制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2012-06-16

龜井勝一郎『現代人の研究』

書誌

雜誌「風雪」昭和二十四年五月號から十月號まで連載。「文學界」に發表した最後の一節を合せて單行本化。

文明開化によつて近代文明が入つてきて以來の日本人の變貌を描いた極めて密度の高い思想史。變つた人物・珍しい事例を採上げてゐるのではなく、教科書などでよく見かける人物や事件を扱つてゐるので、一見凡庸だが、つつこんで論じてゐるので案外斬新な内容である。

「六 東洋浪曼派」より

……。東條内閣の末期頃か、或は終戰まもない頃であつたか、こんな噂をきいたことがある。山本有三が漢字制限新假名ヅカヒの問題で、露伴の了解を得べく訪問したさうである。ところが露伴は、突然つんぼになつて一語も發せぬ。有三やむをえず辭去するや、朗々として謠曲の一節を歌ひ、やゝあつて「文壇の東條來る」と言つたさうである。

「十七 悲しき歸郷」より

すべて言葉がスローガン風になつたとき、それは精神の最大危機とみなさなければならぬ。獨裁や全體主義的心理は、必ずスローガンを好む。それは思考の省略を意味する。それは統制への野望である。扮裝せる命令である。同時に言葉の生命の虐殺である。言葉はそれみづから生きものであり、自由に微妙に生成變化するものだ。この意味で言葉は本質上、つねに全體主義の敵である。それを抑へて、制服を強要せんとするところにスローガンの濫發が起るわけで、東條内閣が漢字制限新假名づかひを制定しようとした心理と、密接な關係がある。

關聯記事