さん…」
「襲われたんだってな」
「いつ、こっちに?」
「先月だ。ケガのほうは大丈夫か?」
「ええ…、いっ…つぅ…」
「まあ、無理するな。こっちも昨日襲われてな」
「そのわりには無傷ですね。相手は何人で?」
「40人だ。雄二と岡野に半分分けてやったがな」
「それでも20人を相手にするなんて…、普通できませんよ」
久米岡は神野を見て苦笑した。
「でも、連中スタンガンなんざ使いやがって…」
スタンガンで気絶させられた後、リンチに遭ったのだ。あちこちを骨折して全治1ヶ月の状態だった。
「今のガキどもならやりかねんな。で、誰にやられた?」
「俺が知るかよ」
「おいおい、久米岡通ともあろう者が無駄無駄やられたわけじゃないんだろ」
「当たり前だ」
「で、誰なんだ?」
「偽者かもしれねえが『Blood』という族だ」
「ほう、聞かない名前だな」
「ま、俺はこの様だ、後は頼むぜ」
「ああ、出番は残しておいてやるよ」
神野はそう言って病室を出た。病院を出ると高橋のところにも寄ったが高橋は面会謝絶の状態で会えることができなかった。神野はまた愛車に乗り込んで湾岸線を一気に走りぬけた。しばらくしてバックミラーを見ると1台のバイクが尾けてきているのがわかった。
「こりない連中だなぁ。よしっ!」
神野は何を思いたったか携帯を取りだし、どこかへ電話した。そして、車はそのまま湾岸線を下りて工業地区へ。バックミラーを見ると台数が増えていた。向こうも電話のやりとりをしていたようだ。一定の間隔をあけているがずっと尾けてきている。神野は何も知らないような表情をして工場地区の一角にある倉庫跡に入った。入るとすぐにエンジンを切って車から降りた。その直後、10台前後のバイクがなだれこんできた。
「やっと来たか…」
エンジンを吹かしながら爆音を立てている。頭らしい男が神野の前に来た。
「お前がこいつらの頭か?」
「あんた、神野だろ?」
「ああ」
「久米岡をやったのは俺たちだ」
ということは神野たちを襲った連中とは違うということになる。
「そうか…、で、何か用か?」
「あんたに消えてもらいたい」
「消える?」
「もうこの街には伝説はいらねえってことなんだよっ!」
「ふうん、まだそんなこと気にしているのか?。馬鹿な連中だなぁ」
「馬鹿だと!?」
「俺が何もしないでこの倉庫に来たと思っているのか?」
その言葉と同時に一斉にライトが集団を照らした。そして、数台の車が逃げ道を遮ったのだ。
「なっ!?」
頭らしい男は戸惑いを隠せずにいた。
「全員動くな!、警察だ!」
声は望月だった。神野から連絡を受けた望月が部下たちを引き連れて大捕り物をするため駆けつけたのだ。
「ちっ!、みんな逃げ切れ!」
頭が叫んだ。捜査員や警察官が一斉に捕まえにかかる。頭らしい男はバイクを吹かして逃げ様と試みたが望月と神野が前後を遮った。
「殺すぞ、コラァ!」
頭の男は望月に向かって突進したが望月は軽いフットワークでこれをかわすと向かってくる顔面に向かって一撃与えた。そして、男はバイクごと転倒したところを捜査員に抑えつけられ連行されていった。
「さすが族潰しの望月さんだ」
「ふん、仕事を増やすなよ。こっちも忙しいんだ」
「いいじゃないですか、犯罪が1つ減るなら」
神野は笑っていた。望月も少し微笑した。全員が逮捕されたのを見届けると、
「高橋たちも襲われたそうだな」
「ええ」
「本星はまだわからんのか?」
「まだ何とも」
神野はお手上げだという表情をした。
「また来るかもしれんから気をつけろよ」
「その前に首謀者を見つけ出しますよ」
「お前にやめておけって言っても絶対動くだろうから敢えて何も言わんが無茶だけはするなよ」
「ええ、大丈夫ですよ」
その声を聞くと望月はゆっくりと覆面パトカーに乗り込んだ。神野はそれを見届けてから倉庫の奥へ歩いて行った。倉庫の奥にはあるものが置いてあった。掲げてあるといっても良かった。それは昔造った大きな布で書かれた旗だった。今はもう存在することのない暴走族の旗だ。金色の刺繍で『DRAGON KING』と記され、その下には黒の刺繍で『初代連合会』と記されていた。その周りを龍が2匹左右から見合わせるようにして囲んでいた。
「雄二…、高橋…、岡野…、久米岡…」
神野は呟いた。狙われたのはこれだけだった。六代目の頭をしていた峰山という男に連絡を取ったが何も起きなかったらしい。となれば狙われたのは初代連合会の幹部だった連中ばかりだ。一夜にして2人がやられた。これからも報復があるだろうが神野には不安などなかった。むしろ、連中を倒すという意気込みだけは十分にあった。神野はその決意を旗の前で示すとゆっくりと車に乗り込んだ。そして、何もなかったかのように湾岸線を突破した。ある情報を頼りに…。
街の北にある開発予定地区、予算の削減から工事が頓挫してしまったビル群があった。周辺には人気はまったくなくひっそりとしていた。そんなビル群の一角に無数のバイクが停まっていた。
「初代の神野…、二代目の橘…」
ナイフを持った男が呟いている。
「三代目の高橋…、四代目の岡野、そして…」
男はナイフを投げた。投げられたナイフは壁にはってあった久米岡の写真を貫いた。
「初代親衛隊長の久米岡…」
そう言って振り向くと5、6人の特攻服を着た幹部らしい男たちがいた。
「たった5人になぜそんなにてこずっているんだ!?」
沈黙だった。男にとっては40人が全滅された次の日に20人が警察に連行されたのだ。何かが崩れ去ろうとしていた直前だった。男が絶叫する。
「残りの3人…、見つけ出して必ず殺れ…、いいな!?」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――――――!!!!!」
幹部たちは叫んでいた。叫ぶと次々に廃ビルから出て行った。
「連中を狩るのは俺たちだ。そして、新たな伝説を作るのも俺たちだ!」
男はそう言って目の前にあった椅子に座ったのである…。
夜、神野はシャッターが下りたバイク屋の前に車を停めた。2階の窓が開いた。
「お前…」
「よう!」
「いつ舞い戻ってきた?」
「先月だ、ちと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ」
神野はこっちに来るよう促した。しばらくして短めの金髪の男がやって来た。
「久しぶりだな」
「ああ、あの噂は本当だったか…」
「噂?」
「お前が幽霊退治をしたっていう噂だ」
「ああ、あのことか…」
七代目の名乗った須田を半殺しにして警察に突き出した事件だ。
「あれ以来、静まり返っていた連中が起き出してきてお前の首を狙ってるぞ」
「来るなら来ればいい。もう60人相手にしたしな」
「おいおい…」
「いや、本当の話だ」
神野は男に簡単に今までのことを伝えた。
「ほう、そんなことが…。で、俺に何を聞きたい?」
「『Blood』というチームを知っているか?」
「ああ、最近できたチームだな。名のあるチームを傘下にして勢力を広めている」
「頭は誰だ?」
「聞きたいか?」
「当たり前だ」
「お前がよく知っている奴だ」
「誰だ?」
「藤瀬健太だ」
「藤瀬…」
神野はその名前に聞き覚えがあった。神野がDRAGON KINGの結成集会をしたときに襲ってきた族の頭だった。たった5人の集会に40人近くでやって来たのだがこれが見事に返り討ちにあったのだ。神野と藤瀬はサシで勝負したが神野が半殺しにしてしまい、族はそのまま解散に追い込まれた。DRAGON KINGの伝説の始まりだった。そこからDRAGON KINGの名前が飛躍したことには間違い無かった。
「あいつか…、あいつなら俺たちに恨みを持っていてもおかしくはない」
「場所は北の開発予定地区にあるビル群だ」
「さすがに詳しいな」
「まあな、こんな仕事をしていると情報がどんどん入ってくるんだ」
「柴田、平和になったら組まないか?」
「もう馬鹿をする気はねえよ」
「だろうな」
「ま、気をつけな。お前らを倒すことに躍起になっているからよぉ」
「わかった」
神野は柴田の言葉に頷いた。実はこの2人は幾度となく勝負をしているが決着は未だに着いていなかった。神野が唯一勝てなかった男でもある。柴田は神野が1人で乗り込んでいくことを確信していた。それでも止めようとは思わなかった。音速の神野にはもう1つの異名がある。”如意鬼神の神野”という。伸縮自在の鉄棒を持たせれば鬼にかわるのだ。素手の神野でも雑魚相手なら軽く一蹴してしまうだろうが奴が本気になれば容赦することを知らなかった。そのことを知らずに襲った藤瀬は返り討ちにあってしまったのはこのためだ。
「藤瀬も馬鹿な奴だ。あいつを本気にさせちまった…」
柴田はそう呟きながら消えていく神野の車を見つめていた。
「まだわからないのか!?」
藤瀬は幹部たちを怒鳴った。
「未だに…」
「ちっ、使えねえ連中だな!。消えうせろ!」
その言葉に幹部たちはぞろぞろと部屋から消えて行った。部屋には藤瀬1人が残った。
「くそぉ!、なぜ見つからないんだ!?」
藤瀬は本気で悔しがっていた。
「何としてでもあいつらを…」
そこにドアがカチャッという音とともに開いた。
「ノックぐらいしろぉ!、この役立たずがぁ………?」
藤瀬は入ってきた男を見て驚いていた。
「て、てめえ…」
「久しぶりだな、藤瀬」
「ほ、他の連中はどうした!?」
「お前に愛想が尽きたそうだ。もうお前につく連中はいねえよ」
「神野…、またしても…」
「藤瀬、もう諦めな。お前の負けだ」
「だ、誰が負けるかぁ!?」
藤瀬は木刀を持ち出した。
「獲物を使う気かい?、だったら俺も使わせてもらおうか」
神野は腰から如意鉄棒の筒を取り出した。出した瞬間、上と下の先が伸びた。神野の身長より高い。
「如意鬼神…」
その異名が出ることは神野が本気になったという証拠だと藤瀬は気づいていた。
「来い、藤瀬。仲間が受けた痛みをお前にも与えてやる」
神野は棒を前に出して藤瀬を威嚇した。藤瀬は木刀を大きく振り上げて襲ってきた。正面だけしか見ていない藤瀬に対して神野は棒を横にして頭の側面を狙った。当たった瞬間、第二撃が藤瀬の顎に、第三撃が脳天に直撃した。
「立て、こんなもんでは終わらんぞ」
「ぐぅ…」
藤瀬は近づいてきた神野の足に隠し持っていたナイフを突き立てた。
「ふっははははは、これで動けまい!」
「馬鹿が…」
神野は棒よりも足で背中を数回踏みつけた。起きあがろうとした藤瀬の顔面に回し蹴りを食らわせた。
「立てやぁ…」
藤瀬の髪の毛を掴んで持ち上げた。そして、顔面に数発食らわせると藤瀬の顔は原型を保っていなかった。
「神野、それぐらいにしておけ。殺す気か?」
後ろにはいつのまにか望月がいた。
「いつも後手に回ってますね」
口調も表情もいつもとは別人だった。
「ふん、取り調べが長引いただけだ」
望月が神野を止めなければ藤瀬はこの世にいなかっただろう。そのことに感謝してか知らずか意識を取り戻した。そして、2人が気をそらしているうちに藤瀬は床に転がっていたビール瓶を割って逆手に持った。
「くそがああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
血まみれの折れた歯がよく見えた。藤瀬は打たれ強いらしい。
「神野、お前はもう手を出すな。ここからは警察の仕事だ」
望月は神野を後ろに下がらせて藤瀬と対峙した。
「死ねやああああああぁぁぁぁぁ―――――――――!!!!!」
藤瀬はビール瓶を振り上げた。望月はその手を持って一本背負いで倒すとそのまま腕をひねり藤瀬の手に手錠をかけた。
「藤瀬健太、公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
その言って連行していった。残された神野は自分の顔面を殴った。痛みがじわじわと広がった。そのときにはもう神野はいつもの神野に戻っていった。戒めを解いた神野はようやく冷静を取り戻した。
「はぁ…」
溜め息をつくとゆっくりと『Blood』の本拠地を後にしたのである…。
過去の伝説と現実の鬼神を入り混じった己自身を見つめながら神野はまた自分の道を歩いていく…。
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