新假名使ひや漢字制限は、戰後のどさくさに紛れて文部省で決定してしまつて以來、不便やら不徹底やらで、容易に一般化もされぬのに、もう國語問題を打切つて知らぬ顔をしてゐる文部省は無責任である。
佛蘭西のアカデミイは二六時中、國語改良問題にだけ沒頭してゐるといふのに、重大な國語改革を、どさくさに紛れて暴力的に斷行し、それであとは野となれ山となれとは、ひどい文化國家である。
新假名使ひや漢字制限は便宜と必要からで元來が不徹底には違ひない。ローマ字論はもつと徹底して居り、日本語全廢論はそれよりも徹底してゐる。徹底の好きな國民は敗けるとわかり、國土を焦土と化しても徹底抗戰を叫んだものだ。こんな尊い經驗を經て來てゐるのに、未だ徹底したがつてゐるものが少くない。ローマ字論等は鈴木文史朗さんももつと徹底的な普及策を講じないと、田中舘翁の二代目になるのみに終りさうだ。