あー、チクショウ。
オレの故郷で、オレが付いていながら、馬姫様をさらわれちまうとは、ヤキが回ったもんだぜ。
おまけにその馬姫様が、よりによって、あのゲルダに売られちまうとは、ツイてねえったら、ありゃしねえ。
おかげでまた、あのイヤな思い出のある洞窟に潜るハメになっちまったぜ。

ゲルダの家の馬小屋に一晩泊めてもらい、朝一でそこから真北にある剣士像の洞窟に向けて出発した。
それにしても、馬姫様が馬車を牽いててくれた事のありがたみってヤツが、いなくなられてみて、初めてわかったぜ。
何しろ、馬車ごと盗まれちまったおかげで、食料や調理道具なんかも全部、無くなっちまったんだからよお。
水だけはゲルダの家の回りで汲んでいけたけど、携帯食だけじゃあ身体に力が入らねえ。
何とか日暮れ前に剣士像の洞窟に着く事が出来たが、その頃にはオレの腹の虫は、鳴くのを通り越して、悲鳴をあげてた。
「おっ、ここは、ルーラで行き来できるな」
だからククールがそう言った時には、本当に嬉しかった。
この洞窟を造ったヤツは、根性の曲がった金持ちらしく、無駄に金をかけた仕掛けだらけで、おかげで宝を手にいれられずに逃げ出すハメになったわけだが、こういうとこにもしっかり金をかけてくれてたのは、不幸中の幸いってやつか。
「じゃあ、一旦パルミドまで戻るとしやしょう。まずは食って、一晩ぐっすり寝て、万全の態勢で望まないと、この洞窟は手ごわいでがすよ」
「おい。なんで、わざわざパルミドなんじゃ。姫はあの町で、かどわかされて売り飛ばされたんじゃぞ? わしは、あんな町に戻るのはゴメンじゃ」
「元はといえば、他におっさんが入れる町は無かったから、パルミドを紹介してやったんじゃねえか。馬姫様がいなくて、馬車もねえのに、町の外で一人で野宿なんて、出来んのかよ」
そういう人の気遣いもわからねえで、本当にワガママなおっさんだぜ。
「それだったら別に、川沿いの教会でもいいんじゃないか? どうもオレは、あの町が好きになれねぇんだよな」
今度はククールが、横から余計な口を挟んできやがった。
「ゼシカだって、いやだろ?」
「私はどこでもいいわよ。とにかく早く眠りたいわ」
ゼシカの姉ちゃんは、もう疲れが限界で、ククールの言葉にも、どうでもいいって感じで返事をする。
愛用してた皮のムチを、錬金釜に入れた状態のままで盗まれちまったから、護身用に持ってただけで使い慣れてないダガーナイフと呪文だけで、魔物と戦わなきゃならなかった。
それで余計に疲れちまったんだろう。

「エイトの兄貴。兄貴はどこで休みたいでげすか? パルミドだったら、美味い飯屋にも案内出来るでがすよ」
ここはエイトの兄貴に決めてもらおうと、そう話しかけたら、エイトの兄貴からは意外な答えが返ってきた。
「戻らない。このまま行く」
この言葉には、さすがに反対意見が飛んだ。
「待てよ。とりあえず姫は安全な場所にいるってわかってるんだし、ここは無理しないで、一晩休んで出直すべきだろ。丁度陽も暮れる時間なんだし」
「洞窟に入るんだから、夜でも関係無いよ」
「ねえエイト。私もう、MPが全然無いのよ。とても魔物の出る洞窟なんて入れない。宿で少し休ませて」
「じゃあ、ゼシカはここで待ってて」
「お前っ! いい加減に……っ」
ゼシカの姉ちゃんに、あんまりそっけない兄貴に対して、ククールがキレそうになる。
それをトロデのおっさんが間に入って、何とか宥めようとする。
「まあまあ。……エイト、姫のために頑張ってくれる気持ちは嬉しいが、無理をしすぎて、お前達に何かあったら、何にもならん。ここはククールやゼシカの言うとおり、一晩休んではどうじゃ?」
ワガママなおっさんにしては、珍しくまともな事を言ってるのに、それでさえ兄貴は聞き入れない。
「いえ、すぐに戻りますから、大丈夫です。どうか、もう少しだけお待ちください」
そのままエイトの兄貴は、オレにさえ声をかけずに、洞窟の中へと入っていってしまった。

ちょっとの間、全員がポカンとしてた。
「何なんだよ、今日のあいつは!」
ようやくククールがそう怒鳴って、レザーマントを外してゼシカに渡した。
「ちょっと行って連れ戻してくるから、ゼシカはトロデ王と待っててくれ。危ない目に遇いそうだったら、キメラのつばさで川沿いの教会へ行くこと。行くぞ、ヤンガス」
「お、おう」
そうだ。いくらエイトの兄貴でも、一人でこの洞窟を進もうなんて、無茶すぎる。
ククールの言うとおり、何とか連れ戻して、少し休んでもらわねえと。

幸いエイトの兄貴は、それほど奥まで行ってなくて、最初の突き当たりの柵の前で、待っててくだすった。
とりあえず見失わずに済んで良かった。
兄貴も、そのまま一人で進んでいく様子はないんで、無理に走って追いつこうとせず、魔物を警戒しながら、そっと進む。
「それにしても、ゼシカの姉ちゃんにマントを置いてくるとは、本当にククールは娘っ子には優しいでがすな。少しはそれを、エイトの兄貴にも向けてやってほしいでげす」
どうもククールは、エイトの兄貴をリーダーをして敬おうって気持ちが足りないような気がするからな。
「あんな薄着で外に待たせて、もし雨でも降ってきたら可哀想だろうが。それにオレは、男相手としては自分でも感心する程、エイトには優しくしてるつもりだ。そうでなかったら、あんな身勝手ヤロウは放っといて、今頃とっくにゼシカと一緒にどこかの宿でベッドに入ってるさ。わざわざ連れ戻しに来てやるなんて、甘やかしすぎなくらいだ」
……確かに、さっきのあれは、馬姫様を助けるために焦ってるにしても、兄貴の方に問題があったとは思う。
それを考えると、確かにこいつは、自分で言うように薄情者ではないらしい。
「それにしても、洞窟っていうから、どんな暗くてジメジメしたとこかと思ったら、中は結構キレイな造りになってるんだな」
ククールが感心したように、辺りを見回す。
「ゲルダも、こんな近くにお宝があるってのに、これまで自分で取りに来ようとは、思わなかったのかね? それとも、誰かさんみたいに自力じゃ宝を取れなかったから、オレたちを利用しようってのか?」
こっちを見てるわけじゃねえが、ククールが憎たらしい顔をしてるのが、ハッキリわかる。
「誰かさんってのは、アッシのことでげすかい? う〜っ! いちいち嫌味な男でがす」
自分一人でお宝が取れるなら、何年も前にとっくに取ってるってんだ!
「この洞くつは、大昔の好事家が、自慢のお宝……ビーナスの涙を安置するために作ったんだそうでがす。いろんな仕掛けが邪魔して、アッシひとりじゃ、とても目的の宝箱まで、たどり着けねえんでさあ」
……でも確かに、何でゲルダは、何年もの間、あれだけ欲しがってたビーナスの涙を、自分で取りに来ようとしなかったんだ?
あいつは、オレよりずっと身軽で、ちょっとやそっとの仕掛けやワナなら、ヒョイっと避けて通っちまうし、何より魔物に遇わないようにする『しのび足』が大の得意だ。
いくらでも自分で、ビーナスの涙を取ってこれるだけの腕はあるはずなのに、何で今まで……。
まさかあいつ、オレがあの宝石を取ってくるのを、何年も待ってたのか……?
………………いいや! あいつに限って、そんなわけねえ! 
ゲルダは身軽だが、戦いは弱っちいから、何がいるかわからない洞窟には入らなかったってだけだ。
うん。そうだ。きっとそうに違いねえ。

そんな事を考えてる間に、奥で待ってたエイトの兄貴に追いついた。
兄貴は、柵の向こうの宝箱じゃなく、柵の真下の辺りをジッと見ていた。
「あれを見るでがす。あの宝箱に、ビーナスの涙って宝石が隠されてるって話でがす」
オレが宝箱を指さすと、エイトの兄貴も、視線を宝箱に向けた。
「そう。やっぱり、あれがそうなんだ」
その兄貴の声には、やっぱりちょっと元気が無くて、オレは何とか元気づけようと、威勢のいい声を出す。
「アッシも以前、この洞くつには挑戦したんですが、その時は、あの宝箱までたどり着けなかったんでがすよ。でも今度こそは、何としてでも、あそこまでたどり着いて、ビーナスの涙を手に入れるでがす!」
なのに兄貴は、そんなオレの声なんて聞いてなかったみたいに、小さく呟く。
「良かった、思ったより近くて」
そう言うなり兄貴は、目の前の柵を乗り越えた。

「何やってんだ、このバカーっ!!!!」
間一髪の所で、ククールがエイトの兄貴を後ろから捕まえた。
さすがにこういう時、動きの早いヤツは頼りになる。
だけど体格の割に腕力がイマイチなんで、完全に引き戻す事は出来ずに、そのままの状態で言い争いになる。
「離せ! ここから行った方が早い。宝石を取って、すぐにリレミトすれば、姫様を助けられるんだ!」
「下見ろ、下! 串刺しの白骨死体! ああなりたいのか!?」
「ちゃんと避けて降りるよ!」
「好きであの上に飛び降りたヤツがいると思うか? 降りたら突き出てくるに決まってるだろうが!」
怒鳴りあってる二人の剣幕にちょっと圧されそうになったが、何とかククールに手を貸し、エイトの兄貴の身体を柵から引きはがした。
それでも兄貴は、全く諦めようとはしてくれず、まだククールの腕を振りほどこうとしてる。
「どうして邪魔するんだよ!? 手伝ってくれとは言ってないんだから、もうほっといてくれ!」
正直オレは、どうすれば兄貴が落ち着いてくれるのかわからず、何も出来ずにいた。
そうしたらククールが、大きく溜め息を吐いた。
「オレ、ほんとは暴力嫌いなんだけどな……」
そう言って一旦エイトの兄貴を離し、肩を掴んで正面に向き直らせる。
そして、兄貴の鳩尾の辺りに、いきなり左の拳を叩きこんだ。

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