久しぶりに踏んだ故郷のある大陸は、今日もいい天気だ。
北の大陸よりは地理もわかるし、ここはしっかりと兄貴を案内して、お役に立つチャンスだ。

「ぼやぼやしちゃいられないわ。あいつはどこ? ドルマゲスは! 早く探しに行きましょう!」
全く、このゼシカの姉ちゃんほど、短気は損気だって言葉を教えてやりたいと思ったことはないぜ。
せっかく人が、しみじみとした気分に浸ってたってのに、台無しだ。
「なりゆき上、仕方ありやせんが、これからの旅は女連れでげすか。娘っ子っていうのは、やれ足が痛いとか、疲れただとか、いろいろ面倒でがす。正直アッシは、男三人の気楽な旅のほうが、よかったんでがすがねえ」
だけど、お人が良いエイトの兄貴が、この姉ちゃんを一人で放り出すことは出来ないって言う以上、子分のオレが反対出来ることじゃあねえ。
溜め息でも吐くしか、ねえよなぁ。 


しかし、オレは教会だの神殿だのっていうのは、どうも落ち着かねえ。
ゼシカの姉ちゃんが『今晩、この修道院で泊めてもらえないかな』なんて言うもんだから、優しい兄貴は、奥の宿舎らしい建物で、訊いてみることになすった。
なのに、扉の前で番をしてる奴ら。この青で統一された制服を着てるのは、確か聖堂騎士とかいう連中だったと思うが、随分と高飛車に出てきやがる。
こっちが何もしない内から、勝手に怪しいヤツ呼ばわりして、突き飛ばしてきやがった。
剣に手をかけようとまでしやがるから、こっちだって黙っちゃいられねえ。
エイトの兄貴が、こんな連中にナメられるのを見過ごしちゃあ、子分としての名折れだ。

そう思って、やり返してやろうとした時、頭の上で何かが開く音がした。
「入れるな、とは命じたが、手荒な真似をしろとは言っていない。わが聖堂騎士団の評判を落とすな」
開けられた二階の窓からそう言った声の主の黒髪の男は、他の奴らと制服のデザインも違うし、どうやら偉いヤツらしい。
一応は部下の乱暴な態度を謝ってはいるようだが、どうにも言い方がイヤミなんで、謝ってるようには聞こえねえ。
それに物腰は穏やかなんだが、油断のならねえ目をしてやがる。
あれだけ高飛車だった見張りのヤツらも、この男の一言で膝をついて小さくなっちまってやがる。よっぽど、おっかねえヤツなんだろう。
教会の坊さんなんかには、およそ似つかわしくねえな。
「部下たちは血の気が多い。次は、私も止められるかどうか、わからんからな」
おまけに最後の言葉は、どう聞いても脅しじゃねえか。

「せいどーきしだん様は、ずいぶん、お偉い方々みたいだわね。なによ、バカにしちゃって。やな感じ! 言われなくたって、こんな所、すぐに出てくわよ」
マルチェロって男が、自分だけ言いたいことを言って去っちまった後、ただでさえ気の短いゼシカの姉ちゃんは、ますます怒りっぽくなった。
「そりゃあそうと、あれだけ警備が厳しきゃあ、ドルマゲスの奴も、この修道院には入れねえでがすよ。そうなりゃ、今日ところは、今晩の宿でも探しに行きやしょう。ねっ、兄貴!」
オレは何とか、話を逸らそうとする。
とにかく、この姉ちゃんも疲れてイライラしてるのもあるだろうから、宿を取って休ませた方がいい。
ここからそう遠くない所に、ドニっていう宿場町がある。
昔はこの辺ももう少し栄えてて、町も幾つかあったんだが、十年ほど前から廃れ出して、今じゃあドニの町が、たった一つの盛り場だ。
だからこの辺の大抵の情報はそこに集中するし、オレも酒が飲めるで、いいことだらけ。
とにかく、こんな修道院なんかとは、早くお別れしたいぜ。


ドニの町へ歩いてる間も、ゼシカの姉ちゃんはずっと眉間にシワを寄せたままだった。
「……ねえ、約束してくれる? ドルマゲスを見つけたら、私ひとりで戦わせてくれるって」
そしてまた、いきなりとんでもねえこと言いやがる。
「……悪いけど、それは無理だよ。ゼシカ一人でも勝てる保証があるなら別だけど、僕たちだって、どうしても負けるわけにはいかない理由があるんだ」
エイトの兄貴は、困ったような顔をしたが、それでもキッパリと断りなすった。
「わかってるわ。あいつは並の悪党じゃない。私ひとりじゃ勝てるはずないわ。……でも、それでも。私はあいつを……ドルマゲスを、この手で倒したい。…………」
まったく娘っ子っていうのは、思い詰めると後先考えねえから、面倒くさいんだよな。

ドニの町に着いたのは、もう暗くなってからだってぇのに、ゼシカの姉ちゃんはすっかり興奮しちまって、ドルマゲスの手掛かりを探すんだと、宿も取らずに町の人間に話を聞いて歩いてる。
だが聞こえてくるのは、十年前に流行病で死んだっていう領主の悪口ばっかりで、ドルマゲスのドの字も出てこねえ。
そうなると、情報収集といえばやっぱり酒場だ。
ゼシカの姉ちゃんのイライラも限界に近いようだし、娘っ子の機嫌を取るには、何か美味いモンでも食わせるに限る。
オレも本当に、美味い酒が飲みたくなってきたぜ。

酒場に入ると、少し様子がおかしかった。
踊り子は踊ってねえし、バニーもこっちが話しかけるまで上の空で、隅のテーブルの客の方ばかり見てる。
そのテーブルには、故郷のパルミドを思い出させる、いかにも悪そうな三人組と、真っ赤な服着た銀髪の若い兄ちゃんがいた。
他の客に何をやってるのか訊いてみると、どうやらカードで金を賭けてるらしい。
今のところ勝ってるのは、ククールっていう若い兄ちゃんの方で、驚いたことに聖堂騎士団員だって話だ。
酒は飲む、賭け事はする、女にモテる、と、三拍子揃った生臭坊主らしい。
確かにあの兄ちゃん、若い娘っ子が好きそうな、キレイな顔をしてるぜ。
他の聖堂騎士は全員青い服を着てるのに、この兄ちゃんは何故か赤い服だが、そんなことはまあ、今はどうでもいい。
「この酒場、修道士さんやら、教会の人たちも来てるのね。でも聖職者ってたしか、お酒は飲んじゃいけないんじゃなかったっけ?」
ゼシカの姉ちゃんは、潔癖なタチらしく、ここでも眉間にシワを寄せてる。
これ以上機嫌を悪くされて、揉め事でも起こされちゃあ、たまらねぇや。
やっぱり今日の所は、早く宿に入って寝ちまう方がいいのかもしれねえ。
……揉め事……。
そうだ、あの荒くれ男。パルミドを思い出させると思ったら……。
「思いだした!! 若い兄ちゃんと金をかけてカードをやってた、あらくれ男! あいつは負けるとすぐケンカをふっかけるって、パルミドじゃ、有名な男でがす!」
あのククールって兄ちゃんも、一応は騎士だって話だが、どう見ても、ぼっちゃん育ちの優男だ。とても強そうには見えねえ。
「兄貴。あの兄ちゃんが心配でげす。ケガしなきゃいいんでがすが」
「そっか……。じゃあ、こっそり教えてあげようよ」
さすがは兄貴だ。やっぱりケンカをふっかけられる前に忠告してやるのが、人情ってもんだぜ。

「くそっ、もういっぺんだ! もう一度ポーカーで勝負しろ!!」
「こっちは構わないが、掛け金はまだあるのかい?」
若い兄ちゃんは、こっちの心配をよそに、あらくれ男を挑発するような態度を取ってやがる。
「これで1000ゴールドの負けか。ギャンブルの帝王と呼ばれた兄貴らしくもない。……どうも、くさいぜ」
荒くれ男の手下も、怪しみはじめてる。この辺で引いておかないと、本当にヤバいぜ。
後ろからそっと近付いて、話しかけようとした時だった。
「……おっと。今は真剣勝負の最中でね。あとにしてくれないか?」
ククールって兄ちゃんは、まるで後ろに目でもあるみてぇに、手を挙げてこっちの動きを制してきやがった。
この兄ちゃん……。
一見、細身に見えたんで気が付かなかったが、優男だなんてとんでもねえ。
全身を覆った服の中は、必要な場所に、必要なだけついた無駄の無い筋肉で覆われてる。
半端な鍛え方じゃあ、こういう身体にはならねえ。
穏やかな物腰の陰で、油断出来ねえ本性を隠し持ってるって点で、修道院で会ったマルチェロって男を思い出させる。
修道院の聖堂騎士ってヤツは、どいつもこんな曲者揃いなのか……。
でもこのククールって兄ちゃんは、生臭坊主かもしれねえが、あのマルチェロとは違って血なまぐささってヤツは感じねえな。
どっちかってぇと透明な…どこかエイトの兄貴と似た感じがする。

これでもオレは、故郷の辺りじゃあ、名を知らぬ者はないって大盗賊として、修羅場をくぐってきたんだ。
まだ若かった頃は別として、人は見かけによらねえから油断しちゃならねえって、骨身に染みて知ったこの歳になって、相手の力量を見抜けなかったなんてことは、エイトの兄貴と、この兄ちゃんぐらいだ。
それも二人とも、自分の実力を隠して相手を油断させようとか、そんなんじゃねえんだ。
何かこう、本当の自分を隠そうとして、人一倍それが上手く出来ちまうっていうような、そんな感じがするんだよな。
そしてそれは、エイトの兄貴の方が、ククールよりもずっと上手いって気がする。
最近になって、ようやくオレにもそれがわかり始めた。

「真剣勝負、だとぉ〜!? おいっ! このクサレ僧侶! てめえ、イカサマやりやがったな!」
荒くれ男はいつものように、ケンカをふっかけようとしてる。
だけど気の毒だが、こいつじゃあ、ククールって兄ちゃんには勝てねえだろう。
「まあまあ。あんたもそう興奮すんなよ。負けて悔しいのは、わかるけどよ」
同郷のよしみで、荒くれ男が恥をかく前に宥めてやる。
ククールって兄ちゃんは、自分のことだっていうのに、知らん顔してやがる。
荒くれ男は、オレと兄ちゃんを見比べて、因縁をつけてきた。
「なんだとぉ!? ……そうか、わかったぞ」
そして、いきなり人を突き飛ばしてきやがった。
オレは油断してたんで、後ろにあったテーブルごと引っ繰り返るなんて、みっともねえ姿をエイトの兄貴の前に晒すことになった。
「てめぇら、こいつの仲間だな!!」
荒くれ男の言い掛かりに、オレはテーブルを後ろに放り投げて立ち上がる。
カードで負けて、顔に関しては勝負にもなってねえっていうのに、この上、腕っ節でまで負けたら気の毒だと思って止めてやってるのに、いい気になりやがって!
「いいかげんにしやがれ! 妙な言いがかりをつけると、タダじゃおかねえ……」
最後まで言う前に、オレはバケツの水を頭からぶっかけられた。
こんなことをやるのはもちろん、今日一日、イライラしっぱなしのゼシカの姉ちゃんだ。
エイトの兄貴はタジタジになってるし、ククールって若造は、やれやれって感じで、呆れたように首を小さく横に振り、口笛を吹いた。

ああ、すっかり忘れてたぜ。
この姉ちゃんが、一番油断の出来ない、乱暴者だってことをな!


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