◆小耳に挟んだ話など

・鈴木安蔵は、両親や姉も熱心なクリスチャンであり、安蔵も毎週教会に通っていたが、自身は洗礼を受けていない。

・京都大学・文学部哲学科に入学した頃の安蔵は「新カント主義哲学に心引かれる哲学青年であり、また、キリスト教的ヒューマニストであった」(金子勝「鈴木安蔵先生の思想と行動」)

しかし、社会の矛盾を解決するためにとマルクス主義の唯物弁証法の哲学と経済学を学び取る必要性を認識して、経済学部に移る。

・マルクス主義に傾倒しても、共産党員にはならなかった。戦後、共産党より推薦候補として立候補しないかとの誘いが何度かあったが、受けなかった。

・安蔵自身ロシア語はできなかったが、妻・俊子が独学でロシア語を学び、夫のために翻訳していた。

・妻・俊子もまた、熱心なキリスト教信仰者である栗原基(第三高等学校教授・京都YMCA主事)とマリアの娘。吉野作造をキリスト教に誘ったのも栗原基と言われている。

・学連事件では、第三高等学校基督教青年会館洛水寮の寮母をしていた島崎こま子(藤村の姪)も逮捕された。安蔵夫妻は、特高に捕まり困窮した島崎こま子を援助していた。

・鈴木安蔵自身の投獄の経験が、憲法研究会案の「拷問を受けない権利」になったのではないか。

(日本国憲法36条)・・・憲法に「拷問の禁止」がある国は稀。

・侵略戦争の違法化についてはそれなりの歴史があっても戦力不保持、交戦権否認は当時でもかなりラディカルな発想。比較憲法史では類例がない。当時の憲法学者が軍の暴走を止めようとすることはあっても平和憲法史上の「ゼロの発見」ともいうべき戦力不保持を思いつかないのは当然ではないだろうか。

・「憲法規範は、それ自体としては無力である。憲法規範をして現実に国政を規制しうる規範たらしめるためには、意識高く結集した平和主義的で民主的な国民大衆の組織的な力が必要である。

 これを組織し得る献身的なエネルギーの育成−−−憲法学、政治学は、他の社会科学との密接な関連の下にこれまでの支配技術としての解釈法学を克服し、これまで展開された憲法解釈論争をおしすすめつつ、更にそれを越えて、このような実践的課題に寄与しうる理論を生み出す責任を負っているとおもう。こうした課題が、憲法学プロパーの課題である。そうした憲法学が、社会科学としての憲法学であり、このような科学的憲法学こそ、日本国民大衆のより高い自覚と組織に寄与しうるものである。」(村山正晃「近代日本と民主主義」)

◆『自叙伝』ー河上肇ーに思うこと

平成10年頃だったろうか、河上肇の『自叙伝』に関してインターネット検索すると、あるページに出会った。 
 名文として誉れ高い河上肇の『自叙伝』・・・というような出だしであったと思う。文章の素晴らしさを称える言葉が並び、当時の学生たちにとって、河上肇は尊敬の対象であったことが窺われた。しかし、血気盛んな若者たちに翻弄された河上肇は、次第に彼らに辟易とするようにもなった。また、
出獄後の疲れた体で記憶を基に書かれたこの本の中には、記憶違いなども含まれていた。
 確かそのような内容だった。当時を知る関係者の証言だったのか、今はもう検索しても見当たらない。


 政治学者の加藤哲郎さんのことばをお借りすると、『自叙伝』の中には、「求道者としての河上肇」が存在すると同時に、「人の好き嫌いが激しい本」でもある。

そして、嫌われてしまった人の中に鈴木安蔵も含まれている。
 仲間をスパイと疑うこともあるような混沌とした時代背景の中、真偽の判別も不確実な話が多々飛び交っていたに違いない。

出版された本は後世まで残るが、そこに書かれた内容を実証するのは、年月が経てば経つほど困難になる。しかし、混乱の時代を懸命に生き抜いた人々の行動の善し悪しを一冊の本で簡単に計ることなどは到底できない。その裏にどのような真実が隠れているのか探り当てることは、多くの検証を重ねても尚完全とは言えないことが多いはずである。

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  経済学者の大内力先生が書かれた「河上肇先生と櫛田さん」という文章掲載の承諾許可をお願いしようと考えていたところ、大内先生は今年4月に他界されたとのこと、心よりご冥福をお祈りし、ここに掲載させて頂くことをお許し頂きたいと思います。     2009年6月29日(con)
                                                                                                                                                                                                 


   


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