思ったよりも時間がかかったように感じたけど、エイトたち三人は、無事に洞窟から戻ってきてくれた。
「さっきは、そっけなくしてゴメンね、ゼシカ。姫様の事で、少し焦ってたみたいだ」
エイトは、洞窟に入っていく前とは全然違って、すごくスッキリした顔になっていた。
「ううん、いいの。エイトが焦っちゃう気持ちは、私にもわかるし」
「ゼシカは優しいねえ。あんまりエイトを甘やかさない方が、いいんじゃないのか?」
ククールが近づいてきそうな気配に、レザーマントを突っ返して牽制する。
「使わなかったけど、一応お礼は言っておくわ。ご親切に、どうもありがとう」
「ゼシカちゃん……オレに対してとエイトに対して、態度が違いすぎない?」
当たり前よ、怒ってるんだから。
エイトは焦ってたから、私を置いて行こうとしたのは仕方なかったと思う。
でもククールはそうじゃなくて、素の状態で私を置いていったのよ?
体力無いのを気遣ったつもりなのかもしれないけど、ムチもMPも無い状態で置いていかれる方が、よっぽど心細いのに……。
………………。
「違うでしょう!!」
思わず怒鳴ってしまうと、エイトもククールも、驚いて三歩くらい後ずさった。
「ク、ククール。何したのさ?」
「おい、こら。何さりげなく、オレのせいにしようとしてんだ。何にもしてねぇの、見てただろ」

私のバカ。
『心細い』って、何よ。
元々は、一人でも兄さんの仇を討とうって、家を飛び出したのに、こんな気の弱いこと考えて、どうするのよ。
むしろ私は、トロデ王を守らなきゃいけなかったんだし、もしも三人とも戻って来なかったら、助けに行かなきゃならない立場だったんだ。
それなのに、いつからこんな、守られる側みたいな甘えた考え、持つようになっちゃったんだろう。


とりあえず、今夜はパルミドに戻って休むことになった。
トロデ王とククールは渋ったけど、トロデ王が普通に入れて、食料なんかの買い出しも出来る町は他に無いんだから、仕方ないじゃないの。
ヤンガスが案内してくれた食堂は、お世辞にも綺麗じゃなかったし、宿屋からも少し遠かったけど、量が多くて安くて、結構美味しかった。
トロデ王は、慣れない徒歩の旅ですっかり疲れてしまったらしく、食事の途中で眠ってしまい、エイトがそのまま背負っていくことになった。
私も、油断すると眠ってしまいそう。
ゲルダさんの家までと、剣士像の洞窟までは、結構強行軍だったから、もうクタクタだわ。
外に出て、眠気を覚まそうと伸びをして、深呼吸する。
そしたら、角を曲がってきた集団にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい……」
その人たちの顔を見た瞬間、息が止まりそうになった。
この人たち……!
姫様がさらわれた直後、私を襲って、売り飛ばそうとした人達だった。
向こうでも私に気づいたようで、こっちを見て、何かヒソヒソと話してる。
ど、どうしよう……。
足が竦んでしまって、身体が震えてしまう。
急にあの時の事が、生々しく頭の中に蘇ってくる。
身体が動かなくて、声も出せなくて、何をされるかわからなくて……。
あんな思いするの、もういや…!!

不意に、目の前に壁が出来た。
真っ黒の中で一筋の銀髪だけが、月の光を反射して輝いている。
私はとにかく何かに縋りたくて、思わずレザーマントを強く握り締めた。

少しの間があって、ククールが微かに振り返った気配がした。
「大丈夫だ。いなくなった」
その言葉に、マントを握っていた手を離そうと思ったけど、指が硬直してしまってて、思うようにいかない。
「……笑って…いいわよ……。いつもの生意気さは、どこ行ったんだって……」
あれだけ女扱い、子供扱いされるのに反発してるのに、いざとなったらこんな風に何も出来ないなんて、情けなさすぎる。
「笑う場面じゃないだろ。あんな目に遇ったんだから、そのくらいで普通だ」
……何よ。
いつもはふざけて、からかい半分で口説いてくるくせに、こういう時だけ普通に優しいなんて。
「私だって……MPさえ残ってれば…あんな人たち、怖くないんだから」
皆が一緒にいるってことさえ、頭から吹っ飛ぶほど動揺しておいて、説得力無いにも程があるわ。

「すごいね〜、ククール。やっぱりキレイな顔で凄むと迫力あるよ。さっきの人達、ガン付けただけで逃げてっちゃった」
エイトの呑気な声で、ちょっと気が抜けた。
「人聞きの悪い言い方すんなよ。オレはただ、天使の様な眼差しで見つめてやっただけだ」
「あ、いいね、それ。天使のガン付けって。魔物相手にやってみたら? きっとダメージ与えられるよ。あまりの怖さに、身体が硬直くらいするんじゃないかな」
「お前、どうあっても、オレをイロモノにしたいらしいな」
どこまで本気かわからないエイトの言葉を聞いている内に、気だけじゃなく、身体の力も抜けてきた。
二人が冗談みたいな話をしてる間に、私はこっそりと、ククールのマントから指を離した。


宿屋に入り、トロデ王をベッドに寝かせると、エイトは私の方に向き直った。
「さて、と……。さっきの人達と、何があったの?」
不意打ちに、鼓動が跳ね上がった。
「あの怖がり方は、普通じゃないよね。何か酷いこと、されたりしたの?」
エイトの言い方は優しいんだけど、目はちょっと怒ってるように見える。
出来れば知られたくなかったんだけど、こんな真剣な顔をされて、嘘は吐けない。
「襲われたことがあるの……多分、売り飛ばすつもりだったんだと思う」
「いつ?」
「姫様がさらわれて、捜してる途中で……。でも、何ともなかったのよ? ククールが、すぐに助けに来てくれたから」
私がそう言ったら、エイトは今度はククールの方に向き直る。
「じゃあ、ククールは知ってたんだ?」
「ああ、まあな」
「そういう事は、すぐに言ってくれないと困るよ」
エイトの口調は、思いもかけないほど厳しかった。
「知ってたら、さっきみたいに鉢合わせしないように気をつけたし、そうしたらゼシカに怖い事を思い出させずに済んだかもしれない。今度から、そういうことがあったら、すぐに報告してほしい」
そんな……。私の不注意が原因のことで、ククールがこんな風に言われるなんて。
「待って、エイト。ククールは私の為に黙っててくれたの。私が、みんなに余計な心配かけたくなかったから……」
「ゼシカもだよ。後で知った方が心配するんだから、ちゃんとすぐに言うこと」
「……はい。ごめんなさい」
私の方がエイトより年上なのに、どうしてなのか、こういう時には迫力負けしてしまう。
「確かに、エイトの言う通りだな。オレが間違ってた。次からは気を付ける。……リーダー殿は、だいぶ調子が戻ってきたみたいだな。そういうハッキリ物を言うところ、オレは嫌いじゃないぜ」
ククールが全く気を悪くした様子が無いのは安心したけど……この二人、さっきから随分仲良くなってない?
……やっぱり洞窟から戻ってくるのが遅かったのは、中で何かがあったからなの?
そうだとしたら、何だか私だけ除け者にされたみたいで、ちょっと悔しいかも。


「まあ、何はともあれ、ゼシカの姉ちゃんに何事も無くて良かったでげすよ。この話はこれくらいにして、今日はもう寝るでがす」
ヤンガスが間に入ってくれようとするのを、エイトが制した。
「待って、ヤンガス。まだ言っておきたいことがあるんだ。……ククール」
エイトは、更に改まった様子で、ククールに向き直る。
「ゼシカを守ってくれて、ありがとう」
その言葉に私は、一気に頬が熱くなってしまった。
だって、今の言い方だと、エイトがまるで私の保護者みたいじゃないの。
だから! エイトより私の方が、お姉さんなんだってば!
「それと、ごめん。わかってるんだ。僕が姫様の事で頭がいっぱいだったから、他に心配事を増やさないようにしてくれたって。だけど、行き先なんかの決定権が僕にあるなら、皆に何があったのかとかは、ちゃんと知っておきたいんだ。だから報告してほしい。ゼシカも、ごめんね。これからは、もっと気をつけるようにするから」
「別に、エイトに礼を言われたり、謝られたりすることじゃないぜ。元から、ゼシカを守るのはオレの役目なんだし。な? ゼシカ」
「……知らない」
何だろう、この気持ち……。
今の話を聞いていると、まるで私は守られる側の人間だと決めつけられたみたいで……何だかそれが、とても寂しかった。

次の朝。たっぷり二日分の水と食料と、洞窟の外で留守番のトロデ王の為の毛布を買い込み、剣士像の洞窟へとルーラした。
洞窟に入って、まず最初の地下一階は無事にクリア出来た。
襲ってくる魔物は、普通の攻撃が効きにくかったり、こっちの動きを止めようとしてきたりで、強いというよりは厄介って感じ。
地下二階に降りてから最初の扉を開けようとしたエイトを、ヤンガスが止めた。
「その先には下に降りる階段があるけど、最後は行き止まりになってるでがす。開けても無駄でげすよ」
「あ、そうなんだ。何か目ぼしいお宝とかは、無かったの?」
「さあ、どうでがしたかねぇ? あの時はロクに調べなかったんで、ちょっと覚えてないでがす」
エイトは本当に、いつもの調子を取り戻したらしく、お宝漁りの意欲を燃やしているみたい。
とりあえず、その扉の先に行くのは諦めたみたいだけど、更に進んだ先の、ツボが大量に並べてあった部屋では、喜び勇んで物色してた。
その隣の部屋では、宝箱に化けたひとくいばこに襲いかかられたりもしたのに、全く懲りる様子は無い。
まあ、その隣の宝箱に入ってた、可愛い子ネコの描かれた盾を私が貰えたから、文句も言いにくいんだけど。

「ねえ、ヤンガスは前にこの洞窟に来た時、どの辺まで行ったの?」
ツボを全部漁り尽くし、少し戻った長い通路をまっすぐ進んでいる時、エイトがヤンガスにそう訊ねた。
「…………でげす」
聞き取れないような小声で呟き、ヤンガスは前の方を指さした。
その先を見ると、扉らしきものが見える。
「ああ。あの扉の奥?」
そう聞き返すエイトに、ヤンガスは首を横に振る。
「その手前の穴でげす……」
……。
手前の穴って……。
確かに、落とし穴らしきものは空いてるわ。
でも、ある程度離れた場所から見てもわかるほどハッキリした穴で、何かで隠したりとかもされてないし、普通に考えて、これに落ちるのって、かえって難しいんじゃないの?
エイトもククールも同じように思ったらしく、気の毒そうな顔をしてヤンガスを見ていた。
「いや! あの時は、後ろから追っかけてくる魔物に気を取られて、前をよく見てなかったんでがす。アッシだって、こんな落とし穴とも言えないような穴に落ちるほど、ヌケてねぇでがすよ!」
ああ、そっか。そういう事。
そういえばエイトとヤンガスは、お互いに出会うまで、魔物と戦ったことは無いって言ってたものね。
何だかホッとしちゃった。
こんなあからさまな落とし穴に落ちるような人とは、さすがに一緒に旅をするのは不安だもの。
「それで、下に落ちた時に腕をケガして、それ以上は諦めたでがすよ。痛めたのが腕だったから良かったようなものの、足をケガして動けなくなってたら、そのまま魔物に喰われてたかもしれないでがす」
「そうなんだ……。良かった、そうならなくて。じゃあこれで、とりあえずは記録更新だね」
落とし穴を避けて通り過ぎたエイトがヤンガスに優しく笑いかけ、突き当たりの扉のノブに手をかけた。
「兄貴……。アッシは、エイトの兄貴と一緒に、前回の記録を更新できて嬉しいでげす」
ちょっと暑苦しい、友情だか兄弟愛だかが繰り広げられている中で、いきなり後ろから、ククールが大声で叫んだ。
「待て! エイト!」
その声に振り返る間もなく、いきなり後ろから腰に手を回され、引き寄せられた。
それは、一瞬息が詰まるくらいの突然さと強引さだった。
何するのよ、いきなり!
そう怒鳴りつけてやろうと思った時、目の前を風が吹いた。
……ううん。ここは屋内。風なんて吹く訳がない。
続いて、何か重い物が落ちたような、ドスンという音。
辺りを見回すと、さっきまでそこにいたはずの、エイトとヤンガスの姿が見えなくなっていた。
「遅かったか……」
頭の上からは、ククールの声。
私には、何が何だか、サッパリわからない。
「何があったの?」
「ん? さっきエイトが開けようとしてたあの扉。あれ、ノブを回すとバネで飛び出すようになってたんだ。それに押されたヤツは、見事にさっきの落とし穴に落っこちるって寸法だ。扉と落とし穴の位置から考えれば、もう少し早く気づいても良かったんだけどな。間に合わなかった」
……言われてみれば、あんな剥き出しの落とし穴が、ただあるわけないってことくらい、少し考えればわかることだったかもしれないけど。
私はその理由なんて、考えてみようともしなかった。
「……って、じゃあ、エイトとヤンガスは穴に落ちたってこと? こんなのんびり話してる場合じゃないでしょ!?」
ククールの手を振り払い、二人が落ちたらしい穴を覗き込む。
二人とも、痛そうに腰をさすってるけど、大きなケガは無いみたい。
「二人とも、大丈夫!?」
エイトがこっちを見上げて、手を振ってきた。
「あいたた…うん、何とか。ゼシカたちは無事で良かった」
ククールも、私の隣に来て、下を覗き込んだ。
「おい、気を付けてくれよ。エイトはともかく、ヤンガスの下敷きにだけはなりたくないぞ」
「う〜! 少しは労るでげす!」
確かに酷い言い方、とは思うけど……。
私も、それはイヤだわ。潰されずにいられる自信は無い。
「……ありがとう、ククール。助かったわ」
一応素直にお礼を言っておくと、ククールはいつものキザな調子でお辞儀をした。
「何度でも、お助けしますよ。お嬢様」
その言い方はイヤミったらしくて、ちょっとカチンと来てしまう。
でも……。
確かに、ククールには何度も助けてもらってる。
時々、今みたいに意地悪な言い方する時もあるけど、私が本当に参ってる時には、絶対にイヤがるような事はしてこない。

……いっそ、頼ってしまった方がいいのかしら。
回復魔法の使えない私は、どうしたって回復魔法の専門家のククールのお世話にならずにはいられない。
それだったら、初めから素直に守ってもらうべきなのかもしれない。

「ゼシカ? 聞いてる?」
考え込んでボンヤリしてたらしく、ククールの言ったことを、何も聞いていなかった。
「あ、ごめんなさい。何?」
「こんな洞窟で別行動は危険だし、二人を引っ張り上げるのも難しそうだから、オレたちも下に降りようって相談してたんだけど。いい?」
「うん。わかった。私はいいわよ」
「じゃあ、お先に」
言うなり、ククールは穴の中に飛び降りる。
……とりあえず、さっきの考えは保留にしておこう。
私も飛び降りようと立ち上がったんだけど、ククールが真下にいて、避けてくれない。
仕方ないから、ちょっと横にズレようとすると、ククールも同じ方に避ける。
私が動くたびにククールが真下に来るから、バカみたいにウロウロしてしまう。
それを何度も繰り返してると、いい加減にしてほしくなる。
「ねえ。ちょっとジッとしててよ」
私がそう言うとククールは、ニッコリ笑って両腕を広げた。
「オレが受け止めてやるから、怖がらずに遠慮なく飛び込んでおいで、ハニー」
………………。
「バカ言ってんじゃないわよ! あんたのせいで降りられないのよ! そこどいてよ、邪魔!!」

やっぱりダメ!
これから先ずっと、こんなアホでキザなセリフを甘んじて聞くなんて、絶対に我慢出来ない。
絶対に守られる側から脱出して、守る側の人間になってみせるわ!

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