「量産マルチは泣かない」
その日のサッカーの練習試合で、僕は右足を捻った。
医者によると、そうたいした怪我ではないとの事だが、念のためしばらくは練習禁止だと言われてしまった。
肩を落としながら僕は家路についた。
しかし、家までもう少しというところで雨が降り出した。
しかもその雨はどんどん強くなる。
僕はあわてて近所の公園へ足を踏み入れた。
そこの公衆トイレで雨宿りをするつもりだったのだ。
するとその公園の片隅に、以前見たことのあるHM−12が傘を持ってしゃがみこんでいるのを見つけた。
興味をかられた僕は、公衆トイレの入り口から、そのHM−12の様子をしばらく見つめていた。
「に〜」
妙な声が聞こえた。
HM−12が佇んでいるその足元から聞こえてきたようだった。
「に〜」
よく見ると、HM−12の足元には小さめのダンボール箱が置いてあり、そこからその声は聞こえていた。
どうやら捨て猫のようだった。
HM−12は無表情でしばらくその箱の中を見つめていたが、ふと立ち上がると公園の片隅へ小走りで駆けていった。
そして、そこに不法投棄されていたガラクタから塩ビ板らしきものをひっぱり出すと、ダンボール箱の上に立てかけた。
どうやら雨避けのつもりらしい。
HM−12はその後少々の間、ダンボール箱の様子を伺っていたが、夕方の時報が鳴ると公園の外へ歩み去っていった。
しばらくすると雨は小降りになった。
僕はそのダンボール箱に近寄って、中を覗いてみた。
そこには虎縞の子猫が一匹、丸くなって眠っていた。
小さな子供の字で『ひろってください』と書かれていたのが印象に残った。
僕はその後、暇をみつけてはその公園に足をはこんだ。
それは子猫が気になったからだ。
数日経ったが、子猫を拾おうとする人はいないようだった。
僕もまた、家でハムスターを飼っているため、猫を自宅につれていくのはためらわれた。
その代わりと言ってはなんだが、子猫にときどきミルクをもっていったり、知り合いの家で子猫を欲しがっている所はないか聞いてみたりもした。
その行為を、我ながら偽善的だとも思った。
だが僕は、何もしないよりはまだましだと自分をごまかした。
残念ながら、子猫をもらってくれる家はみつからなかった。
子猫の様子を見に行くとき、しばしばあのHM−12を見かけた。
買い物などの帰りに、この公園に立ち寄っているらしい。
わざわざ公園に来る必要は無いにもかかわらず、近くを通った時にはかならず立ち寄っているらしかった。
もっとも、HM−12は猫に何をしてやるというわけではない。
別に餌をやったりするわけではない。
無論、自分の財産をもっているわけでもないHM−12には不可能な事だ。
HM−12にとって、自分自身を含め、所持しているものは全て主人の財産なのだから、子猫に何かしてやることは不可能なのだ。
それでも、多少なりと自分に自由になる時間を削って、HM−12は子猫の様子を見に来ていた。
「に〜」
子猫がHM−12に甘えるその姿を、僕は物陰から見ていた。
なんとなく、自分がその場に出て行く資格が無いように思えたのだ。
ハムスターのことがあるとはいえ、子猫をひきとろうと思えばひきとってやれなくはないのだから。
湿布をした右足がズキリと痛んだ。
その日は日曜日だった。
僕は、昼食を食べた後ぼんやりとテレビを見ていた。
ふと目を窓の外にやると、朝から降っていた雨がいつのまにかかなりの強さになっていた。
右足は既にほとんど治っているはずなのに、やけにズキズキと痛んだ。
嫌な予感がした。
僕は傘を手に取ると、あの公園へと向かった。
公園への間、僕はずっと後悔していた。
せめてあの子猫の引き取り手が見つかるまでの間ぐらいは、家につれていった方がよかったのではないだろうかと、延々考え続けていた。
最初は歩いていたはずなのに、いつのまにか僕は駆け足になっていた。
僕はやっと公園にたどりついた。
そして、反射的に物陰へと身をひそめてしまった。
雨水でぐしゃぐしゃになってしまっている、あの子猫のダンボール箱のかたわらに、あのHM−12が立っていたからだ。
HM−12の足元には、開かれたままの傘が転がっていた。
その隣には、HM−12が雨避けに立てかけてやった塩ビ板が落ちていた。
おそらくは風で飛ばされてしまったのだろう。
そしてHM−12は、両手でなにかを胸元に抱えるようにして立っていた。
それが、あの子猫であることはすぐわかった。
子猫はぴくりとも動かない。
死んでしまっているのは、ここからでもよくわかった。
HM−12は、雨の中立ちつくしている。
服も髪もずぶぬれになっており、髪から滴る滴が頬をつたって流れ落ちる。
僕にはまるで、HM−12が泣いているように見えた。
だが、そんなわけはない。
HM−12の涙は眼球のクリーニング用以外の役割は持っていないと聞いている。
感情に従って泣くことは、HM−12には不可能なのだ。
けれどHM−12の様子は、泣いているようにしか見えなかった。
僕は物陰から出ると、HM−12と子猫のところへ歩いていった。
そして手に持っていた傘を、その上にさしてやった。
右足がひどく痛んだ。
あとがき
ひさしぶりに書いた、ToHeartのSSです。
このSSは、松屋本舗さんから頂いた暑中見舞いのお礼に、「To Leaves」に寄贈した物で、前作「量産マルチは泣かない」の続編にあたります。
思いついたまま書きなぐった、という感じの代物ですので、完成度は前作と比しても若干落ちるかもしれません(汗)
読み返してみると、主役のHM−12の描写と『語り手』の心理描写とに話の焦点が分散してしまっている感があります。
我ながら未熟者だと自省することしきり。
さて、反省したからもうよかろう(笑)
私は、量産マルチがけっこう好きなんです。
セリオともタイプは似てる…というか、かぶってるキャラですが、どちらかと言えばHM−12の方が好きなんですよね。
モビルスーツでもガンダムよりGM好きだし。
ちょっと何か違いますね。
まあそれはともかく、量産マルチはいいキャラだと思いますね、私は。
添え物にしておくには勿体無い。
はい。
でも、ベタベタにはずかしい話ってのはやっぱり書いててもはずかしいですね。
はずかしいけど、でもやっぱりこういう話は滅びないでしょうね。
仮面ライダークウガも「きれいごとだから大事なんだ」と言ってますし。
馬鹿にされてもけなされても、きれいごとってのは必要だから「きれい」ごとなんですよ。
うん。
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