馬姫様がさらわれてしまった。
私たちが目を離した、ほんの一瞬のスキだった。
悪徳の町っていうだけあって、ここは本当に怖いところなんだ。

エイトとトロデ王は、すごい勢いで姫様を捜して走り回ってる。
私ももちろん一緒に捜してるんだけど、羽織ってるマントが重くてうまく走れず、皆と少し距離が開いてしまう。
元々私用に買った物じゃないからだけど、仕方ないわ。
ククールに叱られて落ち込んでしまった私を、エイトは優しく慰めてくれた。
でも、正しいのはククールの方だとも言われてしまった。
私にもしものことがあったらいけないという、心配してくれる気持ちを、無視するような行動を取ったのが悪いって。
止めきれなかった自分にも責任があるから、一緒にククールに謝ろうって言ってくれた。
そして、半強制的にこのマントを羽織らされてしまった。
エイトは優しいけれど、イザという時、有無を言わせないところがある。
そういう人だからこそ、リーダーと思って付いていけるんだけど。

「あんたたち、何か捜してるのかい?」
不意に後ろから、男の人に呼び止められた。
小さな声だったので、気づいたのは私だけみたい。
「ええ、綺麗な白馬と馬車なんですけど、見ませんでした?」
私は足を止めて、訊ねてみた。
「ああ、それなら見たよ」
「本当ですか?」
せっかく目撃者がいたのに、振り返ると皆、結構遠くまで行っちゃってた。
これじゃあ、大声で呼ばないと聞こえないわ。
そう思って口を開き、息を吸い込んだ瞬間だった。
私を呼び止めた男が、いきなり私の口にビンを押し付け、何かの液体を流し込んできた。
吐き出そうとしたんだけど、髪を掴まれて後ろに引っ張られ、無理やり飲み込まされる。
口の中に、ハーブをデタラメに押し込まれたような味が広がる。
あまりに突然のことでほとんど抵抗できない私を、気が付けば何人もの男たちが囲んでいた。
容赦ない力で、腕や肩を掴んで、どこかへ連れていこうとしている。
何? この人たち、人さらいか何か!?
ようやく口からビンが離れ自由になる。
とにかく、魔法でも何でも使って、この状況を何とかしないと。
…………。
魔法? 私、何の呪文が使えたんだったかしら?
声の出し方もわからない。頭が混乱して、どうすればいいのかわからない。
どうなっちゃってるの、これ!?


何の抵抗も出来ないまま、どこかの路地裏に連れ込まれ、乱暴に地面に投げ出された。
衝撃に一瞬息が詰まったけど、完全に身体がマヒしてしまって、声を出すことさえもできない。
「おい、あんまり乱暴に扱うな。傷がついたら値が下がる。これだけの上玉、滅多にお目にかかれねえぞ、丁寧に扱え」
さっき呼び止めてきた男が、私のマントの襟首をつかんで、ピンク色の液体が半分程入ったビンを顔に近づける。
さっき飲まされた物の残りに違いない。
「その薬、何なんだ?」
他の男が訊ねている。
「闇商人のところで買った薬だ。薬草とかをメチャクチャに混ぜ合わせたら、偶然出来たらしい。これを飲んだ奴は、頭が混乱して体が動かなくなったりするらしいぜ」
男が、私の口の中にビンの中身の残りを流し込む。
私は、舌も喉もマヒしてしまって、それをうまく飲むこともできず、ムセてしまう。
それでもまったく容赦してもらえず、苦しさで目に涙が滲む。
ようやくビンが空になったけれど、ホッとする間もなく、羽織っていたマントを剥ぎ取られた。
更に薬が効いてきたのか、視界まで霞んで、耳鳴りがする。
「このマントは500Gは下らねえな。550Gにはなるか」

……こわい……。
この人たち、私のこと人間だと思ってない。
今取り上げられたマントと同じ。完全に物扱いされてる。

違う男が、私の上に馬乗りになり、おどりこの服に手をかける。
「こっちも脱がせるのか?」
……うそ、でしょう?
「ああ、破いたりするなよ。そっちは600G以上になるからな」
いやだ…やめて……っ!
逃げたいのに、完全に薬が回ってしまって、目を開けることさえ出来ない。
自分が何をされてるのかさえ、わからない。
指の一本も動かせない。何も抵抗できない。こんなのイヤ……。
サーベルト兄さん、助けて!!

微かに、鈍い打撃音と、金属音が聞こえる。
身体の自由は戻らないけど、私の上にのしかかっていた体重を感じなくなった。
「死にたくなければ消えろ。ここで退けば、命は取らない」
この声……ククール?
幾つもの足音が遠ざかっていく。
ようやく開けられるようになった目には、見慣れた赤い騎士団の制服姿。
その腕にそっと抱き起こされ、さっき剥ぎ取られたマントが、身体に巻かれた。
「大丈夫か? ケガは?」
優しい声が、ゆっくりと問いかけてくる。
ホイミの光が全身に降り注いだ。

……さっき、ククールに押さえ付けられた時、乱暴で怖くて、ひどいと思った。
でも違った。本当に乱暴されてみて初めてわかった。
あの時のククールが、どんなに優しかったか。
すごく丁寧に扱ってくれてた。
こうならないように忠告してくれたのに、素直にきかなくて、ごめんなさい。

「ゼシカ? もう大丈夫だからな。目を離して悪かった」
返事をしたいけど、まだ身体がマヒしてて、声が出ない。
「なあ、頼むから、何か言ってくれよ。もしかしてさっきのアレ、怒ってるのか? それもゴメン。もう少しマシな言い方あった。あれのせいで動揺して油断したからこんなことになったんだっていうなら、オレのせいだよ。それも全部まとめて謝るから」

…………。
もしかして、私が何も言えないくらいショック受けてると思ってる?
できれば、キアリクかけてほしいんだけど。
助けてもらっておいて失礼だけど、ちょっとヌケてるところあるわよね。悪いけど、笑っちゃう。
「おい、泣くなよ。そんなにひどいことされてないよな? 見失ってたの、ほんのちょっとの間なんだし」
笑ってしまって身体が震えてるのを、泣いてるのと勘違いしてるみたい。
もうダメ、ホントにおかしい。
早く薬が切れてほしい。理由を説明したい。
マヒしてるせいで中途半端にしか笑えないし、こんな状態、息が苦しいわ。


私の薬が切れた後、物乞い通りの酒場の前で、エイトたちと合流した。
さっきの事は言わずに、二手に別れて、姫様を探してたんだってことにして。
ククールが、そういう事にしておいた方がいいって、言ってくれたから。
余計な心配かけたくなかったし、これだから女は面倒だって思われたくもなかったから、それはとても、ありがたかった。

姫様はヤンガスの知り合いのゲルダという人に売られたらしいと聞き、私たちは、急いでその人の家に向かった。
そして、ゲルダという人の家の馬小屋で、確かに姫様は見つかったんだけど……。
ちょっとショックな光景を見てしまった。
姫様は、鎖につながれていた。
私は、思わず身体が震えてしまう。
姫様がさらわれてから、ここに売り飛ばされてしまうまで、本当にアッという間だった。
ククールがすぐに気づいて、助けてに来てくれたから良かったようなものの、そうでなければ、私だって同じような目にあってたかもしれない。
その後、どうなってたかを想像すると……。
「待っててね。ゲルダって人に話をつけて、きっとすぐに、助け出してあげるから!」
姫様は、心細そうな目をしながらも、そっと頷いてくれた。

ゲルダさんは、とてもおっかない人だったけど、ヤンガスの真剣さが通じたのか、ある洞窟にある『ビーナスの涙』という宝石を取ってくれば、姫様を返す事を考えてもいいって、言ってくれた。
久しぶりにダンジョンに潜ることになる。
私はそれまで羽織っていたマントを外し、ククールに渡す。
「本当はこれククールの為に買ったの。アスカンタではサイズ合うのが無くて、防具全然揃えられなかったでしょう? これなら大丈夫だと思って」
「……ゼシカが?」
「エイトがよ」
ククールは、露骨にイヤそうな顔をした。
「何よ、いいじゃない、誰が選んだって」
「良くない。野郎に服選んでもらうなんざ気色悪い」
今ククールは、ちょっと機嫌が悪い。
薬が切れた私が、いきなり大笑いしてしまったせいだと思うんだけど。
だって、私の身体が動かなかった間ずっと、見当違いの謝罪や慰めの言葉が並べられてたんだもの。
初めは結構カッコつけてたのに、最後の方は困りきってたのか、多分本人も何言ってるのか、わかってなかっただろうと思うくらいメチャクチャだった。

「助けてくれて、本当にありがとう。素直に言うこと聞かなくて、ごめんなさい」
改めて、謝罪と感謝の気持ちを伝える。
ククールはレザーマントを装備しながら、こちらを向かずに答えてきた。
「いや、オレも余計なおせっかいだった。今回のことでゼシカを見直したよ」
…………?
見直されるようなこと、何かあったかしら?
「ああいうことの直後に大爆笑するなんて、オレには絶対無理だ。普通の神経じゃない。ゼシカの方が、数段逞しいよ。オレなんて足元にも及ばない」
…………褒められてないわよね、これ……。
やっぱり、この人、腹立つわ。
見てなさいよ! 今度は私がククールのピンチを助けて、うんと恩に着せてやるんだから!

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