ドルマゲスを追わねばならんというのに、エイトのヤツめ。兄の敵討ちに家を抜け出した、ゼシカとかいう娘を連れ戻す為に、リーザス村の東にある塔なんぞに昇っていきおった。
あやつは昔から、お人よしのくせに、頑固なマイペース者じゃった。
頼まれたらイヤと言えん上に、一度引き受けたことは、頼んだ側がいくら『もういい』と言っても、必ず最後までやり通してしまう。
「のう、ミーティアや。エイトをこんな旅に連れて来てしまったのは、少し軽率だったかのう?」
あやつのことじゃから、この先がどんなに辛い旅になろうと、ワシらを元の姿に戻すことを、決して途中で諦めたりはしないじゃろうからな。
一刻も早くドルマゲスを捕まえんと、まだ若いエイトの人生を、台無しにしかねん。

ミーティアは、ワシの言葉には返事をせず、西の方角を向いて鼻を鳴らす。
馬の姿になってからというもの、ミーティアは聴覚が鋭くなったようじゃ。誰かが近づいてくると、こうして真っ先に教えてくれるようになった。
ミーティアの示す方向を見ると、赤い髪を頭の横に二つに分けて束ねた娘が、花束を手にこちらへ向かってきておった。
何やら思い詰めたような様子で、道の脇の木陰で休んでおったワシらに気づきもしないで通り過ぎ、塔の中へと入っていってしまった。
もしやあれが、エイトたちが捜しにいったゼシカという娘かもしれん。
だとすると、エイトたちとは行き違いになったようじゃ。
エイトが村人に聞いた話によると、この塔の中には魔物が出るということ。
それに塔の造りが複雑だと、中でも行き違いになりかねん。
かといって、今からあの娘を追いかけるということは、ミーティアを一人でここに残して行かねばならんということになる。
このような所に、話すことも出来ん姫を置いていくのは忍びない。

「ブルルッ」
そんなワシの気持ちを察したように、ミーティアが鼻でワシの背を押してきた。
その瞳からは『行ってあげて』という想いが伝わってくる。
「姫や……。お前は本当に優しい娘じゃな。わかった、ワシはあの娘を連れ戻しに行ってくる。念の為に聖水を撒いていくから、ここから決して動くでないぞ」
見れば、あのゼシカという娘はミーティアと同じ年頃。
そしてミーティアとは違い、父親は既に故人になっているという話じゃ。
ここはやはり、頼りになって優しくてダンディなワシが、父親代わりになって、あの娘を守ってやらねばならんじゃろう。


すまん、姫や……。
ワシには、このゼシカという娘を連れ戻すのは無理そうじゃ。
何しろこの娘、ものすごく、おっかないのじゃ。
想像以上に複雑な造りの塔を、全く迷うことなくスイスイと昇っていく途中、たまに出くわす魔物を、炎の呪文でバッタバッタとなぎ倒していく。
確実に勝てそうな魔物以外は相手にせずに逃げたりしている辺り、実に戦い慣れしていて冷静なのじゃが、途中に置いてあるタルやツボの中を覗き込む度に、全身に殺気が漲っていくのがわかる。
魔物の姿のワシが迂闊に姿を現そうものなら、容赦なくブッ殺されるのは間違いないじゃろう。
見つからないように、後ろから見守るのが精一杯じゃ。
じゃが、この魔物のような姿にも、一つだけ得なことがあったようじゃ。
ゼシカという娘がやり過ごしていった魔物たちは、ワシの存在に気づいても決して襲ってこようとはしない。
これは、魔物同士の間では争いはないということになるのかのう。
だとすれば、人間同士よりも余程、平和的に生きているという風にも考えられるのかもしれんな。何とも複雑な気分じゃ。


「あんたたち……。とうとう現れたわね!」
先に階段を昇っていったゼシカが、花束を落とし、そう言ったのが聞こえてきた。
「リーザス像の瞳をねらって、絶対にまた現れると思ってたわ!」
どうやら曲者を見つけたようじゃ。
「兄さんを殺した盗賊め! 兄さんと同じ目にあわせてやる!」
素早く指先に魔力を集めたゼシカが、メラを何者かに向かって投げ付けた。
ワシは、ゼシカにも盗賊にも気づかれん高さまで慎重に階段を昇り、階上の様子を確かめる。
すると、ゼシカが攻撃しておったのは、何とエイトとヤンガスじゃった!
どうやら、盗賊と勘違いされたらしい。
じゃが、二人とも炎に焼かれた様子は無く、再び放たれたメラも無人の床に当たる。
「盗賊だけあって、さすがにすばしっこいわね! だけど、今度はにがさないわよ!」
ゼシカは、テンションを溜め始めた。
テンションを上げている間は行動は出来ないが、その溜めた力を上乗せすれば、たとえメラの呪文であっても、メラミ並の威力となる。
今のエイトとヤンガスのレベルでは、致命傷になりかねん攻撃じゃ。

しかし、このゼシカという娘、問答無用でエイトたちを攻撃してしまうことといい、頭に血が昇ると何も考えられなくなるタイプらしい。
魔法を使う者なら誰でも知っている常識を忘れてしまっておる。
一度狙いをつけて放たれた呪文は、マホカンタの効果で跳ね返す以外の方法では、決して誰にも避けることは出来んということを。
先程までの呪文がエイトたちに命中しなかったことには、何か特別な力が働いていたということじゃ。

「覚悟…しな……さ…い……」
最大限まで威力を溜めたメラを、ゼシカが放とうとした時じゃった。

〔ま…待て…………〕

頭の中に、直接響く声がした。
ワシももちろん、その場にいた全員が声の主を捜して辺りを見回す。

〔私だ…ゼシカ……。私の声が…わからないか……〕

「サ…サーベルト兄さん……!?」
サーベルトとは確か、先日この塔で殺害されてしまった若者の名だったはず……。

〔その呪文を止めるんだ……。ゼシカ……。私を殺したのは…この方たちではない……〕

「と…止めろったって……。もう止まんないわよっ!!」
ゼシカは自らの呪文の反動に耐え切れずに尻餅を着いたが、放たれたメラは大きく弧を描いてエイトたちから逸れ、誰も傷つけることは無かった。

そして、リーザス像が預かってくれていたという、サーベルトの魂のかけらの言葉により、像の瞳の中に残されていた記憶を見たワシらは、この塔で起きた出来事の全てを知ることが出来た。


村人以外は開け方を知らぬはずの、この塔の扉が開かれていたのを不審に思い、様子を見にきたサーベルトは、この最上階の像の前に辿り着いた。
それまで、誰もいなかったはずの場所に突然現れた男は、『悲しい』という言葉を不気味に繰り返していた。
剣士であった若者は、剣を抜くことも適わず、身体の自由を奪われながらも尚、決して勇ましさを失うことはなかったが、何一つ抵抗することも出来ぬままに、我が城から奪い出された杖に身体を貫かれ、その場に斃れて動かなくなってしまった。
サーベルトを殺した男は狂ったように笑い、現れた時と同じように、まるで幽霊のように突然に消え失せていった。


役目を終え、天に昇っていく兄の魂を繋ぎ止めようと伸ばされたゼシカの両腕が、力を失ったように下へと落ちる。
そしてその両手で顔を覆ったまま、ゼシカはその場で泣き崩れた。
じゃが、それで良い。
愛する者を失って、悲しむのは当たり前のこと。
ワシも最愛の妻を亡くした時、王という立場上、人目のある所では悲しみに暮れる姿など見せられんかったが、誰も見ていない場所でこっそりと泣いておったものじゃ。
この塔を昇っている間のゼシカは、思い詰めすぎてどこかで破裂してしまいそうな気配を醸しておったが、こうして素直な涙を流すことが出来たなら、きっと立派に立ち直ることも出来るじゃろう。

しかし、これは由々しき事態じゃ。
「ふーむ、なんたることじゃ。あのサーベルトとやらを殺したヤツめ、まちがいなくドルマゲスじゃっ!!」
ワシがそう叫ぶと、ヤンガスのヤツめが、大袈裟に驚いて飛びのきおった。
「おっさん! いつの間に!?」
像の瞳を見ている間、ずっとここにいたというのに気づかないとは、こやつも随分鈍いヤツじゃのう。
しかし、なぜかはわからんが、サーベルトとやらもまた、わしらにドルマゲスを倒せと言っておるようじゃ。

「それじゃ、わしは馬車で待っておるぞ。じゃっ」
この姿でいる間は、魔物に襲われることは無いらしいので、エイトとヤンガスが塔を降りる時の足手まといにならんように、一足先に外に戻った。
一人で戻ったワシを、やや咎める様子で見てきたミーティアに、塔の中で起こった全てを説明してやる。
ミーティアは、サーベルトの死を悼むように、沈んだ様子になってしまった。
「のう、姫や。ワシらには、ドルマゲスを追う理由が、また一つ増えてしまったようじゃ。あのサーベルトという若者の意志が無ければ、エイトは今頃、あのゼシカという娘に焼き殺されてしまっておったかもしれん」
あの塔で、ゼシカの魔法がエイトたちに命中しなかったのは、おそらくあのサーベルトの意志がそうさせていてくれたのじゃろうからな。
それに、あのサーベルトという青年、実に立派な人物じゃった。
理不尽に命を奪われていながら、自分の不運をいたずらに嘆くことなく、残された者の気持ちを思い、愛する妹を穏やかに力づけて天へと旅立っていった。
あの若さで、中々出来ることではない。

「我らの臣下の命を守ってくれた者の無念、主君のワシらが必ず果たしてやらなければの」
ワシの言葉にミーティアは一つ嘶き、そして力強く頷いた。

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