エイトの兄貴は、ドルマゲスとかいう道化師ヤロウをこらしめるために、レベルアップすることを決めなすった。
それで、ユリマ嬢ちゃんの頼みを聞いて、滝の洞窟まで水晶を取りに行く道すがら、試しに魔物と戦ってみようってことになった。
運のいいことに、トラペッタの辺りは襲ってくる魔物が弱っちいし、有り金全部で薬草をを買い込んでたんで、死にそうな目に遇うこともなく、すぐに3段階ほどレベルアップ出来た。
だが、その程度レベルアップしたぐれぇじゃあ、アッと驚くほど強くはなれねえらしい。
滝の洞窟ってのに入った途端、襲ってくる魔物の種類がガラッと変わって、急に強くなりやがって、ヤバいと感じて、すぐに外に出た。
薬草も使い切っちまったし、洞窟自体もどれだけの広さかもわからねえんで、一旦トラペッタの町に戻ることにした。

トロデのおっさんは、出直すことにブツブツ文句を言うかと思ったんだが、薬草も無しで洞窟探検をしろって命令するほど、メチャクチャな性格でもねぇらしい。
『王族であるわしらが、そんな危険できつくて、きたない場所に行くわけにいかんからのう』なんてぬかしやがった時にゃあ、ブッ殺してやろうかと思ったもんだ。
でも、街道ではレベルアップに馬姫様とおっさんを巻き込まないように、魔物から引き離さねえといけない気苦労を考えると、洞窟なんかには付いてこねぇでくれたほうがありがたいぐらいだ。

トラペッタに戻る途中で、もう一段階レベルアップもして、もうこの辺の街道を歩く分には魔物にやられる不安はねえ。
だけど、あの洞窟にこの状態のままで深入りするのはヤバいよなあ。
だいたいオレは洞窟には、いい思い出が無いんだ。
ヤバくなってもキメラの翼で戻れるわけじゃねえ洞窟に入っていく為には、薬草なんかをたくさん買い込むより、いい武器や防具を買った方がいいんじゃねえかと思うんだが、残念なことに先立つモンがねえ。
不思議なことに、魔物を倒した跡ってのには、必ずいくらか金が落ちてるんだが、それだって魔物を倒す苦労には見合わねぇ程度の金額だ。
こうなると、鉄のオノを川に落としちまったのは痛ぇが、無くなっちまったモンはしょうがねえ。
ここは一つ、兄貴の為に、オレが一肌脱ぐしかねえよなぁ。


「兄貴。南の滝の洞窟ってのが、どれだけの広さなのか、潜ったことのある人間が町にいるかもしれやせん。ここはちょっと、話を聞いて回ってみる価値はあると思いやすが」
もっともらしい言い訳を考えついて、民家に入り込む口実を作る。
そして兄貴が家の人間と話してる間に隣の部屋へ入り、タンスやツボの中を漁って、金目の物を探す。
これじゃあ盗賊じゃなくてコソドロだが、背に腹は変えられねえ。
だけど兄貴の目を盗んでの物色なんで、ロクなもんが集まらねえ。
それにこれだと兄貴を利用してるみたいで、罪の意識みたいなモンまで邪魔しやがる。

「ヤンガス? こんな所で何してるの?」
タンスで見つけた布の服を、どこに隠そうかとモタモタしてた所を、兄貴に見つかっちまった。
「……どうしたの? タンスなんか開けたりして。それに手に持ってるのは?」
ああ、チクショウ! 結局オレなんて、足を洗ったなんて言ったところで、ケチな盗っ人の本性は変わらねえ。
だけど、男が一度約束した物を取れずに、無様に洞窟から逃げ帰るなんてマネ、エイトの兄貴には絶対にさせたくねぇんだ。
「兄貴。兄貴はご存じねえでしょうが、悪を追っかけて冒険する旅人にとって、『町中の人間の話を聞くこと』と『タンスやツボから役に立ちそうな物を探すこと』は常識なんでがすよ。アッシは難しい話を聞くのは苦手でげすから、人の話を聞く役は、兄貴にお任せするでがす。お宝探しの方は、アッシに任せてくだせえ」
……こういう時、もうちっと頭のデキが良く生まれてこなかったのが、悔しいぜ。
どこの世界に、こんなヨタ話に騙される人間がいるってんだ。

「うん、知ってる。お城の図書室にあった本にも、そういうことが書いてあったよ」
「そうでがす。本にも書いてあるほど……って。……えええええっ!!!?」
エイトの兄貴の意外なお言葉に、ついデカい声を出しちまった。
「勇者の一族の、三部作の冒険物語なんだけどね。特別な血筋で、魔王を倒してほしいって世界中の人に応援されてるから、家の中の物も取り放題なんだ。すごい話だよね。子供の頃、城の図書室で姫様と一緒に読んだんだけど、『絶対マネしちゃいけませんよ』って司書さんに言い聞かされたよ」
いや、兄貴。これはそんな呑気な話じゃなくて……。
「……だけど、本当に自分が、あの本の物語みたいに、困ってるお姫様を助ける旅に出るなんてね…………よし!」
兄貴は、布の服を握り締めて、隣の部屋へ歩いていく。

「すいませーん! この服、譲ってもらえませんか?」
いきなりそう言われたジイさんは、仰天した。
「なんじゃ、いきなり! お前さん、何を勝手に、他人の家のタンスを開けとるんじゃ!」
ジイさんの言い分は、もっともだ。『譲ってくれ』って頼んで、『はい、どうぞ』なんて渡してくれるような、うまい話があるわけねえ。
「それは謝ります。すみませんでした。でも僕たちは今、とても困ってるんです。訳あって、満足な支度も出来ないで、こうして旅に出なくてはなりませんでした。着替えも持ってないし、お金もわずかしか無いんです。大切な物でしたら、無理にとは言いません。ですが、古着でも何でも構いませんので、いらない物があったら譲っていただけないでしょうか。お願いします!」
兄貴はジイさんに、深々と頭を下げた。

オレは今まで、男ってのは、こんな簡単に頭を下げるモンじゃねえと思って生きてきた。そんな弱気なこと、恥ずかしくてカッコ悪いじゃねえか。
……だけど今の兄貴の姿は、何ていうか、すげえカッコ良く見える。

「う〜〜〜〜ん……」
ジイさんは、しばらく考えながら、何やらブツブツ言い出した。
「お前さんたち、ライラスを訪ねてきた道化者を追ってると言っておったな……」
『道化者』という言葉に、兄貴が頭を上げた。
「わしゃ、見たんじゃ! あの家事が起こる前の晩じゃった。ライラスが、あの道化者と言い争いをしとるのをな。お前は、まだそんなことをしとるのかっ! と、ライラスはえらい剣幕じゃったのう……」
そういえば、ライラスってジイさんは火事で死んだんじゃなくて、誰かに殺されたんだって噂が町には流れてた。
もしかして、その犯人が……。
ジイさんは、兄貴の目をじっと見ている。
「……確かに、お前さんたちは困ったことに巻き込まれてるようじゃな。よし、わかった。その服は持っていくといい」
ジイさんの言葉に、兄貴の顔が、パッと輝いた。
「じゃが、ただでというわけにはいかん。見ての通り、年よりだけの暮らしじゃ。掃除の手が行き届かん。そこにある、ツボとタルの中身を整理していってくれ。ロクな物は入っとらんが、必要な物があったら、持っていっても構わんよ」

ジイさんの言う通り、タルの中身にはロクなもんが無かったが、ツボの中には8Gの現金が入ってた。
だけどジイさんは、『気づいてなかったんだから、無かったのと同じ金だ』って、それも持っていっていいと言ってくれた。
「それじゃあ、お言葉に甘えていただいていきます。本当にありがとうございました」
そして、兄貴はまた深々と頭を下げる。
今度はオレも、兄貴のマネをして頭を下げてみた。
「ありがとうでがした」
不思議と、少しも恥ずかしいとは思わなかった。
「もし機会があったら、また来るといい。ライラスと道化者の話を出来るだけ、思い出しておこう。そうしたら、少しは旅の役に立つじゃろう」
ジイさんは、ニコニコ笑って手を振ってくれた。

その後も、ルイネロの友達だっておっさんに、滝の洞窟に水晶を取りに行くんだって話したら、『ルイネロが立ち直るキッカケになるなら』ってへそくりの20Gの場所を教えてくれた。
ユリマ嬢ちゃんも、もしもの時の為に蓄えておいた薬草や貯金を出してくれたりした。
そうやって一日かけても、集まったモンはたかが知れてたが、それでもお天道様に恥じることのねえ、真っ当な手段で手に入れたモンばかりだ。

「兄貴。アッシは、今日ほど人情のあったかさってヤツをありがたく感じたことは無いでがす。きっと兄貴と会わなかったら、この先も知る機会は無かったかもしれないでがすなあ……」
「おおげさだなあ、ヤンガスは。でも、本当にありがたいよね。きっとこれも、この町の人達がルイネロさんに何とか立ち直ってほしいって思ってるからだよ」
いや、それだけじゃねえ。
兄貴が誠意ってヤツを持って真剣に頼んだから、きっとその気持ちが伝わったんだ。
だけどオレには、マネできねえ。
オレはもう、兄貴のような純粋さを持っていられる程、若くもない。

「あ、そうだ、ヤンガス」
兄貴はあくまで、ニコニコ笑ったままだけど、ちょっと低い声で後を続けた。
「もう、さっきみたいなことはナシだよ」
「……さっきみたいなって?」
「『いざって時は、自分一人が捕まればいい』みたいな考えで、一人で危ないことを引き受けるなんてのはナシ! ……だってさ……そんなの寂しいよ」
「兄貴……」
ああ、オレはバカ野郎だ!
兄貴は純粋だってだけじゃない。オレが何を考えてたのか、全部わかった上で、こうして怒りもしないで教えてくれてんだ。
「兄貴! アッシは、どこまでも兄貴に付いていくでがす。どうかアッシに、真人間としての生き方を教えてほしいでがす!」
「あはは。ホントにヤンガスはおおげさだなぁ。そんな、僕だって真人間の道なんて教えられないよ。……だけどさ。せっかくこうして一緒にいるんだから、困ったことがあった時は、お互い助け合おうよ」

オレが、一度は足を洗おうとしたのに結局出来なかったのは、何の目的も考えも無かったからなんだろうなあ。
でもこうして兄貴と出会えたことで、やっと真っ当な人間ってヤツが何なのか、ちっとはわかりかけてきたような気がする。
やっぱり人間ってのは『人情』が大事なんだ。
よし! ここからがオレの『真人間の道』ってヤツの始まりだ!

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