悪徳の町パルミドか。……嫌な感じだ。
ヤンガスは、『誰でも受け入れる懐の深い町』だなんて言ってたけど、それは単に、スネに傷持つ者同士、余計な詮索はしないってだけだろう。
その証拠に、町の西南には、ちょっとした見張り台がある。
魔物や犯罪者は受け入れても、役人や借金取りは排除する気が満々ってことだ。
だから、一見魔物にしか見えないトロデ王の姿に関しては無関心でも、全てに無関心ってわけではないらしい。
物陰からのなめるような視線が、まとわりついて鬱陶しい。
出身地だけあってヤンガスだけは溶け込んでるが、オレなんて目立ってしょうがない。
容姿だけでなく、こういう所の人間から見ると、身なりも悪くないしな。
でも、何より人目を引いてるのはゼシカだ。
とびきりの美人で、見事なダイナマイトバディで、普通にしてても目立つってのに、これみよがしに胸元を覗かせたドレスを着ている。
面倒なことになる前に、忠告しておいた方がいいのかもしれない。

「なあ、ゼシカ。着替えた方がいいんじゃないか? その格好はこの町ではヤバイと思うぞ」
ゼシカは、キョトンとした顔をする。
「どうして?」
オレは今まで、女性ってのは視線に敏感な生き物だと思ってたが、このお嬢さんは例外らしい。
自分がどれだけ注目を浴びているか、全く気づいていない。
「どうしてって…見ればわかるだろ。さっきから、若い女性も子供も、一人も出歩いてない。それだけ治安が悪いってことなんだ。そんな格好してたら、襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」
ゼシカは、納得のいかなそうな顔をしている。
「ククールの言うことは、一理あるでげすよ。確かにゼシカの姉ちゃんは、さっきから注目の的だ。もう少し目立たない格好の方がいいでがすな」
それでも、地元民のヤンガスが後押ししてくれたおかげで、ゼシカは渋々ながらも着替えることに同意した。

エイトがゼシカに付き合い、新しい服を買うために防具屋へ。
オレはヤンガスと一緒に、情報屋とやらの所へ行くことになった。
トロデ王は、酒場で待っている。
結論から先に言うと、情報屋のところへ行ったのは全くの無駄足。ドルマゲスの情報を手に入れるどころか、情報屋そのものが不在だった。
オレは少々、機嫌が悪くなる。
情報屋のところへ行くのに、この町でも特に貧乏臭い道を通ったんだが、無気力そうに転がってる奴らの、無気力ではない視線が絡み付く。
カモとでも思われてるのか……。
ヤンガスと一緒にいると、美貌が引き立っちまうからな。まるで美女と野獣の組み合わせだよな。
油断はしない方が良さそうだ。こんな町、サッサとオサラバするに限るぜ。

それなのに、だ。
何を考えてんだ、このお嬢は。
宿屋の前で合流したゼシカは、おどりこの服なんてモンに着替えてやがった。露出度、三倍増しってとこか。
「エイト! お前がついてて何考えてんだ! さっきオレが言ったことの意味、わかってんのか!?」
エイトが、オレの剣幕にタジタジになっている。
わかってる、これは理不尽だ。
エイトはゼシカに押し切られただけってのは、簡単に想像がつく。
止めてもきかない人間相手に、どうしようもなかったんだろう。
だけど、いくら頭に来ても、レディに怒鳴るようなマネはオレの流儀に反する。
そうなると、怒りをぶつける対象はエイトしかいない。
「何、エイトに怒鳴ってるのよ。この服、こう見えて防御力高いのよ? 動きやすくて可愛いし」
当事者のゼシカは、ケロッとしてる。
「買うなとも着るなとも言わないさ。でも頼むから、この町を出てからにしてくれ。面倒には巻き込まれたくないんだ」
「平気よ。私は魔法使いなのよ? 手を出してこようとする人がいたら、メラをお見舞いしてあげるわ」
……どうやら、本当に口で言ってもわからないらしい。

オレは、ゼシカの両手首を掴んで、宿屋の壁に押し付けた。
「いたっ……。ちょっとなにするのよ」
ゼシカは一瞬怯んだけれど、すぐに気の強い視線をぶつけてきて、オレの手を振りほどこうとしてくる。
【マホカンタ】
だけどオレはそのスキに、魔法で光のカベを出現させる。
一応、ケリをくらわないように、身体も密着させておくか。
「で? 手を出してくる奴には、どうするんだって?」
「ひ…卑怯よ、そんなの……」
まだ虚勢を張ろうとはしてるけど、ゼシカの声には、勢いが無くなってきている。
「卑怯ねぇ。正々堂々とした暴漢なんてモンを期待してんのか? ちなみに、これがラリホーやマホトーンだったらどうなってる? どっちも、そう珍しい呪文じゃないぜ」
目の端に、オレを止めようとするエイトと、そのエイトを更に止めているヤンガスの姿が映る。
悪いな。見てて気分のいい光景じゃないのは承知してる。
もうちょっとだけ、目をつぶっててくれ。
ゼシカはもう完全に竦んでしまって、怯えた目でオレを見上げるだけだ。

大丈夫だよ、ゼシカ。
オレはこれ以上酷いマネはしないし、この手もちゃんと離す。最低限の力加減もしてる。
でもな、世の中にはそうじゃない奴らもたくさんいる。
本当に酷い目には遇ってほしくないんだ。わかってほしい。

「さてと…どうしてほしい? オレとしては、このまま深い関係になってもかまわないんだけどな」
ゼシカは一瞬ビクッと震え、かすれた声を出す。
「おねがい…もう、離して……」
「オーケイ」
オレは両手を広げて、ゼシカから離れる。
ゼシカはそのまま、壁を背にして座り込んでしまった。
やりすぎたかもしれない。でも後悔はしない。
するぐらいなら、初めからこんなこと、やらないさ。

オレは無言でその場を離れる。
ゼシカもしばらくはオレの顔は見たくないだろう。
エイトやヤンガスにも声をかけない。かけられなかった。


胃がムカムカする。イヤな汗をかいてる。
ゼシカのあの怯えた目。小さく震えてた身体。
かつての自分がああだったのかと想像すると、吐きそうだ。
ごめんな、ゼシカ。
自分よりデカくて力の強いヤツにあんなことされるのが、どんなに怖いことか、オレはよくわかってるよ。
あんなこと、まともに心のある人間ができることじゃない。
でも、心ない人間ってのも、この世界に確かに存在する。ああいうことを楽しめる奴ってのもいるんだ。
覚えておいてほしいけど、身をもって知るようなことにはなってほしくない。

気がつけば、教会の前だった。
何だよ、懺悔でもする気かよ、オレ。
修道院を出たっていうのに、結局、心は何一つ抜け出せてないのか?
でもこの場所は、宿屋の日陰になっているから涼しくて、気分が少しマシになる。
こんな町でも、木々が風に揺れると快い音を奏でるのは変わらないんだな。


「ククール、大丈夫でがすか?」
ヤンガスがオレの後を追ってきていた。
「大丈夫って何がだ? 心配する相手間違ってるぜ? ゼシカの方を慰めてやれよ」
オレはポーカーフェイスで答える。
「ゼシカの姉ちゃんには、エイトの兄貴が付いてるから大丈夫でげすよ。ククールが落ち着いたら一緒に酒場にくるように、兄貴がアッシに言ったでがす」
……いつもなら『よけいなおせっかい』と思うところだが、正直、今日はありがたかった。
どんな顔して戻ればいいか、わからなかったからな。

「悪かったな、イヤなもの見せちまって。あんまり意地っ張りなお嬢様だから、つい意地悪しすぎちまった。気分悪かったろ?」
「アッシはこの町がどういうところか、誰よりも承知してるでげすよ。ククールが本当の意味でゼシカのために、ああしたってことぐらいはわかってる。むしろククールに憎まれ役を押し付けちまって、悪かったと思ってるくらいでがすよ」
……やべ。何か、ジーンと来てる。
気持ちが弱ってると、こんなコワモテに優しくされるのも嬉しいのかよ。どうしようもねえな。
「じゃあ、戻るとするか。ヤロウに心配されても嬉しくねぇしな」
ああ……ゼシカのことは言えないな。意地っ張りなのはオレも一緒だ。

酒場では、トロデ王が何やらグチグチ言いながら安酒を飲んでた。
エイトはそれに付き合わされてる。
わかってくれたのか、ゼシカは肩から足首まで、すっぽり隠れる皮のマントを羽織っていた。
でも、オレの姿を見た途端、エイトの背中に隠れやがった。
無理もないけど、ちょっと傷つく。
一応、謝っておいた方がいいんだろうな。
これから先も一緒にドルマゲスを追う以上、こんなことで空気を悪くしておくのは、バカすぎる。
そう思って、ゼシカに声をかけようとした途端、外から馬の嘶きが聞こえた。
この声は馬姫様か? ちょっと普通の感じじゃないな。
トロデ王が、外へ飛び出していき、オレたちも後を追う。

そこには、馬姫様の姿も、馬車もなかった。
「……こいつはいけねえ。アッシとしたことが、ウッカリしてたでがす。この町の連中は、人の過去や事情には無関心だけど、人の持ち物には関心ありまくりでがすよ」
ヤンガス。それは今更すぎるし、ウッカリしすぎだ。
しかしオレも、ゼシカの方に気を取られすぎて、まさか姫の方がさらわれるとは予想してなかったぜ。
エイトとトロデ王は、すごい勢いで町へと飛び出した。
確かに、まだ遠くへは行ってないだろうから、追跡するなら早い方がいい。
ヤンガスは肩を落としてる。自分が付いててこんなことになったのを、不甲斐なく感じてるんだろう。
確かにウッカリだったけど、気の毒には思う。
ホントに油断ならねえ町だぜ。

そう、ここは、本当に油断しちゃいけない町だ。
姫を捜している途中、気配の変化に気づいて後ろを振り返ると、いつのまにかゼシカの姿がなかった。
今度は、こっちかよ!?
あー、くそっ!
今度は姫の方に気を取られすぎた。
エイトたちを呼び止めようと思ったが、姫の方も一刻の猶予もないかもしれない。
こっちはこっちで、レディのピンチには違いない。
仕方ない、ゼシカはオレ一人で捜すか。ホントに世話の焼けるお嬢様だぜ。
まったく! だから、こんな町は早く出たかったんだよ!

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