魏志倭人伝の位置論?

 魏志倭人伝の位置論では、奴国の位置が肝心であって落語の落ちににているようです。

 魏志倭人伝には敵国(三国時代の呉はじめ子孫のことまで考えて)を太平洋に出兵させる魂胆があったと考えています。そのため以下のような記述が含められました。

・ 倭の地理が南北に細長く中国の南の方まで伸びていること。

・ 倭がいい国で魏と親交が深いこと。

・ 北九州の辺りは軍卒がいて警護が厳重なこと。

・ 倭の東側には更に倭の領土が広がっていること。

・ 倭の南端は奴国の次が女王国の敵国の狗奴国になっていること。

・ 狗奴国を強大に見せるため女王国に敵対する者はみな狗奴国と表現すること。

 これらの情報が伝わると敵方(呉)は太平洋に出兵したくなりまた女王国の敵国とも親交を深めたくなります。しかし近くの者から"あれはウソだ"と伝わってしまうと敵方を太平洋に出兵させる壮大な計画が台無しです。ですから尤もらしいことはきちんと書かれていなければなりません。このような観点でみてみます。

・ その余の旁国については、大和−−斯馬国(志摩)−−弥奴国(美濃)−−対蘇国(木曽)−−呼邑国(甲斐)−−華奴蘇奴国(武蔵金讃神社)−−鬼国(毛野国)−−鬼奴国(鬼怒)−−(福島県)−−(山形県)−−日本海沿いに南下−−奴国(福岡県)とすると語呂が合うようです。最後の奴国の南が狗奴国とのことですが狗奴国は敵対者全部をひっくるめたので場所が特定できません。狗奴国男王の狗古智卑狗は崇神朝に反乱を起こした武埴安彦と考えています。卑弥弓呼は不明ですが卑弥呼に弓を引く者の意味でしょうか。神宝のことで出雲が大和朝廷と対立していたことは記紀にあり別伝から出雲の神はクナトノ神とあるので狗奴国の代表はたぶん出雲でしょう。魏の魂胆にひっかかると奴国や狗奴国の位置が倭の一番南の方にあるように思えてきます。

・ 女王国の東、海を渡る千余里復た国有り皆倭種なり、については九州、四国、伊勢湾、琵琶湖どこをとってもみな正しいことです。

・ こわそうな一大率は倭人伝の記述に従って伊都国にいたとしても悪くないでしょう。

 こうして敵方は太平洋に出兵すると海ばかりで倭の地に行けません。引き返すか海の藻くずになるか財力を使い果たし本国の王様や重臣達は奴国が福岡県だと気付いても後の祭りです。その余の旁国の最後に奴国をもってきたのは特別の意味があったのでした。魏の王様とか陣寿は落語好きで最後の落ちを楽しんでいたのではないでしょうか。


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