ゲルダの家の馬小屋に一晩泊めてもらい、朝一でそこから真北にある剣士像の洞窟に向けて出発した。 ここはエイトの兄貴に決めてもらおうと、そう話しかけたら、エイトの兄貴からは意外な答えが返ってきた。 「戻らない。このまま行く」 この言葉には、さすがに反対意見が飛んだ。 「待てよ。とりあえず姫は安全な場所にいるってわかってるんだし、ここは無理しないで、一晩休んで出直すべきだろ。丁度陽も暮れる時間なんだし」 「洞窟に入るんだから、夜でも関係無いよ」 「ねえエイト。私もう、MPが全然無いのよ。とても魔物の出る洞窟なんて入れない。宿で少し休ませて」 「じゃあ、ゼシカはここで待ってて」 「お前っ! いい加減に……っ」 ゼシカの姉ちゃんに、あんまりそっけない兄貴に対して、ククールがキレそうになる。 それをトロデのおっさんが間に入って、何とか宥めようとする。 「まあまあ。……エイト、姫のために頑張ってくれる気持ちは嬉しいが、無理をしすぎて、お前達に何かあったら、何にもならん。ここはククールやゼシカの言うとおり、一晩休んではどうじゃ?」 ワガママなおっさんにしては、珍しくまともな事を言ってるのに、それでさえ兄貴は聞き入れない。 「いえ、すぐに戻りますから、大丈夫です。どうか、もう少しだけお待ちください」 そのままエイトの兄貴は、オレにさえ声をかけずに、洞窟の中へと入っていってしまった。 ちょっとの間、全員がポカンとしてた。 「何なんだよ、今日のあいつは!」 ようやくククールがそう怒鳴って、レザーマントを外してゼシカに渡した。 「ちょっと行って連れ戻してくるから、ゼシカはトロデ王と待っててくれ。危ない目に遇いそうだったら、キメラのつばさで川沿いの教会へ行くこと。行くぞ、ヤンガス」 「お、おう」 そうだ。いくらエイトの兄貴でも、一人でこの洞窟を進もうなんて、無茶すぎる。 ククールの言うとおり、何とか連れ戻して、少し休んでもらわねえと。 幸いエイトの兄貴は、それほど奥まで行ってなくて、最初の突き当たりの柵の前で、待っててくだすった。 とりあえず見失わずに済んで良かった。 兄貴も、そのまま一人で進んでいく様子はないんで、無理に走って追いつこうとせず、魔物を警戒しながら、そっと進む。 「それにしても、ゼシカの姉ちゃんにマントを置いてくるとは、本当にククールは娘っ子には優しいでがすな。少しはそれを、エイトの兄貴にも向けてやってほしいでげす」 どうもククールは、エイトの兄貴をリーダーをして敬おうって気持ちが足りないような気がするからな。 「あんな薄着で外に待たせて、もし雨でも降ってきたら可哀想だろうが。それにオレは、男相手としては自分でも感心する程、エイトには優しくしてるつもりだ。そうでなかったら、あんな身勝手ヤロウは放っといて、今頃とっくにゼシカと一緒にどこかの宿でベッドに入ってるさ。わざわざ連れ戻しに来てやるなんて、甘やかしすぎなくらいだ」 ……確かに、さっきのあれは、馬姫様を助けるために焦ってるにしても、兄貴の方に問題があったとは思う。 それを考えると、確かにこいつは、自分で言うように薄情者ではないらしい。 「それにしても、洞窟っていうから、どんな暗くてジメジメしたとこかと思ったら、中は結構キレイな造りになってるんだな」 ククールが感心したように、辺りを見回す。 「ゲルダも、こんな近くにお宝があるってのに、これまで自分で取りに来ようとは、思わなかったのかね? それとも、誰かさんみたいに自力じゃ宝を取れなかったから、オレたちを利用しようってのか?」 こっちを見てるわけじゃねえが、ククールが憎たらしい顔をしてるのが、ハッキリわかる。 「誰かさんってのは、アッシのことでげすかい? う〜っ! いちいち嫌味な男でがす」 自分一人でお宝が取れるなら、何年も前にとっくに取ってるってんだ! 「この洞くつは、大昔の好事家が、自慢のお宝……ビーナスの涙を安置するために作ったんだそうでがす。いろんな仕掛けが邪魔して、アッシひとりじゃ、とても目的の宝箱まで、たどり着けねえんでさあ」 ……でも確かに、何でゲルダは、何年もの間、あれだけ欲しがってたビーナスの涙を、自分で取りに来ようとしなかったんだ? あいつは、オレよりずっと身軽で、ちょっとやそっとの仕掛けやワナなら、ヒョイっと避けて通っちまうし、何より魔物に遇わないようにする『しのび足』が大の得意だ。 いくらでも自分で、ビーナスの涙を取ってこれるだけの腕はあるはずなのに、何で今まで……。 まさかあいつ、オレがあの宝石を取ってくるのを、何年も待ってたのか……? ………………いいや! あいつに限って、そんなわけねえ! ゲルダは身軽だが、戦いは弱っちいから、何がいるかわからない洞窟には入らなかったってだけだ。 うん。そうだ。きっとそうに違いねえ。 そんな事を考えてる間に、奥で待ってたエイトの兄貴に追いついた。 間一髪の所で、ククールがエイトの兄貴を後ろから捕まえた。 さすがにこういう時、動きの早いヤツは頼りになる。 だけど体格の割に腕力がイマイチなんで、完全に引き戻す事は出来ずに、そのままの状態で言い争いになる。 「離せ! ここから行った方が早い。宝石を取って、すぐにリレミトすれば、姫様を助けられるんだ!」 「下見ろ、下! 串刺しの白骨死体! ああなりたいのか!?」 「ちゃんと避けて降りるよ!」 「好きであの上に飛び降りたヤツがいると思うか? 降りたら突き出てくるに決まってるだろうが!」 怒鳴りあってる二人の剣幕にちょっと圧されそうになったが、何とかククールに手を貸し、エイトの兄貴の身体を柵から引きはがした。 それでも兄貴は、全く諦めようとはしてくれず、まだククールの腕を振りほどこうとしてる。 「どうして邪魔するんだよ!? 手伝ってくれとは言ってないんだから、もうほっといてくれ!」 正直オレは、どうすれば兄貴が落ち着いてくれるのかわからず、何も出来ずにいた。 そうしたらククールが、大きく溜め息を吐いた。 「オレ、ほんとは暴力嫌いなんだけどな……」 そう言って一旦エイトの兄貴を離し、肩を掴んで正面に向き直らせる。 そして、兄貴の鳩尾の辺りに、いきなり左の拳を叩きこんだ。 |