「いい加減にして！　頭を冷やしなさいよ。この、単細胞！」

いや、この場で一番頭に血が昇ってるのはあんただと思うぜ、お嬢さん。
店に入ってきた時チラッと見た限りじゃあ、この変な刺の着いた帽子をかぶった肉だるまみたいなオッサンて、連れなんだよな？
それなのに、何でいきなりバケツの水ぶっかけたりするのか、わかんねぇんだけど。
「兄貴になにしやがる!?」
「女だからって，承知しねえぞ!?」
荒くれの手下が、へっぴり腰でお嬢さんに詰め寄ってる。

……何だかイヤな空気になってきたな。
暴力に訴えるのは好きじゃないが、レディのピンチに、知らん顔するわけにもいかないだろう。
ああ、面倒くせぇ。
立ち上がり、剣に手をかけると、お嬢さんがこっちを振り返る。
だけど『怖いわ。騎士様、助けて』って目じゃないな、どう見ても。
そう思って目線の先を追うと、こっちに向かって、テーブルが宙を舞っていた。
トゲ帽子のおっさんが投げ付けたんだ。
オレはもちろん華麗にかわしたけど、荒くれの手下二人は、そのテーブルに激突されて、吹っ飛んだ。
……まあな。
オレは、反射神経が良くて身軽だから、あんなテーブル避けるのは造作もなかったさ。
だけどな！　オレにもぶつける気だったろ、今の！　結構ギリギリだったぞ！
「女ひとりに、二人がかりとは、格好が悪いんじゃあねえのかい？」
…………。
一瞬腹が立ったけど、このコワモテのセリフには全く同意見だ。酒場の客からも喝采が飛ぶ。
……何か、毒気抜かれた。

乱闘が始まったけど、とりあえず、この場は退散させてもらうとするか。
もうオレに関係ない所でやり合ってるようだし、このコワモテのおっさんなら、一人でも大丈夫そうだしな。
そう思って裏口から外に出ようとした時、この三人連れの最後の一人、小柄なバンダナ男の姿が目に入った。
どうやら全員がケンカっぱやいってわけじゃないらしい。
壁際で、飛び交うビンやグラス、タルなんかを呆然と眺めてる様子にちょっと気の毒になり、一声かけてやる。
「あんたも大変だな。巻き込まれてケガする前に、表に出た方がいいぜ。こっちだ」
外に連れ出してやろうと、そいつの肩に手をかけた瞬間、何て表現すればいいのかわからないが、明らかにただ者ではない『気』を感じて身体に緊張が走った。
そしたら今度は、さっきのおてんばレディが掌にメラの炎を浮かべてるのが目の端に映る。
このコは魔法使いか。
荒くれ男に水をぶっかけたのは、腕に覚えがあるからなんだとわかったが、納得してる場合じゃない。
乱闘の中にメラを投げ付けようとしてる彼女の腕を、間一髪の所で掴んで止める。
このまま放っておいたら、何をやりだすかわかったもんじゃない。そのまま腕を離さずに裏口から外に連れ出す。
ついでに、まだポカンとしたままのバンダナ男も一緒にな。
出ていき間際、視界の端に緑色の顔した魔物らしき姿が目に写ったが、特に邪悪な気配は感じなかったし、きっと気のせいだろう。っていうか、気のせいであってくれ。
今は、これ以上の厄介事には対処できないからな。

「あんたら、何なんだ？　ここらへんじゃ見かけない顔だが……」
少なくとも巡礼者って感じじゃない。連れなのは間違いないんだろうが、三人とも雰囲気が全然違う。
そして三人ともが腕に覚えがあって、その内の二人は血の気が多い、と。
物騒な話ではあるんだが、どうやら悪いヤツらではないようだ。
少なくともオレの味方をしてくれたようだし、ここは『大きなお世話だった』とか、『余計に話がこじれた』なんてことを言うべきじゃないだろう。
「ま、いいや。とりあえずイカサマがバレずに済んだ。いちおう、礼を言っとくか」
バンダナの男に右手を差し出す。
とぼけた顔して素直に握手に応じてきたが、その掌には明らかに武器を使い慣れた者の持つ硬さがあった。
肩や背中もかなり鍛えられてたし、背負った剣が飾りじゃないっていうことは確かだな。

しかし、さっきから視線が痛い。
なるべくそっちの方は見ないようにしてたんだが、背中にビシビシと突き刺さってくる。
本当に気の強いお嬢さんだ。
あまり関わりあいになりたくはないが、つい根負けして振り返ってしまった。

……………………。

行動があんまり突飛なんで気がつかなかったが、これは……。
スラッとした身体。
キュッとくびれたウエスト。
ぬけるように白い肌。
柔らかそうな唇に大きな瞳。
そして、何と言っても、この胸。
……この大きさ、これ本物か？　この腕や肩の細さからすると、バランスが悪い。何か詰めてんじゃないのか？　水風船辺りとか……。だけどこの肌の質感は、やっぱり本物だよな。
これだけ露出してるってことは、『どうぞ触って確かめてください』ってことか？

「……何か？」
訝しそうに訊かれたんで、一応ケガの有無を訊ねてみるが、返事がそっけない。
「あいにく平気よ。じろじろ見ないでくれる？」
そいつは無理な注文だ。
これだけ立派なモノが目の前にあったら、誰だって見る。見るつもりがなくても、目は行く。
大体、見られるのがイヤならこんな格好するなよ。
これは、あれかな。
これだけ美人でナイスバディなら、今までさぞかしチヤホヤされてきただろうし、男に無視されたことなんか無かったんだろう。
それなのにオレが、ずっと熱い視線を無視し続けたもんだから、スネちまったってとこか。
正直なところ乱暴な女は好きじゃないけど、これっきりでお別れっていうのは、ちょっと勿体ない気もするな。
「助けてもらったお礼と、今日の出会いの記念に」
騎士団の指輪を渡して、名前を告げた。
それでもまだ機嫌は直らないようだが、一応は受け取ってくれたことだし、いつ訪ねてきてくれてもいいように、とりあえずは修道院に戻ることにするか。

そして、あれから丸二日が経つ。
あの夜も、次の日も、どこにも出掛けずに待ってたっていうのに、乱暴者の彼女は、遂にオレに会いに来なかった。
よく考えたら、初対面で向こうの名前さえ訊いてなかったし、そのまま指輪だけ持っていかれても、何の不思議も無いんだ。
まあ、いいけどな。
あの指輪は、女神様に永遠の貞節を誓う証。
いわば、女神様との結婚指輪だ。
だけど、オレには貞節なんて初めから無いし、女神様と結婚する気も無い。
どうせ普段からあの指輪は、手袋の中に嵌めてて外からは見えないんだし、自分から言わなきゃ、失くなったなんてわかる訳ない。
……でも……。
どうせまた、戻ってきちまうんだろうな、あの指輪。
今まで何度もドニの酒場に、金に替えてくれていいからって、指輪を置いてきた事があったのに、その度におばちゃん、しっかりと宿舎まで届けに来てくれて、ちゃっかり手数料まで取っていってくれた。
オレのファンの女の子に渡しても、それを届けるのを口実に、ちゃんと会いに来てくれて、結局指輪は毎度オレの指に戻ってきた。

……何か、呪われてるみたいで、気持ち悪いんだよな。何度手放そうとしても、戻ってきちまう指輪なんて。
でもまあ、あれか。
よく考えたら、結婚指輪なんてどれも、呪われた指輪以外の何物でも無いよな。
自分の人生、縛られるって意味では同じなんだから。
そうさ。深く考える程のもんじゃない。

そんな事を考えていたら、マルチェロ団長殿が地下の拷問室でお待ちだと知らされた。
どうせ、一昨日のドニでの騒ぎが耳に入ったんだろう。
自分は絶対に、あの町に足を踏み入れたりしないくせに、どうして情報だけはしっかり仕入れるんだろうな。
ま、世の中には、告げ口なんて陰険な事が好きな輩も多いから、イヤでも耳に入るんだろうけど。

……何か今夜は、イヤな夜になりそうだな。

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