「私もエイトたちの仲間にしてくれない? こう見えても魔法使いのタマゴなの。きっと役に立つわ」

「ダメダメ! ダメだよ! 困る! 絶対ダメ!」
ゼシカのいきなりの申し出に、僕は思いっきりうろたえてしまい、自分でも驚く程の勢いで拒絶してしまった。

「やっぱりダメ? そうよね……。そんなこと、簡単には決められないよね」
ゼシカが眉を顰めて、残念そうな顔をする。
動揺したせいで、ひどい断り方をしたとは思うけど、あのくらいハッキリさせとかないと、強引に押し切られそうで恐ろしい。
だけど女の子相手にしては、やっぱりキツく言い過ぎたかな?
なんて、少し後悔したっていうのに……。
「でも……。あいにくだけど私は、一度決めたら、絶対にそうしないと気が済まない性格なのよね」
ゼシカは、『さっきのはガッカリしたフリよ』って感じで、ニッコリ笑った。
「だから、エイトが何を言おうと、これからは私も一緒に旅をさせてもらうわよ。よろしくね!」
なんで? あんなに思いっきり『ダメ』って言ったのに、どうしてこんなに自身満々なんだ?
「さあ、それじゃ、さっそく出発しましょ!」
とりあえずは同じ船に乗る以上、撒くことも出来るはずないし……。
もしかしてこのまま、やっぱり強引に押し切られてしまうんだろうか……?
そんなことを考えながら、言われるままに船に乗り込んでしまい、王様に怒られた。
「こ…こりゃーっ!! わしと姫のことを、忘れとるじゃろうっ!!」
王様と姫様の事を忘れるなんてありえないけど、今のは本当に忘れてた。
それだけショックが大きかったんだ。


さっきは、ヤンガスに何の相談もせずに断っちゃって悪いと思ってたけど、ヤンガスも僕と同じように、ゼシカが仲間になるのは反対だったらしい。ちょっとホッとした。
「あの、前しか見えてない気の短さは、必ずどこかで揉め事を起こすでげすよ。それに巻き込まれる前に、何とか説得して、家に返した方がいいと思うでがすがねえ」
「そうだよねぇ。彼女のお母さんだって、本気で勘当したんじゃないみたいだし、帰すにしても早い方がいいよね」
船の隅の方に積んであったタルに座って、そんな相談をしていたら、話題の主のゼシカがやってきた。

「あ、いたいた。こんな所にいたのね。男ふたりで、なにやってたの?」
「なにって、アッシと兄貴は、ただ話をしてただけでげすよ」
まさか『君を家に帰す相談』とは言えない。
「兄貴ねえ……? そういえば、聞きたかったんだけどさ。ふたりはいったい、どういう関係なの? どう考えたって、兄貴は逆に思えるんだけど」
やっぱり……。誰が見たって、そう思うよね。
「よくぞ、聞いてくれたでげす! 不肖ヤンガス、エイトの兄貴の旅のお供をしてるのにゃあ、聞くも涙、語るも涙の、壮大な物語があるでげすよ」
そしてヤンガスは、あの出会いの時の話を大袈裟に語り出した。

要するに、呪いにかけられたトロデーン城を出た後、トラペッタ方面に続く吊り橋を渡ろうとした時に、山賊稼業から足を洗いきれなかったヤンガスが、僕らから通行料と称して、お金を取ろうとしたんだ。
それで王様がそれを断ったら、ヤンガスが襲いかかってきて、斧と自分の体重で吊り橋を壊してしまった。
その時、ヤンガスは崖からロープ一本で宙づりになっちゃって、おまけに左腕を痛めたみたいで片腕ではロープを昇れなさそうだったから、仕方なく僕が引き上げたんだ。
目の前で人が死にかけてるのに、放っておくのは後味が悪いと思ったから、そうしただけだ。
それなのに、ここまで大事にされると、逆に居心地が悪いよ。

「……ふーん。そんなことがあったのね。で、それのどこが、聞くも涙、語るも涙の壮大な物語なの?」
ヤンガスの話を聞き終わったゼシカが、遠慮ないことを言う。
「い…いや! 話はまだ終わりじゃないでげすよ! ここからが重要でげす」
それでもゼシカはマイペースで、ヤンガスの話の続きを聞かずに、風に当たりに行ってしまった。
「やっぱり、アッシと兄貴の兄弟仁義は、しょせん男同士にしか理解できない話でがしたかね。ま、いいでがすよ」
ヤンガスは、さほど気を悪くした様子は無いけど、やっぱりゼシカは少し正直すぎるっていうか……これから仲間として上手くやっていけるか、不安になる。
「ちょっと、ゼシカと話をしてくるよ。家に帰すにしても、新しい土地で放り出すわけにはいかないし、船に乗ってる内にハッキリさせた方がいいと思うから」
そう伝えたらヤンガスは、縁起でもない心配をしてくれた。
「そうでがすか。ここは兄貴にお任せするでげすが、カッとなったゼシカの姉ちゃんに、魔法で焼かれないように気をつけてくだせえ」
冗談に聞こえないから、そういうことを言うのは、やめてほしい。


ゼシカは船の舳先に立ち、何かを考え込んでいるような真剣な顔で海を見つめていた。
何となく声をかけづらくて、横顔をずっと見ていたら、ゼシカって実は、すごい美人なんだって気がついた。
女の子にしては背は高いんだけど、腕とか肩は細くて、全体的に何となく丸みがあって、首なんてすごく白い……。
「あら、エイト」
そうしてる内に、ゼシカの方が僕に気が付いた。
「あ、それとも私も、エイトの兄貴って呼んだ方がいいのかしら?」
ずっと見てたのがバレてないかと気まずくて、何とかヒネりのきいたことを言ってみようとする。
「……じゃあ、僕もポルクたちみたいに、ゼシカ姉ちゃんって呼ぶ?」
「あはは。冗談よ。そんなふうに呼ぶガラじゃないもの。エイトも結構、冗談とか言うのね」
今までよりも雰囲気の柔らかいゼシカに、ペースが狂いそうになる。
「ねえ、エイトって何歳なの?」
「えっ、17歳だけど……」
「あらそう。じゃあ、私の方が一つお姉さんなのね。それなら、もし本当に呼びたければ、ゼシカ姉ちゃんでもいいわよ」
「い、いや…もちろん冗談だよ」
正直ゼシカと、こんなに和やかに話が出来るとは思ってなかった。

「……今ね、海を見ながらドルマゲスのことを考えてたのよ。どうしてドルマゲスは、南の大陸にわたったのかしらね?」
そう言って、ゼシカはまた海に視線を向けた。
「南の大陸で、これから何が待ち受けているか……それを考えると、なんだか胸がドキドキするわ」
胸がドキドキ……。
そう言われて、思わずうっかり、ゼシカの胸に目線が行ってしまった。
今まで、出来るだけ見ないようにしてたのに。
だってこれ、一度見ちゃったら、なかなか目が離せないよ!?
何もここまで、胸の開いた服を着なくてもいいと思うんだ。
ヤンガスは『もっとワイルドな色気を持った女でないと』なんて言ってたけど、僕にはこれでも刺激が強すぎ!

それでも、ありったけの精神力を振り絞って、目線を下にずらす。
目を合わせて話をするには、何となくだけど気まずいので、上は向けない。
「ど、どうしたの、そのムチ? 船に乗る前は持ってなかったよね?」
何とか話を逸らすと、ゼシカは嬉しそうにムチを腰から外して見せてくれた。
「ああ、さすがに目ざといわね。さっき船長に挨拶した時に、タダ同然で譲ってもらったの。オセアーノンの時は見てただけで悪かったけど、次からは私もちゃんと戦うからね」
う……。何か、『やっぱり仲間になるのはナシ』とは言いづらくなってしまった。
「でも、ポルトリンクでエイトたちに会えて良かったわ。サーベルト兄さんを殺してしまう程の力を持ったドルマゲスを倒すには、今の私のレベルじゃ辛いもの。もっとレベルアップしたいけど、一人で魔物と戦うのって結構キツいし」
……そうだ。ゼシカは何も、僕らの仲間になることが目的じゃあないんだ。
仮に次の港で別れたとしても、ゼシカは一人で敵討ちの旅を続けるだろう。
女の人が一人でそんな旅をするのを、知らん顔するのは、やっぱりすごく後味悪いんだろうな……。


結局、ゼシカに『家に帰った方がいい』とは言えなかった。
一人にするのは心配ってだけじゃなく、ゼシカが思ってたより話しやすい人で、とりあえずは一緒でもいいかなって思ったのもある。
今度はそれを、ヤンガスにどう話そうかを考えたいのと、王様のご意見も伺っておきたいのとで、僕は船長の部屋を訪ねた。
テーブルの上に大荷物を広げていた王様は、何やら上機嫌だった。
「直った、直った! ようやく直ったわい! おお、エイト! いいところに来た! 今ちょうど、こいつが直ったところじゃ!」
王様が『こいつ』と言って指さしたのは、三色の宝玉が嵌められた、不思議な雰囲気の釜だった。
「じゃじゃ〜ん! これじゃ! この釜、一見すると普通の釜のようじゃが、なんと伝説の錬金釜なのじゃぞ!!」
錬金釜と言われても、何のことかわからない僕に、王様は丁寧に説明してくださった。
この錬金釜は、中に二つの道具を入れれば、違う道具を生み出すことの出来る、魔法の釜だそうだ。
お城に伝わっていた秘宝を、王様が何とか持ち出されて、夜な夜な修理しておいてくださったらしい。
城を出てからというもの、王様は町に入ることも出来ずに野宿続きだというのに、頭が上がらない。
「とにかく、この釜は馬車に積んでおくから、一度使ってみるのじゃ。操作は簡単じゃからな」
せっかくなので、早速釜を使ってみようかと思ったら、船員さんが船が到着すると伝えに来た。

下船準備をする為に、釜を馬車まで運ぶ途中、僕の胸は不思議と高まっていた。
色々と錬金釜の使い方を説明してくださる王様はとても楽しそうで、こんな姿は旅に出てからは初めてで、何とか上手に良い物を作って、もっと喜んでいただきたいと思う。
とりあえず薬草はたくさん持ってるし、使わなくなった防具とかも材料に出来たら、お金はかけずに済むかな、とか考えると結構楽しい。
新しい大陸では、珍しい物も安く売ってるかもしれないし、ゼシカが言ってたように、何が待ち受けているのかを考えると、胸がドキドキする。

ドキドキしていたゼシカの胸……。

僕は、頭の中に浮かんでしまった映像を、慌てて振り払う。
馬車越しに姫様が僕のその様子を見ていて、不思議そうに首を傾げていた。

第九話へ

長編ページへ戻る


トップへ戻る