「梅のうつわ」
山里は万歳おそし梅の花 芭蕉
こんな句がありますが、家の裏の梅はようやく咲き始めたところです。華やかな薔薇科の家族の中で、梅はもっとも野趣がありますね。
ご存知のように、奈良時代以前に中国からつたわったという梅は万葉集では萩に次いで多く詠われています。、それほど愛されたのはなぜでしょう。春一番に咲くからでしょうか。それともその香でしょうか。中国の唐の時代には梅花粧といって、女性の額に梅の花を描くお化粧がはやったそうです。そのころの俑の額に色褪せた梅花粧がうっすら残っているのなど哀れ深いものですね。唐代の美人たちも流行の春着を新調して野遊びにでかけたりしたのでしょうか。万葉の歌人たちには唐文化への憬れの花だったのでしょう。樹相や枝ぶりは南画の大事なお手本で芥子園画傳にもたっぷりページが割かれています。正法眼蔵「梅華」の章に道元は先師の言葉としてこう書いています。
本来ノ面目生死無シ、春ハ梅華ニ在テ画図ニ入ル
説明は難しいですね、梅の花を描くのが空恐ろしくなってしまいます。この「梅華」で、道元は先師天童和尚のことを感動を込めて語っています。梅の花がお好きだったのかもしれません。梅をヨーロッパへ持っていってプルヌス・ムメの学名をつけたのはシーボルトです。
花が終って、青梅が葉の間にのぞくのもかわいい。梅干は食卓にかかせませんし、梅酒も大好き。花も実も日本人の暮らしになくてはならないものですね。
写真のうつわは染付の上に金彩をほどこしたもの。図案化した花に金の輝きで変化をつけてみました。もの寂びた華やぎという矛盾したねらいです。
骨もろき女の手首梅の花 おるか
私の手首は全然女らしくありませんが、ときどき使いすぎて筋を痛めます。
(おるか 2004・3・1)
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