「やっぱりこうして外を歩いてる時に、後ろから馬車の音が聞こえると安心するわね」
ゼシカさんが、優しい声で笑いかけてくれます。
ミーティアも、またこうして旅が出来るようになったのは嬉しいのですが、今回の事では皆さんに本当に迷惑をかけてしまい、とても恥ずかしいです。
これからは、もっと気をしっかり張って、売られたりしないように気をつけなくては。


ヤンガスさんのお知り合いの情報屋さんに会う為、再びパルミドへ戻ることになりました。
この町では、人がさらわれたり、物が盗まれたりというのは珍しいことではなかったそうで、もうミーティアは町に入らない方がいいそうです。
お父様も私を心配して、ずっと一緒にいてくださいます。
ところが……朝早くに情報屋さんに話を聞きにいっただけのはずのエイトたちが戻ってきたのは、もう陽が暮れる頃になってからでした。
エイトたちが情報屋さんの聞いてきた話によると、ドルマゲスは海の上を歩いて、西の大陸へと渡ったということです。
そして、ポルトリンクから西に進んだ先の荒野にある、古代の魔法船を手に入れてはどうかと、アドバイスされたそうです。
荒野にある船というものが、果たして本当に動かせるのかは不安だけど、今は魔物が凶暴化してるせいで、西に渡る定期船は出てないそうです。
そうなると、私たちには海の上なんて歩けない以上、その情報を調べてみるしかありません。
「ところで、戻るのが随分と遅かったようじゃが、町の中で何かあったのか?」
そのお父様の問いに、ククールさんが、よく訊いてくれたとばかりに答えました。
「信じらんねぇよ、こいつ。この盗っ人だらけのパルミドでも、他人の家に入り込んで、いつもの調子でタンスとか漁ってんだぜ? どっちが悪党だか、わかりゃしねえ。最近、ちょっとおとなしくなったと思ってたのにな」
そのククールさんの言葉で、エイトはポンと手を打ちました。
「あ、そうだ。アスカンタでは忘れてた」
そうしてエイトは、とても楽しそうにアスカンタに寄ることを告げました。
そういえば、アスカンタを出る頃のエイトは、少し元気が無かったんだったわ。
今ではすっかり元通りのエイトになってるようで、良かった。


なのに……。
アスカンタで用を済ませて、荒野へ向かう為にポルトリンクにルーラしてすぐ、エイトは、馬と新しい馬車を買いたいと思ってるのだと、突然言い出したのです。

……どうして?
ミーティアがいるのに、どうして馬を買いたいなんて言うの?
今度のことで、迷惑をかけて足手まといになったから?
だからもう、ミーティアを連れて旅をするのが、イヤになってしまったの?

「いきなり何を言い出すんじゃ、エイト。ようやくこうして、姫を取り戻せたばかりじゃというのに」
何も話せないミーティアの代わりに、お父様が訊いてくれます。
「ゲルダさんの家の馬小屋で…ククールが言ったんです。『辛い旅を続けるより、ここにいた方が姫様は幸せなんじゃないか』って」
「そんな事を言いおったのか?」
お父様に睨みつけられ、ククールさんが慌てたような声を出します。
「いや、でも実際そうだろ? 馬車馬って相当重労働だぜ? 城育ちの姫にはキツいだろうと思っただけで……」
「いいんだ、わかってるよ。あの時のククールは、半分位は面倒臭くなって、軽い気持ちで言ってみただけだって。僕もその言葉を聞いた時は頭にきて、思わず剣を抜いて斬りつけそうになったけど……」
……何かしら。今、ちょっと怖い言葉を聞いたような……。
「でも、言ってる事は間違ってないと思った。やっぱり、姫様に馬車を牽かせるなんて、もうしたくない。だから……」

待って!
イヤ! 置いていかないで!!
もう二度と、売られたりして迷惑をかけるような事しないから!
馬車を牽くことなんて、ちっとも辛くなんてない。だけど、エイトと離れるのはイヤ!
確かにゲルダさんの所では、良くしてもらったわ。
馬小屋は清潔で、お世話してくれた方も、とても優しくしてくれました。
でもそれは、あくまで馬に対してのもので……。
エイトたちが見つけてくれるまでの間、私が本当は人間なのだと知らない人達の中で、ずっと馬として生き続けなければならないのかと想像してしまって、頭がおかしくなりそうだった。
それに比べたら、どんなに危険な場所でも、辛いなんて思わない。
だからお願い、連れていって!

「だから、姫様も乗れるような大きな馬車に買い替えたいと思ってます」
……えっ?
「それに折角だから、野宿する時も全員が中で眠れるだけの広さがあれば、もっといいと思うし、そうなると馬も一頭じゃあ可哀想だから、四頭立てぐらいの方がいいと思うんですが……」
えっと……それはつまり……。
「え〜と、兄貴? それはつまり、馬姫様をゲルダの所に預けるとか、そういう話じゃないんでがすね?」
そう! そうです。ミーティアも、そういう話だと思ってしまったの。
「預ける…? って、姫様を? ……いや、それは無理。僕が無理」
突然、ククールさんが吹き出しました。
「そっ、そうだよなぁ。いや、見直したよ。エイトがここまで、自己分析をしっかり出来るとは思わなかった」
「うるさい」
エイトが背中の剣に手をかけると、ククールさんはピタリと黙ってしまいました。
「あの時の事は反省はしてるよ、すごい迷惑かけたって。それに本当に姫様の為を思うなら、どこか安全な所で待っていただいた方がいいのもわかってる。でも僕は、姫様が側にいてくれないとダメなんだ。だからせめて、少しでも姫様には楽をしてほしいと思ってるだけなのに……」
エイト……。エイトはミーティアが必要だと言ってくれてるの?
ミーティアはずっと、エイトに付いていってもいいのね?

「それで…馬車を買い替えるにしても、それだけの資金を貯めるのには時間がかかりそうだから、とりあえず馬車は後回しにして、馬だけ先に買った方がいいのかと迷ってて、王様や皆の意見も聞きたかったんだ」
「ちょっと待ってよ、エイト。それは順番が違うんじゃない?」
ゼシカさんが、ミーティアの側に来ます。
「王様よりも誰よりも、姫様の意志が第一でしょう? ちゃんと確かめたの?」
エイトは黙ったまま、首を横に振りました。
「まったく。男の人って、どうしてこう勝手なのかしら。ねえ、姫様? 姫様は馬車を牽くの、イヤだった?」
……いいえ。
ゼシカさんだって私と同じ年頃の女性なのに、男の方たちと肩を並べて魔物と戦っていて。
お父様も夜毎、錬金釜を直したり、戦いの記録を付けて魔物のリストを作ったりと、エイトたちの役に立とうとなさっています。
もし馬車を牽くことで、こんな私でも役に立てるのなら、せめてその役目だけでも務めさせてほしい。
でもそれを言葉にして伝える事は今は出来ないから……ただ、首を横に振りました。
「ほら、見なさい。女が皆、守られるだけで満足するなんて思わないでよね」
ゼシカさんが、ミーティアの鬣を撫でてくれます。
「一緒に頑張ろうね、姫様。これからもよろしくね」
……ええ。ありがとう、ゼシカさん。ミーティアの気持ちをわかってくれて。
「姫様……でも、僕は……」
エイトが、悲しそうな顔をします。
せっかくミーティアを気遣ってくれたのに、ごめんなさいね。
でも、何の役にも立てないのに連れていってほしいと望むのは、却って苦しいの。
「エイト。お前の気持ちはありがたいが、ここは姫の好きにさせてやってくれ。ほれ、お前も知っておるじゃろう。姫は一度言い出したら、きかんからのう」
ええ。お父様のおっしゃる通りです。
だってミーティアは昔から、とってもワガママなんですもの。

でもね、エイト。
ミーティアは、ゲルダさんの所で完全に馬として扱われて、初めて気が付いたの。
いつも優しくしてくれるゼシカさんだけでなく、私を『馬姫』と呼ぶヤンガスさんや、『馬として扱う』と言っていたククールさんだって、本当はちゃんと、私を人間と認めて接してくれていたのだということに。
でもそれは皆さんが、あくまでエイトの言葉を信じてくれているからなのよ。
エイトがいてくれるから、ミーティアの心は、人間のままでいられるの。
だからミーティアは、エイトとずっと一緒にいたい。
今はお馬さんでワガママも言えないことだし、役に立てるように頑張るから、安心してミーティアを連れていってね。

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