縄文文化を巡る!  
 2018年「waiwai隊」 縄文遺跡を巡る旅

浅間縄文ミュージアム ≪2018年10月12日≫


 昨日は、朝から当初の予定からの変更で大忙しの一日でした。もっともこの旅、一日目からトラブル続きで、さながら“弥次喜多道中”風の面白い事件が続きました。今となったら、面白い経験も笑い話で済ませるのですが、このサイトで公開する以外、誰かに喋る機会もありません。

 さて、今日は甲府から軽井沢へと向かいます。一昨日、富山→長野→松本→上諏訪とJRを乗り継ぎましたが、今日は、甲府→松本→長野→軽井沢の乗り継ぎです。これを予約の段階で旅行社の“オネーサン”に言うと訝し気な表情です。後でそれとなく尋ねると『普通は、東京廻りで向かいます』との事。

 小生、その件は検索していました。どちら廻りとしても、所要する時間は10分程度しか変わりません。乗り換えに混雑する都心を選ぶより、小生、乗換駅に長野を選んだのです。この事が、そんなに怪しい事だったのでしょうか。


 今日の行程は以下に再掲します。

 甲府 8:29 (スーパーあずさ1号) → 松本 9:39
 松本 10:07 (ワイドビューしなの3号) → 長野 10:58
 長野 11:26 (あさま614号) → 軽井沢 11:57

 3時間余りで、3つの特急や新幹線を乗り継ぎます。長野からの新幹線は大変混雑していました。在来線と違って、外国からの観光客でしょうか。私たちは、『フルムーン夫婦グリーンパス』というJRの定額旅行のプランですので、グリーン車の座席指定ですが、一般の旅行客にもツアー料金などで優遇があるのでしょうね。



【関連リンク先】 浅間縄文ミュージアム


尚、小生が使用している時代区分を以下に記します。

【AMS法による区分】

  草創期   15,000〜12,000年前
  早期     12,000〜7,000年前
  前期     7,000〜5,500年前
  中期     5,500〜4,500年前
  後期     4,500〜3,300年前
  晩期     3,300〜2,800年前



 
 ・10月9日(火) 
 松山  岡山新大阪  金沢市(石川県埋蔵文化財センター) 金沢市
 
 ・10月10日(水)  
 金沢市  富山市(北代縄文館・富山県埋蔵文化財センター・富山市民俗民芸村考古資料館)
 富山  長野  松本  上諏訪 
 ・10月11日(木)  
 上諏訪   〜岡谷(岡谷考古館)〜富士見町(井戸尻考古館)〜北杜市考古資料館
〜釈迦堂遺跡博物館〜甲府市 
 ・10月12日(金)  
 甲府市  松本  長野  軽井沢  〜御代田町(浅間縄文ミュージアム)〜高峰高原ホテル 
 ・10月13日(土)
 車坂峠〜槍ヶ鞘(ピストン) 高峰高原ホテル  〜軽井沢  高崎市 
 ・10月14日(日) 
 高崎市  群馬県立歴史博物館 高崎市  上野(国立科学博物館) 上野   東京  
 ・10月15日(月)  
 東京  新宿〜京王多摩センター(東京都埋蔵文化財センター)  東京  岡山  松山  


 丁度、昼時に軽井沢に到着しましたので、駅ビルの蕎麦屋さんでの昼食は、やはり蕎麦です。
 一時前には、駅前にあるレンタカーの事務所へ出向きました。先客の年配の方達(4名か?)が、事務員とやり取りをしていました。どうも、予約をしていなかったようで、何時まで借りるかで押し問答をしていた様子です。4人で何処で何をするかが決まっていないのが原因のようです。

 結局、係の女性が『2日間借りることとして、延長も可能ですので・・』と勧めています。そんなやり取りをしている間に、小生の方は手続きを終えました。

 さて、目的地をカーナビに入力すれば、案内されるままに『浅間縄文ミュージアム』に到着しました。
  
 玄関ホールには、胡散臭い(?)=つまり、偽物まがいのという意、土器などが並べられていました。というのは、掘り出された時に負う傷や汚れの類が全く感じられない土器類なのです。そして、ケースに入れられた≪金印≫まで飾られています。受付で入場料を一人500円を支払います。


 先にリンクしました≪浅間縄文ミュージアム≫サイトには、以下の紹介があります。


≪浅間山麓の縄文文化  常設展示≫

浅間縄文ミュージアムは、今から13000年前から2500年前までの約1万年間続いた狩猟採集の時代“縄文時代”を展示テーマとし、その衣食住を再現する。
特別展示室では、国重要文化財“川原田遺跡の中期縄文土器”と石器を展示する。


●縄文リビング 縄文時代の4500年前の竪穴住居を展示。縄文の四畳半
●縄文ポッタリー 1万年間にユニークな形をみせる縄文土器を展示
●尖底土器群 6000年前の砲弾形の土器を展示。逸品です!
●縄文土器を作る 女性たちの縄文土器作りをジオラマ復元
●縄文メニュー 縄文人のグルメ度チェック!カエルも食べた。
●縄文ギア 狩猟採集生活のためのアイテムを見る。
●縄文スピリッツ マージナルな縄文の精神遺物を展示。
●縄文ライフサイクル 縄文人の埋葬を垣間見る。
●特別展示室 国重要文化財“焼町土器”100点を一挙公開。原始芸術の粋!


信州では、従来八ヶ岳の豊かな縄文文化が脚光を浴びてきた。
しかし、近年の相次ぐ調査によって、八ヶ岳山麓とは異なった浅間縄文文化がそのベールを脱いだ。

写真の転載は、硬くお断りします。


 

 さて、我々の興味は≪特別展示室≫のみです。




   

  

≪浅間縄文ミュージアム≫

 

  

   



  


 ここまで一人の女性が熱心に見学していましたが、その方以外は新たには入場してきません。暗い展示室内の壁面にコーナー毎の解説が書かれていますが、周りが暗くて小生には全く見えづらいことこの上ありません。

 そして、展示には他の遺跡から出土した遺物を模造し、展示の解説をしているものもあります。こんな展示方法をしている考古館は初めてです。レプリカや模造品は、『現在、XX展へ貸し出していますので、その間レプリカを展示しています』との断わりが当然で、“他の遺跡の遺物を模造して飾っているのはどうか?”と思います。

 そもそも掘り出された遺物から、その時代とその地域の縄文文化を語らないと、始まらないと思います。他の遺跡との共通点や相違点を見出すとき、そこに何を発見するのか?


≪川原田遺跡出土の縄文遺物≫
(国重要文化財) 

浅間山南麓の標高800m内外の一帯には、豊富な湧水が列をなし、数多くの縄文のムラが作られた。4,500年前、縄文中期の川原田のムラで使われたのが、焼町(やけまち)土器である。「焼町」。この少し奇妙な名前は、塩尻市焼町遺跡で最初に発見されたことで名づけられた。
その特徴は、ドーナツ状やメガネ状の突起、渦を巻く曲線、列点が土器の表面を飾ることにある。焼町土器の分布の中心は浅間山麓にあり、浅間山の中期縄文世界を体現するのが焼町土器といえる。


 さてこのコーナーこそが我々が関心を持つコーナーなんです。

 

 国重要文化財
≪焼町土器≫各種

  

  

  

 


≪顔面把手≫




≪川原田遺跡出土品≫

 

  


 この特別展示室は特別な意義があるコーナーです。これまでのコーナーの展示方法を工夫すべきでは無いでしょうか。縄文土器を語る時、馬高縄文館の『火焔形土器』と同様に、『焼町土器』を語る必要があると思います。土器の文様の特殊性や独自性装飾の流麗さなど、それらを造って来た精神性を伺うことで、当時の縄文人の生活が想像出来るものと思われます。
 
 先にも触れた通り、他の遺跡からの出土物を例に出さなくても、語れるのでは無いかと思います。その焼町土器は、先刻の東京国立博物館での“縄文展”に出展されていました。その出展されていた土器の中で、パリでも展示されている土器もある筈ですが、その事に触れた文には出合えませんでした。



≪浅間縄文ミュージアムのパンフレット≫



≪長野県の遺跡発掘1018≫
(企画展)

 ホールからの通路の右手が受付と常設展示や特別展示室があります。それらを見終えると、通路の左手にある企画展示室に入りました。そこには、下の『ごあいさつ』のパネルが掲げられていました。


【ごあいさつ】

 本日は、平成30年巡回展「長野県の遺跡発掘2018」にご来場いただきまして、ありがとうございます。
 長野県には、14,260ヶ所の遺跡がある、平成29年度は190件の発掘調査が行われ、本県の歴史や文化を知る上で、貴重な資料が得られています。
 本展では、「長野県の弥生時代」をテーマに、県内市町村教育委員会等が発掘調査した遺跡の出土品を展示しました。あわせて、長野県立大学設立にともない発掘された遺跡や平成29年度に長野県埋蔵文化財センターが発掘調査した遺跡の出土品ほかを展示しました。
 本展を通じて、長野県の歴史や埋蔵文化財について、興味、関心を深めていただくとともに、埋蔵文化財の保護につきましても一層のご理解とご協力をいただければ幸いです。
 さらに本展は、より多くの県民の皆さまにご覧いただけるよう、伊那市、塩尻市、北佐久郡御代田町へも巡回する予定です。
 ごゆっくりご覧ください。
                   長野県立歴史館
                   長野県伊那文化会館
                   塩尻市立平出考古博物館
                   浅間縄文ミュージアム
                   長野県教育委員会

 

 上記のように、“弥生時代の企画展示”の紹介でしたが、その中に、“縄文時代”のコーナーもありましたので、以下に紹介します。

 

 

 企画展示室を出て、相棒は受付の前の商品の棚のグッズか何かをウロキョロしています。その受付の目の前に立派なケースに【金印】が置かれていて、由来などが書かれていました。『なんでここに金印が?』小生、受付の女性に尋ねたのでした。勿論、まがい物でした。

 何故、“まがい物”をわざわざ展示するのでしょうか。常設展示にも、同様の展示がありましたが、今までの経験では『レプリカ』であるとか『模造品』であるとかの表示があります。こういう展示には初めて出会ったのでした。

 それと共に、≪特別展示室≫の照明には閉口してしまいます。人間の目には大丈夫なのですが、デジカメでの撮影ではまともには写りません。こんな事を言うのは、小生だけなのでしょうか。


 小さな縄文館でしたので、14時過ぎにはミュージアムを退出しました。今日は車坂峠にある高峰高原ホテルへ宿泊予約しています。ナビにホテルの電話番号を入力し、出発です。明日は、車坂峠から浅間山を眼前にする『槍ヶ鞘』までの撮影行です。