序章 伝説復活

 かつて最強と言われた暴走族があった。名は『DRAGON KING』。彼らが走る道は1つ長い光の道となり、龍が泳いでいるかのように自由奔放の姿を露にした。その姿は爆音と共に夜が明けるまで響いた。走りの好きな者たちが集まった。喧嘩が弱くても走ることだけを求めていれば自然と仲間になってしまっている…。そんな族だった。
 しかし、いつの頃か、走り屋中心ではなく喧嘩中心の族として存在するようになった。龍は鋭い爪をもって周りに被害を及ぼした。そんな状態を嘆いたDRAGON KINGの幹部たちはこれを収めようとして逆に返り討ちに遭ってしまったのだった。
 その出来事をきっかけにして族として成り立たなくなり、3000もの人間がいた最強と呼ばれた暴走族はあっという間に衰退の道を歩んでしまった。一歩、その道に入ってしまうと誰にも止められないように崩れ去ってしまったのだ。
「大きくなりすぎたものはいずれは小さくなるもの。お前らが気にすることはない」
サングラスをした男が言う。通り抜ける車のライトでかすかにその姿が見えるだけだ。
「神野さん…」
神野と呼ばれた男はゆっくりと顔を天に向けた。
「だがな、お前らを信じて残った者たちがいる。そいつらのためにケジメをつけるときじゃないのか?」
神野の周りにいる数人の男たちが頷く。
「雄二、お前も頭だった男だ。これ以上の犠牲は増やすな」
橘雄二はわずかに頷いた。犠牲といったのはかつてDRAGON KINGに抑え込まれていた暴走族が一斉に反旗を翻してDRAGON KINGのメンバーを次々に襲っていたからだ。
「邪道、雨蟲、狂暴連合、鬼怒羅…、名前をあげるとキリがないな」
高橋毅がわずかに笑った。
「またアホども相手に暴れますか…」
久米岡通が言った。その脇で煙草を吸っていた岡野伸一郎が言う。
「神野さん、また昔に戻れますかね?」
「さあな、俺たちは自分たちの走りを守るだけだ」
そう言うと神野はバイクに跨った。
「行くぞ」
それだけ言うと一斉にバイクに火がついたかのように爆音が響き渡った。そして、いずことなく闇の世界へ消え去ったのである…。
 それからまもなくしていくつかの族が潰されるか解散してこの世から消え去った。混沌とした時代を生き抜いてきた者たちもそれと同時にぷっつりと姿を見せなくなってしまったのである…。

 時は1999年、巷ではノストラダムスの予言が当たるだの当たらないだの騒いでいた頃、夜の街は荒れていた。多くの若者が街にあふれ、裏を返せば少年犯罪が多発していた。この日もコンビニで少年たちの喧嘩があってそれが傷害事件に発展したとのことで県警本部の望月警視正がやってきていた。
「やられたのはバタフライナイフでしょう」
鑑識課員が言う。
「ふむ、昔はこんなんじゃなかったのにな」
「これも時代の流れでしょう」
「まあな、お互い年を取るわけだな」
「まだまだ若いもんには負けないですよ」
「まったくだ」
望月は近くで聞こえてくる爆音に耳を傾けていた。パトカーの音もしている。
「またイタチごっこの始まりか…」
綿密な計画を立てて挑まない限り、今の警察組織では暴走族取締りには限界があると思っていた。そうなってしまうと残っているのはイタチごっこの状態である。そんな望月に声をかける男がいた。
「望月さん」
「おう、久しぶりだな。いつ帰ってきたんだ?」
望月は男に近づいて行った。
「ついさっきです。事件ですか?」
「まあな、喧嘩で刃物沙汰だ。昔に比べれば治安は悪くなる一方だ」
「大変ですね」
「ああ、事件が1件起きれば全力で解決に導いていかなければダメなんだが…」
望月は苦笑した。
「ま、仕方ないね」
「で…」
「うん?」
「何で帰ってきたんだ?、今頃…」
「ふらぁ〜っと帰ってきたくなっちゃったんだよ」
「本当か?」
「疑うなって、俺と望月さんの仲じゃないですか」
「おいおい…」
望月はまた苦笑した。
「さあて、俺はそろそろ行きます」
「ああ、あんまり無茶するなよ」
「誰に言ってるんですか?、もう昔の俺じゃないですよ」
「だといいんだがな」
「本当に信用ありませんね」
今度は男が苦笑した。
「もうバイクは乗らないのか?」
望月は男が乗っていた車を見て言った。
「ええ、今はこいつが相棒ですよ」
「ドリフト族なんてやってないだろうな」
「勘弁してくださいよ。望月さんは本当に疑い深い御方だ」
「あははは、まあ気にするな。最近、物騒だから気をつけろよ」
「へいへい」
男は車に乗り込むとゆっくりとした動きでエンジンをかけた。
「望月さん、また飲みに行きましょうよ」
「平和になったらな」
「いつの話しなんですか…」
「警察をナメちゃあいけないな」
望月は笑いながら車を見送った。部下が近づいてくる。
「誰なんですか?、今の若者は…」
「ああ、あいつの名前は神野儀雅といってな、”音速の神野”って言えば知ってるだろ?」
「音速の神野って言ったらあの伝説の…」
「そうだ、DRAGON KINGの初代総長だった男だ」
「あ、あの…、5つの族をたった1人で潰したっていう…」
「ああ…」
望月は懐から煙草を取り出すと中身がないのに気づいて箱ごと潰してしまった。
「しかし…、知っているのかあいつは…、DRAGON KINGが復活したことに…」
その呟きは部下の耳には届いていなかった。

 望月と別れた神野は街の西にある湾岸地区、そこの倉庫街の一角にある喫茶店の前に車を止めた。
「おいおい、こんなところに置かれたら客が来なくなっちまうよ」
「いいじゃないか、どうせ閑古鳥が鳴いているんだろ?」
車の運転席から降りてきた神野を見てマスターは驚いた。
「か、神野さん!?」
「よう!」
「い、いつ、こっちに?」
「ついさっきだ」
「やっぱりあの話しを聞いて………ですか?」
「あの話しって何だ?、雄二」
「えっ?、違うんですか?」
今度は雄二のほうが驚いた。
「何のことだ?」
神野は何のことかまったくわからなかったがとりあえず中に入った。
「いやぁ、涼しいなぁ」
カンカンに冷えた店内に神野は素直に喜んだ。
「いらっしゃい!」
カウンターの奥で茶色で腰まで伸びた髪をかきあげながら微妙に色気を出している薄化粧の女性が洗い終わった皿を拭いていた。
「よう、元気にしてたかい?。蘭」
「久しぶりね」
「神野さん、実はね…」
「うん?」
雄二がカウンターの椅子に腰を下ろした。
「俺たち結婚したんだ」
「なにいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――!!!!!」
「えへへ」
「本当か、それは…」
「まあね」
「そいつはおめでとう!。で、雄二、気をつけろよ」
「へ?」
「こいつの昔の通り名を知っているだろ?」
「”雨蟲の蘭”か?」
「そうだ、どれだけの男を半殺しにあわしたことか…」
「やだぁ、昔の話じゃない」
蘭は昔、雨蟲という族のレディースの頭をしていた。神野が単身乗り込んだときに壮絶な闘いを繰り広げていたのだ。雄二はそのことを嫌というほど蘭から聞かされていた。
「ま、それでもめでたいことだ。で、雄二、さっきの話しだが…」
「聞きたいかい?」
「当たり前だ、中途半端は一番嫌いなんだ」
「へいへい、実はね、DRAGON KINGが復活したんだ」
「何!?、本当かそれは…」
「ああ、俺が調べたところじゃ須田俊三という奴が頭を張っているらしいがこれが危ない奴でな」
「………」
「麻薬中毒者なんだ」
「おいおい」
「警察もすでに動いているが証拠がないらしい」
神野がふと思いついたかのように、
「それでか…、復活したのは…」
「ああ、連中は麻薬売買のために名前が欲しかったんだ。そこでDRAGON KINGを使ったってわけだ」
「客はそんなこと知らないからなぁ」
「まあね」
「で、他の連中は?」
「さあ、帰ってきたとは聞いてない。第一、神野さんがここにいるってことだけでも不思議なことだしな」
「神聖なるチームに汚れた者が入り込んだか…」
「前より状況はマシなほうだが…」
「マシ?、前より最悪だな。喧嘩、潰しあいは当たり前だったが麻薬の道具に使われたのなれば…」
「声をかけりゃ2、30人は集まるけど…」
「やめておけ、望月の思惑通りになっちまう」
「あのおっさん、まだいるのか…」
「いるどころの話しじゃない。今は県警捜査一課の警視正だ」
「ひゃあああああぁぁぁぁぁ――――――!!!、怖いのぉ…」
「ああ、族潰しが今や県警のナンバー2だとは驚きだったよ」
「会ったのか?」
「ああ、駅裏のコンビニの捜査をしていたよ」
「駅裏…、あぁ…、さっきニュースでやってた…」
「最近は本当に物騒な時代になったものだな」
「昔に戻りたいよ」
「幸せは壊すもんじゃないな」
「そうよぉ」
「え、いやぁ…」
雄二は顔を赤くした。
「須田俊三だったな、ヤクザは絡んでないのか?」
「ないみたいだ」
「だったら、こいつは俺に任せてくれねえか?」
「ああ、そいつは構わないが…」
「なあに、心配することはないさ」
「心配?、心配はしてないが…」
「何だ?」
「後ろ盾なしで麻薬というものは売れるものなのか?」
「自分だけの特別のルートを持っていればそんなことはたやすい。かといって誰にも知られていないということはないだろうから…、おおよそ…」
「病院!?」
「だろうな」
「そのあたりは俺が当たってみる」
「頼む」
そのとき入り口のドアが開いた。そこにいたのは望月だった。
「その必要はない」
「あんたか…、つけていたのか?」
「いや、前に来たことがあるんだ」
「そうなのか?」
「ああ、その警視正が何の用なんだ?」
雄二は望月を見ながら言った。
「神野、お前に頼みがある」
「頼み?」
「須田を潰してくれないか?」
「はぁ?」
神野は望月の言葉に唖然とした。
「どういうことなんだ?」
「証拠も掴んであるし、奴らの拠点もわかっている」
「じゃあ、なぜ動かないんだ?」
「動けないんだ」
「動けない?、どうして………はっ!?、須田辰三県警本部長…」
「その通りだ」
望月が苦悩な表情を浮かべていた。
「県警本部長の息子が麻薬売買か…、これほど最高の隠れ家はない。しかし、そうなってくると警察は動くに動けないってことだな。で、俺のとこに来たってことか…」
「天の助けとは正にこのこと」
「誰も承諾するとは言ってないぜ」
「いいや、わしの考えでは必ず承諾するはず」
「おいおい、もしかしたら須田にかわってまた復活させるかもよ?」
「ああ、構わないさ、好きにしたらいい」
「警察官の言葉とは思えないな」
望月の言葉に雄二が驚いた。
「それだけ切羽詰ってるっていう証拠だろ。ま、俺と望月さんの仲だ、いいぜ、やってやるよ。そのかわり、高くつくぜ」
「すまん」
望月は神野に頭を下げたのである。

 街の中心地にある繁華街、その繁華街から少し路地に入ると闇の巣窟と化す。犯罪が蔓延し、警察ですら奥へは行けない状態で銃器や麻薬の売買、マフィア、暴力団などが絡み合った誘惑という娯楽だけを求めた場所。その場所の一角に誰も入れない聖地があった。場所代を取ろうとした暴力団関係者が何度も袋叩きにあい、暴力団との抗争に発展した。そして、それを取り締まろうとした警察もケガ人が数多く出た。おかげで誰も近寄ることのできない場所と化してしまったのだ。
 『龍王』 それが聖地の名前だった。入って行く者は皆、背中にDRAGON KINGの刺繍が入った特攻服を着ていた。最強の称号を得たのと同じだった。そこに神野が来たのは望月と別れた夜のことだ。見つけたのはDRAGON KINGのメンバーだった。神野は赤茶色の鉄棒のようなものを1本持っているだけだった。
「ここから先は立ち入り禁止だ。とっとと帰んな」
金髪に染めたメンバーの若者が神野に話しかける。
「須田に会いにきた。会わせてもらえるかい」
「須田ぁ!?、誰だい、そんな奴はここにゃいねえよ。死にたくなかったらさっさと消えることだな」
「そうか、なら仕方ないな」
「そうそう…」
言葉を発する前に若者の体が神野の前で倒れたのだ。それを見ていたメンバーが集まってくる。
「てめえ、何様のつもりだ!?」
「ここをどこだと思ってやがる!?」
殺気に満ちた若者たちを相手に神野は恐怖というものを微塵も感じさせない。
「馬鹿どもの巣だろ?」
「てめえ…」
神野は持っていた鉄棒を前に向けた。
「そんなもんが怖くてヤクなんざやってられるかい!」
若者は神野に殴りかかろうとしたが一瞬にしてこめかみに鉄棒が直撃して地面に倒れかかった。そして、同じように襲いかかった連中も鳩尾と脳天に一撃ずつ与えられて倒されてしまった。
「DRAGON KINGってのはこんなもんか!?、雑魚の集団だな」
神野はそう吐き捨てると「龍王」と書かれた看板の下を潜った。建物は倉庫を改造したものであちこちに剥き出しになったパイプがよく見えた。数台のバイクが置かれているだけで人気はなかった。奥は暗くて何も見えなかった。左端に階段があった。
「上か…」
神野はゆっくりと階段を上って行った。

「七代目、大変です!」
メンバーが須田のところへ走り寄った。
「どうした?」
銀に染めた長髪を後ろで束ねている男が振り返った。手には金が握られている。麻薬の売買で得た売上らしい。
「下の連中がやられました!」
「やられた?、ちっ、どこのどいつだ!?、おい、お前ら見てこい」
須田は近くにいた幹部らしい連中に指示した。幹部たちは急いで下に行こうとしたが暗闇から現れた男に倒されてしまったのだ。
「探しに行く必要はない」
「誰だ、てめえ」
「須田俊三だな。勝手にDRAGON KINGの看板を背負ってるらしいじゃないか」
「ああ、おかげで俺の手元には金が集まってくる。自滅した族を復活させたんだ。感謝してもらいたいぐらいだ」
「感謝?、てめえは何も知らねえんだな」
「何をだ?」
「県警本部長が辞表を出したそうだ」
「何だと!?」
神野がここに来る前に望月が県警本部に赴いて須田本部長に辞表を出させたのだ。そこまで行くまでに半年という長い苦労を重ねた結果だった。
「それにDRAGON KINGを名乗ったおかげで続々と幹部たちが集まってきているのも知らないのか」
これはガセネタだった。しかし、父親が警察を辞めたことで須田の焦りは頂点に達していた。
「そ、そんな馬鹿な話しがあってたまるか!?」
「もうすぐ警察がここにやって来る。お前も年貢の納め時だな」
「う、嘘だ!、だいたいお前は誰なんだ!?」
「俺か?」
「ここに来るまでに見張りが何人もいたはずだ。それなのにどうやって…」
神野は無傷だった。
「俺は神野ってんだ」
「か、神野………神野ってまさか…」
「ああ、お前らが気分良く名乗っていた族の頭をやってたもんだ。知ってるだろ?、七代目」
神野はゆっくりと須田に近づいた。
「お、音速の神野…」
「懐かしい呼び名を言ってくれるじゃないか!?」
神野は須田の胸倉を掴んで持ち上げた。
「この麻薬中毒がっ!。くだらん真似をしやがって!」
神野は須田の腹に一撃与えた。
「ぐえ…」
もろに鳩尾に入ったため、須田はうめいた。そして、神野は須田の顔面を殴ると須田の体が後方に飛んだ。奥に積んであったダンボール箱に飛び込んで箱は散乱してしまった。
「七代目を名乗る以上、それぐらいの覚悟はあったんだろ?。ま、警察に行って罪を償ってこいやぁ」
「け、警察…なんざ………行け…る……かぁ!」
須田は懐から闇ルートで手に入れたトカレフを取り出した。
「死ねやぁ!、神野!」
ドオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ―――――――――ン…
凄まじい音が倉庫内に響き渡った。トカレフが暴発したのだ。須田の手は吹っ飛んでしまい、辺り一面血まみれの状態になった。
「とんだ食わせ物を掴まれたようだな、須田」
神野はそう吐き捨てた。
 それから数分後には警察関係者が続々と入って来て重傷の須田を発見し、すぐに救急車によって警察病院に運ばれた。
「終わったな」
望月が神野の肩を叩いて言った。
「終わってませんよ、これからです」
「これから?」
神野は望月の言葉を受け継ぐことのないまま、倉庫を後にしたのである…。

 それから1年が経った。望月は捜査一課長として県警本部の第一人者として仕切り、街の治安も少しずつだが静まろうとしていた。繁華街に蔓延していた麻薬ルートを解明したのも望月率いる特別チームだった。
 一方、神野はと言うと雄二の喫茶店で暇を持て余していた。
「雄二」
「ん?」
「久しぶりに流すか?」
「車じゃ昔の満悦感は得られないぜ」
「あるんだろ?、裏のガレージに」
「見たのか?」
「ああ、昨日、ちらっとな。きっちりチューイングしてるじゃないか」
「となると、神野さんの相棒も?」
「ああ、いつでも走れるぞ」
神野は笑いながらコーヒーを手にした。

 かつて世間を騒がせたDRAGON KINGの栄華を見つめながら…。

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